CES2014

「クルマはとても大きなモバイルコンピュータだ」とジェンスン・ファン NVIDIA社長兼CEO

Tegra K1 VCMによって、次世代車のキーパーツを作り上げたNVIDIAに聞く

NVIDIA社長兼CEO ジェンスン・ファン氏

 米国ネバダ州ラスベガスで1月7日~10日まで開催された世界最大級の家電ショー「2014 International CES」。この期間中に半導体メーカーであるNVIDIAは、同社 社長兼CEOであるジェンスン・ファン氏によるメディアラウンドテーブルを開催した。本記事では、このメディアラウンドテーブルで語られた、自動車関連の情報をお届けする。

 2014年のCESにおいて、強烈な存在感を見せつけた自動車メーカーが独アウディだ。基調講演にはじまり、プレスカンファレンス、世界初公開のコンセプトカーやフルグラフィックス表示のコクピット展示、そして自動運転駐車デモなど、さまざまな電子技術を用いたクルマの未来を描き出していた。

 そのアウディの電子技術を支えていたのが、NVIDIAのモバイルプロセッサであるTegraシリーズ。フルグラフィックスのコクピット展示には「Tegra 3」が使われ、さらにアウディが顧客向けにリリースする10.4型タブレット端末「Audi Smart Display」には「Tegra 4」が使われ、アウディの自動運転技術「パイロット ドライビング」には、CESの期間中に発表された最新モバイルプロセッサ「Tegra K1」が使われるという。ご存じのようにアウディはフォルクスワーゲングループに属しており、アウディで使用されるということは、いずれランボルギーニやベントレー、ブガッティなどの高級車ブランド、そしてフォルクスワーゲンやシュコダ、セアトなどの量販車ブランドへ技術展開していく可能性を秘めている。いずれにしろ、ここ数年NVIDIAが注力してきた自動車市場算入への取り組みが、1つの大きな結果を出したと言えるだろう。

 NVIDIAは、PCゲーム用の専用グラフィックスカードとしてダイアモンドマルチメディアから発売された「Edge 3D」に搭載された「NV1」というグラフィクスチップが市場へのデビュー作となる。PCゲームの発展とともに会社を急成長させ、今ではワークステーションやスーパーコンピュータの心臓部を担うプロセッサを製造するメーカーとなっている。そのNVIDIAを率いてきたのが、技術者でありながらNVIDIAの創業者でもあるジェンスン・ファン氏で、今回のCESにおけるジェンスン氏の講演がゲームと自動車であったことから、ジェンスン氏の自動車市場にかける思いは明らかだろう。

 メディアラウンドテーブルは、ジェンスン氏による、講演の振り返りから始まった。

 ジェンスン氏は、2014年のCESにおいて3つのことを語ったという。1つ目はPCゲーミング。ゲームグラフィックスは、コンピュータ科学においてもチャレンジングな分野だという。

 2つ目は、NVIDIAが作り出したまったく新しいモバイルプロセッサTegra K1について。これは、これまでは「Tegra 5」と呼ばれていたものだが、デスクトップ用グラフィックスチップと同様の「Kepler(ケプラー)」アーキテクチャを持つGPUコアを192個搭載することから、Tegra K1という名前にしたという。このKeplerアーキテクチャを持つGPUコアを搭載したことで、GPUによるシミュレーション演算であるGPGPUが可能になり、開発環境であるCUDAも実行可能で、スーパーコンピュータからモバイルプロセッサまでシームレスな開発環境を構築できるようになった。

スーパーコンピュータと同じGPUアーキテクチャを持つTegra K1
Tegra K1はKeplerアーキテクチャを採用しており、CUDAが利用可能
Tegra K1には、32bitと64bitの2つのバージョンが存在する。

 Tegra K1についてのプレスカンファレンスでも語られていたが、Keplerアーキテクチャでスーパーコンピュータは世界のエネルギー性能に優れるスパコンランキングのトップ10を独占しており、その1位は東工大の油浸コンピュータ「TSUBAME-KFC」。さらに6位に入った同じ東工大の「TSUBAME 2.5」は、計算能力だけで比較しても世界11位で国内2位。国内ではスーパーコンピュータ「京」に次ぐ計算力を実現している。

 ジェンスン氏は、このTegra K1には32bitクアッドコアCPUバージョンと64bitデュアルコアCPUバージョンがあり、それがピンコンパチブルであるという。ピンコンパチブルにすることで、当初は32bitのTegra K1を使い、後に64bitのTegra K1を使うということが容易になる。

自動車向けのTegra K1

自動車業界向けには、VCM構成としたTegra K1 VCMとして提供する

 さらにこのTegra K1には、自動車向けに「Tegra K1 VCM」というバージョンも用意。VCM(Visual Computing Module)というモジュール構成にすることで、自動車業界の要望に応えたものだ。ジェンスン氏によれば、「自動車メーカーは、同じモジュールを多くの車種に搭載したいという。VCMというモジュール形態で提供することで、Tegra 2、Tegra 3、Tegra 4、Tegra K1を同様に利用できる」とのこと。Tegraシリーズの使い道としてデジタルメータークラスターなどが考えられているが、単純な2D表示で十分なモデル、複雑な2D表示が必要なモデル、3D表示をするモデル、ナビまでも描画するモデルなど、モデルごとにその要求(計算力の要望)はさまざま。VCMというモジュール形態にすることで、車種ごと(もしくはグレードごと)の作り分けがしやすくなり、生産上のメリットも出てくる。

 また、自動車向けのTegra K1では、開発ツールも同時に提供されていることが特徴だという。「UI Composer」と名付けられたこの開発ツールは、Tegra K1タブレット端末で動作。カーボンや繊維、チタンなどテクスチャーメニューに表示されたテクスチャーをタッチするだけで、メーターパネルのテクスチャーを変更でき、3Dでの表示が可能となる。テクスチャーデータ貼り替え後の3D計算が高速に行われているわけだ。

 車載されたTegra K1の用途は、3Dのメーターパネルだけではなく、リアルタイムの画像解析にも用いられ、前走車追従機能や衝突防止ブレーキなど先進安全技術を司る役目を担っていく。ジェンスン氏は、「将来クルマは巨大な知識データベースを持ち、カメラやレーダーなどから入る情報を認識していくほか、学習機能を持っていくだろう」という。すでに一部の車種では、カメラやレーダーを用いて前走車追従機能や衝突防止ブレーキ機能を実現している。これは、あらかじめ搭載された知識データベースに基づき制御されているもので、知識データベースの更新を伴うような学習機能は用意されていない。

Tegra K1の認識例。これはスタンドアロンでの認識だが、インターネットを使うことで認識力を向上できるとジェンスン氏は語る

 ジェンスン氏は、その知識データベースがインターネットを介して更新されていくだろうと語り、膨大な知識データの積み重ねにより、クルマや人、自転車、犬、猫、交通標識などを、昼夜、そして天候にかかわらず認識可能になっていくだろうという。以前、スマートフォンの音声認識は使い物にならないものが多かったが、現在は音声認識の精度が上がっている。これはスマートフォンのマイクの性能がよくなったからではなく、多くの人が音声認識を行うことで知識の蓄積が進み、判定精度が向上したからだ。先進安全技術に必要な対象物の認識精度も、インターネットを利用した学習システムを導入することで向上するだろうと語る。

 Tegra K1を搭載するクルマであれば、より正確に外部環境をクルマが把握することで、大雨でハイドロプレーニング現象が起きている状態でもスーパードライバーが運転するように問題を回避できるようになるという。逆に言えば、スーパーコンピュータに匹敵するほどの計算力がなければ、そのようなことを実件するのは難しいのだろう。

 アウディはTegra K1 VCMを利用して自動運転の実験を進めていくが、クルマの自動運転についてジェンスン氏に聞いたところ、「自分自身は、自分で運転するのが好き」とした上で、「とくに駐車関連で、ドライビングの革命になるだろう」という。アメリカなどでは、クルマでホテルに到着するとスタッフにクルマをあずけてしまうバレーパーキングというシステムが普及している。自分で運転して駐車するセルフパーキングも可能だが、「駐車場はとても狭く、運転が大変」とし、そのような場面で自動駐車は大きなメリットになるだろうという。

 自動運転は技術的に解決せねばならない問題もあるが、誰がどのタイミングで自動運転を法律的にOKにするのかという問題もある。たとえば自動運転中に歩行者との接触事故があった場合、それは自動車メーカーの責任なのか、自動運転させていたドライバーの責任なのか、歩行者の責任なのかという部分の解決は難しいだろう。ところが、駐車場で限定的に自動運転を行う場合は、駐車場エリアを立ち入り禁止にして、バレーパーキングと同様の仕組みでバレーパーキングスタッフが運用すればよいわけで、法律運用のハードルは下がる。ジェンセン氏はそのような未来を見据えているのだろう。

 ジェンセン氏は、「クルマはとても大きなモバイルコンピュータだ」といい、モバイルプロセッサの自動車業界への普及に手応えをつかんでいるように見えた。自動車市場では年間8000万台以上の新車が販売されている。スマートフォンなどのモバイル市場は年間2億台を超える販売台数となっているが、クルマの場合、インフォテイメント、自動認識、制御など、複数のTegraの搭載もあり得る(車載だけでなく、アウディのように自動車ブランドのモバイル機器も)。追従走行、自動ブレーキなど先進安全技術を搭載する自動車の需要が今後増えることは自明の理であり、NVIDIAは高度なグラフィックス性能、スーパーコンピュータまでも含むシームレスな開発環境を武器に、その市場での地位確立を目指していく。

編集部:谷川 潔

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