インプレッション
ダイハツ「キャスト アクティバ」「キャスト スタイル」
2015年10月27日 13:10
1人2役をこなすのは珍しくないけれど、1人3役というのはそうそう例がないもの。女優イザベル・ユペールが3役を演じた映画「3人のアンヌ」だったり、海外の大ヒットドラマ「Girls」では、主演女優が脚本と監督も担当した“変則3役”というのもある。でも、年齢や性別を超えたまったく別のキャラクターになりきるのはかなり難しそうだ。
それはクルマの世界でも同じこと。これまで、「標準」と「カスタム」の2役というクルマは多かったけれど、3役はなかなか珍しい。今回、そんな3役を見事に演じ切っているのが、ダイハツ工業から登場した新しい軽自動車「キャスト」だ。
まず1役目は、行動範囲を広げてくれそうなクロスオーバーSUVテイストを纏った「キャスト アクティバ」。ボディー前後にバンパーアンダーガード、サイドにはガンメタリックのドアモールやロアボディーを使ってワイルドな印象を演出して、全高は1630mmとなり、最低地上高はほかの2モデルより30mmアップした180mmになっている。4WD車にはアクティバ専用装備として、ぬかるみなどの滑りやすい路面でスリップを制御するグリップサポート制御や、滑りやすい下り坂などで車速を低速に保ってくれるDAC(ダウンヒルアシストコントロール)制御を装備している。見た目だけでなく、雪道などのちょっと荒れた路面でも安心してドライブできる仕様だ。
そして2役目は、クラシックとモダンが融合したようなエレガントさと、洗練された都会的なテイストを纏う「キャスト スタイル」。フロントグリルをはじめ、バンパーモールやサイドモールなど、外観には上品にメッキパーツが散りばめられて、流行に左右されない大人っぽさのあるデザインだ。また、インテリアにはスエード調のベージュ×グレー表皮をあしらい、明るくてほっとリラックスできる空間にしている。アクティバではオープンポケットだった助手席側のインパネトレイは、スタイルではリッド付きで上質感のある印象に変更されているのもこだわりのポイントだ。
最後に3役目は、少し遅れて10月末の発売予定となる、エアロパーツを纏ったちょっとイケイケの「キャスト スポーツ」。フロントグリルに真っ赤な「S」のエンブレムが鎮座するのを筆頭に、外観ではドアミラーやリアクォーターピラーパネル、サイドストーンガードのピンストライプなどの赤いアクセントが目立つ。こちらももちろん外観だけでなく、中身までしっかりスポーツを演じている。コペン譲りのパドルシフト付き7速マニュアルモード付きCVTのほか、2WD(FF)車ではスポーティサスペンションを採用し、16インチタイヤを履いているのもトピック。しかも、オプションで「コペン」と同じブリヂストン ポテンザブランドのスポーツタイヤも用意されているという異例の対応だ。開発者の口からは「4人乗りのコペンを目指した」という言葉や、「普通にお乗りいただくには少し硬すぎたかもしれません」という反省(?)まで出てくるあたり、走り好きにはかなり期待できそうだ。
そんなキャストのベースになっているのは、ダイハツが「軽の本流」として最高・最先端の技術を詰め込んだ実力派の「ムーヴ」。軽量・高剛性ボディーの「Dモノコック」や、驚きの操縦安定性をもたらす「Dサスペンション」、パワーモードスイッチでCVTのプログラムを切り替える「Dアシスト」などの技術がキャストにも受け継がれている。さらにパワートレーンの効率を突き詰めた「e:sテクノロジー」によって、燃費は30.0km/Lを達成(2WD 自然吸気エンジン)。衝突回避支援ブレーキをはじめとする先進安全装備「スマートアシストII」も踏襲しており、外観だけでなく性能や装備も文句ナシだ。
ただ、ムーヴのすべてを継承したかというと、あえて排除したところもあるという。例えばムーヴではちょっとした目玉装備だったTFTカラーマルチインフォメーションディスプレイなど、ムーヴで採用したもののユーザーの評価が低かった装備は排除。キャストではその分のコストをデザインや質感向上のために使っているとのこと。そのこだわりは、聞けば聞くほど細部にまで渡っていてビックリする。Cピラーを寝かせたり、ドアパネルの上部に厚みをもたせてふっくらした面に仕上げたりと、手のこんだデザインを使って丸みを帯びたシルエットを実現しているほか、フロントグリルは熱対策で下側を開けておかなければならず、スタイルのメッキ装飾は下側に向かってだんだんとフェードアウトしていくようにデザインされている。
また、エンブレムをよく見ると、プレート部分の模様まで変えてあり、インテリアではドアトリムにパッドを入れてソフトな触感になっている。スタイルで採用しているベージュのシートは、色調がもう少しアイボリー寄りの方が女性受けがよさそうだと思って開発担当者に伝えてみると、そこは肌触りのよさを優先した結果との答えが返ってきた。つまりそこも、コスト優先ではなくこだわりを貫いたということだ。
さらにキャストはボディーカラーも豊富で、モノトーンのほかにブラックかホワイトのルーフが設定されるツートーンを用意。このツートーンルーフは塗装ではなく、「コペン セロ」などでも採用している「Dラッピング」というフィルムトップとなっている。フィルムと聞くと耐久性などが心配になるかもしれないけれど、そこはもちろんテスト済みで心配無用。しかも、汚れをはじくツルツルした表面加工なので、ちょっとした汚れなら水で流すだけでキレイになり、ワックスがけも不要という優れモノらしい。メーカーにとっては作業工程が複雑にならない利点があり、他メーカーのツートーンルーフように納車が長くなってしまうこともなさそうだ。
乗り味は3者どころか6者6様
さて、見事な1台3役ぶりのキャストだけど、実際に走ってみたらそんなに違いはないのでは? という予想のもと、試乗をスタートしてみる。3モデルそれぞれにターボと自然吸気エンジン、2WDと4WDの設定があり、今回は残念ながら10月末発売予定のスポーツはおあずけ。まず乗ったのはターボのアクティバだ。大人3人乗車にもかかわらず、走り出しから力強く、グイグイと加速してくれる。30mmアップした車高によりサスペンションのストロークも伸ばしてあるので、やっぱりコーナーでのロールはやや大きめなものの、その挙動はゆるやかで、直進では予想以上にガッシリとした安定感がある。後席ではSUV特有とも言える、ポンポンと少し弾むような乗り味が感じられる場面もあるけれど、まるでスタジアムシートのようなアップライトな視点で見晴らしがよく、おおむね快適な乗り心地だ。
次は自然吸気エンジンでベーシックグレードであるXのスタイル。同じく大人3人乗車で走り出すと、ターボほどのグイグイ感はないものの、スムーズな加速フィールを発揮。音が静かで振動も少なく、このあたりの上質感はしっかりある。このボディーで付けられる最大径のスタビライザーを採用し、車高が低い分だけコーナーでの安定感はやはりアクティバよりガッシリしている。でも、硬さを感じる場面はなく、試乗会場内にある石畳の道でも不快な振動が少なかったのが印象的だった。高速走行ではさすがに上り坂では息切れ気味だったけれど、Dアシストボタンでパワーモードを使うと追い越し加速も十分で、街乗りだけでなく遠出をするにもそれほど不満はないと思えた。足まわりの担当者によれば、アクティバ、スタイル、スポーツの2WD/4WDそれぞれでセッティングを細かく調整しているというから、乗り味は3者どころか6者6様に変化していると言える。
室内空間は数値で比べればコンパクトカーのフィットと同等だというだけあって、かなり広々。頭上スペースはムーヴよりややタイトながら、後席のスライド量は同等の240mmあるし、そのスライドを使えばラゲッジも荷物の多さに合わせて使いやすい。1つ残念なのは、ラゲッジ側から後席をスライドできる機能がないこと。これも先代ムーヴのユーザーから支持が低かったため採用していない装備だと説明されたけれど、単なる移動手段として使うよりも、海へ山へと出かけるユーザーが増えそうなキャストだからこそ、これは設定してほしかったと思う。
とは言え、キャスト専用となるセパレート2ウェイスピーカーの新設などによってハイエンドオーディオに匹敵する高音質サウンドナビを実現した「プレミアムダイヤトーンサウンドシステム」を設定したり、とことん自分仕様にこだわりたいという人の心くすぐる要素が満載のキャスト。これからは「思い描いた役を演じる」というのもクルマ選びの1つの楽しみになりそうだ。