インプレッション

アバルト「595」

 2011年末、イタリアのボローニャ・モーターショーにてワールドプレミアに供されたアバルト「595」シリーズは、ファンにとっては長らく日本への導入が待望されていたニューモデルだったに違いないが、2013年1月の東京オートサロンにて、いよいよ日本市場における正式リリースが発表されることになった。

 2009年に、まずは「トリブート・フェラーリ」として登場したアバルト「695」シリーズの場合と同じく、1960年代に人気を博したアバルトの名作にオマージュを捧げる最新モデルである。

 「595」シリーズを構成するのは、「595コンペティツィオーネ」と「595ツーリズモ」の2モデル。

 ともに現行型アバルト「500」のスープアップ+ドレスアップ版で、パワーユニットはコンペティツィオーネ/ツーリズモとも共通のスペックとされる。1.4リッターの直列4気筒DOHC16バルブ+ターボの「T-Jet」ユニットに、従来型アバルト500にオプション設定されていた「エッセエッセKONI」キットを標準装着。パワーは160PS、トルクは23.5kgmを獲得するとともに、コニ製の減衰力可変ショックアブソーバー「FSD」ダンパーもスタンダードで装備する。

 そして、日本仕様ではパドルシフト式5速シーケンシャルトランスミッション(ATモード付き)「MTA」のみが組み合わされ、0-100km/h加速で7.4秒という高性能をマークすることになっている。

 この2つのバージョンのうち「595コンペティツィオーネ」は、よりスポーツ性の高い仕立てのホットハッチ。ボディーカラーは1950年代の速度記録車へのオマージュを示した「グリージオ・レコード」と呼ばれるメタリックグレーを筆頭に、スパルタンな単色カラーのみとされる。インテリアは、2トーン基調のレザー&アルカンターラ仕上げのバケットシート「アバルトコルサ by サベルト」が標準装備されるなど、そのネーミングに相応しいレーシーな雰囲気を醸し出している。

 また、従来型アバルト「500」ではオプションとされていた4本出しの可変背圧エキゾーストシステム「レコード・モンツァ」も標準装備されることになった。

595Cツーリズモ

 一方の「595ツーリズモ」は、その名のとおりGTを意識したモデルで、ハッチバックの「595ツーリズモ」のほかに、電動折り畳み式トップを持つコンバーチブル版「595Cツーリズモ」もセレクトできることになっている。

 ボディー色はイメージカラーとされるグレー&レッドの2トーンをはじめ、ブラック&ホワイトの2トーンもチョイスでき、いずれもドレッシィなデザインの10スポーク17インチアロイホイールが標準指定される。

 そして、従来のアバルト「500」に採用されていたのと同じ形状の本革シートや、シフトパドル組み込みのステアリングホイールなども、レッド&ブラックやブラウン&ブラックなどの2トーンを生かしたカラーコーディネートが選択可能となるなど、インテリアにおいてもクラッシィなイタリアンGT感が見事に演出されているのである。

595コンペティツィオーネ

 ちなみに従来のアバルト「500」は、唯一5速MTが選択できるスパルタンな入門バージョンとして、今後もハッチバック版のみが存続。シートがこれまでの本革レザーからファブリックに変更され、エアコンディショナーもオートからマニュアルに変更されたこともあって、従来から30万円ダウンとなる269万円(車両本体価格)で販売されることになった。

スキルを問わない絶対的愉悦

 今回「595」のテストドライブの舞台に指定されたのは、富士スピードウェイのショートサーキット。監修を担当した往年の名レーサー、関谷正徳氏も自ら認めているように、レーシングスクールへの供用を主な目的としているためドライバーの弱点と車両の欠点が最も明快にさらけ出されるコースとされている。

 まずは595コンペティツィオーネから走らせることになったが、走り出した瞬間に感じたのは、意外にも乗り心地のよさだった。695トリブート・フェラーリで初採用されたコニFSDダンパーの効力は素晴らしいもので、もちろん絶対的にはかなりハードなのだが、2300mmという短いホイールベースから予想される不快なピッチングは皆無なのだ。また誤って片輪を縁石に乗せてしまっても、挙動を乱すことなくスムーズにコーナーを抜けられる。

 しかし何よりも感心させられたのは、乗り手のスキルを問わない圧倒的な楽しさである。先に告白しておきたいが、筆者のドライビングテクニックは決して褒められたものではなく、特にサーキット走行はどちらかと言えば苦手な部類に属する方。ところがこのアバルト595ときたら、あまりの楽しさについつい時間の経過を忘れてしまうほどだったのだ。

 この楽しさをもたらしているのは、「TTC」(電子制御式ディファレンシャルロック)や「ESP」(エレクトリック スタビリティ プログラム)などに代表される電子制御システムのチューニングの巧さだろう。通常のコーナーリングでは必要以上に介入せず、いよいよ本当に危ない領域に入ろうとするや否や確実に作動。オーバーステアからスピンに陥ることのないようにコーナーリングを補助してくれる。結果として「スリリングだが危険ではない」という、絶妙の調律が施されているのだ。

 さらにパワーフィールのナチュラルさが、このドライビング・プレジャーをさらに増進させている。595シリーズは従来型500と同じくIHI(石川島播磨工業)製の小径ターボチャージャーを装備することから、米ギャレット製GT1446型大径ターボを装着する695シリーズの加速感には一歩譲ると言わざるを得ない。しかし、大径タービンゆえに過給の立ち上がりにタイムラグが生じる、いわゆる「ドッカンターボ」にもなりがちな695に対して、595は小径タービンが過給をレスポンシブに立ち上げ、今回のような短くトリッキーなコースでも、あるいは筆者の稚拙なスロットル操作でも、比較的容易にパワーバンドを維持してくれる。つまりコースやドライバーの技術によっては、595(あるいは500エッセエッセ)の方が速く走らせられることも充分にあり得るだろう。

 そして、日本向けの595シリーズ全車に装着されることになった5速MTAも、サーキットでは非常に有効な武器となるだろう。現代では同門となったアルファロメオに装着されるデュアルクラッチトランスミッション「TCT」と比べてしまえば、変速スピードは決して速いとは言えない。

 しかしシングルクラッチ特有のダイレクトな変速感は、少なくとも感覚面では依然として気持ちよいものだろう。決して万人に薦められる乗り方とは言えないが、左足ブレーキを駆使してステアリング操作とスロットルコントロールに集中できるのは、パドル式シーケンシャルミッションの最高のメリットと思われるのだ。

 一方、595ツーリズモではサスペンションのセッティングなどで595コンペティツィオーネとの相違点は無いとのことなのだが、実際に乗ってみると若干ながらマイルドに感じられる。おそらく格段にソフトな本革レザーシートによる乗り心地の違いと、スタンダードの2本出しマフラーによる聴覚的なマイルドさによるものと推測されるが、アバルト側の狙いどおり「GT」としてうまくまとめられていると感じた。

 さらに595Cツーリズモは、オープンゆえに少々剛性面では不利となるが、それが却っていっそうマイルドな乗り心地をもたらしていたことも付け加えておきたい。サーキット指向の「武闘派」とは程遠い一方で、アバルトにスーパーカー的なエクスクルーシブ感を感じている「軟派」の筆者には、この595Cツーリズモが最も魅力的に感じられた。

 そしてこの車にレコード・モンツァマフラーをオプション装着し、青天井のオープントップから、弾けるようなアバルトミュージックを思う存分に堪能してみたいと夢想してしまったのである。

 ところで、この日は新たにアバルトのベーシックモデルに位置付けられることになったアバルト「500」もサーキットテストに供された。

 この車は、従来型500が595両モデルに上方移行した分を埋める廉価的とも受け取られがちだが、今や日本市場では貴重となったMTを愉しめるという点では、現行の500系アバルトの中でも稀有な存在である。

 また、現在でも魅力的な木箱に入ったオプションキットとして購入できる「エッセエッセKONI」キットを組みこめば、少なくともパフォーマンスとハンドリングの面では595シリーズと同等のものとなる。

 その一方で、ブラック基調に赤いストライプの入ったファブリックシートや、スイッチが1950年代風デザインになるマニュアルエアコンなどによって演出されるクラシカルでスパルタンな雰囲気については、ゴージャスな595シリーズよりもむしろ魅力的に感じる向きもあるに違いない。

 特にチューニングベースとしてのアバルトを求めている硬派には、積極的にお勧めできるモデルと言えるだろう。

500

ドライビング・プレジャーの伝道者

500

 2007年のブランド復活以来、予想以上の成功を収めてきたアバルトは、今回の595シリーズの登場によって新たなる局面を迎えつつも、依然として最高のドライビング・プレジャーを提供することへの強いこだわりを見せつけてくれた。これはアバルトというメーカーが、いかに「楽しさ」を重要視しているかの表れと思われる。

 実は今年2013年は、初代にあたる「フィアット・アバルト595」が登場した1963年からちょうど50周年となる。また、それに先立つ1955年にフィアット600ベースの「アバルト750デリヴァツィオーネ」を製作し、「市販車ベースのチューニングカー」というジャンルを開拓してからは実に58年もの歳月が経過した。

 昔も今もアバルトは、自動車を走らせるという本質的な喜びを誰よりも大切にし、スポーツドライビングを志すドライバーにとって最高のパートナーとなっているのだ。

 またアバルトでは単に自動車を生産するだけでなく、いわゆるソフト的側面として、プロ/アマを問わずドライバーの育成も長らく行ってきた。その伝統に従って、有名レーサーから直接レッスンを受けられる公式ドライビングスクール「アバルト・ドライビング・ファンスクール」が、2012年から日本国内でもスタート。今シーズンも鈴鹿や富士などのサーキットを舞台に3回が予定されているという。

 ハードとソフトの両面から、ドライビングの楽しさを徹底追究するアバルト。彼らの最新作である595シリーズも、必ずや新たなる自動車趣味の世界に貴方を誘ってくれるに違いないのである。

【お詫びと訂正】記事初出時、595Cツーリズモと595コンペティツィオーネの写真の説明が入れ替わっておりました。お詫びして訂正させていただきます。

武田公実