インプレッション
フェラーリ「カリフォルニア T」(V8ターボ)
Text by 河村康彦(2015/8/11 00:00)
フェラーリ――と耳にすれば、まず脳裏に浮かぶのはF1マシン、あるいは甲高いエキゾーストサウンドを発するV8、もしくはV12型の高回転型自然吸気エンジンをミッドマウントした、2シーターの硬派なスーパースポーツカーの姿……と、そんな人は多いはず。ところが、ここで紹介するのはそんな“定番”からはちょっとばかり外れた1台だ。
全長4570mm、全幅1910mmに対して、全高は1322mm。見るからに流麗な2+2シーターボディーの長いフロントフード下に搭載されるのは、新開発のV8ターボエンジン。一見ではゴージャスな完全なクーペに見えるものの、実は全自動で開閉されるリトラクタブル・ルーフを備えるのが「カリフォルニア T」だ。
800万円超のオプション装着
スラリと伸びたフロントセクションに対して、小さなキャビンを後ろ寄りに配置したそのプロポーションは、いかにも古典的なFRスポーツカーを彷彿とさせるもの。一方で、そうした佇まいは同じフェラーリ車でもミッドシップ・レイアウトの持ち主とは明らかに一線を画す、いわばGTカー的なものであることも特徴だ。
より実用的なファーストカーとしてこのモデルをガレージへと置きながら、ホビーとしてのセカンドカーによりストイックなミッドシップ・モデルを並べて所有する……ちょっと極端かも知れないが、そんな裕福なフェラーリ・ファンの姿をおぼろげながら連想させるのが、カリフォルニア Tというモデルでもあるのだ。
今回テストドライブをしたモデルが、贅を尽くしたスポーツカーという雰囲気をことさら強く発散したのは、この個体が光線の具合によって飛び切り鮮やかに映ったり、あるいは時に意外なほどシックな佇まいを示したりと、何とも強いプレミアム感を放つ表情豊かな“ロッソ・カリフォルニア”なる名前のボディーカラーの持ち主であったことも大いに関係があるはずだ。
実はそれもそのはず。“フェラーリ・ヒストリックカラー”と位置づけられたこのオプションカラーのお代は、実に111万9000円也。そのほかにも、ルーフトップやAピラー部分をブラックとした2トーン仕上げが68万1000万円、シルバーペイントの20インチホイールが56万円、デュアルカラー・インテリアが28万8000円、デイトナスタイル・シートが37万8000円、フロント/リアカメラが63万6000円等々と、今回のテスト車両は総額800万円超分(!)ものオプションアイテムを満載した、何とも豪勢な仕様であったのだ。
そんなこのモデルのインテリアは、すこぶるスポーティかつゴージャス。一方で、高いセンターコンソールでパッセンジャー側と分断されたドライバーズシートまわりは、やはりピュアなスポーツカーとしてのキャラクターがストレートに表現された、ドライバー・オリエンテッドなコクピット感溢れるデザインが印象的だ。
メータークラスター内の正面にはフルスケール10000rpm(!)のタコメーターが置かれ、その右側には同じくフルスケールが340km/hのスピードメーターをわずかに小さくレイアウト。タコメーター左側のカラーディスプレイは、最新モデルらしくさまざまな情報を映し出すことが可能なもの。それでもやはり、ここには油圧や水温などの丸型バーチャルメーターをデフォルトで映し出しておくというのが、フェラーリ乗りとしての“気分”かも知れない。
自然吸気エンジンのごとく自然な加速
そんなカリフォルニアTでいよいよ緊張のスタート! 最高出力が560PSで最高速は316km/h……といった怒涛のスペックを予め知ってしまうと、その扱いは何とも神経質で難しそうという先入観を抱いてしまうかも知れない。だが、現実にはセンターコンソール上のボタンで「AUTO」のシフトモードを選択し、穏やかなアクセルワークに徹する限りは、そんな心配ごとはまったくの杞憂に過ぎない。
“初乗り”の人は例外なく、ウインカーやワイパーのスイッチがステアリング・ホイールに置かれていることを発見するまでオロオロとしてしまうはず。しかし、逆にいえば特別な操作が必要となるのはその程度。それよりも、走りはじめてすぐにそれが望外にフラットでしなやかな乗り味の持ち主であることに誰もが驚き、そして感動すること請け合いだ。
前述のように、300km/hを遥かに超える最高速の持ち主ゆえ、「その1/3以下」に過ぎない100km/hでのクルージングなどはまさに平和そのもの。と同時に、街乗りを含めての日常シーンでは、このモデルがターボ付きエンジンの持ち主であることを忘れてしまう。それほどに低回転域でのトルク感やアクセル操作に対する追従性は、自然吸気エンジンにまったく遜色なくナチュラルそのものなのだ。
一方で、発進時やパーキング時のアクセル操作に対するスムーズさには、余り高い得点を与えることはできない。駆動力のダイレクトな伝達感やシームレスで素早い変速という点では見どころの多いF1デュアルクラッチ(DCT)だが、この点だけはトルコン付きのトランスミッションに先行を許している印象が免れない。
かくして、街乗りからクルージングシーンではそのとことん優雅で快適そのものの乗り味に、「このまま4ドアのセダンボディーを与えれば、このブランドの新しい戦力に成り得るのではないか」と思わせてくれるのがこのモデル。一方で、ワインディング・セクションへと乗り入れると、売り物の1つである“新しい心臓部”がやはりこのモデルの魅力の根源の1つであることが確認できた。
フェラーリサウンドは健在?
そしてフェラーリといえば、その魅力の1つが“音”にあるという人は少なくないだろう。となれば、エンジンがターボ付きとなってこの点はどうなのか?という心配が生まれるのももっともだ。
結論からいえば、このモデルは「すべてのターボ付きエンジン車の中で、最高のサウンドの持ち主」と評することができる。回転数の上昇とともに際限なく湧き出るパワー。さらに、それに比例するように官能度を増す迫力に溢れる乾いたサウンドは、間違いなくカリフォルニア Tというモデルの魅力度を高める重要な要素の1つになっている。
一方で、ピュアスポーツカーの一員であるというテイストを狙い過ぎたかとも思えたのがそのハンドリング。ステアリング操作に対する応答性の高さと、そのギヤ比の速さゆえ、ときに「ちょっと操作に対する挙動がシャープ過ぎて怖いな……」という思いも抱かされるのが、このモデルのハンドリングの感覚であったのは事実だ。
いずれにしても、カリフォルニア Tが既存のさまざまなフェラーリ車たちとは明確にキャラクターの異なる、新たなる需要を開拓するための1台として開発されたであろうことは確実。すなわちそれは、言わば“もう1つのフェラーリ”とも表現ができそうな新世代のモデルであるということだ。