CES 2016

ディープラーニングで実現する“スーパーヒューマン”が自動車事故を減少させる

NVIDIA 社長兼CEO ジェンスン・フアン氏会見より

NVIDIA 社長兼CEO ジェンスン・フアン氏

 半導体メーカーのNVIDIAは、ここ数年自動車向けの半導体ビジネスに力を入れており、まずはIVI(In-Vehicle Infotainment system、車載情報システム)から参入を開始。現在は、デジタルコクピットと呼ばれることの多いフルデジタルメーターなどに使われる製品が、アウディ、テスラモーターズ、BMWといった複数の自動車メーカーにおいて採用が進んでいる。

 そのNVIDIAが次のステップとして力を入れているのが、同社のGPU(Graphics Processing Unit)を利用して演算が行なわれるディープラーニングを活用したコンピュータによる自動運転・自律運転の実現だ。カメラ、LiDAR(Light Detection and Ranging、ライダー)などの各種センサーから得られた情報をディープラーニングによって認識。車載コンピュータがドライバーをアシストしながら運転したり、自動でステアリンやアクセル、ブレーキを操作しながら目的地まで乗員を運んでくれるというシステムになる。

 NVIDIA 社長兼CEO ジェンスン・フアン(Jen-Hsun Huang)氏は「車載コンピュータは決して疲れを知らないスーパーヒューマンな運転者となる」と述べ、自動運転・自律運転を実現することで、現在世界中の公道で日々起きている自動車事故を減らすことができるようになるだろうという見解を明らかにした。

PC向けのGPUビジネスは依然として堅調、ゲーミングPCやVRなどが成長ドライバーに

 NVIDIAは元々はPC用のGPUと呼ばれるグラフィックス処理を行なう半導体を、設計、販売する半導体メーカーだった。それが2010年頃から、スマートフォン/タブレット向けのSoC(System on a Chip)事業へと参入し、その後SoC事業の軸足を自動車産業へと移して今に至っている。

 現在でもPC向けのGPU事業は依然として好調だとフアン氏はいう。クライアントPC向けの「GeForce」、ワークステーション向けの「Quadro」、HPCやスーパーコンピュータなどと呼ばれる科学技術演算用途の大規模コンピュータ向けの「Tesla」といった製品の売り上げは順調で、NVIDIAの屋台骨となっている。フアン氏は「PC向けではゲーミングPC市場が拡大している。依然としてゲーミングはNVIDIAのコアビジネスだ」と述べ、ハイエンドPC向けのGPUビジネスが好調であるとアピールした。

 PC向けのビジネスでは、もう1つの話題としてVR(Virtual Reality、仮想現実)と呼ばれる、両目を覆う形のディスプレイを利用した、コンピュータのシミュレーションやゲームを高い没入感で楽しむソリューションが普及しつつある。フアン氏は「VRは素晴らしい技術だ。現在はゲーミング向けだけに注目が集まっているが、今後はすべての業界で必要になると考えている。例えば医療の世界で、VRを利用して医者が手術のトレーニングをするということが考えられる」と述べ、NVIDIAが力を入れているVRディスプレイが、今後は現在のゲーミングPC向けからそれ以外のニーズにも広がっていくだろうとした。

“スーパーヒューマン”が運転する自動運転車で交通事故を減少へ

 そして、NVIDIAが次の大きな流れとして注目しているのが、自動運転(Automated driving)ないしは自律運転(Autonomous driving)と呼ばれる、コンピュータがドライバーをアシスト、もしくはクルマを完全に制御しながら運転するテクノロジーだ。フアン氏はそうした自動運転・自律運転の実現の鍵となるのが、現在コンピュータ産業で大きな注目が集まっている“ディープラーニング”だとする。

DRIVE PX2を持つフアン氏

 フアン氏は「我々はディープラーニングに過去5年にわたって取り組んできた。ニューラルネットを使うことで、非常に複雑な言語、イメージなどをコンピュータが瞬時に認識したり、予測したりすることができるようになる。現在Google、Microsoft、BaiduといったIT業界の主要企業がこのテーマに取り組んでおり、今年(2016年)はさらなるブレークスルーが起きると思う。NVIDIAはこのディープラーニングをGPUのアクセラレーションで加速していく」と述べ、近年大きな進展を見せるディープラーニングの研究が、NVIDIAのGPUでより高速に処理できるようになることでさらに進展していくと述べた。

 そのディープラーニングの活用として自動車業界が取り組むことができるテクノロジーを、フアン氏は「“スーパーヒューマン”によるバーチャルなコ・ドライバー(副運転手)だ」と表現した。ディープラーニングの研究を深めていくことで、コンピュータはカメラからの情報などを人間と同じような速度で瞬時に判断することが可能になる。

 例えば、公道を走っていて歩行者が前を歩いているとすると、人間はほとんど瞬時にそれが歩行者だと判別できる。しかし、従来のコンピュータではそれが瞬時にはできず、しばらく演算してから歩行者だと認識ができるレベルでしかなかった。このため、車載コンピュータを利用して自動運転・自律運転が実現するのはかなり先のことだと考えられていたのだ。

 しかし、ディープラーニング技術を応用すると、コンピュータは常に学習をしながら賢くなっていくし、他車の学習成果をインターネットを経由して共有できるので、歩行者をすぐに歩行者だと認識できるようになる。これにより、車載コンピュータによる自動運転・自律運転が実現する目処が見えてきた。これが今年のCES 2016で自動運転・自律運転に注目が集まった最大の理由だ。

CES 2016のトヨタブースに展示されたPreferred Networksのデモ。クルマ個々が自己学習を行なう上、学習結果を共有し、ぶつからないための自律制御を実現していた。これにもNVIDIAの技術が使われている

 フアン氏は「大事なことはコンピュータは疲れないし、間違いは少ない。従って、現在のように人間がドライブする状況と比較して事故を減らしていくことができる」と述べ、そうしたバーチャルなコ・ドライバーを実現することが、結局のところ公道での自動車事故を減らすことにつながると指摘した。

 フアン氏のこの指摘は非常に重要だ。というのも、以前に比べれば少なくなったものの、依然として路上での事故はなくなっていない。2015年時点での国内での交通事故による死者数は、警察庁の発表によると15年ぶりに増加して4117人。2015年にWHOによって発表された全世界での交通事故による死者は毎年約125万人となっており、2030年に向けて増加傾向だとWHOは予想している。

WHO(英文)

Road traffic injuries

 そうした交通事故の要因は多数あり、一概には言えないが、最大の要因はミスを犯す可能性のある人間が運転しているということにあるのは、多くの人が同意するだろう。飛行機事故は以前に比べて減っているが、その要因の1つとしてオートパイロットに代表されるコンピュータによるアシスト機能が入っていることがあるのは明らかだろう。

 年明けから日本でもいくつかの交通事故が報道されているが、そうした事故原因の1つとしてドライバーのヒューマンエラーが挙げられている。仮にそれが原因だとするのであれば、フアン氏のいう“スーパーヒューマン”こと車載コンピュータによるアシスト、ないしは車載コンピュータによる自動運転を導入することで、少しでも防げる可能性が上がるのであれば、社会的に検討する価値があると思う。

ドライバーアシストからレベル5の自律自動運転までスケーラブルに対応できるDRIVE PX2

DRIVE PX2。こちら側にはTegra X1の次世代SoCが2つ搭載されている
DRIVE PX2の裏面、Pascalのコードネームで知られる次世代GPUが2つ搭載されている。ドータボード(MXM規格)の形で搭載されているので、OEMメーカーのニーズによっては搭載しないことも可能

 そうしたディープラーニングを活用したバーチャルなコ・ドライバーを実現するために、NVIDIAは2016年のCESに合わせて「DRIVE PX2」という車載コンピュータを発表した。DRIVE PX2は、2015年のCESでNVIDIAが発表した「DRIVE PX」の後継となる製品だ。DRIVE PXがTegra X1というSoCが2つ搭載される形だったのに対して、DRIVE PX2ではTegra X1の次世代SoC(NVIDIAはそれが何であるかは発表していないがParker=パーカーの開発コードネームで知られる製品だと考えられている)と、Pascal(パスカル)の開発コードネームで知られる次世代のアーキテクチャに基づくGPUが2つ搭載されている。

 フアン氏は「DRIVE PX2は8T(テラ、10の12乗。1T=1兆)FLOPSの演算性能を持ち、1秒間に24兆回のディープラーニング演算が可能。これは150台の『MacBook Pro』に相当し、GeForceシリーズの最上位製品である『GeForce TITAN X』6つ分に相当する性能」と述べ、非常に高度な演算性能があることをアピールしている。むろんそれだけでなく、クルマの信号伝送に使われているCAN(Controller Area Network)バスや車載イーサネットへの対応、最大で12個のカメラサポート、ライダー対応など車載コンピュータに必要な各種のインターフェースも備えているとフアン氏は説明する。

12個のカメラ端子のほか、CANバスやイーサネットなど豊富な接続端子を持つ

 フアン氏は「このボードを元に、各自動車メーカーが自社のプラットフォームを構築することができる。我々はそれを開発キットなどの形で支援していく」と述べ、NVIDIAとしては半導体、そしてソフトウェアの開発キット(「DRIVE NET」という製品)の形で提供していくことで、自動車メーカーを支援する形になるとした。あくまでシステムを構築するのは自動車メーカーであって、NVIDIAとしてはそのシステムを作ることができるプラットフォームを提供していくとフアン氏は強調した。

 また、DRIVE PX2が複数のSoCやGPUを搭載しているのは、「自動車メーカーのニーズにスケーラブルに対応するため」だとフアン氏は説明した。「我々が提供するソリューションは最もベーシックな形が『Tegra』プロセッサ1つの形。そこからTegraを2つにしたり、さらにGPUをアドオンしてと、自動車メーカーがニーズによって選べるようにしたいと考えている。これにより、例えば高速道路の自動運転だけを実現したいメーカーも、将来的に完全な自律運転を実現したいメーカーもカバーすることができる。かつそれらの複数のレベルの製品でソフトウェアの資産を共有できる」とフアン氏は述べ、ドライバーアシスト機能から最終的にSAEインターナショナルでのレベル5ないしはNHTSA(米国運輸省道路交通安全局)のレベル4の自律自動運転まで複数の製品でカバーでき、かつその複数の製品で同じソフトウェア資産が活用できることがNVIDIAの強みだと強調した。

DRIVE PX2、DRIVE NETなどのソリューションはより安全な交通社会への第一歩

 フアン氏が提案しているディープラーニングの研究成果を利用した自動運転・自律運転の仕組みは、クルマの未来を大きく左右する非常に重要なものであると筆者は考えている。すでに述べたとおり、自動車の安全性における現時点での最大のリスクファクターはドライバーが人間であることにある。フアン氏も言うとおり、ドライバーとしての人間は疲れるし、眠くなるし、お腹も減ればイライラするし……という課題を抱えている。休む、寝る、ご飯を食べるということである程度はカバーができるが、それでもカバーしきれていない結果として世界中で毎年125万人もの方が交通事故により亡くなっている(この数字は大きなニュースとなりがちな航空事故よりも多い)というのが現実だ。

 それをフアン氏の言う“スーパーヒューマン”となる車載コンピュータによって、あるレベルまでの自動運転、そして将来的には完全な自律運転が実現されれば、少なくともドライバーのヒューマンエラーにより起きている交通事故を大きく減らすことができる可能性がある。もちろん、そこに至るには乗り越えるべき壁はいくつもある。最大の課題は、現行の法規制や国際条約はドライバーが運転し、何かがあったときには100%ドライバーの責任として扱われるようになっていること。自動運転や自律運転時代にそれをどうするのか、今後社会的な議論を深めていく必要があるだろう。

警察庁

交通事故統計(平成27年11月末)

 現在NVIDIAが自動車メーカーに提案しているDRIVE PX2、そしてDRIVE NETなどの開発ソリューションは、そうした未来を実現するための第一歩だ。それが実現したときには、2030年に向けて交通事故による死者は増え続けるだろうというWHOの予測は外れてほしいと願って、この記事のまとめとしたい。

(笠原一輝)