特別企画

【特別企画】容量無制限、空飛ぶインターネット「JAL SKY Wi-Fi」を使ってみた(後編)

JALとシステムを担当するパナソニックアビオニクスコーポレーションに疑問点を聞いてみた

 前編では、JAL(日本航空)の空飛ぶインターネットサービス「JAL SKY Wi-Fi」の体験記をお届けしたが、後編では航空機を運航するJALと、通信システムを担当するパナソニックアビオニクスコーポレーションに、SKY Wi-Fiの疑問点について聞いてみた。

●【特別企画】容量無制限、空飛ぶインターネット「JAL SKY Wi-Fi」を使ってみた(前編)
http://car.watch.impress.co.jp/docs/special/20140228_636970.html

前編記事の往路に乗った空飛ぶインターネット「JAL SKY Wi-Fi」サービスを提供するボーイング 777-300型機。登録番号はJA731J、室内仕様はW83で、JAL SKY SUITE 777の1号機。胴体には「JAL SKY SUITE 777」のロゴが入っている

 JAL SKY Wi-Fiのシステムについておさらいをすると、現在サービスが提供されている機材は、JALで最も大きな機材となるボーイング 777-300型機。利用者側から見ると、「PC・スマートフォン」←(IEEE 802.11a/g/n)→「機内アクセスポイント」←→「機外アンテナ」←→「通信衛星」←→「地上アンテナ基地」←→「インターネット接続プロバイダー」←→「インターネット網」という形でデータのやり取りがなされている。

 機外アンテナと通信衛星は最大30Mbpsの通信を行っている。JAL SKY Wi-Fi利用者には、一般的なインターネット接続サービスと同様、ベストエフォートサービスとしてインターネット接続が提供されている。東京(成田)~ロサンゼルス便を往復で利用してみたところ、計測時は2Mbps~4Mbps、ときどき5Mbps近くや2Mbps以下になることも実際に体験でき、速度が確実に保証されないベストエフォートサービスならではの動きは確認できた。

胴体中央上部についている衛星通信用のアンテナ。長円形のフェアリングで覆われている
フェアリングと、そのフェアリングを外したところ。長方形のアンテナが2基セットされている(写真提供:JAL)

 今回お話をうかがったのは、日本航空 顧客マーケティング本部 商品サービス開発部 開発グループ アシスタントマネージャー 江幡考彦氏と、パナソニックアビオニクスコーポレーション 日本地区 フィールドエンジニアリング スーパーバイザー 鶴田康彦氏、同 日本代表 三村典久氏、同 日本地区 マーケティングリーダー 矢柴充雄氏、同 日本地区 マーケティング アカウントマネージャー 伊時宏明氏、同 グローバルコミュニケーションサービス アカウントマネージャー John Andrews氏になる。


──かつてJALをはじめ各国の航空会社が米ボーイングの「Connexion by Boeing」を利用してWi-Fiサービスを行っていました(JALのサービス名は「JAL SkyOnline」)。それがボーイングのサービス終了とともになくなり、今回新たにJALは「JAL SKY Wi-Fi」というインターネットサービスを開始しました。新たにWi-Fiサービスを開始したきっかけはなんですか?

日本航空 顧客マーケティング本部 商品サービス開発部 開発グループ アシスタントマネージャー 江幡考彦氏

JAL:新たな国際線の機内Wi-Fiである「JAL SKY Wi-Fi」については、2012年の7月から開始しました。サービスの検討は、その1年前から行っていました。私どもJALは2010年の1月に倒産したのですが、もし再生の機会を与えていただけるのなら新たなサービスを導入したいという気持ちがありました。

 お客さまに「何か日本航空変わったね」「日本航空何かよいね」と言ってもらえるようなサービスを検討していたのですが、きっかけになったのは2011年3月に発生した東日本大震災になります。このときにお客さまから「航空機の中から連絡はできないのか」「通信はできないのか」という声をいただき、検討していたWi-Fiサービスを導入することに決めました。導入にあたっては、パナソニックアビオニクスコーポレーションの「eXConnect」という機内インターネットシステムが弊社にとって魅力的であったので採用することにしました。

──どの部分がJALで、どの部分がパナソニックアビオニクスなのですか?
JAL:航空機についてはJALで、通信に関わる部分についてはパナソニックアビオニクスの機材を使用しています。JAL SKY Wi-Fiはボーイング 777-300ER型機のシートなどを大幅に改良した「JAL SKY SUITE 777(スカイスイート トリプルセブン、以下SS7)」でサービスを行っていますが、このSS7は通信衛星からの電波を受け取るためのアンテナを増設しています。このアンテナ、機内への配線、機内でWi-Fi電波を発信するための無線LANルーターなどはパナソニックアビオニクス製の機材を用いています。

──無線LANルーターについては、1台の航空機で何台くらい搭載しているのですか?
パナソニックアビオニクス:航空機の大きさによって違ってきますが、232席または244席のSS7では5台のルーター兼アクセスポイントを搭載しています。さらにその上位に、全体を管理する機材を搭載しています。この全体を管理する機材が衛星通信用のアンテナとつながっています。機材やWi-Fiアンテナは、天井の裏に設置してあるので、機内から見ることはできません。

パナソニックアビオニクスコーポレーション 日本地区 フィールドエンジニアリング スーパーバイザー 鶴田康彦氏
左から、パナソニックアビオニクスコーポレーション 日本代表 三村典久氏、同 日本地区 マーケティングリーダー 矢柴充雄氏、同 日本地区 マーケティング アカウントマネージャー 伊時宏明氏、同 グローバルコミュニケーションサービス アカウントマネージャー John Andrews氏

──このJAL SKY Wi-Fiは、ベストエフォートサービスとされています。実際機内で使ってみたのですが、実測で2Mbps~4Mbpsを記録し、5Mbps近くになるときもあれば、2Mbps以下のときもありました。これはどのような理由に起因するのでしょうか。もちろんベストエフォートサービスのため、機内で使用する人が多ければ速度が低下するのは理解しており、そのほかの要因として考えられる部分があれば教えてください。
JAL:JAL SKY Wi-Fiは、衛星を利用したインターネットサービスになっています。今回、お乗りいただいたのは、東京(成田)~ロサンゼルス便とのことですが、この路線内を移動中の航空機は複数の衛星を切り替えながら飛行しています。具体的にいくつという数字は言えないのですが、使う衛星によって混み具合が違ったりということもあるほか、やはり飛行していることも影響していると思います。

パナソニックアビオニクス:JAL様と常に話をしているのは、「お客さまが不快にならない速度で通信できる環境を実現する」ということです。ある程度の作業ができ、イライラしないような速度を実現したいと思っています。衛星を切り替える際もインターネット接続が(見かけ上)切れることのないよう工夫しています。ただ、いくつ衛星を使っているかについては、我々と衛星会社の契約もあるためこの場では数字を控えさせてください。

──衛星は静止衛星、つまり赤道上空の衛星を利用しているのですか? 仮に静止衛星を利用していた場合、赤道近辺は受信しやすいと思いますが、北極圏など高緯度地域は受信しづらいのではないでしょうか?
パナソニックアビオニクス:はい、静止衛星を利用しています。確かに物理的に高緯度地域は不利になりますが、航空機が飛ぶ路線についてはJAL様と検証を行っており、問題ないことは確認しています。

JAL:たとえばヨーロッパ線などはロシア上空を飛んでいくのですが、その際も問題なく通信できることを確認しています。

──ベストエフォートサービスのため、利用者の多さが速度に影響します。そのため1機あたりの利用率が気になります。どの程度の割合で、JAL SKY Wi-Fiは利用されているのでしょうか?
JAL:基本的にそのような数字は現在公表していません。JAL SKY Wi-Fiは有料サービスなので、無料キャンペーンなどを行ったときには利用率が上がります。また、路線によっても異なるのですが、長距離路線では利用率が上がる傾向にあります。短距離(ジャカルタ路線)では飛行時間が短いため利用率は下がります。

 また、航空機が出発する時刻によっても利用率は異なると分析しています。長距離を飛ぶニューヨーク便は、日本をお昼頃に出発しますし、ニューヨークもお昼ぐらいに出発します。ジャカルタ便は、日本はお昼ごろに出発するのですが、日本に向かう便は現地を深夜に出発します。そのような時刻となっているため、通信のニーズがある方でも、機内でお休みになって過ごされる方が多くなります。

──インターネット接続プランに、「1時間プラン」(11.95ドル[JALカードで10.75ドル])と24時間接続可能な「フライトプラン」(21.95ドル[JALカードで19.75ドル])の2つがありますが、それぞれの利用率はどのようになっていますか?
JAL:1時間プランはお試し用という位置づけで、24時間使えるフライトプランは1フライトすべてをカバーするという位置づけで用意しました。長距離線での利用が多いことから、やはりフライトプランの利用が多くなっています。また、JALとしてはスマートフォンで利用される方が多いのかなと思っていたのですが、PCで接続される方が多く、これは意外な結果でした。電車の中でスマートフォンを利用されている方は多く、JALとしてはそのようなイメージで航空機を利用していただきたいと思っています。

──現在、SS7でWi-Fiサービスを導入していますが、そのほかの展開予定はあるのですか? また、ボーイング 787は最新の航空機ですが、これにはなぜWi-Fiサービスがないのですか?
JAL:すでに国内線向けのインターネット接続サービスとして「JAL Sky Wi-Fi」を2014年7月から始めることは発表させていただきました。我々としてはお客さまに大変好評をいただいているサービスであり、今後はJALの航空機で標準のサービスにしたいと思っています。現在、ボーイング 777-300 ER型の13機でサービスを行っていますが、国際線のそのほかの機材に関しても順次サービスを拡大していきたいと考えています。機材改修のタイミングなどもありますし、改修にそれなりのコストもかかるので順次実施していければと思います。

──JAL Sky Wi-Fiサービスが可能なSS7に改修したことで、航空機の胴体中央上部に衛星受信用のアンテナカバーが飛び出しています。これによる安全性の問題や燃費の低下など悪影響はないのですか?
パナソニックアビオニクス:航空機に搭載する機材については、安全性を証明する耐空証明が必要になります。これは、米国であればアメリカ連邦航空局(FAA)、日本であれば国土交通省が発行しているもので、さまざまなテストを経た結果発行されるものです。当社が提供しているアンテナや無線LANルーターなどすべての機器で耐空証明を取得しており、安全面での問題はありません。

JAL:アンテナカバーがあることによる、燃費への影響はとくにありません。

──2012年7月に開始して以来、大きなトラブルはありましたか?
JAL:すでに1年半以上の運用実績がありますが、大きなトラブルはありません。

──JAL Sky Wi-Fiを体験してみましたが、iPhone 5s(iOS7)の場合ログイン時の認証画面の切り替えがデフォルト設定で時間がかかる部分がありました。これはiPhone 5s側のWi-Fi設定を変更することで回避できたのですが、航空機側の設定で回避できないでしょうか? おそらくJAL Sky Wi-FiがiOS6を前提に構築されており、その後の仕様変更によるものだと思うのですが。Android端末、Windows PC、Macではとくにそのような現象はありませんでした。
JAL:すでにiOS7での問題は認識しており、ソフトウェアの変更は終わっています。それらのソフトウェアを航空機に搭載している機器に順次適用していく必要があり、現在作業を行っているところです。

──JAL Sky Wi-Fiを使って一番嬉しかったのは容量制限がないことでした。24時間使えるフライトプランであれば、フライト中いつでも使うことができ、長時間のフライトでも時間を忘れることができ、自分自身エンターテイメントシステムをほとんど使うことはありませんでした。特殊環境下におけるインターネットサービスの場合、従量制という考え方もあったと思うのですが、容量無制限のサービスとしたのはなぜですか?
JAL:使ったデータ量に応じて支払う従量制という考え方もあると思うのですが、なにかを気にしながら使われるのはお客さまにとってストレスになると考えました。普段の我々のインターネットの使い方を考えてみても、従量制という考え方はなじみにくく、転送量などは気にせずに使っていただきたいと思っています。

 これまで機内ではインターネットが使えないのが当たり前でした。そういう意味で航空機の中というのは特別な空間でした。我々としては、その特別な空間を“普通にインターネットが使える空間”、つまり普通の空間として提供したかったのです。地上であれこれ準備してから航空機に乗るのではなく、航空機でも地上と同様なことができる空間を作りたいと思い、JAL Sky Wi-Fiの提供を開始しました。そういった意味でも、制約がなるべく小さい形でインターネットサービスを提供したかったのです。

──JAL Sky Wi-Fiを提供する側としての悩みはありますか?
JAL:おかげさまで、非常に多くのお客さまから好評をいただいているサービスになっています。しかしながら、今のところJAL Sky Wi-Fiが使える路線は限定されており、どの路線で使えてどの路線で使えないかということをしっかり告知していく必要があると考えています。JALのWebサイトでもJAL Sky Wi-Fiが使用可能な路線をしっかりお知らせしています。また、路線ごとに順次サービスを拡大していくことで、なるべく分かりやすいサービス提供を心がけています。

 航空機の運用は、路線ごとに固定せず柔軟な運用をしたほうが効率がよいのですが、JAL Sky Wi-Fiがサービス可能な航空機を特定路線に集中的に投入することで、たとえ運用効率が落ちても分かりやすいサービス提供を目指しています。

 現在は、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス、ロンドン、パリ、ジャカルタ線のすべての便でJAL Sky Wi-Fiが使えるようになっています。ただ、3月30日からは機材の運用の変更もあり、フランクフルト線が増えるものの、ニューヨーク、ジャカルタ、パリ線は便ごとに異なります。JALのWebサイトを確認していただければと思います。

●JAL Sky Wi-Fi
http://www.jal.co.jp/inflight/inter/sky_wifi/

──確かに上記のWebサイトを見ればJAL Sky Wi-Fiのサービス提供路線であることが分かりますが、JALの予約システムからは分からないように思います。「SS7」の表記があるのでJAL Sky Wi-Fiのサービス対象機材なのだろうと予測できますが、SS7機材であっても、機材変更で割り当てられたときなどはJAL Sky Wi-Fiのサービスが行われない場合があると思います。本来はJAL Sky Wi-Fiのマークなどを予約システムに表記したほうが分かりやすいと思うのですが。
JAL:確かに、予約システムからはJAL Sky Wi-Fiのサービスがあるかどうか分かりません。現在、JAL Sky Wi-Fiのサービスが分かるように変更するよう検討しています。より使いやすいようJAL Sky Wi-Fiのサービスの改良は行っていきます。


 上記のインタビューでお届けしたように、JALの国際線インターネットサービス「JAL SKY Wi-Fi」は、非常に使えるサービスとなっている。価格面も約2000円でフライト中は使い放題であるなら、長距離になればなるほど割安感が出てくるだろう。また、通信容量の制限もなく、勝手にあれこれデータ通信をするスマートフォンを使う上での配慮も不要だ。空の上でYouTubeなどを見ていると、本当にスゴイ時代になったものだと思う。

 JAL SKY Wi-Fiは国内線にも拡充される。自動車電話から始まった一般向け移動体通信サービスの最先端を、ぜひ試していただければと思う。

復路に乗ったSS7。登録番号JA734Jで、座席仕様はW83。4号機はSKY ECOのスペシャルマーキングが施されていた。JALはJA731J~JA737JをW83の座席仕様で、JA738J~JA743JをW84の座席仕様でSS7化する

編集部:谷川 潔

http://car.watch.impress.co.jp/