特別企画

【特別企画】橋本洋平のボルボ・V60で味わう北関東~南東北

脳裏に焼き付いたのは、直列6気筒エンジン? それとも……

 かつて“モノより思い出”というキャッチコピーで販売されたクルマがあった。クルマをアピールするはずの宣伝にも関わらず、クルマ=モノはあくまで脇役。そのクルマ自体より、それを利用して手に入れた思い出のほうが大切だと言うのだ。ある意味でインパクトありだが、クルマをメインに扱う我々のような人間からすれば、ちょっと寂しい。

 今回参加したボルボ主催のツアーも、まさにそんな内容のプログラム。「北関東から南東北まで足を運んで味巡り」という内容だ。ツアーを共にするのは2011年6月に日本で販売を開始したV60シリーズ。2年前から国内を走っているクルマであり、新鮮でもなんでもないというのが本音の部分だ。やはりクルマは脇役なのか?

 いやいや、僕らまでそんな気分に引き込まれてはダメだ。気を取り直して今回のパートナーとなるV60のご紹介をちょっとだけ。試乗したのはV60 T6 AWD。記号ばかりの車名で、なじみの薄い人には「なんのこっちゃ」と思われるかもしれないが、これだけでボディースタイルから車格、エンジン形式、駆動方式まで網羅いるのだからスゴイ! というかマニアック!? 知っている人からすれば今さら感が強いかもしれないが、ちなみにVはワゴン、60は車格、T6は6気筒ターボを表し、AWDはもちろん4輪駆動を意味している。また、今回のツアーで他媒体が運転して同行したセダンのS60、SUVのXC60はプラットフォームを共有するラインアップカーだ。

今回のツアーの主役(!?)であるV60 T6 AWD
ボルボの60シリーズで北関東~南東北をロングドライブする今回のツアー。猪苗代湖の湖畔で集合写真の撮影というシーン。V60 T6 AWDの奥にそびえるのは“会津富士”とも呼ばれる磐梯山

 V60 T6 AWDが搭載する3リッター直列6気筒エンジンには、インタークーラー付きのターボチャージャーが組み合わされ、最高出力224kW(304PS)、最大トルク440Nm(44.9kgm)を発生。それをフロント横置き搭載しているところが独特だ。ボンネットを跳ね上げてエンジンルームを見ると、その存在感は圧倒的。こんな構成のクルマはなかなかない。そんなハイスペックなエンジンパワーを効率よく路面に伝えるため、駆動方式は4輪駆動のAWDとなり、結果的に車重は1800kgに達している。エコだ燃費だと、クルマがどんどん小排気量で軽量になる傾向の現代にあって、V60 T6 AWDはちょっと異色のモデルなのである。

今では貴重な存在である3リッター直列6気筒エンジンのB6304T型。これを横置きレイアウトで6速ATと組み合わせるという特異なモデル
「FOUR-C ACTIVE PERFORMANCE CHASSIS」のモード選択スイッチ
ステアリングには「全車速追従機能付ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)」やハンズフリーフォン、オーディオなどの操作スイッチを配置。ACCなどで利用されるカメラはフロントウインドー内側に設置されている。BLIS(ブラインドスポット・インフォメーション・システム)のカメラはドアミラー下側に用意
試乗車はオプションのソフトベージュ/オフブラック内装を設定。リアシートには座面が可動してジュニアシートに変わる「インテグレーテッド・チャイルドシート・クッション」をオプション装着
同じくオプション装備である“SLEIPNER(スレイプニル)”18インチアルミホイール。通常は17インチサイズを装着する
リアハッチに装着されるエンブレム類

 そんなV60 T6 AWDで走り出すと、やはり乗り味はドッシリかつハイパワーという印象。街乗りでは装着されたオプションの18インチタイヤを1800kgの重量で押しつぶすような、ゆったりとした乗り味が魅力的。重さがネガにならず、重厚さとしてメリットをもたらしているあたりがこのクルマの面白さだ。

 そして高速巡航を開始すれば、直列6気筒エンジンならではのシルキーな回転フィールが存在感を発揮する。トルクの出方はあくまでフラットであり、唐突にトルクが発生するような乱暴なターボではない。あくまで滑らかなフィーリングと共にエンジン回転を高速域まで導いてくれるセッティングだ。ピークパワーばかりを追い求めたようなエンジンでは、乗り始めてしばらくは新鮮に感じていても、ロングドライブをしようと思うと疲れてしまう。このクルマのように求めた分だけパワーを引き出してくれるエンジンなら、ストレスフリーでじっくりと旅を楽しめる。

シルキーな直列6気筒エンジンはストレスフリーでロングドライブとの相性抜群

 ストレスフリーの立役者として、もう1つ語っておきたいのは足まわりの仕立て方。このクルマには「FOUR-C ACTIVE PERFORMANCE CHASSIS」という電子制御連続可変ショックアブソーバーシステムが奢られているのだが、これが実にイイ仕事をしている。オーリンズとモンローが共同開発したというこのシステムは、車両状況、路面状態、運転内容などを毎秒500回の割合で監視しながら、状況に合わせた減衰力を発生させるという仕組み。ATセレクターの前にある「COMFORT」「SPORT」「ADVANCED」というスイッチでドライバーが選択すれば、それをベースとして状況に合わせたセッティングを行ってくれる。

 今回は、基本的に街中では「COMFORT」、高速道路では「SPORT」、ワインディングでは「ADVANCED」を選んで走ってみた。すると、いずれの状況でも求めたとおりにフラットに走りつつ、ワインディングでは1800kgの巨体をものともせず旋回することに感心した。今回走破した北関東から南東北の一帯は、震災による被害こそ少なかった地域ではあるものの、一部で路面が荒れている場所もまだまだ存在する。そんな状況にも関わらず快適な身のこなしで乗員にストレスを与えないこと。これぞ「FOUR-C ACTIVE PERFORMANCE CHASSIS」の真骨頂といえるのではないだろうか。

「ADVANCED」のスイッチを押してワインディングを走ると、1800kgの車重と2775mmのホイールベースを感じさせない旋回性能を発揮

 そんな走りのよさを感じたあと、リアシートの乗り心地をチェック。すると、突き上げ感によるストレスも少なく、うっかり眠ってしまうほどだった。もちろん、ドライバーがその気になって「FOUR-C ACTIVE PERFORMANCE CHASSIS」がハードな方向にセッティングを動かすと、やや突き上げを感じる場面もあるが……。どちらにせよ、選ぶのはドライバーしだいということ。ドライバーズカーとして考えれば、いつでも求めたとおりというのはありがたいことなのだろう。

 V60 T6 AWDが生み出す走りのよさはそれだけでは終わらない。最後にどうしても紹介しておきたいのは、ステアリングの自然なフィーリングである。油圧を介するこのクルマのパワーステアリングは、とにかく心地よいのだ。微操舵域からしっかりとした反力が得られ、そこからの切り込みまでフィーリングが一定しているところが好感触。電動パワーステアリングを採用することで燃費向上を図ったり、V40のようにレーン・キーピング・エイド(車両が車線内での走行を維持するシステム)&パーク・アシスト・パイロット(駐車時に車両がステアリング操作を担当するシステム)といった先進装備はないが、油圧ならではという乗り味を久々に感じたのだ。時代遅れという人がいるかもしれないが、“クルマの味”という意味ではV60 T6 AWDのシステムも捨てがたい魅力だと思う。

 このように、走りの面で非常に見どころが多かったV60 T6 AWD。だが、どんなシーンでもクルマが主役にならず、あくまで旅の脇役に徹していて、これが気に入った部分だ。クルマはあくまで旅を楽しくするためのツールであることをよく知っている。これぞボルボらしい部分といえるのではないだろうか。手足のように身体になじみ、自然に溶け込んでくるこのフィーリングこそ、まさにグランドツーリングカーだ。さらにそれだけでは終わらず、走りに没頭したいときはきちんと応えてくれる二面性を持つこともV60 T6 AWDの素晴らしさ。この仕上がりなら、まるでスニーカーを履きこなすように誰でも気軽に乗りこなせるだろう。

 また、BLIS(ブラインドスポット・インフォメーション・システム)による後方視界のサポート、ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)による先行車両への追従走行は、ロングドライブの疲労軽減に役だってくれた。さらに、帰路では集中豪雨にも遭遇したが、AWDによる高い走行安定性から不安になることは一切なかった。今回は1泊2日で700km以上の走行をこなすというハードなスケジュールだったが、帰宅してからも疲れを引きずるようなことがなかったという事実が、ボルボの快適性、そして安全性を証明していると言っていいだろう。

前方を走るボルボ・オフィシャルのカメラマンカーをロックオンして追従走行中。高速道路ならではの速度域から完全停止までサポートする全車速追従機能付ACCは長距離走行の大きな手助け。死角をカバーするBLISも疲労軽減が高い

 気がつけば、宇都宮で食べた「餃子・正嗣」の濃厚でパリッとした味わいの焼き餃子や、「喜多方ラーメン・まこと食堂」で食べたアッサリと、けれどもコクのあるラーメン、喜多方市山都町の宮古地区にある「宮古蕎麦・大下」で食べた瑞々しい蕎麦の味わいが脳裏に焼き付いている。普段の試乗ではクルマの印象ばかり思い出すものだが、たまには「モノより思い出」「クルマは脇役」も悪くない。そんなことを感じた今回の1泊2日だった。もちろん、そんなふうにきちんと思えるのは、やはりクルマにまとまりがあって、どんなシーンでもストレスなく運転できるというしっかりした基本性能がなければ成立しない。V60 T6 AWDは、旅人を主役にしてくれる旅の名脇役である。

餃子・正嗣
喜多方ラーメン・まこと食堂
宮古蕎麦・大下

【お詫びと訂正】記事初出時、車名の一部を「V60 T5 AWD」と記述しておりましたが、正しくは「V60 T6 AWD」となります。お詫びして訂正させていただきます。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。