トピック
SDV時代へ向け、トヨタグループのソフトウェアエンジニアを育てる「トヨタソフトウェアアカデミー」
クルマ屋としてのソフトウェアエンジニアを最高の環境で育成
2025年10月10日 00:00
トヨタグループが取り組む、「100年に一度」の大変革時代におけるソフトウェア人財育成
現在、自動車業界は「100年に一度」の大変革時代にあると言われる。CASE(Connected[コネクティッド]、Autonomous/Automated[自動化]、Shared[シェアリング]、Electric[電動化])という言葉に代表されるように、新たな価値観がユーザーからも社会からもクルマに求められるようになり、それらに対応できない自動車会社は生き残るのが難しいのではと語る人もいる。
これらの新たな価値観を実現するために必要になってくるのは、ハードウェアとソフトウェアの両輪の技術力になる。コネクティッドはソフトウェアの実装が欠かせないし、自動化、シェアリング、電動化も開発に占めるソフトウェアの割合がこれまでのクルマ開発より圧倒的に多い。
これまでとは異なる考え方でクルマを作っていかないと、将来的にクルマの商品力で他社に負け、商品力だけでなく製造・開発コストでも大きな差が付いてしまうかもしれない。そんな危機感を世界中の自動車会社は持っている。
そのため、新たなクルマづくりとして着目されているのがSDV(Software Defined Vehicle、ソフトウェア定義車両)になる。これは、文字どおりソフトウェア的にクルマを定義して開発を行なっていくもの。ソフトウェアでクルマを設計し、ソフトウェアでクルマを走らせ、ソフトウェアでクルマを試験し……と、ハードウェアであると試作までにかかる時間やコストを削減・短縮でき、より濃密に、より高速に開発サイクルを回していこうというものだ。
また、新たな価値としてOTA(Over The Air)といった、通信によるアップデートもできるようになり、ユーザーは一度クルマを購入したあともクルマの魅力が増し、新しい体験を得られるようになる。言わば、クルマが新しい商品価値を持つようになるものがSDVと言ってもよいだろう。
しかしながら、このCASEやSDVといった新時代のクルマを開発する上で一番問題となるのが、開発を担うソフトウェア技術者の不足。しかも、クルマを理解しているソフトウェアエンジニアという、これまではそれほど求められていなかった職種の人たちが圧倒的に不足していることが挙げられる。
そのため各社はソフトウェアエンジニアをリクルーティングしたり、育てたり、従来のハードウェアエンジニアをリスキリングしたりといった形で、クルマを理解しているソフトウェアエンジニアを増やしていこうとしている。また、SDV時代と言ってもソフトウェアの世界は秒進分歩とも例えられる世界なので、AIに代表される最新の技術トレンドを理解していることも必要になる。なかなか従来の枠組みで対応できることではないし、本当にソフトウェアファーストを考えるなら従来の自動車会社の枠組みで対応するべきではないことかもしれない。
トヨタグループが取り組む、SDV時代を牽引できるクルマ屋としてのソフトウェアエンジニア
クルマの未来に向け、将来を担うソフトウェアエンジニアを育てるためにトヨタグループが2025年5月に新たに発足させたのが「トヨタソフトウェアアカデミー」になる。
トヨタソフトウェアアカデミーは、「世界中のお客様に安全・安心と移動の自由を提供」を掲げ、“クルマ屋”דソフトウェア”人財=SDV時代を牽引できる人財と位置付け、トヨタグループ各社の強みを活かし連携しながら、現地現物で学べる実践研修の提供、世界中のAI・ソフトウェア人財が集う機会の創出とキャリア形成支援を行なっている。
参画しているのは、トヨタ自動車をはじめ、アイシン、デンソー、豊田通商、そしてウーブン・バイ・トヨタになる。ウーブン・バイ・トヨタはウーブン・シティなど実証実験の街の取り組みが注目される企業だが、トヨタのソフトウェア開発を担っている企業でもあり、トヨタのモビリティプラットフォームであるArene(アリーン)の開発もここで行なわれている。
これら参画企業の新人からベテランまで多くの人財がトヨタソフトウェアアカデミーで学ぶことが可能で、トヨタグループが大事にしている「現地現物」の精神の通ったクルマ屋だからこそできる多様な学びのメニューを提供している。
今回は、その中からクルマ屋のソフトウェアエンジニア実践研修であるトヨタソフトウェアブートキャンプと、世界中のAI・ソフトウェア人財が集う機会の創出とキャリア形成支援の部分について紹介していく。
新入社員が、3か月で実際のクルマを制御可能なソフトウェアエンジニアに。飛躍的な成長を実現するトヨタソフトウェアブートキャンプ
トヨタソフトウェアブートキャンプは、トヨタソフトウェアアカデミーのなかでもソフトウェアエンジニア教育という部分で分かりやすいメニューになる。
このトヨタソフトウェアブートキャンプには、トヨタグループの技術系新人や若手社員400名が参加し、クルマのソフトウェア開発の基礎、ソフトウェア工学の基礎を1か月学んだ後、3か月の集中的な実践教育を行なっていく。
トヨタソフトウェアブートキャンプは6月上旬から3か月の予定で行なわれ、コー スとしては、車両制御コース、コクピットコース、クラウドサービスコース、 AD/ADAS自走搬送コース、AD/ADAS赤信号停止コースを用意。各コースでは名前から想像できるようにソフトウェアを作ることによって目的を実現していくとともに、最初の1か月はそのために必要なソフトウェアスキルを習得していくようになっている。
具体的には、車両制御コースであればC言語、組み込みC言語、Simulinkといったスキルになる。
そのほか共通して、品質、UX(ユーザー体験)、開発プロセス、電子プラットフォームについても学べるようになっており、4月に入社した新入社員が4か月でソフトウェアスキル(というか、これはもうクルマもですね)を身に着けることになり、まさに集中的な能力アップのブートキャンプとなっている。
このトヨタソフトウェアブートキャンプの車両制御コースについて、トヨタ多治見サービスセンターを訪れ、トヨタソフトウェアアカデミー 主査 森英男氏、同 主査 大西悠季生氏に話をうかがった
大西氏は、「世の中に新しい価値を提供しようとなると、技術をしっかり理解し、世の中のトレンドであるとか最先端の技術を自分たちの手の内に持っていて、それを適用しながら素早く開発し、素早く改善していく。そういったことが本当に必要です」と語り、開発するためには技術を手の内化する必要があるという。
また、「安全の重要性を体感しながら、お客様目線でのクルマ開発の醍醐味や達成感をちゃんと味わってもらう。そういう質の高い教育。どうしてもパソコンに向かって学ぶだけだと……。やはり、現地現物で実車を動かしながらソフトウェアを学ぶと、すごく面白いし、やれることの可能性がすごく広がると思います」と、ソフトウェアだけでなくクルマというハードウェアも組み合わせることで、できることが広がっていくという。
ブートキャンプによるチームでのクルマづくり。新入社員が飛躍的に成長
このトヨタソフトウェアブートキャンプの受講者の経歴を聞いてみたところ「多種多様な人が入っています。受講生の形になるのですけど、例えば新人とか。その(新人)中には、大学のときにソフトを専攻した人もいれば、そうじゃない人もいる」というほどトヨタソフトウェアアカデミーに入校前の制限はなく、現地で取材を行なったトヨタソフトウェアブートキャンプのメンバーは、トヨタ自動車の新入社員も多く参加していた。
ちなみに、この日現地で行なわれていたのは、ブートキャンプの最終課題である、自らのアイデアを実現した実車評価になる。3か月かけて車両制御に必要なCAN信号処理、フェールセーフ処理、THS走行制御概論、機能安全駆動力監視などのミッションをこなし、最後のミッションであるアイデアコンテストに結実していく。これまでのミッションで得た知識を活かし、実車になんらかのアイデアを組み込み、テストコースで披露するものだった。
正直、このように単なるシミュレーションではなく、実物のクルマを用いて最終ミッションを行なっていることには驚かされた。ソフトウェアの学習であるため、ある意味シミュレーションツールであるとか、デジタルツインのツールなどでアイデアの再現はできる部分がある。しかしながら、実際のクルマを使って、制御プログラムを変更し、安全機能に問題ないことを確認しつつ動かしていく。これは、もう自動車会社にしかできない教育だろう。
これらのトヨタソフトウェアブートキャンプを通じて目指す卒業生の姿は、以下の3項目になるとのこと。
実践力・自立したエンジニア
配属後、ソフトに関することを個別に教える必要がないレベル
量産相当の仕様・コード・ツールを使いこなす
クルマ屋におけるソフトウェアエンジニア
安全・安心・現地現物の精神
複合システム間連携の理解
車載品質の理解
工程スルー
量産相当の仕様書作成からコーディング、単体検査、全体結合、実車評価すべての工程をスルーで経験
正直、最初に話を聞いたときには「新入社員に対し、3か月でそれは無理だろう」と思ったが、実際にアイデアを組み込んだクルマが動いているのを見た際は、「3か月で実際にクルマの制御ができるのはすごい!!」と考えが変わってしまった。本気で、濃度の濃い教育メニューがあれば、人はここまで育つのかと思える部分だった。
トヨタ自動車の入社式は4月1日に行なわれ記者も取材していたのだが、そこで入社した新入社員が、3か月後にはクルマのソフトウェアプログラムを作って本物のクルマを動かしている。この現実を目の当たりにすると、正直、このトヨタソフトウェアアカデミーは、すさまじい人財の成長曲線を実現するモノだと言える。
このブートキャンプの最終ミッションに挑んだチームに話を聞く機会もあったのだが、そこで気がついたのは、このブートキャンプにチームで挑むことで得られるチームワークについてだった。
前述したように、このブートキャンプには新人が参加している。この新入社員は、大学において情報処理などを専攻した人だけでなく、トヨタグループに入社した人も含まれるわけだ。当然ながらソフトウェア開発が初めてという人も多く、チームの中には最新の言語に詳しい人、詳しくないけどアイデア出しが得意な人、データを整理するのが得意な人、チームをまとめるのがうまい人など、さまざまな個性の集まりから構成されている。
実際のクルマをプログラムで思ったとおりに動かすのは、誰が考えても相当に難しいミッションだ。もちろんトヨタである以上、最も重視されているのは安全性や法的対応で、それらのクルマにまつわる現実的な問題に対応した上で、新しいアイデアを盛り込んでいかなければならない。それを、新入社員が実現するのは相当に高い壁になる。
その高い壁を、手厚い教育メニューとさまざまな個性を持ったチームワークで乗り越えていく。
実際、ブートキャンプに参加したメンバーに聞いてみると、チームで協力しながら開発プロセス全体を経験したことの重要性や、その中で直面した技術的な課題と成長についての言及が多かった。特に経験不足から生じる原因究明の難しさや、リアルタイム処理が必要なCAN通信の複雑さ、そしてチーム内での得意不得意を補い合うことの大切さを語ってくれた。
自動車会社に就職したメンバーではあるものの、印象的だったのが「入社当時よりも一段とクルマ好きになれた」という言葉。休みのときには結構みんなでクルマの話をするようで、「こういうクルマが好みだ」というような会話からさらにクルマに詳しくなり、よりクルマ好きになれたという。
チームみんなで課題を乗り越えて、クルマの制御に取り組んでいく。そこにはアイデアが必要だし、もちろん知識を高める努力も必要だ。チームみんなで成長するとともに、お互いのよいところを引き出しながら、チームとしての力をさらに高めていく。参加者インタビューによって得た気づきは、このトヨタソフトウェアアカデミーの本質は、ソフトウェア技術を身に着けるだけでなく、課題をともに乗り越えていく仲間を作り上げていくことにあるのかもしれないと思った次第だ。
AIなど最新のソフトウェア技術の学びによるイノベーション加速
研修現場では、主にソフトウェア技術者としての最初の取り組みを見ることができた。トヨタソフトウェアアカデミーでは、そうした技術者としての基本的なスキルだけでなく、秒進分歩と言われるほど進化の速いソフトウェア技術のキャッチアップや習得ができるような講座も用意している。
このような取り組みについては、トヨタソフトウェアアカデミー 主査兼チーフエバンジェリスト 成迫剛志氏、同 主幹 藤野哲氏に加え、Tably 及川卓也氏に話をうかがった。
成迫氏はトヨタソフトウェアアカデミーの主査として全体のとりまとめやプログラム構成などを担う立場にあり、トヨタソフトウェアアカデミーの中心人物でもある。
トヨタソフトウェアアカデミーでは、「世界中のAI・ソフトウェア人財が集う機会の創出とキャリア形成支援」を提供価値の一つとしており、先端的なソフトウェアについて話し合う機会をグループに作り上げ、同時にソフトウェア人財のキャリアを作り上げようともしている。
成迫氏はそれを、「アカデミーを単なるその教育機関にとどめるのではなく、クルマとソフトウェアの両方を知るソフトウェアエンジニアのコミュニティ化を図りたいなと思っています。そのために、まずは参画企業各社にエバンジェリストを置いていただいています。各エバンジェリストは、単に伝道師だけやっているわけではなく、トヨタソフトウェアアカデミーのブランディングや交流のための企画なども行なっています」と語り、ある意味生粋の自動車会社であるトヨタグループの中にソフトウェア文化のコミュニティを、エバンジェリストを核に作り上げようとしている。
藤野氏は、トヨタソフトウェアアカデミーのアーキテクチャ設計を担当している。「アカデミーは自己研鑽でもあり、空いてる時間とかに受けられる。新しいチャレンジを行ないやすくするためには、eラーニングを受けられる環境が必要です。データドリブンで、こういうスキルを持ってるから、次はこのようなスキルという。自身も上司の方も、またはプロジェクトでこういう人が欲しいという人も、データで見られるというシステムプラットフォームをやっています。もう1つは、トヨタ自動車はクルマを設計して、製造して、販売するというところを一貫してやっています。この製造のところの人財が足りない。生産の自動化でロボティクスがフィジカルAIで注目されていますが、ここでも人財が必要です。販売した後のサービスを考えると、モビリティサービスという入り口はスマートフォンのアプリケーションになっていて、こういったアプリケーションを誰が作って、改善を高速でやっていかないと、サービスとしてスピードが出ない」といい、クルマの開発に関するソフトウェア講座も行なっているが、それ以外の部分の講座も開発していっているとのこと。
それらの講座を受け、スキルとして取得した人財を見える化することで、人財が埋もれることなく必要とされ、グループ全体のキャリア形成支援にもつながっていく仕組みを導入しようとしている。
及川氏は社外の有識者として、このトヨタソフトウェアアカデミーに参加しており、ソフトウェア開発業界では知らない人がいないほどの経歴を持つソフトウェアエンジニア。記者も自作パソコン誌時代などに、Microsoftの製品開発を担う及川氏、Googleの製品開発を担う及川氏に話を聞く機会があったほか、ソフトウェア開発に関する著書「ソフトウェア・ファースト あらゆるビジネスを一変させる最強戦略」などでも知られている。
その及川氏がトヨタソフトウェアアカデミーを手伝うようになった経緯は成迫氏にあり、最初は講演依頼やアドバイスの依頼が多数発生。その後、デンソーの技術顧問としてクルマ業界に関わるようになった。グループ会社であるトヨタ自動車の仕事も発生するようになり、そこで学んだことが前述の著書「ソフトウェア・ファースト」になったという。
それらの仕事が一段落したときに、トヨタソフトウェアアカデミーを作り上げようとしている成迫氏に再び誘われ、外部から参画する立場になったと語る。
及川氏としては、「クルマづくりはクルマづくりで、素晴らしいベストプラクティスの塊であり、日本のクルマ会社はトヨタをはじめとして、世界をリードしているところがある。その一方でソフトウェアというものに関しては、私がいた外資系テクノロジ会社での方法論を全然活用しきれていない。人財も育っていないというところがあり、これ(日本のクルマづくりとソフトウェア)を組み合わせたらすごいだろうなって考えてお手伝いをしています。こういうカリキュラムがいいんじゃないか、こういうやり方をしたらいいんじゃないかということを、いろいろとアドバイスしたり、手を動かしたりしながらお手伝いしています」と述べ、及川氏がこれまでのキャリアで学んできた知見などを、トヨタソフトウェアアカデミーに活かしてもらうべく取り組んでいる。
具体的に取り組んでいることとしては、藤野氏が述べているようにオンラインの研修を増やしたり、リアルな集合研修だったり、ワークショップ形式だったりと、さまざまな形態で学びの機会を提供することになる。
トヨタソフトウェアアカデミーは前述のように5社(アイシン、デンソー、豊田通商、トヨタ自動車、ウーブン・バイ・トヨタ)で取り組んでおり、各社それぞれに学びの講座があった。2025年5月に発足したトヨタソフトウェアアカデミーでは、この5社の独自講座を整理し体系立て、グループ各社の強みを活かしながら、「現地現物」を大事にした講座を更に増やしていこうとしている。
このソフトウェアの分野で大きく進展しているのがAIの活用になる。とくに2022年11月に公開されたChatGPT(Generative Pre-trained Transformer)は生成AIとして社会に大きなインパクトを与え、生成AIに代表されるAI技術の活用が企業にとって大きな課題となっている。
トヨタソフトウェアアカデミーもトヨタ「グローバルAIアクセレレーター(GAIA)」によるイノベーション加速として、「あらゆる領域でAI活用を飛躍的に加速させることを目指し、関連する技術開発への大幅な投資拡大や人財育成を推進します」としている。トヨタの経営理念でもある、「誰かの仕事を楽にしたいというニンベンのついた『自働化』」を考え方に採り入れ、新しいAI対応製品の創出に寄与していくという。
このAIに間する取り組みについて藤野氏は、「もちろんAIの講座はありますし、AIエンジニアリングですとAIを使ったクルマの自動運転があります。また、生成AI時代にソフトウェアエンジニアとしてどういうことをやるべきか、という3つのことをやっています」と語る。
さらにAIに関しては、「ワークショップをしていたり、コミュニティの中の活動としてはAI駆動開発という名の下に、いろいろな会社の人が入って議論しています。AIは発展途上なので、今の時点でどこまで使えるかまだ分からない。だけど、ほっておくと(他社に対して)追いつけなくなるのでキャッチアップできるようなものも動き出しています」(成迫氏)と、詳細は語ってもらえなかったが、AIに関しても多方面からの検討が始まっているのは間違いないようだ。
SDVに関しても同様で、それらに向けて先回りしてさまざまな知識を持っていこうとしているという。
ただ、先回りして、SDVスキルがメガトレンドとして必要になる場合は講座として設定するものの、新しい分野において実際に開発していくのは、プロジェクトベースラーニングなる流れを予測しているようだ。新規分野においては、講座として設定しつつも、実際の仕事としても回していくといったところだろう。
藤野氏は、「ソフトウェアアカデミーの講座としては、基礎をしっかり学んでもらう。変化がないものであればそのままだし、そこに新しいものがあれば足す。どうやっていくのかという改善のサイクルを回していかなければならない」と、アップデートを採り入れつつ、進化の速いソフトウェアの世界に対応する講座を新鮮なものにしていくとのことだった。
及川氏は、SDVをクルマの複合システムであるソフトウェア連携であると捉えているという。「SDVは、システムofシステムというところの一つのあり方だと思います。セントラル化していくところもあれば、分散化しているところもあるだろうと。そういったメタ知識を持っておくことによって、トレンドがどう変わっていったとしても、どれにでもフレキシブルに対応できるような、そういった能力を持てるようになる」とし、ある意味ソフトウェアの集合体でもあるSDVについては、ソフトウェア技術の知識が役に立つという。
「冗長性、可用性もそうですね。どんなものであったとしてもグロースコース(成長戦略)があるわけじゃないですか。それを把握した上で、適切な設計実装ができるっていうのが、メタな知識として必要な部分になると思うのです」(及川氏)と語り、幅広い知識を得た上でセントラル化、分散化などに取り組んでいくことが適切と見ているようだ。一方向だけに色付けしてしまうと、ほかのところに応用が利かないのではと心配していた。
成迫氏は、そのような幅広い構えについて「トレンドがどっちに流れるか分からない。セントラル化もあるけども、例えばエッジAIみたいな流れもある。技術者育成という意味ではすべてをスコープに入れながらやっていく必要がある。トヨタソフトウェアアカデミーもマルチパスウェイです」と表現していた。
SDVとは「悲しい交通事故をゼロにすること」、トヨタがソフトウェアの力を使って目指す交通事故ゼロ社会
自動車会社は「100年に一度」の大変革時代にあると言われる中、トヨタグループはトヨタソフトウェアアカデミーによって飛躍的にソフトウェア開発力を伸ばそうとしている。新入社員向けには実際のクルマを使った実践的な開発を、すでに仕事に従事している社員向けには講座や仲間が集うコミュニティ、外部の専門家による新たな知見の提供など、正直、これだけ充実したソフトウェアの学びの場があるとは思ってもいなかった。
これまでは具体的なクルマの形になっていなかったが、トヨタグループの内部的にはソフトウェアの価値が高まっており、それに応じてというより先行して、ソフトウェアファーストという環境を作り出していこうとしている。
SDVになることで、ソフトウェアファーストになりソフトウェアがアップデートされることで、新車購入時に比べクルマの価値が上がっていく時代が来るとも言われている。
では、トヨタはソフトウェアを優先した開発によって、どのような価値をクルマに提供しようとしているのだろうか? 映画コンテンツや音楽コンテンツの利用で得られる課金ビジネスなのだろうか?それとも、ソフトウェアチューニングによる走りの部分の進化だろうか? 多くの自動車会社がソフトウェアの更新価値をそうしてエンタメの部分に置いているの対し、トヨタはトヨタソフトウェアアカデミー発足後の2025年5月21日、新型RAV4の発表会においてトヨタのSDVが目指すべきものを具体的に示した。
新型RAV4は、執行役員 Chief Branding Officer デザイン領域統括部長 サイモン・ハンフリーズ(Simon Humphries)氏がプレゼンテーションを実施したが、サイモン氏はそのプレゼンで豊田章男会長とのSDVに関するやり取りを紹介した。
サイモン氏は新型RAV4のSDVについて、「自動車業界の次のパラダイムシフトは、ハードだけではなくデジタルで起こっているからです。トヨタのSDVへの挑戦はRAV4から始まっていくのです。みなさんがSDVと聞いて、まっ先に想像するのはエンタメのことでしょう。それは間違いなく大きな部分です。しかし、アキオ(豊田章男氏)さんが『SDVの目的は何か』と問われたとき、彼の答えは明確でした。『いちばんの目的は、悲しい交通事故をゼロにすること』だと答えたのです」と語り、トヨタはクルマがSDVになるにあたって交通事故ゼロを一番の目的とすることを明らかにした。
これは、SDV時代を迎えるにあたって新たに定められた目標ではない。トヨタは常にクルマ作りにおいて安全を重視しており、トヨタの経営理念であるトヨタグローバルビジョンにおいても、冒頭は「人々を安全・安心に運び、心までも動かす。」となっている。
笑顔のために。期待を超えて。
人々を安全・安心に運び、心までも動かす。
そして、世界中の生活を、社会を、豊かにしていく。
それが、未来のモビリティ社会をリードする、私たちの想いです。
一人ひとりが高い品質を造りこむこと。
常に時代の一歩先のイノベーションを追い求めること。
地球環境に寄り添う意識を持ち続けること。
その先に、期待を常に超え、お客様そして地域の笑顔と幸せにつながるトヨタがあると信じています。
「今よりもっとよい方法がある」その改善の精神とともに、トヨタを支えてくださる皆様の声に真摯に耳を傾け、常に自らを改革しながら、高い目標を実現していきます。
記者自身がその強い思いを改めて知ったのはNVIDIAの技術カンファレンスである「GPU Technology Conference 2016」において。現在はGTCとして世界各地で行なわれているNVIDIAの技術カンファレンスだが、この2016年は同社がAIディープラーニング用専用コンピュータ「NVIDIA DGX-1」を発表するなど、AIでNVIDIAが飛躍を始めるきっかけとなったイベントでもあった。
そのGTCにおける基調講演に登壇したのが、トヨタの先端ソフトウェア開発を担うTRI(Toyota Research Institute)を設立したばかりのギル・プラット博士(Dr.Gill Pratt)。プラット博士はTRIが行なう自動運転などAI開発の方向性を示したほか、TRIの設立は豊田章男社長(当時)の理想に賛同したことであると語った。
プラット氏はその理想を、「豊田章男社長のビジョンとは、安全(Safety)、環境(Environment)、誰もが使える移動手段(Mobility for All)、楽しい運転(Fun to Drive)の4つだ」と紹介し、2016年時点においても安全がトヨタのソフトウェア開発における最上の価値であることを基調講演で訴えた。もちろん、自動運転について語りながらFun to Driveも入っていることがトヨタらしい部分ではあるのだが、この理想は豊田章男会長自身から現在も語られており、トヨタの開発の方向性の原点であることは間違いない。
トヨタグループは、トヨタソフトウェアアカデミーの発足によって、クルマ屋らしい高度なソフトウェアエンジニアを育て上げ、ソフトウェアの力を発揮することで、SDV時代の新たな安心安全なモビリティ社会を作り上げていく。
Photo:中野英幸、編集部、トヨタ自動車

















