インタビュー
F1アルファロメオ・レーシング開発ドライバーのタチアナ・カルデロン選手にレースへの想いや日本について聞いた
スーパーフォーミュラにも参戦する女性ドライバー
2020年11月26日 07:00
- 2020年11月24日 実施
FCA(Fiat Chrysler Automobiles)グループのブランドを日本に展開するFCAジャパンは11月24日、オンラインでグループインタビューを開催。同社が日本で展開するブランドの1つ「アルファロメオ」のF1チームとなる「アルファロメオ・レーシング・オーレン」(アルファロメオ・レーシング)に所属する開発ドライバーのタチアナ・カルデロン選手が記者の質問に答えた。
これまでF3やF2といったF1直下のカテゴリーを戦ってきた27歳のカルデロン選手は、現時点で最もF1に近い女性ドライバーと言ってよい存在で、今シーズンは全日本スーパーフォーミュラ選手権に、道上龍監督率いるDrago CORSEチームから参戦。第2戦、第3戦こそ新型コロナウイルス(COVID-19)の入国制限のために来日することができず欠場したが、現在は日本に滞在して残りの3戦(12月の鈴鹿での2戦と富士)に参戦を目指している。カルデロン選手は「今後数年日本に腰を落ち着けて、F1チームから評価してもらえるような結果を出したい」と述べており、今後もチャンスがあればスーパーフォーミュラなどの日本のレースに出たいという意向を明らかにした。
コロンビア出身27歳の女性ドライバーがF1のアルファロメオ・レーシング・オーレンで開発ドライバーを務める
タチアナ・カルデロン選手はコロンビア出身で27歳の女性ドライバー。F1チームが契約するレギュラードライバー以外には、リザーブドライバー(レギュラーのドライバーに何かあったときに出場する控え)、テストドライバー(シーズン中やシーズン後のテストなどの走行を担当するドライバー)、開発ドライバーという大きくいって3つの契約形態があり、カルデロン選手はアルファロメオのF1ワークスチームとなるアルファロメオ・レーシングの開発ドライバーとなる。
開発ドライバーというのは育成ドライバーという扱いで、シーズン中やシーズン後のテストを担当するテストドライバーのようにチームのF1カーを走らせることはないが、チームがキャリアの育成に協力したり(具体的に言えば資金を出して下位カテゴリーを走らせたり)、何戦かのF1レースなどに帯同してF1の世界で認知度を上げたりする(今シーズンのようにパドックに入れる人数などに制限がある時は難しいが……)ようなことに協力するドライバー。カルデロン選手は当時チームがまだザウバーだった2018年に開発ドライバーとして採用され、同年にはテストドライバーも務めており、実際に同チームの2018年型車両(ザウバーC37)をメキシコのサーキットで走らせている。これはラテンアメリカ出身の女性ドライバーとしては初めてのことだったという。2019年にチームがアルファロメオ・レーシングに改称された後も開発ドライバーを務めている。
カルデロン選手はコロンビアや米国などのカート選手権やジュニア・フォーミュラで活躍した後、欧州に渡りヨーロッパF3などを経て、2017年と2018年にはGP3、2019年はF2(現在角田裕毅選手が走っているF1直下のカテゴリー)に参戦するなど、順当に上位カテゴリーにステップしてきたキャリアの持ち主だ。
今シーズンは、道上龍監督率いるレーシングチーム「Drago CORSE」から全日本スーパーフォーミュラ選手権に参戦しており、ホンダエンジンを搭載した12号車 ThreeBond Drago CORSE SF19を走らせている。途中でル・マン24時間レース参戦などを挟んだため、新型コロナウイルスの入国制限などの影響で残念ながら第2戦と第3戦は欠場となってしまったものの、第4戦には再び参戦。現在は鈴鹿サーキットで12月5日~12月6日に行なわれる「2020年 全日本スーパーフォーミュラ選手権 第5戦/第6戦 第19回 JAF鈴鹿グランプリ」、富士スピードウェイで12月19日~12月20日に行なわれる最終戦「2020年 全日本スーパーフォーミュラ選手権 第7戦」に向けて、日本に滞在してレースに備えている。
2018年にザウバーでF1カーを走らせた経験は信じられないほど素晴らしい経験だった
グループインタビューは、あらかじめ司会に提出された質問にカルデロン選手が答えていく形で行なわれた。
──それでは冒頭にカルデロン選手から冒頭に自己紹介を。
カルデロン選手:9歳の時に姉のパオラ(現在同選手のマネージャーを務めている実姉。Drago CORSEチーム代表の道上龍監督のTwitterで、タチアナ選手とパオラ氏が3月のスーパーフォーミュラテスト後に、日本の空港から2人で自宅のあるスペインへ戻る様子が投稿されている)が連れて行ってくれて、ゴーカートを始めました。幼いころからスポーツが好きで、そこからモータースポーツとの繋がりができました。ファン・パブロ・モントーヤ(コロンビア出身の元F1ドライバー。F1通算7勝)がF1ドライバーとして活躍し始めていた時期で、自分もF1ドライバーになりたいと思いました。2018年にザウバーから走行する機会を得たときには最高の気持ちで、まだまだ少ない女性ドライバーとして参画することができたことは誇りに思っています。そして、現在もアルファロメオ・レーシング・オーレンという有名なブランドの一部を担っていることを誇らしく感じています。
コロンビアでカートを始めてからいくつかの選手権を取ることができて、その後は米国に渡り、それから欧州へと渡りました。そして欧州ではF1ドライバーを夢見てシリーズに参戦してきました。そして今年は全日本スーパーフォーミュラ選手権に参戦しており、ル・マン24時間レースにも参戦できたのです。
もちろんF1へのステップアップは簡単ではありません。特に男性と女性では体のつくりも違い、例えば筋肉に関しては女性の方が30%少ないと言われています。しかし、モータースポーツではそうしたフィジカル(体力)面だけでなく、メンタル(精神)面が重要であり、女性ならでのトレーニングをして毎日鍛えています。また、マシンへの適合も課題の1つで、例えばペダルのサイズ1つとっても男性と女性では全く違っています。男性ならペダルサイズは43になりますが、私の場合は37になるので、ブレーキをちゃんと踏み込めるようにするには調整する必要がある場合もあります。実際、2年前にF1カーをドライブした時も快適にドライブするのは難しかったほどでした。
しかし、それでもF1カーをドライブするというのは夢のような体験で、チャンスをもらえたのは嬉しかったです。もちろん今でもF1ドライバーを目指しており、ここ日本で活躍を認めてもらって、アルファロメオ・レーシングから声がかかるようなドライバーになりたいと思っています。
──アルファロメオ・レーシングの開発ドライバーになったときのことを教えてほしい。
カルデロン選手:F1チームの一員になることは夢だったので、夢が叶ったと思いました。F1カーを初めてドライブした時は「信じられない!」と思いましたし、特別な瞬間だったと言っていいと思います。
──アルファロメオのブランドや市販車の印象は?
カルデロン選手:チームと契約した翌年からアルファロメオとの関係が始まり、イタリアのチームになりました。そして今はチームのアンバサダーとしても活動していますし、アルファロメオは非常に成功したブランドだと思っています。アルファロメオの市販車との関わりという意味では、父親がコロンビアでスパイダーを持っていて、天気のよい日曜日には乗せてもらったりしています。別にチームに関わることがなくても、デザイン的にも、ブランド的にも、アルファロメオのファンになっていたと思います。
──アルファロメオ・レーシングというのはどういうレーシングチームか?
カルデロン選手:もちろんフェラーリやレッドブルなどに比べると小規模なチームであることは間違いありませんが、リソースを上手に使っていてそれを最大化しているという印象です。チームのベースはスイスにあって、多くの国籍の人がいますし、さまざまなレース経験のある人が集まっています。ファクトリーにはチーム独自の風洞があって、非常に素晴らしいファクトリーになっています。その意味で、ザウバーとアルファロメオという組み合わせは完璧だと思っています。
憧れのドライバーは同じコロンビア出身のファン・パブロ・モントーヤ選手。好きな和食はうなぎとお寿司!
──女性レーシングドライバーとして一番困難なことは? それを解決する方法は?
カルデロン選手:それはいい質問ですね。さっきも説明した通り、男性と女性は体の構造が異なっており、筋肉量も30%少なくなっていて、力では男性に劣っています。そもそもレーシングカーは男性の体を前提として作られており、女性の体をそれに合わせるのはさまざまなところを調整する必要があります。そのため、セットアップも男性とは違ってくるのです。しかし、エンジニアにとっては同じドライバーなので、前のドライバーと同じやり方をしたくなるのは当然だと思います。だから、違うセットアップの方がいいのだということをエンジニアに納得してもらえるように証明する必要があるのです。そのためには勝つことが近道だし、それを理解してもらえるように努力しなければいけないと思います。
女子選手が成長するためには、男子と同じようにカートの段階からチャンスを与えることが重要だと考えています。そして、モータースポーツは男性のみのスポーツでなく、女性も活躍できる、そうした人の見解を変えていくことが大事になります。私はFIAのウーマン・モータースポーツ・コミッションの一員として活動しており、ガールズオントラックという、カートに女子が参加できるようなプログラムにここ数年取り組んできました。そして、今年はライジングスターという取り組みを行なっており、FDA(フェラーリ・ドライバー・アカデミー)に女子が初めて選ばれるなどの成果を出しています。将来はこうしたチャンスを生かして、女子がモータースポーツでも競争力があることを示していかないといけません。
──運転に自信がない女性ドライバーに向けてメッセージを。
カルデロン選手:確かに運転に自信がないという女性は少なくないと思います。でも、そこに限界はないんだ、自分を信じればできるんだと思うことが大事だと思います。モータースポーツでの女性選手の活躍も同様に、信じて夢を見続けることが大切で、私も情熱を持ってやり始めたら自分を信じ続けること、そして決して諦めることをしませんでした。だからここにいると思っています。
──2021のWシリーズに興味はあるか?
カルデロン選手:自分個人としては特にないというのが正直なところです。というのも、すでに自分は男性と同じ土俵で勝負しており、マシンがあることで、性別に関係なく勝負することができているからです。そのため、今から女性だけのシリーズに参戦する必要があるとは思っていません。しかし、これから上位のカテゴリーに上がろうと思っている若い女子にとってはいい機会だと思いますし、その中から次の時代を背負うような女性ドライバーが出てきてくれることを希望してます。私個人としてはもっと優れたドライバーになってF1で勝負したいと思っていますし、後進にもそうであってほしいです。
──あこがれのレーシングドライバーは誰か? 男性から1名、女性から1名お願いしたい。
カルデロン選手:自分はコロンビア出身なので、やはり(同国出身の)ファン・パブロ・モントーヤ選手がヒーローですし、今でも彼のことはフォローしています。女性ドライバーでは、自分が欧州に渡ったころにウイリアムズF1でテスト走行をしたスージー・ウォルフ氏(筆者注:2014年にウイリアムズからFP1を2回走行している。メルセデスF1チーム代表のトト・ウォルフ氏の妻で、現在はベンチュリ・フォーミュラEチームのチーム代表)です。自分としてもそうした実績を出してくれている人がいるというのは励みになりました。
──レーススタート前に緊張するか?
カルデロン選手:緊張しないのはそんなに重要なことをしていないということなので、スタート前は緊張します。そんな時には音楽を聴いて落ち着いたり、レースエンジニアと戦略について話したり、準備体操をしたりして緊張をほぐしていきます。マシンに座ってライトが消えるまでは緊張していますが、スタートしてしまうとプレッシャーがなくなるためか、落ち着いて緊張はなくなります。
──自分の強みはなんだと思っているか?
カルデロン選手:強み弱みがありますが、自分の強さは繊細なドライブができること。エンジニアに細かな指示を伝えたり、スムーズなドライビングをすることでタイヤマネージメントが細かくできる。また、判断を下すときに冷静に判断を下す、レース中に冷静な判断を下すところは有利になるところがあります。
──日本にきて一番びっくりしたことは何か? また、和食で好きなものは?
カルデロン選手:実はスーパーフォーミュラに参戦が決まるまで日本に来たことがなかったので、初めて訪れる国はどんなところなんだろうと、来日前はいろいろ緊張していました。でも、今は日本の文化がとても好きになっています。外国人である自分に対してとてもオープンに対応してくれるし、尊重してくれる。そして何より日本はとても風景の綺麗な国で、そして何よりも食事が最高(笑)。どれも素晴らしくて1つに絞れないのですが、特に「ウナギ」(筆者注:英語の中にうなぎと日本語で説明。蒲焼きなのかひつまぶしなのかなどは不明)です。そしてここでは最高のお寿司が簡単に食べられる、それも素晴らしいです。これからいろいろな食事に出会える機会があると思うので、これからも素晴らしい和食を見つけていきたいです。
自分のキャリアの中で日本に来たのは本当にいい判断だったと思っていて、今後数年、来年以降も日本でレースを続けることができればと思っています。
──先輩などからアドバイスされたことがあると思うが、その中で心に残っていることは?
カルデロン選手:「限界なんてなくて、自分で制約を設けるな」という意味の、「They can do it, you can do it.」(他の人にできることは、あなたにだってできるはずだ)という言葉です。
──最後に日本のファンへのメッセージを。
カルデロン選手:今年は誰にとってもチャレンジングな年ですが、日本のスーパーフォーミュラでレースができているのは本当に素晴らしいことです。スーパーフォーミュラはF1に最も近いクルマで、本当に素晴らしいシリーズです。ここでいい仕事をして、自分の能力を証明して、F1に呼ばれるようにしていきたいです。今年はCOVID-19の影響で、ファンと思うように交流することが難しいのですが、この国のモータースポーツファンはとても素晴らしいです。今年日本に来て日本が大好きになったので、もっとファンとふれあいたいと思っています。将来的にはもっと日本語を勉強して日本語で話すことができるようにしていきたいです。“ありがとうございます”(筆者注:最後は日本語)。