インプレッション

メルセデス・ベンツ「Aクラス」

 床下に水素タンクや駆動用バッテリーなどの次世代エネルギー搭載のためのスペースを確保しつつ、万一の前面衝突時にはエンジンやトランスミッションなど衝撃を吸収しない“固形物”をその床下へと滑り込ませることで、生存空間を確保。そのうえで、わずかに3.6mという全長の中から最大の居住スペースを捻出する革新的なスモールカーのパッケージング・デザインを実現――フロントエンドからルーフにかけてが“一筆書き”風のラインで構築された、1997年に登場の初代「Aクラス」というのは、そんな新アイデアを満載した意欲的なモデルだった。

 このブランドとしては初のFFレイアウトの持ち主という事柄も含め、「新たな価値観の創造」という点ではやはり何ともメルセデスの作品らしいと受け取れたのが、今から15年前に登場のこのモデル。そして、そんな初代モデルの市場での反応も踏まえ、さらにゆとりある居住スペースを手に入れるべく全長が一気に200mm以上も延長された、2004年にデビューの2代目モデルも、前述の“二重底”構造のボディーやモノフォルムのスタイリングなど、初代モデルが手がけた基本的特徴をそのまま継承した。

 それゆえに、「なるほど、こうした独特の内容こそが、メルセデスが考える“理想のコンパクトカー”ならではの特徴なのだろう」と、そう自ら納得してきた人ほど面食らう結果となってしまいそうのが、今度のAクラスでもある。

 名称はそのまま受け継いでいるし、メルセデス・ファミリーの末っ子という立ち位置も変わってはいない。けれども、その2点を除けば逆に「何もかもが変わってしまった!」と受け取るしかないのが、いよいよ日本にも上陸となったここに紹介の新しいAクラスというモデルであるからだ。

A180 ブルーエフィシェンシー スポーツ

“自由奔放”な3代目

 3代目Aクラスが大変貌を遂げる――それは、新しい「Bクラス」の発表が前回とは逆に、Aクラスより半年前という“先出し”のタイミングで行われたことからも、実はある程度は察しがついたものだ。

 すなわちそれは、新しいAクラスのキャラクターが前2代のモデルから大きく軌道修正されるため、その従来型ユーザーの“受け皿”をまずは用意すべく、Bクラスを先にモデルチェンジしたということ。実際、モノスペース型フォルムをキープし、改めて居住空間の大きさを前面に打ち出した新型Bクラスは、従来型Bクラスからの乗り換え需要のみならず、これまで2代のAクラスからの乗り換えユーザーも、すでにしっかり受け止める実績を残しているという。

 一方で、かくして居住性重視の優等生的なファミリーカーとしての呪縛から解き放たれた今度のAクラスがいかに“自由奔放”に振舞ったかは、一見して明らかだ。

 冒頭紹介の二重底構造との決別により、全高を15cm以上も下げた返す刀で、全長は40cm以上も延長。そんな「低く流麗」なプロポーションは、これまで2代の“ずんぐり型”とは余りにも違う。

 実際、そんな新型ではドライビング・ポジションも先の2代のモデルとは天と地ほども異なっている。まずは高い位置にあるフロア上へとステップを踏み、そこで前方に足を投げ出すというこれまで2代のAクラスのスタンスは、それゆえ「乗降性に少々難アリ」だったのに加え、ヒップポイントの高さに正直ちょっと違和感を抱いたもの。

 それに比べると、新型の乗降性とドライビング・ポジションは、端的に言って「スッキリ素直」になった。後席への乗降性も改善著しく、これならばちょっと足腰の弱った祖父母をゲストに招く、といった場合でも、申し訳ない思い(?)をしないで済むのだ。

A180 ブルーエフィシェンシー スポーツ

 一方で、そんな新型Aクラスのキャビンが、先2代モデル以上に前席優先の思想でデザインされているのもまた間違いない。

 前述のように、高床構造の廃止で乗降時の足の運びは楽になったものの、サイドのウインドーグラフィックがアーチ型でリアドアの天地サイズが限られているゆえ、頭部の運びはやや窮屈。さらに、リアシートに腰を下ろせば目前にはスポーティなデザインのフロント・ハイバックシートが立ちはだかり、受ける閉塞感が意外にも強かったりするからだ。

 もちろん、だからこそ「後席を重視する人は、新しいBクラスに行って下さい」というのが、メルセデスが目論む戦略でもあるはず。確かに、ボディーサイズ以外は差異が少なかった従来型A/Bクラスのラインナップに比べると、ユーザー側からもキャラクターが分かり易く差別化されているのが今度のA/Bクラスなのだ。

 グンとスポーティで若々しくなったルックスがまずは大きなセールスポイントである新型Aクラスでは、同時にインテリアのデザインもインパクトあるエクステリアに負けていない。

 2眼式のメーターパネルこそ比較的オーソドックスでありつつも、ジェットエンジンをモチーフにしたという空調レジスターや、昨今流行のタブレット端末を立て掛けたかのようなセンターディスプレイのデザインは、なかなかクールでモダーンな印象。その上で特筆したいのはシートやドアトリムも含めてのインテリア各部の質感で、これはCクラス以上の兄貴分たちと比べても、全く遜色のない仕上がりということができる。

 すなわち、今度のAクラスはエクステリアにしてもインテリアにしても、まずはその“見た目”から顧客の心をガッチリと掴むことのできるポテンシャルの持ち主であるということ。そこに、スリーポインテッド・スターのブランド力が上乗せされるとなれば、その商品力の高さはもはや折り紙付きと言っても良いだろう。

A180 ブルーエフィシェンシー

やや非力なエンジンに、スポーティーな足まわり

 そうは言っても、やはりクルマは走りの実力が伴ってこそ。長い歴史に育まれたFRレイアウトを備える上級モデルたちの実力には定評あるメルセデス・ベンツ車も、「このブランドのFFモデルには、まだちょっと不安が残る……」と、あるいはそんな人が居ないとも限らない。

 今回テストドライブを行ったのは、1.6リッターのターボ付き直噴4気筒エンジンに、「7G-DCT」を称する7速のデュアル・クラッチ・トランスミッションを組み合わせた「A180」シリーズ。スロベニアで開催された国際試乗会でテストドライブした2リッターエンジン搭載の「A250 シュポルト」は「この春以降にテスト車の準備が整う予定」とのことで、日本でのテストドライブの機会はもう少し先になりそうだ。

 そんな1.6リッター・エンジンが発する122PS/200Nmという最高出力/最大トルクに対し、A180シリーズの車両重量は1.4t強。そして、そんなこのモデルで実感できる加速感というのは、「そうしたスペックからほぼ想像ができた通り」と、それがまずは自身の印象となった。

 前出200Nmという最大トルク値は、さすがは過給機付きのエンジンならでは。が、122PSという最高出力は「自然吸気ユニットでも実現可能なのでは?」と、数字的にはその程度に留まるものだ。例えば、ボルボ「V40」用のユニットは、同じ1.6リッターのターボ付きで180PSを発生。フォルクスワーゲンではA180と同じ122PSと200Nmを、やはりターボ付きながら1.4リッター・ユニットが発生させている。

A180 ブルーエフィシェンシー

 もちろん、実際の印象は必ずしもカタログスペック通りとは限らないが、それでもA180シリーズの動力性能は、「必ずしも強力とは思えない」というのが真実。それは、ほぼ同じ重量のボディーに同じパワーパックを積む新型Bクラスでの経験から、実は事前に予想が付くものでもあった。

 「走り始めの蹴り出し感はさほど力強くはなく、スタートシーンでの滑らかさや変速動作はトルコンATに引けをとらないスムーズさでありながらも、全般に少々“鈍”なイメージは否めない」と、それがBクラスの場合と同様にこちら新型Aクラスにも当てはまる印象であるということだ。

 ここでちょっと気になるのは、あくまでファミリーユースを狙ったBクラスに対し、これまで述べて来たように今度のAクラスはよりスポーティで若々しいキャラクターを目指したものであろうという点。となれば、そこではBクラス以上にシャープで機敏な動力性能を求めたいとも思える。国際試乗会での経験を踏まえて言えば、Aクラスが狙う走りのキャラクターにより相応しい動力性能の持ち主は、個人的には「A250の方」と思えるということだ。

A250 シュポルト

 A180シリーズの静粛性は、このクラスのモデルの標準的な水準だ。ただし、実はこの項目では新型「ゴルフ」(ゴルフ7)の仕上がりがもはや“別格”で、「静かさに関しては、ゴルフに対抗できるモデルを他に知らない」というのが自身の現時点での評価にもなる。もちろん、日常シーンで決して喧しいというわけではないが、前述の加速力を“補填”しようとトラスミッションの「S」モードを選択すると、緩加速シーンでも低めのギアが選ばれてエンジンの高い回転域を常用しがちとなるために、全般のノイズレベルがより高めとなることは避けられない。

 一方、そのフットワークのテイストは「文句ナシに“スポーティ”」というフレーズを使う気になれる。特に、15mmローダウンの「スポーツサスペンション」に18インチのシューズを組み合わせた「A180ブルーエフィシエンシー スポーツ」では、相当に高い横Gが発生するような走りのシーンでも、気になるロールを殆ど感じさせない。同時に、アンダーステアという言葉とは無縁のスポーティなコーナリング感覚を味わわせてもくれる。フル電動式のパワーステアリングが伝えるフィーリングも、適度な反力と滑らかな操舵感によって常になかなか上質だ。

 反面、ちょっとばかり突っ張り気味でしなやかさに欠け、路面に状態によっては時に「粗っぽい」という表現も使いたくなったのが、その乗り味に関してだった。この点では、標準サスに17インチのシューズを組み合わせる「A180ブルーエフィシエンシー」の方がややマイルドな仕上がり。それでも総じてそうした傾向が感じられたのは、今度のAクラス全車がサイドウォール補強型のランフラット・タイヤを標準装着としている点にも、1つの要因があるのかも知れない。

 なるほど今度のAクラスが、そのルックスからイメージできる通りに、数あるメルセデス・ラインナップの中にあってもスポーティなテイスト溢れるモデルに仕上げられたのは間違いない。いずれにしても言えるのは、間もなく上陸のボルボ V40、そして待望の新型ゴルフなども交えて、「今年の欧州Cセグメント車は“大豊作”」という事柄だ。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

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