トピック

水没や事故による車内閉じ込めのピンチを切り抜ける必需品「スマートレスキュー」とは? ホンダアクセスの考案者に聞く

搭乗者を守るだけでなく、他者を救うことにもつながるお助けアイテム

ホンダアクセスが開発・販売している緊急脱出・救出用ツール「スマートレスキュー」について、考案者である竹中晋平氏に聞いてみた

クルマ自体の安全はどんどん高まっているが……

 筆者が乗っているのはホンダのN-VAN +STYLE FUN。質素でありつつ多用途ゆえの奥深さ、趣があったりと、使っていくほど気に入るクルマなので、2018年に購入して以来、買い換えを考えずに乗り続けている。

 そしてこのN-VANには、「Honda SENSING」という安全運転支援システムから、衝突安全支援機能のG-CON(衝突安全ボディ)、i-SRSエアバッグ、そしてフロント3点式ロードリミッター付きプリテンショナーELRシートベルトなど、事故を防ぐため、事故が起きても乗員を守るための機能が搭載されている。こうした付加機能は、環境配慮や運転関連の自動化と同じように、今のクルマの特徴の1つでもある。

クルマは時代とともにいろいろと進化しているが、もしものときに乗員を守る機能は重要事項だ(画像はホンダ「N-VAN」公式Webサイトより)

 幸いなことに筆者は車体が大きく壊れるような事故に遭ったことはないが、「もしも」を考えたとき、気になることがある。それは「クルマに守られたあと」のことだ。

 事故に遭い、壊れながらも乗員を守りきって停止したクルマは、すでにクルマ側でやれることを出し切った状態だろう。また、近年はゲリラ豪雨など大雨の影響で水没事故も増えているが、クルマに守られた乗員が次にやるべきなのは「車外に脱出する」こと。だが、車体が受けたダメージによってはシートベルトが外せない(外しにくい)ことだってあるし、水没した場合は水圧でドアが開かず、電源も落ちていれば窓も開かず、車内に閉じ込められた状況に陥る。そんな場面で何も備えがなければお手上げ状態となる。

もしものとき迅速にクルマから脱出するための備え「スマートレスキュー」

 そんなときのために備えておきたいのが、ホンダ車用の純正アクセサリーを手掛けるホンダアクセスの「スマートレスキュー」という緊急脱出・救出用ツールだ。この製品はシートベルトを切るための「ベルトカッター」と、窓を割るための「超硬チップ付き自動ポンチ」の2つのツール、そしてそれらを収める「ツールホルダー」で構成されている。グラブレールのある車種には装着が可能で、価格は6050円。

ホンダアクセスの緊急脱出・救出用ツール「スマートレスキュー」。価格は6050円。全国のHonda Carsまたは「ホンダアクセスYahoo! ショッピング店」で購入できる
スマートレスキュー本体。シルバーの部分が超硬チップ付き自動ポンチで、赤い部分がベルトカッター
赤いベルトカッター部分からシルバーの棒をボールペンのように引き抜けば、中から先端に超硬チップが付いた自動ポンチが現れる
ベルトカッター部。スリットの中にシートベルト切断用の刃が見える。切断用の刃は長期間空気に触れていてもさびないよう表面にオイルが塗布されている

 スマートレスキューの大きな特徴は、その取り付け場所だ。ホンダのクルマは運転席まわりに小物入れが多いとはいえ、こうした緊急時に使う道具がサッと取り出せてなおかつ普段からじゃまにならない場所はなかなかない。だがスマートレスキューは、運転席や助手席などドア側上部にある持ち手「グラブレール」に巻き付けて装着するというもので、使うときは乗車姿勢のまま手を伸ばし、ツールホルダーにあるオレンジ色のタブを引っ張るとグラブレールから外れ、すぐにツールを使える状態になる。グラブレールから引き抜いてツールを取り出すまで、慣れれば5秒もかからず完了するくらい簡単だ。

 今回の取材では、実際にベルトカッターによるベルトの切断と、自動ポンチでのガラス割りも体験できた。どちらも初めてだったが、やり方が分からず戸惑うことも、失敗することもなくできた。緊急脱出ツールを必要にかられて使ったことはないが、この手のものを使うときは焦りがありつつ時間はない状況から、用意しやすく使い方が簡単で、そして目的をしっかりこなせることは何より大事なことだろう。

スマートレスキューは運転席や助手席などドア側上部にあるグラブレールに巻き付けて装着するアイテム。グラブレールはクルマごとにデザインは違うがサイズはほぼ同じなので車種を問わず装着できるし、後席のグラブレールにも装着できる
スマートレスキュー使用手順
自動ポンチを当てる部分はサイドウィンドウの前部下寄りのところをホンダアクセスでは推奨している。これは中心部よりも窓自体がしっかりと支えられているため、自動ポンチの力を伝えやすいから
スマートレスキューの自動ポンチはサイドウィンドウに使われる強化ガラスを割ることに対応したスペックなので、フロントウィンドウに使われている合わせガラスを割ることはできないため、購入前に愛車のガラスの仕様を確認しておくことをお勧めする。見分け方はガラスに表示されているJISマークの近くに「T」または「TP」と表記されているものが強化ガラス。そして「L」および「LP」と表記されていたら合わせガラスとなる
今回スマートレスキューを使ったガラス割りを体験できたが、ホンダが全国で開催している「Enjoy Honda」のホンダアクセスブースでも、これと同じ機材を使ったガラス割り、シートベルトカット体験が実施されている。興味のある人は参加してみてはいかがだろう。2025年のスケジュールは「Enjoy Honda 2025 イベントサイト」で確認できる
上手に割るコツは自動ポンチをガラスに対してできるだけ垂直に当てること
自動ポンチの先端をガラスに当てたまま押し込むと先端のロッドがストローク。沈み込んだところでロッドが押し戻され、「カチッ」と音がした瞬間ガラスは粉々に……
クルマに使われている強化ガラスは、割れると粉々にはなるが断片が鋭利になりにくい構造で、比較的ケガをしにくい
【ホンダアクセス】緊急脱出・救出用ツール「スマートレスキュー」実演(35秒)
シートベルトと同じ材質のベルトをベルトカッターで切る体験もした。たるみがある状態でも切ることはできるが、ベルトがピンと張った状態のほうがスムーズに切れる
クルマが衝突したり横転したりすると、シートベルトが巻きあげた状態でロックすることもあり、身体が締めつけられているため、バックルのボタンを押せないこともある。そんな場合はベルトを切って脱出する必要がある

ホンダアクセス全従業員からアイデアを募る「ホンダアクセスEXPO」

 ホンダアクセスは機能や品質を追求したホンダ車用純正アクセサリーを企画、開発、発売する会社。商品ラインアップは、新車購入時に必ず欲しいと思うものから、より快適で上質なカーライフを楽しむためのアイテム、そして安全運転を支援するための機器など多岐にわたる。

ホンダのクルマの使い勝手や魅力をさらに向上させるのが純正アクセサリー。新車の場合、クルマの開発と並行して純正アクセサリーも開発するので、クルマごとの個性にマッチしたものを作り出せるのがメリット

 そんなホンダアクセスでは、全従業員を対象にした新たなアイデアを募集する「ホンダアクセスEXPO」という社内展示会を毎年開催しているという。

 この展示会は、新たな純正アクセサリーのアイデアを募集するもので、すぐに優劣を判断するのではなく、出されたアイデアをベースに仲間と意見交換をしつつ、アイデアの原石をつぶすことなく生かしていくことに重点を置いている。そのため出展されるアイデアには、自動車とは無関係な趣味の世界にどっぷりはまったようなニッチな内容もあるそうだ。

新たなアイデアを募集する「ホンダアクセスEXPO」の会場の様子
「リアカメラdeあんしんプラス」もホンダアクセスEXPOから誕生した純正アクセサリーの1つ。2014年度の展示会に出展され、その後製品化された。アップデートが重ねられており、現在は「リアカメラdeあんしんプラス4」まで進化している
N-BOX用純正アクセサリーの「ワンタッチスライドドア」もホンダアクセスEXPOの出展から生まれたものだ
ホンダアクセスEXPOには製法に関するアイデアの応募もあり、N-BOX CUSTOM用のメッキ加飾付きフロントグリル成形を従来の2ピースから1ピース化する製法も、ホンダアクセスEXPO出展のアイデアが採用されたという

「スマートレスキュー」はいかにして誕生したのか?

 スマートレスキューもホンダアクセスEXPOから生まれたものだが、これはクルマの使い勝手や質感を高める製品ではないし、趣味嗜好を高めるアイテムでもない。それどころか命がかかった緊急脱出や救助用ツールという、切羽詰まったときに使用する製品だけに、他の用品とは存在自体の重みが違うように感じる。

 そこで考案者であるホンダアクセス 事業戦略部 商品戦略課の竹中晋平氏に、スマートレスキューが生み出された経緯や制作段階でのこだわりなどを伺ってみた。

スマートレスキューの考案者、開発者であるホンダアクセス 事業戦略部 商品戦略課 竹中晋平氏

 竹中氏がスマートレスキューのアイデアをホンダアクセスEXPOに出展したのは2016年のこと。当時の大きな出来事として、関東地方を大型台風が襲い、各地で甚大な被害が出たことがあった。竹中氏はニュースで多くのクルマが水没の被害にあったことを知り、緊急脱出ツールを作ることを思いついた。

 ただ、市場にはすでにいくつかの緊急脱出ツールが販売されていて、ホンダアクセスでもハンマー型のツールをすでに販売していたので、「既存品よりも進化させたツールにすることを目標にした」と竹中氏は振り返る。

 緊急脱出ツールは“いざ”という場面で使うものなので、ドライバーや同乗者が「すぐに」手に取れるところに常備していることが理想ではあるが、実際のところいつ使うか分からないものに、便利な位置にある収納スペースを割り当てることは難しい。

 ドアポケットやグローブボックスが妥当な場所となりそうだが、使いやすいスペースは他の小物類を収納するのでゴチャつき気味であり、“いざ”というときにツールをすぐに取り出せないこともある。また、浸水してしまったとき車内へ入ってくる水は基本的に透明ではなく濁っているので、ツールが低い位置にあると見失ってしまう。

企画初期段階では、グラブレール自体に緊急脱出ツールを組み込む案も検討したというが、ホンダ車でもグラブレールにはいくつかの種類があることや、より幅広い車種に装着できるようにしたいという考えもあったので不採用となった。結果、完成したスマートレスキューはより幅広い車種に装備できるアイテムとなった

 そこで竹中氏が目を付けたのが、運転席や助手席のドア側上部にある「グラブレール」。乗員の頭より高い位置にあり、すぐに手が届き、そしてツールを装着しても運転の妨げにもならないという一等地であった。なお、同様に乗員より高い位置だとサンバイザーもあるが、エアバッグが開いた際にツールが飛ばされてしまうこも想定されたので、最終的にグラブレールとなったということだ。

 ちなみに緊急脱出ツールの必要性については独立行政法人 国民生活センターもレポートをまとめていて、そこにはユーザーへのアンケートとしてツールの認知度、積載率のほか「設置場所」についての項目もある。その結果によると、ツールを積載している人のうち「運転姿勢のまま取り出せる場所」に設置しているケースは約3割という結果。今後スマートレスキューがもっと普及すれば、このデータも変わってくるだろう。

規定の倍以上の硬度を持つ超硬チップを採用

 装着場所は決まったが、グラブレールは手が捕まれる程度の幅しかないので、ツールのサイズにもおのずと決まってくる。実際10cmほどなのでハンマータイプのツールではサイズが小さくて使い物にならないし、T字だと装着してもはみ出す部分ができてしまう。そこで採用されたのが「自動ポンチ」というツールだった。

先端に付く超硬チップは非常に堅く、前出の国民生活センターが試験したときの硬さの数値は1541HV。強化ガラスを割るのに必要とされる硬度はJIS規定では760HV以上と指標が出されているので、スマートレスキューは2倍以上の硬さを持つチップを採用している

 自動ポンチはそもそも「対象物に凹みによるマーキングをする」ための工具で、機構としては超硬チップ付きのロッドと押し込まれたロッドを押し返すためのスプリングが入ったボディで構成されている。使い方はマーキングしたい部分に超硬チップ付きロッドの先端を当てながら本体を押し込むとロッドがストロークし、その後、内部スプリングの力でロッドを押し出すことで対象物に超硬チップによる小さな凹みを付けるというものだ。

 スマートレスキューは、その凹みを付ける力を利用してガラスを割る製品で、ハンマータイプや突き刺すピックタイプと比べ、小さい力でガラスを割ることができる。そのため力の弱い人や腕を振り回せないような狭い状況であっても、大きな力を伝達できるところが特徴。

自動ポンチ本体は、経年劣化の少ないアルミ製で、削り出しによる造形。表面は持ったときに滑りにくくするために、ザラザラとした手触りが残っている。また、後端はクルマの内装品に定められている規定に合わせて丸めてある

 ただし、スマートレスキューは身の危険を感じた状況で使うものなので、製品化するには精度や信頼性がかなり高いレベルで求められるというハードルがあった。そこで竹中氏は市販されている自動ポンチを購入してチェックしつつ、スマートレスキュー用の自動ポンチを製造するメーカーを海外を含めて探しまわったところ、ホンダ純正アクセサリーとして求める品質と性能を実現できる技術を持った国内メーカーを探し当て、その企業の協力によりスマートレスキュー用の自動ポンチを開発できたという。

搭乗者の命に関わるツールだけにホンダアクセスが自動ポンチに求める要件は厳しく、開発は簡単ではなかったという。また、スマートレスキューはいざというときに、安心して使える品質になっている

ベルトを刃までスムーズに送り混むための工夫を盛り込んだベルトカッター

 シートベルトを切断する「ベルトカッター」も、スマートレスキュー専用として作ったものでこだわりの塊である。

 ポイントはカッターへのガイド部となる細長い突起状の部位。これを本体と別パーツにすることで、ガイドに適度な「しなり」を持たせられ、それによりベルトの導入をスムーズにできたという。また、ガイドの中でシートベルトがたわむと、引っかかって奥まで差し込みにくくなってしまうので、ガイドの裏側にたわんだベルトの「逃げ」となる肉抜きを施すことで、カッターまでスムーズにベルトを送り込めるようになっている。こうした部分まで徹底的に検証して作り込んでいるところは、ホンダ純正アクセサリーを手掛けるメーカーとしてのこだわりを強く感じる。

ガイド部分は適度にしなる作りとすることでベルトをカッター部へ差し込みやすくしている。
差し込んだベルトが中でたわむことで押し込みにくくなることを防ぐため、ガイドの裏側に肉抜きを設けてたわみを吸収するようにしている
ベルトカッターも高品質が求められるため、ホンダ車の樹脂製パーツを作るサプライヤーへ製造を依頼

 ツールを収納するホルダーの素材は、車内で使うことから他の用品同様、ホンダの厳しい基準を通る難燃性の生地を採用していて、巻き付けた際に内側になる面にツールを収納するためのポケットなどが設けてある。グラブレールへの装着はツール収納部が内側になる状態で巻き付けて、面ファスナーでとめるだけというもの。

 そしてツールを使用する際はホルダーに付けてあるオレンジ色の「タブ」を引っ張ればホルダーごとスルリと抜き取れる。なお、ツールを入れて巻き付けた状態でも太くなりすぎないことも考えて作っているので、スマートレスキューを装着していてもグラブレールは普段通り使える。

難燃性の生地を使ったホルダー。ツールは写真のように自動ポンチ側をポケットに差し込み、ベルトカッター側を面ファスナー付きのフラップで固定してセットされている
内側にはツールの使用法イラストがある。使用する状況ではとにかく急いで行動したほうがいいので、注釈などはできるだけ省き、直感的に使い方が分かる描き方にしたという。また、シルバーの生地は暗い中でもイラストを見やすくするための配慮
ホルダーの色はさまざまな内装色に合うことを重視して選択している。そしてタブは暗い中で見分けが付くように明るい色とした。また、ホルダーの外周を黒色の生地で縁取っているが、これはホルダーの輪郭をハッキリさせることが狙い
巻き付けたあとは面ファスナーでとめるのだが、タブを引いたときにスムーズにグラブレールから外れるようにするため、面ファスナーは必要最小限まで小さくしたという
ツールとホルダーをストラップでつなげることで、ツールを車内に落としても拾いやすくなるし、水没した際でもホルダーが浮くので見失いにくくなる

 できることならスマートレスキューを使うような場面に遭遇したくないし、実際に購入しても使う機会はないかもしれない。しかし、「もしも」は誰にでも起こり得ることだし、他の誰かを助けることも可能なので、ぜひこの機会にスマートレスキューを車内に装備しておくことをお勧めしたい。

スマートレスキュー 使い方紹介映像(47秒)