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西村直人のトヨタ「ウェルキャブ開発の取り組み」説明会レポート

ウェルキャブ開発の責任者・中川主査が福祉車両、超高齢社会に向けた取り組みを紹介

2017年9月27日 開催

トヨタ自動車 CVカンパニー 製品企画 主査の中川茂氏

 自動車メーカー各社はそれぞれ独自の福祉車両をラインアップする。トヨタ自動車は「ウェルキャブ」とネーミングし、身体の不自由な方でもクルマの乗り降りがしやすくなるように助手席や後席シートを回転させたり、車イスでそのまま車内に乗り込めるようバックドア側にスロープを付けたりした車両がある。新型ウェルキャブ(サイドリフトアップチルトシート車/車イス仕様車/ウェルジョイン)についての詳細は別レポートがあがっているのでそちらを参照いただくとして、当稿ではそのウェルキャブの開発責任者である中川茂氏にうかがったお話を紹介したい。

 中川氏はトヨタ自動車 CVカンパニー CV製品企画 ZU2 主査であり、ウェルキャブ全般の責任者としてこれまでさまざまな福祉車両の開発を手掛けられてきた。また、初代「ラクティス」では車イス仕様車スロープタイプ(車イスでの乗降性を高めたウェルキャブ)を担当。この車両はトヨタで初めてライン工場(高岡工場)で製造されたモデルで福祉車両の安定供給にも貢献している。

 今回の新型ウェルキャブ発表会では冒頭に、日本で普及率が1%程度しかない福祉車両の台数(トヨタ調べ)を増やしていくことや、福祉車両導入にあたっての経済的な負担をなるべく減らすべく車両開発にあたっていくことが中川氏から述べられた。

主な介護者は高齢の女性となることを示す調査結果

 一般的に、福祉車両はベースとなる車両に回転シート機構やスロープ機構を取り付ける構造が多いが、回転シートは車内から回転させながら車外へとシートを出すためどうしても車外へのはり出し量が多くなる。

 そこで中川氏は今回展示した「サイドリフトアップチルトシート車」において、そのはり出し量そのものをこれまでの半分にあたる550mm程度に抑えつつ、同時にその回転シートの乗り降りがしやすくなるようにシートそのものを少しだけ前のめりにするなどして、杖を持った方でもスッと腰が下ろせるように工夫を凝らした。会場では、従来型となるウェルキャブのサイドリフトアップシート車があり、筆者も比較のため交互に座ってみたのだが、確かに新型は座りやすく、また足の置き場であるステップの高さもシートの前のめりに合わせて最適化されているため座り心地がよかった。

セカンドシートが回転して、車外へスライドダウン&チルトする「サイドリフトアップチルトシート車」

 ところで少し話は脱線するが、筆者は20年以上親族の介護にクルマを使ってきた。筆者の愛車は福祉車両ではなかったが、数回に渡って福祉車両をお借りして介護に使わせていただいた経緯がある。その介護する立場で新型ウェルキャブの回転シートを観察してみたのだが、やはりシートのはり出し量が圧倒的に少ないため駐車スペースを探す心理的な苦労が半減されるだろうな、と真っ先に思い浮かんだ。高速道路のSA(サービスエリア)/PA(パーキングエリア)や規模の大きな店舗では駐車スペースが大きくとられた専用の優先駐車場があるものの、ご存知のように限りがある。そうした場合は一般の駐車スペースを利用することになるのだが、近年の車両の多くは側突対応型の安全ボディを採用するため全長が短い車両でも相対的に全幅が大きいことが多い。よって、なるべく左側(筆者の場合は助手席に要介護の親族を乗せていたため)に余白ができる場所を選んだり、駐車枠からはみ出さない程度に“斜め止め”して助手席ドアの開口部が大きくなるよう工夫したりしていた。

 さて、新型ウェルキャブである。やはり550mmの少ないシートのはり出し量は効果的だ。介護者は要介護者が安全に乗り降りできるよう状況に応じて右へ左へと動かなければならないため、通常の福祉車両ではないヒンジ式ドア車両へ乗り降りする時よりもスペースは必要だが、それでも乗り降りのための駐車スペースに選択の自由が増えるのはありがたい。また、中川氏によれば、シートはり出し量の半減により、自宅の駐車スペースを変更(改築)するケースも減らせるのではないかという。またこのことは、福祉車両購入時の経済的負担を減らすことにもつながるため、車両の開発にあたっては最優先課題として取り組まれたようだ。加えて、シートの車外へのはり出しが少ないため雨天や降雪時などの悪天候時にシートが濡れることが少なくなるなどの副次的効果も期待できる。

セカンドシートが回転して、車外へスライドダウンする「サイドリフトアップシート車」

 ただ、介護者の状態によっては従来型の回転シートである完全にシートが車外に出るタイプのほうがよい場面もあるだろう。まさしく筆者のケースがそうだったのだが、病の後遺症により右手と右足の自由がきかず杖をついた状態であっても身体を安定させることが難しかったことから、シートそのものが車外に完全に出ている従来型の方が介護しやすかった。このあたりは要介護者の状態に合わせた福祉車両選びという観点になるのだろう。

赤字事業者が7割という路線バスの状況

赤字事業者が7割という路線バスの状況

 さらにこの発表の場では、路線バスの廃止路線が増えていることも取り上げられた。2000年あたりからの日本における毎年の廃止路線距離は約1万km、最大で2万kmにも及んでいる(日本自動車会議所調べ)。その対策事例として、兵庫県豊岡市における地域コミュニティバス(使用車両はミニバン「ノア」)の運行状況が報告された。ここでは会社をリタイヤされた前期高齢者(65~74歳)の方がボランティアでそのコミュニティバスのドライバーとなり、地域の要介護者や後期高齢者(75~84歳)、さらには超高齢者(85歳以上)が移動される際のお手伝いとして活躍されていることが報告された。ここでは、車内のシートレイアウトを工夫して3列目シートに座っている方が乗り降りする際、2列目の乗員が車外に出なくとも済むようにしていることも紹介された。

兵庫県豊岡市における地域コミュニティバスの取り組みを紹介
3列目シートに座っている方が乗り降りする際、2列目の乗員が車外に出なくて済むよう車内のシートレイアウトを工夫

 全世界的にみて日本人口の高齢化は群を抜き、前人未到の超高齢社会へと突入している。総務省の統計データ上では、2010年に5.4人(20~64歳)で1人(75歳以上)の高齢者を支えていたものが、2025年になると3.0人で1人の高齢者を支えなければならない状況が示されている。これは抗えない事実であり、この先の日本では高齢者が高齢者の世話をする「老々介護」というスタイルを真剣に考えなければならない。よってこうした現実に対して、先のコミュニティバスのドライバーに前期高齢者がボランティアで志願なさってくださることは非常に明るい話題だ。

G7各国における高齢化率の推移
2010年に5.4人(20~64歳)で1人(75歳以上)の高齢者を支えていたものが、2025年になると3.0人(20~64歳)で1人(75歳以上)の高齢者を支えなければならない状況に

 ただし、高齢ドライバー特有の課題も残る。たとえば、アクセルとブレーキの踏み間違え事故などはその一例だ。昨今、報道が多いことからここ数年で高齢者の踏み間違え事故だけが急激に増えたように思われるが、ITARDAなどの交通事故統計データからみると、必ずしも高齢ドライバー=運転不適という図式にはならないことが分かる。

 2004年~2013年の年齢層別運転不適事故割合をみると、確かに「ペダル踏み間違い事故」は75歳以上の高齢者がほかの年齢層よりも2~5倍と多いが、ブレーキペダルを正しく操作できていない「ブレーキ操作不適」による事故は24歳以下の若年層がもっとも高く、加齢によってその割合は低下しているのだ。また、現在の運転免許保有年齢層でみると高齢者に保有者が多く、若年層に保有者が少ない(人口分布からも想定できる)ことから高齢者の事故発生率が高くなっていることが分かるし、ブレーキ操作不適が若年層に多いということは速度超過など車両制御に関する運転操作が伴っていないことが要因の1つであるとの見解もできる。

 しかしながら、誰もが等しく加齢により運動機能が衰えるわけで、こうしたコミュニティバスのドライバーにしても運転操作を誤ってしまう可能性がないとはいえない。仮にコミュニティバスが最新のADASを備えていたとしても、物理的に防げない事故もある。また、せっかくボランティアとしてドライバーに志願してくださったとしても、高齢化が進めばリタイヤしていただかなければならない場合も想定すべきだろう。

「考え方の一例ですが、ボランティアで志願していただいたドライバーの運転操作に対して車両側で計測したデータをもとに安全運転スキルを統計的に判断し、結果、運転操作にあやしいところが継続的にみられた場合には、リタイヤしていただくことも安全で円滑な交通社会のためには必要かもしれません」と中川氏は語った。

 筆者自身、大型二種免許を取得しながらバスの運行にも従事したことがあるが、乗客を乗せての運転操作はいつも以上に気を遣うことが多い。それが、要介護者や高齢者など身体を自身で支えづらい方々が乗るコミュニティバスの場合はなおさらで、“丁寧な運転操作”と“かもしれない”という予測運転の積み重ねが必要になる。

 たとえばこうした対処法はどうだろうか? 決められたルートや地域(病院や学校のそば)を走行している場合は、仮にアクセルを全開にしたとしても例えば3回連続してアクセルペダルを踏んで放してという操作を繰り返さないと30km/hまでしか出ないような速度リミッターを装着(≒ペダル踏み間違い事故の抑制)するとか、少なくとも歩行者検知型の衝突被害軽減ブレーキの装着を必須にするなど、現時点で実現可能な先進安全技術の導入が好ましいのではないかと思う。今回の中川氏にお話をうかがうことで、超高齢社会の課題は福祉、介護、運転、経済などなど各方面に波及していることが理解できた。

9月27日~29日に開催された福祉機器展に多数のウェルキャブが出展された
車いすの固定が簡単にできる「ワンタッチ固定装置」をする電動ウェルチェア+ワンタッチ固定仕様。ロックの解除も楽な姿勢で行なえる
「ワンタッチ固定装置」にロックをするため車椅子側にバーを取り付ける
車両側に搭載される「ワンタッチ固定装置」
従来の車椅子仕様車では、車椅子を固定のための手順が多く、介護者の負担となっていた