トピック
元Modulo開発者直伝のノウハウを活かした「プリンス・オブ・ソンクラー大学チーム」
第16回 学生フォーミュラ大会にタイから参加
- 提供:
- 株式会社ホンダアクセス
2018年10月10日 00:00
- 2018年9月4日~8日 開催
学生フォーミュラには海外の大学も参加しているが、Car Watchでは2017年に引き続きタイ王国の大学「プリンス・オブ・ソンクラー大学」の「Lookprabida」チームのチャレンジに注目した。
Car Watchの取材担当者がソンクラー大学のメンバーと会ったのは大会2日目。彼らのテントを訪ねると、そこには1人の日本人がいた。
2017年の記事でも紹介しているが、この方は以前、本田技術研究所に在籍し「ワンダーシビック」や初代「NSX」の開発ドライバーをしていた玉村誠氏である。学生フォーミュラの会場には自動車メーカーOBが大勢来ているが、その中でも大物クラスの人物だ。
そんな玉村氏は、10年ほど前から学生フォーミュラの運営を手伝っていたことがあり、4年前にソンクラー大学のマシンが走行しているのを見かけた。
当時のソンクラー大学は学生フォーミュラを始めたばかりでマシンの完成度は低いものだった。そこで、玉村氏はチームメンバーにマシン作りのアドバイスをしたのだが、最初は彼らのレベルが玉村氏の言うことを理解できるところになかったようで、コミュニケーションに苦労したという。それでも玉村氏は現地へ行って指導。そして、指示した作業を学生が実践したところ、彼らは大きな効果を体感。そこから玉村氏とソンクラー大学チームとの関係は深まっていったという。
玉村氏が初めてソンクラー大学チームのマシンを見たときの印象だが、クルマとしての基本性能ができていないものだった。そこでまずは基本性能を出すことを目的に指導していった。Moduloと同じ考えである4輪のタイヤをしっかり地面に付けて走ること。まずはフレームの剛性をどう上げていくか、これができたらサスペンションをスムーズに動かすための設計およびセッティングを行なうといったマシン作りだ。
2017年のマシンで「やっとベースができた」と玉村氏は語った。とはいえ、まだまだベースである。ここからようやく「開発」が始まった。そして、できたのが2018年のクルマ。学生フォーミュラは毎年新しいフレームを作ることが決められているので、今年のフレームも新たに作ったものだ。
2017年からエンジンのレギュレーションが変わったため、搭載するエンジンを変更することと、ドライバーから狭くて操作しにくいという声が出ていたコクピットを広くしたいということから、フレームの幅が2017年より広く取られた。
それに伴い、サスペンションアームの全長が短くなったが、こうした変更に対して「走行中のアライメントはどう変化していくか」ということも玉村氏は教えているので、チームはそこも解析して今回のフレーム設計に落とし込んできたという。
玉村氏が教えてきたことは、クルマ作りの技術だけではない。玉村氏が最初に彼らのガレージを訪れたときは、物が全く整理されていない状態で、床に工具や外したパーツ、ネジがちらばっていたという。
玉村氏はその光景を見て、整備の環境に関しても教えていくことが必要だと考えた。そこで、まずはガレージ内の清掃と物の整理整頓。工具類も雑多にしまうのではなく、整理させた。さらに、外したネジや工具を入れておくトレーを買い与え、凡ミスの予防と作業の効率も高める指導をした。
結果、今回のピット風景写真を見て分かるように、トレーの活用はもちろん、今やっている作業で「使うであろう」と思われる工具を工具箱から出して机に並べるというところまで行なうようになった。
また、作業が終わったら作業時に出たゴミ、金属片などをクルマが拾わないようにほうきで掃くなど、レーシングチームらしい雰囲気も出てきた。
台風の影響を受けた2018年の学生フォーミュラは日程こそ変更はないが、スケジュールのほとんどは後にズレたので、ソンクラー大学チームも2日目からの始動となる。
最初の仕事として車検を受けるところからだが、さっそくトラブル発生。なんと燃料給油口のパイプ内径が規定より細いと指摘されてしまったのだ。ただ、これはレギュレーションの解釈違いによるもので、学生達のミスとは言いがたいことだったが、検査員に指摘されたからには直さないと車検には合格できない。
そこで、いったんピットへクルマを戻して対策を行なう。方法は燃料タンクを降ろして給油パイプを外し、内径を広げることだが、この作業にはそれなりの時間がかかる。そのため、再車検を受けて合格をもらえたのが17時過ぎとなってしまった。順調にいけばこの日は静的審査まで進む予定だったが、翌日へ持ち越しとなった。
大会3日目は快晴で気温もかなり高くなった。ソンクラー大学チームは前日の燃料タンクの件で手間取ったぶん、車検もまだ残っているので朝から車検に取りかかった。
車重の計測、ドライバーの脱出、チルトはすんなりOK。騒音もソンクラー大学の44号車はタービンで消音されるだけに、ここも一発合格。ところが、残るブレーキで再び問題発生。何度試してもリアがロックしないのだ。そこで、またしてもピットへ張り付く。ブレーキをバラしてエア抜きをしたり配管チェックなどを行なって再チャレンジ。今度はOKが出て車検はすべて合格した。
しかし、度重なるトラブル発生でソンクラー大学チームは時間をかなり消費している。そのため、とても大事な練習走行の時間がなかなか取れないのであった。
いよいよ静的審査に入る。非公開のプレゼンテーションではなかなかに好評だったという。そして次はデザイン審査。審査が終わった後に担当した審査員に話を伺ったところ、作っただけでなく後の評価もちゃんとやってあり、そのデータも分かりやすくまとめられていたとのこと。部品の軽量化について解析技術も使っているところがいい印象だったという。サスペンションの構造に関してもアンチロールバーを付けないなど、極力パーツ点数を減らしてセッティングを容易にしようとする工夫が見られたという評価。
それに、なにより作ったものや改良したものすべてになんらかの評価を行なっていたところが、学生フォーミュラの趣旨と合っているというところを高く評価。審査員いわく「作っただけではなく評価があるので、彼らとはエンジニア同士の会話ができる」とのことだった。また「まだまだ伸びしろはありますね」といううれしいひと言も出た。
ここで、今回のチームリーダーであるチェスラコンさんに話を伺った。タイの大学は日本と同じく4年制で、チェスラコンさんは現在22歳の4年生。チームには以前から参加しているが、チームリーダーは毎年変わるのでリーダーをやるのは今回が初めて。クルマをいじるのは好きで、チームではリーダーのほかにサスペンションチームのメンテナンスを担当しているという。
ちなみに、ソンクラー大学チームでは毎年のリーダーを決める際、先生の指示ではなくチームメンバーが話し合い、ふさわしい人を決めるとのこと。
そんなチェスラコンさんに「チームリーダーとして今年のマシンをどう見ている?」と質問。これについては搭載しているカワサキのエンジンが低速トルクがあって乗りやすいクルマになっているということだった。
また、「マシンのポイントは?」という問いについては「サスペンション」と自身が担当する部位を即答。ここで笑いが涌いたが、実際のところ最大の武器は動きのいいサスペンションなので、彼の仕事が成績に大きく影響する。そんな大事な部分を担当するだけに「タイヤの性能を引き出せるようなセットアップを心がけている」と言っていた。
さて、ソンクラー大学チームだが、玉村氏のほかにも日本からのサポートを行なっているところがあった。それがホンダ車の純正アクセサリーメーカーであり、Modulo Xシリーズの開発も行なうホンダアクセスだ。
ホンダアクセスは、タイでチームにレーシングスーツを提供したり、大会でメディアへの取材協力などをしているが、そもそも「なんでタイの学生チームのサポートを行なうのか」という根本的な疑問はある。そこで、会場に来ていたホンダアクセス広報の石井氏に理由を伺った。
石井氏は「まず個人的な話ですが、私の中ではModuloというと玉村さんで、この人が技術研究所からホンダアクセスに来て作りあげた走りが、Moduloの原点になっているのです。玉村さんとは一緒に仕事したこともありましたが、退職されてからはお付き合いはありませんでした。ところが、私がタイに駐在しているとき、ソンクラー大学チームを支援している玉村さんに再会しました。玉村さんが現地でやっていたのは、私たちの世代に大きな影響を与えた当時のクルマ作りでした」。
「それを聞いて思ったのがModuloの歴史です。玉村さんが作り、それを若い世代が踏襲して、時代や車種に合わせて今のModuloを作っています。その元祖である玉村さんが活動している……。また、タイでは日本以上にModuloの認知度が高いということから、会社としてサポートさせてもらうことになったのです。とはいえ直接何かをしているわけではなく、こうやってメディアさんを紹介するなど、間接的にお手伝いしている感じです」とのことだった。
玉村氏は44号車の走行をコースサイドから見つめているが、よほどのことが無いと口出しはしない。これは以前からのスタイルで、例えばセットアップ時に、第1ドライバーのビッグさんが走行したあと「どうだった?」と聞く。ビッグさんからは説明があるが、できなかったところや問題点は多い。そこで「どうするの?」と聞き返すのだが、答えは間違っていることも多い。でも、そこで指摘しないで「じゃあやってみな」と自分の考えたことをまず実践させるのだ。
そして、思い通りにならなったことを体験させてから答えを教えることで、より理解力を高めているという。こういった教え方について、玉村氏は「自分もテスト部門に入ったころはなにもかもが分からないことだらけで、失敗を繰り返しながらいろんなことを考えていました。そしてワンダーシビックの開発をしているころは“このテストがダメなら次はこうしていこう”と、常に先のことを考えるようになっていました。そういうことをやってきたので、彼らにも考えることを覚えてほしいのです」と語った。
さて、話をソンクラー大学チームの44号車へ戻すと、アクセラレーション、スキッドパッドを終えて、残るはオートクロスとエンデュランスだ。
走行予定時間が近付くと、待機していた44号車がスタートエリアへと入ってくる。最初に走るのは第2ドライバーのタナワさんだが、マシンに乗り込んで順番を待っていると突然の豪雨。待機車両はすべてテント下へ避難して止むのを待つ。
そして、学生フォーミュラの最終日は大会のメインとなるエンデュランスが行なわれる。この競技は1周約800mのコースを約20周するのだが、時間差で3台のマシンが同時にコースインするため、追う追われるの展開が見られる。また、途中にドライバー交代もある。
走行はこれまでの成績が参考になるので、44号車は比較的早い時間の出走となった。しかし、この日は朝から雨が降ったりやんだりでコースは濡れた状態だし、いつまた降り出すか分からないためレインタイヤを装着してスタート。しかし、実はこのタイヤは借り物で、しかも2年ほど前のものといい、あまり頼りにならないものだった。
そんなことからオートクロスのときよりも第1、第2ドライバーともミスが多く出た。この競技ではパイロンを倒したりコースを外れたりするとタイムが加算されるため、順位を落として40位となってしまった。
走行後、ドライバーの2人に感想を聞いてみると「ウエットは不慣れだったし、サスペンションのセッティングもドライ用だったので苦労した」とのことだ。
これですべての競技が終了。後日発表された正式リザルトでは、プリンス・オブ・ソンクラー大学チームは31位という結果(最下位は92位)。中盤より上で海外チームでは21チーム中7番目となった。
2019年の大会にも彼らは参加する予定と言い、マシンは2018年の反省を修正して新たに作るが、エアロデバイスは「組み込みたい」と言っていた。それを聞いていた玉村さんは苦笑いをしていたが、前に書いたように「考えてやってみる」である。2019年のマシンがどうなるか、楽しみだ。