インプレッション

ベントレー「コンチネンタル GT スピード」

 名門ベントレーにとって「スピード」は、90年もの歴史を持つ称号。開祖たるW.O.ベントレー時代の第1作として1921年に正式販売された「3リッター(3Litre)」に、デビュー2年後となる23年から追加されたハイパワー版「スピードモデル」がその元祖である。

 ベントレー「3リッター・スピードモデル」は、標準型3リッターの65PSから15PS増しとなる80PSのパワーにより、90mphオーバー(約150km/h)のスピードを達成。ヴィンテージ期(1921~1930年を指す)の3000cc級スポーツカーとしては世界最速車の1つと称され、今なお世界中のエンスージアストから敬愛される名車中の名車となっている。

 その後もW.O.時代の各作品において高性能版の称号として授けられてきた「スピード」のネーミングが復活したのは、2007年夏のこと。初代「コンチネンタル GT」の560PSに対して610PSまでスープアップしたW型12気筒ツインターボエンジンを搭載した、上級・高性能バージョンとしての登場であった。

 新時代の「スピード」モデルは、まずはクーペ版の「コンチネンタル GT スピード」が端緒となり、その後2008年には4ドアサルーンの「フライングスパー スピード」、さらに2009年にはコンバーチブルの「コンチネンタル GTC」にも「スピード」が追加されることになった。

 そして2012年6月に開催されたクラシックカー&レーシングカーの総合イベント「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」において、2代目となったコンチネンタル GTにも「スピード」が追加されることを発表。同年12月には、日本国内でも正式デビューを果たすに至ったのである。

史上最速のベントレー市販車

 初めて陽光のもとに対面した新型コンチネンタル GT スピードの第一印象は、意外なほどに控え目。英国的な表現を引用すれば「アンダーステートメント」な雰囲気を漂わせているように感じられた。

 エクステリアではフロントグリルがダークティント仕立てに変更されるほか、ホイールが専用デザインの21インチに、そしてエグゾーストパイプの内径にライフル状の刻みが入れられるのが、標準型コンチネンタル GTとの最大の違いである。一方、リアコンビネーションランプにクロームメッキのベゼルが付くとともに、サイドフェンダーには「W12」のバッヂが取り付けられるが、これは今後すべてのW型12気筒エンジン搭載車に踏襲されることになっているとの由である。

 他方インテリアでは、筆記体で「Speed」の文字が刻まれたスカッフプレートのほか、ダイヤモンドキルト仕立てのレザーシート、ドリルドペダル、そして美しいローレット加工が施されたシフトセレクターなどでドレスアップされるが、スカッフプレートを除けば標準型「コンチネンタル GT」でもオプション選択可能とされる「マリナー・ドライビング・スペシフィケーション」のスポーティな仕立てが標準装備化されたものである。

 したがって少なくとも内外装だけを見てしまえば、ただでさえゴージャスな標準型コンチネンタル GTとの大きな差を見出すことは難しいが、やはり最大の差と言えばさらなるチューンアップを施されたエンジンをはじめとするメカニズムであろう。

 新型コンチネンタル GT スピードのために用意されたW型12気筒ツインターボエンジンは、コンチネンタル GTの423kW(575PS)/6000rpm、700Nm/1700rpmから、460kW(625PS)/6000rpm、800Nm/1700rpmまで高められている。当然ながら走行性能は素晴らしいもので、0-100km/h加速は4.6秒から4.2秒に、最高速度は318km/hから一気に330km/hまでジャンプアップすることになった。

 この性能を見て思い出したのが、2009年から限定生産され、早くも伝説的存在となっている「コンチネンタル・スーパースポーツ」。初代コンチネンタルGTをベースに、2シーター化やインテリア各部にカーボンファイバー部材を贅沢に投入したことで110kgもの軽量化達成に成功した一方、W12ツインターボ・エンジンは最高出力630PSまでスープアップ。その結果0-100km/h加速では3.9秒、最高速でも329km/hという圧倒的な高性能を発揮したモデルである。

 つまり新型コンチネンタル GT スピードは、少なくともマキシマムスピードについては「史上最速のベントレー市販車」を標榜するに相応しい存在となったのである。

 とはいえ、標準型コンチネンタルGTの段階でも既に575PSを発生する超高性能車である。たとえ「スピード」スペックとなっても、ドライブフィールはあまり大きくは変わらないのでは? と想像する向きも多いかもしれない。

 正直に言えば、かねてからベントレーに対する敬愛の想いを公言している筆者でさえ、同じ思いを抱いていたことを告白すべきだろう。ところが実際に走り出してみると、筆者の予想は大きく裏切られることになった。もちろんよい方向に、である。

330km/hを目指した本気

 まずはATセレクターを「D」レンジに入れて走り出す。街中をユックリと流す程度のスピード域では、トルクカーブが若干ながら高回転指向にチューニングされていることもあって、トルク感や実質的な加速も含めて標準型コンチネンタルGTとの差異は見出し難かったというのが正直なところであった。

 しかし、少しでも深めにスロットルペダルを踏み込むと状況は一変する。コンチネンタル GTとほとんど変わらないかに聴こえたW12サウンドが格段に野太くなったと思った瞬間、全身を震わせるように猛然と加速を始めるのだ。その加速フィールの逞しさは、間違いなく標準型コンチネンタル GTを上回っている。

 また、これまでにもコンチネンタル GTシリーズ各モデルの試乗記ではお伝えしてきたように、歴代コンチネンタル GT系のATセレクターには、シフトタイミングやスロットルレスポンスをよりスポーティなものとする「S」モードが設けられるが、今回の新型GT スピードでは、通常の「D」レンジと「S」モードのキャラクターの違いが、これまでになく明確なものとなったようだ。

 「S」モード、あるいはパドルシフトでマニュアル操作している際の新型GTスピードは、まさしくスーパースポーツカー。アクセルに乗せた足にちょっとでも力を入れたならば、間髪入れずにW12ツインターボ・エンジンが反応する。あとはもう、周囲の景色が早回しに見えてしまうほどの強烈な加速に身を委ねるほかない。

 また、「S」モードおよびマニュアルシフト時に耳をくすぐるワイルドなエンジンの咆哮も、感覚的な速さを増幅させている。特に中間加速域では若干のこもり音も感じられるが、静かに走りたいならば、再び「D」レンジに戻せばよいだけのこと。英国Naim Audioの高級Hi-Fiシステムから流れるクリアなBGMに耳を傾けつつ、超高級ツアラーに相応しい安楽なクルージングを愉しむこともできる。

 そして、このエンジンとの組み合わせで絶大な効力を発揮するのが、W12ツインターボを搭載するコンチネンタル GT系としては初めて採用された8速ATである。コンチネンタル・スーパースポーツよりも重く、パワーでも5PSだけとはいえ劣る新型GT スピードに、「史上最速のベントレー量産車」となる最高速をもたらした最大の功労者とも言うべきこの新型トランスミッションは、すでにV8版には先行採用されており、今後はすべてのW12モデルにも拡大されるとのことだが、この組み合わせが実によいのだ。通常の「D」レンジにおける走行モードでは、立ち上がりのトルクがホンの少しだけ薄くなるチューンド・エンジンを、クロスレシオ化された8速ATが巧みにサポートしてくれる。

 さらに前述の「S」モードでは変速レスポンスも格段に高められるほか、パドル操作の「マニュアル」モードでは、シフトダウン時の自動ブリッピング機構「クイックシフト」も確実に作動し、スペック上の車両重量など微塵ほども感じさせない軽快さを披露してくれるのだ。

 一方、「330km/hで本気のクルージングができる」ことを目標とした新型GT スピードでは、シャシーの強化にも余念がない。

 まずはパワーの増大に合わせて車高を10mm下げるとともに、フロントのキャンバー角を15%増やし、スプリングレートをフロント45%、リア33%強化、アンチロールバーを53%強化するなどの策が図られたとのことだが、そのスペックに反して路上での走行マナーは、まったくもって洗練されたものとなっている。

 例によって、コンソールのスイッチで4段階の堅さを選ぶことができるショックアブソーバーを最もハードに設定しても、乗り心地は「固く締まった」ていど。決して不快な突き上げを感じさせるようなことは無かったのである。

 その一方で、高速道路に代表される高速コーナーでの安定感は素晴らしいもので、持てるパワーを開放するような走りでも、常に安心感を与えてくれる。

 「330km/hで本気のクルージングができる」車づくりは、決して伊達や酔狂ではなかったようだ。

W12バージョン特有の“特別感”が格段に増幅

 ところで、2012年夏に当サイトでもご紹介した、コンチネンタル GT V8の初ドライブまでお話しを戻させていただけるだろうか。

 この時にはオプションとしてW12ツインターボ版のコンチネンタル GTクーペに乗るチャンスにも恵まれたのだが、W12ならではのパワーとダークヒーロー的なフィーリングに加えて、いかにも本革らしい芳香を漂わせるアニリン染めレザーハイドの豪奢なインテリアがもたらすミスマッチに、何やら背徳的な魅力を感じさせられしまったことを鮮明に記憶している。

 V8ツインターボ版の登場をもってコンチネンタル GTシリーズは新たな局面を迎え、W12ツインターボ版は、よりゴージャスかつパワフルな方向性を追求するようになったと思われる。そして新型コンチネンタル GT スピードは、W12ツインターボ版特有のキャラクターをさらに特化した、まさに「最上級のコンチネンタル GT」となったのである。

 こうしてみると、第一印象では控えめに映った内外装の雰囲気も、何か独特の「凄味」であるかのようさえ感じられてくる。この車は1995年から2002年まで、わずか322台が生産された伝説の怪物クーペ「コンチネンタルT」の再来と言っても、もはや過言ではないだろう。

 コンチネンタル・スーパースポーツにも充分に匹敵し得るパフォーマンスやハンドリングを見せつける一方で、スーパースポーツのようなヤセ我慢(それはそれで快感とも言えたが……)を強いられることなどは皆無。ベントレー技術陣は「ウィークディとウィークエンド双方に楽しめるエブリディ・スーパーカー」を目指したとのことだが、その目論みが完全なかたちで実現されていることが確認できたのである。

武田公実