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将来の自動車産業を担う若者が静岡に集結。「第15回全日本学生フォーミュラ大会」レポート
国内外から94チームが参加し、小型レーシングカーによるものづくりの総合力を競う
2017年9月29日 16:15
- 2017年9月5日~9日 開催
9月5日~9日、自動車技術会が主催する「第15回全日本学生フォーミュラ大会 ものづくり・デザインコンペティション」が開催された。会場となった静岡県掛川市と袋井市にまたがる広大な小笠山総合公園(エコパ)には、自動車技術分野での活躍を目指す学生で構成される国内外94チームが集まり、5日間にわたってその技術を競った。
全日本学生フォーミュラとは?
大雑把に言ってしまえば学生自らがチームを組み、フォーミュラスタイルの小型レーシングカーの企画から開発、製作までを行ない、その完成度を競うというシンプルなものだ。しかしながらその内容は大雑把なわけがなく、審査内容は完成した車両の性能はもちろんだが企画趣旨や車両の優秀性をアピールするプレゼンテーションの能力、製作コストも問われるなど、驚くほど多岐にわたり極めて細かい。しかも年々参加学生のレベルが向上しているというから勝利へのハードルは極めて高い大会となっている。
自動車関連の企業を目指す学生にとっては、競技のすべてが社会人になれば起こりうる極めて現実的なもので、学校の授業の枠にとどまらない独創性が求められながらも、それが夢や絵に描いた餅にならず、実社会で実現できる力も採点されるというのがこの大会の特徴でもある。つまるところ、日本の自動車産業がこれから国際競争力を維持し続けるためにスタートした産学官民連携による本気の人材育成プログラムというのが、この「全日本学生フォーミュラ」の正体だったりするのだ。
さて、そんな大会だからか、運営側もただつつがなく安全に大会を運営できればいいとは微塵も考えていないように見える。何しろ、日本の自動車産業の未来を託しているのだから。大会を支援するスポンサー企業には、名だたる日本の自動車メーカーやパーツメーカー、その他自動車産業に関わる多数の会社が名を連ねている。運営を行なったり審査を行なったり、そして学生が製作した車両のメンテナンスの手伝い等を行なうスタッフも、実はメーカーで開発に携わっている技術者だったり、かつて匠の技で日本のものづくりを支えてきた職人気質のメーカーOBだったりする。人的支援も多く、コンペティションでありながらその実、社会人の先輩からの技術伝承の場でもあり、世代を超えた交流の場であったりとさまざまな面を見せる。
さて、前置きが長くなったが、5日間にわたり開催された今年の「全日本学生フォーミュラ」を順を追って紹介しよう。
何はともあれまず車検
街を走る自動車だって、サーキットを激走するレーシングマシンだってこれがなければ始まらないのが車検。この大会では、ICV(ガソリン車)とEV(電気自動車)の2つのカテゴリーに分けられていて、カテゴリー別に異なる検査項目はあるが、おおむね以下のとおりになる。
・安全性やフレームの作り方に問題ないかをチェックする技術検査
・ガソリン、オイルなどの漏れがないかをチェックするチルト検査(車両を45度傾けてテスト、またドライバーが乗車した状態で60度傾け、転覆しないかもテストする)
・ブレーキの効き具合を検査するブレーキ検査
・ドライバーが5秒以内に脱出できるかどうかのテスト
以上の4項目に、ICVは排気音レベルが大きすぎないかをチェックする騒音検査(所定の条件で排気音110dB以下)、EVには電気的な安全性をチェックする電気車検と絶縁されているかをチェックするレインテストの2項目が加わり、すべての検査に合格したクルマだけが競技に参加できる。
静的審査
車検に定められたすべての項目をパスすると、いよいよ審査に入る。すべての項目に点数がつけられるここからが競技開始だ。車両コスト算出の妥当性や競争力を審査する「コスト」、設計の適切さや革新性、加工性、補修性などを審査する「デザイン(設計)」、製造販売のためのプレゼンテーション技術を審査する「プレゼンテーション」の3項目が審査対象。
「コスト」は年間1000台の生産を前提とした試算結果を記した事前提出書類が求められ、「プレゼンテーション」では市場要求に合った車両の製造・販売を含むビジネスプランを会社役員に納得させる、という仮想シチュエーションでの審査。プレゼンテーションの審査会場は張り詰めた空気に満たされ、ここだけは報道陣の立ち入りも制限されている。
「デザイン(設計)」は外観のよしあしではなく、あくまで設計におけるデザインで、時として学生の主張と審査員との軽い意見の衝突があったり、その実、それが現役のメーカー技術者である審査員から学生へのメッセージであったりと、立場こそ違えど同じ志を持つ技術者同士のコミュニケーションが垣間見えるシーンもあった。
なお、デザイン審査での得点が上位の3チームは、大会4日目にふたたび審査が行なわれた(デザイン ファイナル イベント)。こちらは公開審査という形がとられたため、トップ3のクオリティを見学しに多くの学生が会場に集まった。
「コスト」では京都工芸繊維大学、デザインは京都大学、プレゼンテーションでは名古屋大学EVがそれぞれ最高得点をマークし、静的審査を終えた。静的審査合計の配点は総合1000点中325点。速く高性能なクルマを作り上げても原価を安く、そして高い商品性を持ち、なおかつその商品の市場価値を審査員に伝えられなければこの大会を制することができないのだ。
動的審査
動的審査は、広大な敷地内に設置された特設コースを実際に走行して審査が行なわれる。0-75m加速を行なう「アクセラレーション」、「スキッドパッド」と呼ばれる8の字コースによるコーナリング評価、直線・ターン・スラローム・シケインを組み合わせた800mのコースを2周する「オートクロス」、オートクロスに近い周回路を今度は20周し、クルマの全体性能と信頼性を評価する「エンデュランス」の4つの競技で構成され、それぞれタイム計測を行ない配点する。また、エンデュランス計測時は燃費(ICV)・電力消費量(EV)も計測され、評価対象として加点される。
3日間に渡って行なわれた動的審査だが、今年はすべてが安定した晴天下のドライ路面で行なわれ、走行時間帯による路面温度の差こそあれ、悪天候による影響は最小限であった。アクセラレーションはTonji University EV(中国)、スキッドパッドは芝浦工業大学と、静的審査では上位に名を連ねることのなかった2校がトップタイムをマークした。
一方、オートクロスでは静的審査のコスト部門で最高得点をマークした京都工芸繊維大学が、こちらでもトップタイムをマーク。エンデュランスでもトップタイムをマークした名古屋工業大学に続く2番手のタイムでゴールし、昨年度大会の総合優勝チームの底力を見せつけた。
なお、燃費・電力消費量測定ではHarbin Institute of Technology at Weihei EV(中国)が最高得点を得ている。
総合結果
5日間に渡って開催された今年の全日本学生フォーミュラの結果は、昨年の覇者である京都工芸繊維大学の2年連続総合優勝で幕を閉じた。総合2位は芝浦工業大学、総合3位は名古屋工業大学、EV勢のトップは総合4位の名古屋大学EVだった。
大会を支えるさまざまなモノ、コト、ヒト
1年ごとにチームメンバーが入れ替わる学生大会では難しいとされる連覇を成し遂げた京都工芸繊維大学は、昨年のマシンの基本構造を踏襲しながらさらなる改良を加え、磨き上げて得た勝利だ。一方、常連芝浦工大は勝利を勝ち取るために大幅なモデルチェンジを行ない2位を獲得した。惜しくも勝利を逃した他のライバル達も、それぞれの個性的なアイデアをベースに先輩方から伝承されるノウハウ、今年の走行データや他校との交流、日本の自動車産業を支える技術者らがつとめる審査員達からのアドバイスなど、ここで得た多くの経験を盛り込み来年に臨むだろう。
現役・OB問わず、現場での社会経験豊富な技術者たちがボランティアスタッフとして支える今大会だが、実は参加チーム内の指導者の中にも多くの技術者がいる。今大会の総合34位となった山口東京理科大で指揮をとる貴島孝雄教授もその1人だ。貴島氏は日本発のライトウエイトスポーツカーの雄・マツダ「ロードスター」の初代から開発に携わり、2~3代目で主査を務めた人だ。
1989年にロードスター(発売当初はユーノスロードスター)が登場した翌年、今度は本田技研工業から歴史にその名を残すスポーツカー「NSX」がデビューする。今大会を総合53位で終えた、タイ王国からの参加チーム「Prince of Songkla University」をボランティアという立場で技術面で支える玉村誠氏は、そのNSXの開発ドライバーを務めた1人だ。
タイのPrince of Songkla Universityと初代NSX開発ドライバーの玉村誠氏
エアロなど空力デバイスに頼る前に、まずサスペンションセッティングで4輪をしっかり動かし、トラクションを得ることを信条とする玉村氏は、NSXの開発後にその理想のサスペンションのあり方をその後に所属したホンダアクセスで商品開発を続け、モデューロ(Modulo)のパーツを育てたサスペンションテストとセッティングの専門家だ。
そんな玉村氏が同校と出会ったのは4年ほど前。ほんの些細なキッカケだったと言う。かつて現役時代にこの大会でボランティアスタッフとして車検を担当していた玉村氏が、現場であまりにもひどいセッティングの1台のマシンに出会ったのがきっかけだそうだ。見るからに剛性が足りず、セッティングも稚拙で、走行しても曲がらないクルマをドライバーが一生懸命ねじ伏せてながら走るその姿に、いてもたってもいられずピットまで足を運んでチーム監督と話をしたという。それがタイ王国からやってきたPrince of Songkla Universityというチームだったというわけだ。
この学校に可能性を感じた玉村氏は、2015年2月にタイへ渡り学校を訪ねた。学生たちは突然やってきた日本人がホンダのスーパースポーツの開発者などとは知る由もなく、紆余曲折はあったそうだが、かつて自分たちが作った(4年前に玉村氏がひどいと思った)マシンに氏の改良案を取り入れると魔法のようによくなったそうで、その繰り返しによって絶大なる信頼感が生まれ今回の大会参加に至ったという。彼らのチームシャツに記されている「MAKOTO-SAN」の文字は氏への敬意と親しみの表れなのだ(ちなみに学生がちに「タマムラさんは?」と尋ねると?マークとなり、「マコトさんは?」と尋ねると「オー! マコトさんはねー!」となる)。
そんな“マコトさん”は今でもボランティアという形での活動だが、彼らが作り上げたクルマが昔とは違い、スッとステアリングを切り込んだあと修正舵を当てることなくスーッと旋回していく姿を見ているのがとても楽しいと語る。かつてモデューロのサスペンションを生み出した玉村氏の活動を意気に感じたタイのホンダアクセスは、サポートの証としてチームにレーシングスーツを贈り、その活躍を願ったとのことだ。かつて硬派中の硬派だった「シビック TypeR」(FD2)に快適性を与えつつ、限界特性まで高めてしまった魔法のサスペンションの開発者である玉村氏は、現在タイの学生と作り上げる小さなフォーミュラマシンの開発をとても楽しんでいるようだ。
もちろん、そうは言っても玉村氏はかつて“Hマーク”を背負って難題に挑んできた技術者。時折ちらりと見せる悔しさをにじませた表情に、もっと完成度を高めてより高みを目指したいとの気持ちがにじみ出る。今大会のPrince of Songkla Universityの総合順位は前述のように53位だが、アクセラレーション(加速)は19位、スキッドパッド(8の字コースによるコーナリング評価)は11位、オートクロスも31位ではあったが、初走行のため起こったパイロンタッチ(2個、4秒加算)がなければ11位と好成績だ。「車両の進化は確認できた。今後はさらなる車両のセットアップとドライバーの技量向上が課題だ」と玉村氏は目を輝かせて語った。
日本のメーカーが数多く生産や開発の拠点を構えるタイ王国。そんな日本と馴染み深い地の学生たちとクルマ作りを楽しみ、日本の技術が伝承されていく様は見ていて清々しい。と同時に、“負けるな日本の学生たち!”と観戦を通じて感じた次第。この大会に参加した94チームは、ここに至るまでにきっとさまざまなドラマがあったのだろう。そんなことを感じさせてくれる大会だからこそ、国籍を問わずにどのチームにもエールを送りたくなるムードに溢れているのだろう。
戦いを終えて
前述の貴島氏や玉村氏、その他自動車メーカーの技術者にも話を伺うと、皆が口にするのは技術者を志す学生に対するエール。そして独自性を大切にしてほしいという想いだ。技術者の1人は「率直に言って技術の向上はプロになってからも継続できます。問題は現場ではトラブルがつきものだということです。設計どおりに作ったはずでも、思ったとおりに動作しないことも現実問題としてあります。そんな時に対応できる柔軟さは、この時期に経験する独自性から生まれます。この大会を勝ち抜く過程で得た経験からぜひ身につけてほしいと思ってます」と語る。
また、大会委員長の竹村宏氏は、閉会式にて5日間の締めの言葉として以下のように語った。「ものづくりの実際の社会というのは、チャレンジと苦労と達成感の連続なんですよね。私もそういったものづくりの面白さをここ40年ぐらい味わい続けてましたけど、えー、実は実社会はですね、そういう面白いところにさらに“給料”がもらえるというオマケまでついてくる、非常においしい世界なんです(笑)。今回、そういう面白さに共感してくださった方はぜひとも将来ものづくりの世界に飛び込んできてくれれば、と思います」
竹村氏の挨拶はこの大会の、そしてものづくりの本質そのものだ。チャレンジして苦労して達成感を得る。チャレンジのハードルが高ければ高いほど苦労が大きく、それゆえ達成感も大きいだろう。ものづくりを目指す学生たちには高い目標を持ってこれからもこの大会にチャレンジし続けてほしいものだ。
提供:株式会社ホンダアクセス