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【インタビュー】WTCCをグローバルなマーケティングに活用するヨコハマタイヤ

 ヨコハマタイヤ(横浜ゴム)は、言わずとしれた日本のタイヤメーカーだが、モータースポーツ活動を積極的に行っている会社としても有名だ。モータースポーツでは、同社のハイパフォーマンス向けタイヤ「ADVAN(アドバン)を装着する車両を必ず見ることができる」と言ってよいほど、多岐にわたってタイヤを供給している。国内ではトップカテゴリーのSUPER GTから、ラリーやジムカーナ、カートのような草の根レースまでも含め、幅広くタイヤを供給するという姿勢は、まさにモータースポーツを支える存在だと言ってよい。

横浜ゴムがワンメイク供給している世界戦がWTCC(世界ツーリングカー選手権)になる

 その横浜ゴムがモータースポーツ活動のトップカテゴリーに位置づけて積極的に展開しているのが、先日鈴鹿サーキットで日本ラウンドが行われたWTCC(世界ツーリングカー選手権)だ。横浜ゴムはこのWTCCへのワンメイク供給を2006年から続けており、すでに2015年までの供給契約を結んでいる。10年にわたり世界選手権にレーシングタイヤを供給する関係となるのだ。

 そうした横浜ゴムのWTCC活動、またグローバルなモータースポーツ活動に関して、横浜ゴムのモータースポーツ活動を統括するヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル 企画部 部長 神田大輔氏にお話しをうかがってきた。

ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル 企画部 部長 神田大輔氏

横浜ゴムのモータースポーツ活動をに担う、ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル

 横浜ゴムのモータースポーツ活動は多岐にわたっている。グローバルにはWTCCがあり、マカオGPのF3レースへのワンメイク供給、GTアジア、GTマスターズなどの国際的なGTレース、日本のSUPER GTや全日本F3選手権などの多数のトップカテゴリーにタイヤを供給している。

 このほかにも、スーパー耐久、ALMS、VLNなどの耐久レースなどに供給ないしはユーザーが参戦しているほか、国内のジムカーナやダートトライアル、ラリーなどにもタイヤ供給を行っており、本当に幅広いカテゴリーをサポートしているのが特徴と言える。

 そうした幅広いカテゴリーにタイヤを供給するのは「横浜ゴムのモータースポーツ哲学です」と説明するのがヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル 企画部 部長 神田大輔氏。ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル株式会社は、2013年の春に設立されたばかりの新しい会社で、横浜ゴムのモータースポーツのタイヤ開発を行う部署と、マーケティングを担当する部署が1つに集まって設立された企業だ。「ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナルは横浜ゴムのモータースポーツ活動に一貫性を持たせるために設立した企業です。従来は別部門だったことから、開発と企画が連動していなかったり、費用対効果を測るのが難しかった。それを1つの会社にすることで、それらをまとめてみることを狙っている」と神田氏は説明する。

 もちろん、新しい会社が狙っているのは組織をスリムにしてより効率のよい活動をということだけではない。神田氏は「現時点では詳しいことをお話する段階にはありませんが、ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナルがモータースポーツブランドを担っていきたいという想いもある」と述べ、将来的には1つのブランドとして新しい展開を考えていることを示唆した。神田氏は「現時点では何も決まっていない」とそれ以上の詳しい説明はしなかったのだが、将来的にはレーシングタイヤだけでなく、ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナルブランドの市販ハイパフォーマンスタイヤを出したり、そういう展開は十二分に考えられるのではないだろうか。

WTCCを活用したワールドワイドのマーケティング活動を展開

WTCC日本ラウンドの記者会見より。世界のトップドライバーが、横浜ゴムのレースキャップをかぶって記者会見にのぞむ

 そうしたヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナルで重責を担う神田氏の役割は、モータースポーツ事業の統括ということになるため、非常に忙しく国内外を飛び回っているという。WTCCには全戦帯同し、WTCCのプロモーターとなるユーロスポーツの関係者、FIAの関係者などWTCCのプロモーションや広告などについての話し合いを続けているという。

 また、国内のSUPER GT、F3、全日本ラリーなども神田氏の担当になり、契約などの重要な場面では交渉を行ったりするという。

 WTCCのプロモーターとの関係は非常に良好で、「現在先方とは非常によい関係でお話ができています。プロモーターからはもっともっと横浜ゴムにプロモーションしてほしいとお願いが来るほどです」(神田氏)とのこと。実際横浜ゴムでは世界各地で行われるWTCCのレースにおいて、数々のプロモーション活動を行っているという。サーキットにあまり行ったことのない人は、サーキットにおけるプロモーション活動とは何だろうと思うかもしれないが、簡単に言えば2つの活動に分けることができる。1つはサーキットに自分の意志で来ている人へのアクション、そしてもう1つが自分の意志ではサーキットに来てくれない人へのアクションだ。

 前者に対するプロモーション活動というのはそれほど難しい話ではない。なぜなら、自分で観戦チケットを購入してサーキットに来てくれる“ファン”はモータースポーツへの理解度が非常に高いというのが特徴で、新しい情報なり、ドライバーやチームをもっと知りたいと思っている。このため、各社が行っているのは、グランドスタンドやパドックなどに、プロモーション用のブースなどを出店し、そこでドライバーやチーム関係者によるトークショーやサイン会などを行ったりする。こうした機会は、非常に熱心なファンに対してブランドをアピールできるよい機会であるため、各社とも力を入れて行っている。もちろん、横浜ゴムも、WTCCではもちろん、国内のレースであるSUPER GTなどでもグランドスタンド裏の広場などに各種のプロモーション活動を行っている。

 これに対して後者に対するプロモーション活動というのは決して容易ではない。そもそも、興味がない人は自分の意志でサーキットに来ることはない。従って、まずはサーキットに来てもらってモータースポーツなり、そのシリーズなりに興味を持ってもらうということから始める必要がある。例えば、タイヤメーカーで言えば、直接の顧客となる小売店や代理店の関係者がその対象となるだろう。そうした関係者にモータースポーツ活動に対しての理解を深めてもらえば、エンドユーザーに対してそのメリットを説明してもらえる機会が増えるかもしれない。そう考えれば非常に重要な活動だと言える。

 横浜ゴムでもそうしたプロモーション活動を重視しており、各国のサーキットで行っているという。神田氏は「地域によってどのような活動を行っているかには違いがあるが、ロシアなら全土から数百人単位、中近東から百人単位でゲストを招待して、大々的なプロモーションを行った。そのほかにもアルゼンチンや米国などでも、多数のお客様を招待している」と述べ、WTCCでも各国の実情に合わせてプロモーション活動を行っているという。このプロモーションはロシアの例のように横浜ゴムが主体となる場合もあるし、今年のアルゼンチン戦や米国戦のように現地の代理店が中心になる場合もあるという。実際米国では、単に顧客を招待しただけでなく、サーキット近くにはドリフト体験ができるコーナーを同乗体験なども行ったという。

 こうしたプロモーション活動による効果だが、神田氏によれば「お客様の認知度というのは代理店の認知度にかなり近いと思っているが、それは年々上がってきている」とのことで、横浜ゴムでもそれを支援するためにWTCC関連のポスターなどを作成して代理店に配布するなどの活動を行っているという。

2014年には新しい18インチタイヤを導入。10月にテスト、翌3月に生産開始

 横浜ゴムが力を入れているのはそうしたプロモーション活動だけではなく、WTCCのプロモーターと一体になって、WTCCの発展にも寄与する活動を行っている。

 その最たる例が、“ヨコハマトロフィー”と呼ばれる、独立チームに対する賞典へのスポンサードだ。WTCCは、世界クラスのツーリングカーレースではあるが、とはいえ、毎回レースでトップを争っているのは、実質的には3~4チーム。今年の例で言えば、常に優勝を狙えるのは、ドライバーズチャンピオンになったイヴァン・ミューラーが所属するRML、ホンダワークスのHonda Team JAS、ホンダのサテライトチームとなるZengo Motorsport、BMWのトップチームとなるROAL Motorsport、セアトのトップチームとなるMunnich Motorsportぐらいで、後はごくたまに上位に絡めるチームとなる。

 ここに挙げたチームだけだと、各チーム2台としても10台ぐらいの寂しいグリッドになってしまう。そこで、メーカーの支援を受けない独立系のチームだけでチャンピオンを決めるクラスとして設定されたのが“ヨコハマトロフィー”なのだ。ちなみに、昨年のこのヨコハマトロフィーを獲得したのが、鈴鹿サーキットで行われた今年の日本ラウンドのレース1で優勝したノルベルト・ミケルズ選手で、同選手はヨコハマトロフィーを獲得した実績を買われて今年はホンダファミリーの一員となっているのだ。

WTCC日本ラウンドレース1で優勝したホンダのノルベルト・ミケルズ選手。ヨコハマトロフィー卒業生として大活躍

 こうした目に見える形でシリーズに貢献している横浜ゴムは、WTCCのプロモーターとも、お互いに尊重できるよい関係が作れていると神田氏は説明する。その端的な例が、2014年のタイヤサイズの決定プロセスだ。すでに報道されているとおり、WTCCは2014年に新しい車両規定が導入されるが、「WTCCのプロモーターやオーガナイザーは、2014年のWTCC車両を格好よくしかも速くしたいという意向があり、新しい車両規定が導入された。その決定の過程の中で、2014年以降のタイヤサイズに関する相談があり、タイヤサイズに関しては車両の諸元などを見ながらヨコハマ側で決定することができた」(神田氏)。

 新しい14年規則に適合するタイヤのサイズ(現行の17インチから18インチへと大型化される)は、ヨコハマの意向で決定されたという。このように、横浜ゴム側に選択の権利が与えられたということは、プロモーターなりオーガナイザーが横浜ゴムのことを信頼し、長年の実績を尊重しているからだろう。

 神田氏によれば、18インチの新しいタイヤに関しては現在開発が行われている段階で、「2006年にWTCCに供給を開始して以来、17インチでやってきたので、その経験を活かして新しい18インチに取り組んでいきたい。17インチの現行タイヤに関しても導入当初はかなり苦労したと聞いているので、現在技術チームで慎重に取り組んでいる。10月中に開発テストを行うことをFIAから許可をもらっている」と述べ、18インチのタイヤに関しては10月から開発テストを行っていく。

WTCC日本ラウンドが開催された鈴鹿サーキットのGPスクエアに展示されていたWTCC用タイヤ。来シーズンは、18インチの新スペックタイヤとなる

 神田氏は詳しいことは明かしてくれなかったものの、どの程度のテストができるのかは明確ではない。というのも、2014年の新車両規定に沿った新型車をすでに用意しているのは来年からWTCCに参戦する予定のシトロエンだけで、ホンダやラーダといった今年のシリーズを戦っているマニファクチャラーはまだ14年型車両を用意できていない。このため、テストといっても実際には旧型車両に18インチをつけてテストするか、新型車両でテストをするのであればシトロエンに供給してテストということになる。前者になればあまり有益な結果が得られないかもしれないし、後者であればシトロエンだけが有利になってしまうことになる。このため、どのような形でテストするかについては「今後詳細を詰めていく必要があると考えている」(神田氏)とのとおりで、インタビューした時点では白紙ということだった。

 神田氏によれば、10月のテストデータを元に実際に来年に利用する18インチタイヤの設計を行い、その後2014年用のタイヤの生産を始めるという。来年はWTCCだけでなく、SUPER GTのGT500に関しても新タイヤになり、こちらもサイズアップが行われる。つまり、横浜ゴムでは、WTCCとSUPER GTの新タイヤの両方を同時に設計しているような状況で、「技術部門は本当に大変な思いをしながらやっている」(神田氏)とまさに大忙しな状況になっている。近年のモータースポーツでは、車体の開発が行き着いてしまった感があり、勝敗を分ける要素がタイヤであることが増えている。そうした意味では、横浜ゴムがどのようなタイヤをWTCCやSUPER GTに用意してくるのか、ファンとしては要注目と言ってよいだろう。

 また、今週末はマカオで、17インチタイヤ最終年となるWTCC最終戦が、そして60回目を数えるマカオグランプリが開催される。その結果に注目していただきたい。

(笠原一輝/Photo:奥川浩彦)