特別企画

【新生SF応援企画】アジア市場へとスーパーフォーミュラ“輸出”に取り組むJRPの戦略

日本レースプロモーション 白井裕社長インタビュー

スーパーフォーミュラを運営する日本レースプロモーション 白井裕社長

 JRP(日本レースプロモーション)は、1996年からスタートした“フォーミュラ・ニッポン”の運営を行うために設立された企業だ。フォーミュラ・ニッポンは2013年からレースシリーズ名を“スーパーフォーミュラ”(SF)へと切り換え、4月14日に「2013年 鈴鹿2&4レース」のメインレースとして開幕戦を開催。レース展開は、最終ラップまで結果が見えない激しいものになるなど、幸先のよいスタートを切った。

 このJRPで舵取りを行っているのが、かつてホンダF1のエンジニアとしても活躍した白井裕氏だ。白井氏は日本人初のフルタイムF1ドライバー中嶋悟氏が1991年のティレル・ホンダで走っていた時に、ティレルに供給されていたホンダV10の開発責任者として活躍。その後、2001年までF1無限ホンダの開発責任者となっていた。F1での活躍の後、SUPER GTでNSX-GTの開発責任者を務めるなどしてホンダ在籍時からレース業界と深い関わりを持っていた。ホンダを退職した後、その経験をかわれてJRPの社長に就任し、現在に至っている。

 その白井氏に、スーパーフォーミュラへとブランドを変更した訳、そして今後スーパーフォーミュラをどのように展開していくのかについてお話しをうかがってきたので、その模様をお伝えする。


JRPはエンジンメーカーの後援があって成り立っている

 オールドファンにとっての白井裕氏と言えば、ホンダの“鬼軍曹”なエンジニアというイメージが強いのではないだろうか。すでに述べたとおり、白井氏はホンダがF1エンジンサプライヤーとして参戦した1980年代~1990年代前半に、F1エンジン開発者として活躍。1991年に中嶋悟氏(現:ナカジマレーシング代表)がティレル・ホンダで現役最後の年を走った時には、いつでも真剣なまなざしでエンジンの事ばかり考えているエンジニアというのが、当時学生だった筆者がテレビで見た白井氏の印象だった。

 だが、今目の前にいる白井氏は、どうしたらスーパーフォーミュラを発展させることができるかということばかりを考えているという印象はエンジニア時代と同じだが、物腰はソフトで、複雑な利害関係を調整するJRPの社長という役職に相応しい方という印象に変わっていた。

 そもそもJRPは、1996年にスーパーフォーミュラの前身であるフォーミュラ・ニッポンが立ち上がった時に、当時テレビ中継を行っていたフジテレビを中心に設立された会社だ。その後、徐々にフジテレビは運営から手を引き、現在ではホンダや他の自動車メーカー(具体的にはトヨタとニッサン)が中心になる形で運営され、現在の形になった。

 実際、現在スーパーフォーミュラに参戦しているチームを見ても、何らかの形で自動車メーカーの後援を受けたチームがほとんどだ。例えば、トムス/ルマン/セルモ・インギングはトヨタ系のチーム、インパル/コンドウはニッサン系のチーム、ナカジマ/ダンディライアン/リアル/無限はホンダ系のチームと、明らかにメーカーとの関係が深いチームが参戦している。ただしニッサンはフォーミュラ・ニッポン時代からエンジンを供給しておらず、ニッサン系のチームはトヨタエンジンを利用するという状況である。いずれにせよメーカーから有形、無形の援助を受けているチームになる。

スーパーフォーミュラに参戦する各チーム

 逆に言えば、そうしたメーカーやエントラントとなるチームの利害を調整して、1つの方向を向いてもらう、それこそが白井氏の仕事となる訳だが、それが一筋縄でいかないのは想像するに難しくないだろう。果たして白井氏は社長として新しく生まれ変わったスーパーフォーミュラをどの方向に導いていきたいのか、それが今のインタビューをお願いした理由になる。

スーパーフォーミュラへとブランドをチェンジしたのは、“日本”の殻を破りたかったから

 そもそも読者には、なぜフォーミュラ・ニッポンが、スーパーフォーミュラにブランドを変えないといけなかったのかを説明しておく必要がある。ブランド名とは、言うまでもなくその製品なり商品なりを説明するのに最も重要なもので、レースであればそのシリーズを体現するモノと言え、日本のフォーミュラレースの最高峰という言葉を意味する“フォーミュラ・ニッポン”には、その位置づけを簡潔に説明することができるなかなか優れたブランド名だったからだ。

 この点に関して白井氏は「私は2010年の4月からJRPの仕事をしていますが、当時フォーミュラ・ニッポンは非常に厳しい状況に置かれていました。というのも、2008年に発生したリーマンショックの影響で、新しいスポンサーの獲得も難しい状況で、その状況を打破する必要があったのです。その中で我々が次のステップとして考えたのが、アジアへの進出です。今アジア各国ではサーキットが次々とできており、我々が現在持っているコンテンツを持ってそこに進出することで、ヨーロッパのF1、北米のインディカー、アジアのスーパーフォーミュラという形にしていきたいと考えています」と説明する。

 つまり、こういうことだ。確かに日本という市場は決して小さくない。言うまでもなく世界で3番目の経済力を持つ国で人口も1億人を超えており、トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業という世界的な自動車メーカーもあり、そこそこの規模でレースを開催し、それなりの観客を集めることは不可能ではない。

 しかし、現在スーパーフォーミュラを戦うチームの中には、トップチームでありながらメインスポンサーがないチームもあることからも分かるように、決して経済的に楽ではないのも事実だ。そこで、より大きなアジア市場というくくりにすることで、レースを見る人が10倍以上になり、より大きなビジネスチャンスを得ることができるようになる。そうなれば、広告効果も高くなり、日本だけでなくアジアの企業も取り込むことができ、新しいスポンサーを獲得できる機会が増える。縮小均衡ではなく拡大路線を採ろうというのがJRPの描く絵ということになる。

 JRPがこうした戦略を採る背景には、日本以外のアジア地域で、急速にモータリゼーションが加速し、かつモータースポーツへの興味が高まっている背景がある。以前はF1が開催されるアジアの国と言えば、日本だけだったが、そこにマレーシアが加わり、中国、シンガポール、韓国と次々と新しい国が加わっている。つまり、そこにはすでにサーキットがあるのだ。また、そうしたF1を開催していない国でも、台湾のように新しくサーキットを建設している地域もあり、すでにスーパーフォーミュラが進出する下地は整っている。

 そうした中で、JRPがアジア進出の第一歩として選んだのが韓国だ。「さまざまな地域と話し合ってきましたが、韓国の側も新しいサーキットを作りそこでレースを開催したいという意向を持っており、では一緒にやりましょうということになりました。開幕戦にも、韓国側から14~15人の関係者が視察に来て、レースの運営などについて学んでいる段階です。これにはJRPも積極的に協力しています」とのことで、8月に予定されている韓国インジェにあるインジェ・インターナショナル・サーキットでのシリーズ戦が第一歩になると説明する。

 JRPの後ろ盾とも言える自動車メーカーにとっても、韓国に行くことは大きな意味がある。というのも、現在韓国市場は日本の自動車メーカーにとって成長市場の1つになっているからだ。韓国は米国とFTAを結んだため、日本から輸入する際の日本車にかかっている高額の関税が、米国で生産した日本車にはかかっていないため、米国生産の車を韓国に輸出する動きが盛んだからだ。

アジアへ進出するということは、日本のレース産業を“輸出”すること

 では、いきなり韓国に行けば成功するのかと言えば、そんな簡単な話でもないだろう。言うまでもなく、韓国でのスーパーフォーミュラの知名度は現時点では皆無に等しく、まずは韓国のファンにハイレベルのレースであるということを分かりやすい形で説明する必要がある。また、日本に国際的なレースを呼ぶときにも、日本人ドライバーがスポットで参加すると盛り上がるのと同じ理屈で、やはり韓国人のドライバーがいると、それだけ盛り上がり方も違うだろう。

 そこで、JRPでは「こちらから韓国側にチームやドライバーを持ってはどうかということをアドバイスして、富士スピードウェイで行ったテストでは、韓国人のドライバーにテストの機会をもってもらいました」(白井氏)とし、何人かの韓国人ドライバーがF3車両(スーパーフォーミュラより下のカテゴリーの車両)を利用して実際に走ってみたと言う。

 もちろん、それでスーパーフォーミュラに乗れるレベルになるかは難しいところだろう。ただ、今年は難しいかもしれないが、そうした取り組みを続けていくことで、数年のうちにはシリーズに参戦する韓国人ドライバーやチームが出てくるかもしれない。そうなれば、韓国でもスーパーフォーミュラの知名度は徐々に上がっていくだろう。

 重要なことは、こうした取り組みが成功することは、結果的に日本のレース業界にとって“輸出”という新たなビジネスチャンスにつながる可能性があることだ。白井氏は「日本のレース業界は50年の歴史があって、今のレベルに達しています。ほかの地域がこのレベルに追いつくまでは時間がかかるでしょう。そこで、チーム運営やエンジニアリングといったノウハウを輸出していくことをJRPとして提案していきたい」とする。

 ここで、レース産業の本場であるイギリスの例を考えてみたい。イギリスには多くの実力のあるレーシングチームやコンストラクターが存在している。F1だけを切り取ってみても、国籍はチームオーナーの母国になるので、登録上のイギリスのコンストラクターはマクラーレン、ロータス、ウイリアムズだけだが、オーストリア国籍のレッドブル、ドイツ国籍のメルセデス、インド国籍のフォースインディア、ロシア国籍のマルシャ、マレーシア国籍のケータハムのいずれもが実際にはイギリスにファクトリーを構えている。つまり、イギリスから見ればこれらのレーシングチームはサービスを“輸出”している訳だ。

 同じことが、日本のレーシングチームにもできる可能性がある。例えば、最初はほかの地域でレーシングチームを作るときにも、いきなりスーパーフォーミュラのレベルは難しいだろうから、実質は日本のレーシングチームだけど、看板はその国の名前になっているという形だ。前出のレッドブルやメルセデスなどもその形で、その場合は日本からレーシングサービスを輸出するという形になる。そうなれば、日本のレース業界もビジネスとしてお金が回るような形になり、それが次の展開につながっていくだろう。

 白井氏によれば「フォーミュラ・ニッポンからニッポンを外し、スーパーフォーミュラへと変更した効果はすでに出ています。まずは名前を変えたことでそれって何だという問い合わせから始まり、インターナショナルなシリーズとして興味をもってもらえています」とすでによい反応があるようだ。そうした好循環が続いていけば、アジアという大市場に向けて拡大していくシリーズとして発展していくことができるだろう。

F1やインディカーにも匹敵するレベルの高さを誇るスーパーフォーミュラ

 アジアへと発展していくためには、スーパーフォーミュラのプレステージをこれまで以上に上げていく努力が必要となるのは言うまでもない。白井氏の述べたとおり、現在国際的なオープンホイールのフォーミュラカーレースと言えば、欧州のF1と北米のインディカーシリーズが双璧だ。そこに、第3の選択肢として、スーパーフォーミュラが上がるようにならなければ、アジア進出も絵に描いた餅になってしまう。

 スーパーフォーミュラに現在エントリーしているレーシングチームやドライバーのレベルは、実質的にはF1やインディカー・シリーズに肩を並べるレベルと言っても過言ではない。というのも、昨年までのフォーミュラ・ニッポンでタイトルを獲得した、ブノア・トレルイエ(2006年)、アンドレ・ロッテラー(2011年)、ロイク・デュバル(2009年)の3選手は、今やWEC(世界耐久選手権)のアウディチームで、エース級のドライバーとして活躍している。しかも、この3選手をもってしても、何年も参戦して初めてつかんだタイトルだ。

 また、先日佐藤琢磨選手がインディカー・シリーズで初優勝を遂げたが、現在インディカー・シリーズのトップドライバーの1人となった佐藤選手ですら、フォーミュラ・ニッポンやスーパーフォーミュラにスポットで参戦しても、いきなり上位では走れていない。つまり、スーパーフォーミュラのレベルはインディカー・シリーズと比較しても低くないという何よりの証明だ。おそらく、F1のチャンピオンクラスが今のスーパーフォーミュラに出たとしても、いきなりトップを走るのは難しいだろう、それだけレベルが高いレースだということだ。

 スーパーフォーミュラの課題はこの面白さやレベルの高さが、海外には伝わっていないということだろう。白井氏は「大事なことは露出を増やしていくことだと考えています。日本では地上波の枠を買うとかはコスト的に難しいので、現在あるJ-SPORTS様、BSフジ様と協力して露出を増やしていけるかどうかが鍵だと考えています。海外に向けては、海外向けに放送している事業者様に英語コンテンツとして売り込めないかと検討しているところです。このほか、公式Webサイトも英語を用意するなど海外での露出度強化にも取り組んでいきたいです」と、今後は海外への情報発信に積極的に取り組んでいくと説明した。

よりシリーズを面白くするため、2014年に新しいシャシーとエンジンを導入する

 そうした露出を増やす、開催国を増やすというマーケティング的な努力ももちろん重要だが、それと同時に最も大事なコンテンツである、レースそのものを面白くする取り組みは何にも増して必要だろう。スーパーフォーミュラのレースとしてのレベルは非常に高く、F1やインディカー・シリーズと比較して決して劣る訳ではない。しかし、F1でも近年ピレリが意図的に減りやすいタイヤを導入してみたり、追い抜きの容易なDRSを導入してみたりと、エンターテインメント性を高める努力を続けている。もちろん、“F1本来の車のパフォーマンスが発揮されていない”とか“追い越しが容易になりすぎだ”という玄人からの意見はあるものの、一般のファンとしては抜きつ抜かれつのレースを見るのは楽しいし、レース展開が予想できず毎回勝者が違うレースのほうが見ていて楽しいのは言うまでもないだろう。

 これまでのフォーミュラ・ニッポン時代にも、常に“より追い抜きを”とか“より分かりやすいレースを”という議論があり、そのたびに新しいルールや新しい車の導入が行われてきた。しかし、現行のSF13は、2009年に導入されたスイフト製FN09の名前を変更しただけの車両だ。車が熟成されてきたことで、より競争が激しくなっている側面はあるのだが、そろそろ新しい車でという声がファンから出ているのも事実だった。

 すでにJRPでは2014年に新型車を導入することを発表している。イタリアのレーシングコンストラクターであるダラーラと契約しており、その「SF14」の完成予想のイラストも公開している。

SF14完成予想イラスト

 白井氏は「最終的にはダラーラと日本のコンストラクターが残り、その中からダラーラに決定しました。ダラーラに決定したのは、とにかく追い抜きが可能な車にしたいという意向があり、そのノウハウを持っているのがダラーラであるのが決め手になりました」と述べ、重視したのは“追い抜き”とのこと。

 また、ダラーラのシミュレーション技術は非常に高いものがあるとし、「鈴鹿サーキットを1分35秒で周回できるような車にしてほしいというリクエストを出しています。ただ、ブリヂストンが導入した新しいタイヤを見ていると、1分33秒になってもおかしくないなと思っています」(白井氏)と述べ、鈴鹿サーキットでの目標タイムを設定した上で、発注が行われている。ちなみに鈴鹿サーキットを1分35秒フラットのタイムで周回できるとすると、昨年のF1日本GPで20位グリッドに相当する。もし仮に1分33秒フラットで周回できれば、Q2を突破して13位グリッドに相当するタイムだ。それだけでも相当エキサイティングなレースになることは予想できるだろう。

 また、2014年にはSUPER GTのGT500向けとほぼ共通化された新しいエンジンが導入される。NRE(Nippon Race Engine)ともよばれる2.0リッター 4気筒直噴ターボエンジンがそれで、トヨタとホンダが開発を続けている。SUPER GTとほぼ共通化されるという意味では、SUPER GTにトヨタ、ホンダとともに参戦するニッサンがスーパーフォーミュラに参戦する可能性が気になるところだろう。白井氏によれば「ニッサンさんにも参戦を呼びかけています」と話し合いをしていることは認めたが、現時点では決定された事項は何もないようだ。トヨタ、ホンダに加えて、ニッサンがエンジンを供給してくれれば、さらにシリーズの盛り上がりが期待できる(あのインパルがトヨタエンジンというのは、個人的にどうにも違和感を感あるいうのが正直なところだ)。

 なお、JRPがエンジンメーカーと協力して開発を続けてきたエネルギー回生システム(System E)だが、「継続して開発していますし、我々としてはやりたい意向はありますが、7月10日~11日に予定している2014年車両のテストには間に合いそうにありません。このテストで走らせた車が2014年仕様の車となる予定なので、2014年には搭載されないと考えてください」(白井氏)と、来年からの導入の可能性は今のところないとのことだった。

 このように、2014年に向けて準備が進むスーパーフォーミュラだが、今シーズンも見所満載なのは言うまでもない。実際、開幕戦では、最終周までトップ争いが続き、数々のオーバーテイクを見ることができる、非常にエキサイティングなレースだった。白井氏は「今年は現在の車での最終年にあたり、究極のパッケージとして完成している状態です。その究極の車に、チャンピオン経験者が5人も参加するすごいシーズンだと思っています。そうした究極のドライバーレースをぜひともサーキットで楽しんでほしいと思います」と述べ、熟成の進んだ車による、ハイレベルなレースを見ることができる。

 筆者もまったく同感である。こんな面白いレースが日本で行われているのは、モータースポーツファンにとってはラッキーなことだ。サーキットに行けない読者もぜひCS放送などを契約して、アジアへの発展を視野に入れ、生まれ変わりつつあるオープンホイールレースを楽しんでみてほしい。

 なお、第2戦オートポリスは今週末、6月1日~2日開催だ。

写真は、開幕戦の記者会見より

笠原一輝