イベントレポート CES 2020

アウディ 販売マーケティング担当取締役 ヒルデガルト・ヴォートマン氏に聞く。「Vorsprung durch Technik」は時代によって再定義されていく

アウディ 販売マーケティング担当取締役 ヒルデガルト・ヴォートマン氏

 2020年のCESには、多くの自動車メーカーが出展し、その技術の先進性を競っていた。その流れを作り出したのが、ドイツの自動車メーカーであるアウディだ。アウディは、同社のブランドステートメントである「Vorsprung durch Technik」(技術による先進)を、技術見本市であるCESにおいて強く発信。2012年のCES(当時は、International CES)では、NVIDIAのTegra 3をいち早く採用することで、メータークラスタ内にLCDを使ったマルチファンクションディスプレイを実現。2013年のCESは自動駐車システムのデモを行なった。

 そして2014年のCESにおいて、アウディは基調講演を担当。現在のアウディ車に多く採用されているフルデジタルメーターのバーチャルコクピットを世界初公開し、デジタルコクピット時代の先陣を切ったほか、「パイロットドライビング」と呼ぶ自動運転車を紹介。自動運転車が実現できる可能性を世界に示した。それに続く2015年のCESでは、自動運転車の「Jack」をロサンゼルスからCES会場のあるラスベガスまで走らせ、自動運転制御モジュール「zFAS」の性能の高さを知らしめた。

 この自動運転車「Jack」に記者もドイツ試乗(自動運転車の運転席に乗る)したことがあるが、滑らかな加減速、そして周囲を見据えた自動レーンチェンジの性能の高さは、レベル3自動運転時代が2020年には到来するように思えたものだった。

 しかしながら、その後アメリカにおいてUberが自動運転実験中に事故を起こすなど、自動車側が責任を負うレベル3以上の自動運転は、まだ始まっていない。高度な運転支援を行なうレベル2+自動運転車の普及が始まりつつあるところだ。そのような2020年のCESのおいて、アウディは何を伝えようとしているのだろうか? アウディ 販売マーケティング担当取締役 ヒルデガルト・ヴォートマン氏に話をうかがった。

アウディがCES 2020で世界初公開したコンセプトカー「AI:ME」

アウディが2020年のCESで訴求したこと

 ヴォートマン氏は、アウディの販売やマーケティングをつかさどる立場にあり、アウディ全体のブランド戦略を構築していくポジションにいる。2020年のCESにおいて、アウディが何を訴えるのか、何を世界に発信していくのか聞いてみたところ明快な答えが返ってきた。

 ヴォートマン氏は、2020年のCESでは自動運転時代の先にあるドライビングエクスペリエンス、つまり将来の運転体験を示していくのだという。「私たちは将来的なドライビングエクスペリエンスを伝えようとしています。その意味は、自動運転時代を見据えたものとなります。自動運転中のクルマが動いている時にどのような時間を過ごすでしょうか? 私たちは、どのようにもっと簡単にクルマとつながっていけるか示したいと思います。つなぐことができるのは、電子デバイスだけでなくAIともつながることができます。アウディが搭載するAIが学習することで、私の好みなどを理解します。また、アイトラッキング(視線検知)などの技術と組み合わせています」(ヴォートマン氏)と、その技術の詳細を語る。

 アウディは、CES 2020において自動運転車のコンセプトカー「AI:ME」を世界初公開。このAI:MEは共感力を備えたモビリティパートナーとして、ユーザーの希望やニーズを満たす「第3の生活空間」としての役割を備えた自動運転車として位置付けられている。アイトラッキング機能を使ってクルマとコミュニケーションを取ることができ、お気に入りの食べ物を注文することも可能だ。

 クルマとつながる体験ができる自動運転車で、高度なアイトラッキング機能を備えている。この高度なアイトラッキングは、AIの進化によるところが大きく、瞳の向きなどをAI解析することで密なコミュニケーションができる。

アイトラッキングでコミュニケーションを行なうAI:ME

自動運転車の方向性

 では、アウディがこれまでCESで強く追求してきた自動運転についてはどうだろう。よく知られているようにアウディは、「A8」で世界初のレベル3自動運転レディのクルマを用意。しかしながら、世界各国の自動運転関連の法整備の遅れにより、現状は高度な運転支援機能を備えたクルマとなる。世界の先頭を走っているのは間違いないが、突き抜けることは社会的な合意形成を待つ必要がある状態だ。

 この自動運転について、ヴォートマン氏は方向性を示してくれた。「自動運転について、アウディはフォルクスワーゲングループとのシナジーを図っていきます。EVについても、お客さまの要望に応える形で提供していき、アウディならではのラグジュアリーなポジションで選択していきます。e-tron GTはポルシェとのコラボレーションを行なっており、最もスポーティなクルマになります。自動運転についても目的は同じなので、フォルクスワーゲングループのシナジーを活かしていき、段階的なアプローチを行なっていきます」と語る。

 自動運転のような共通プラットフォームを必要とするものについては、フォルクスワーゲングループとして共同開発。その上で、電動車プラットフォームと同様に、アウディというラグジュアリーブランドに適したものを提供していくという。アウディのEV(電気自動車)のフラグシップとなるe-tron GTはポルシェとの協業を行なっており、さらにPPE(Premium Plattform Electric)と呼ばれるEVプラットフォームも共同開発している。

 自動運転もこのような考え方を採り入れることを示唆しており、その背景には開発費が膨大であることを挙げる。

 ヴォートマン氏は、「法整備や保険の問題などもあり、技術だけで切り替わっていくものではありません。しかしながら、未来には明らかにEVがあり、自動運転車があるでしょう」と述べる一方、「ただ、パーソナルユースとしての自動運転には時間がかかるかもしれません。スイッチを入れたら、すぐできるものではないという認識でいます。私たちは最初に商用利用としての自動運転車を見るでしょう」と語る。

 これは、現在の法整備や社会状況の下では、レベル3よりは、完全自動運転のレベル4、レベル5自動運転が早いのではないのかという見方だ。商用利用であれば、ある限ったルートを自動運転で走ることが可能で、クローズドなエリアを設定すれば成り立ちやすい。さらに、そのクローズドなエリアが一本道であれば導入は容易になる。新交通システム「ゆりかもめ」などは、クローズドなエリア、一本道(ポイントはあるが)の路線を走る自動運転が成立しており、高価な自動運転ユニットを組み込みやすいことからも商用利用が先になるのだろう。

「Vorsprung durch Technik」が実現する自動車の未来

 ここ数年のアウディの展示の方向性として示されているのが、CES 2019で公開した「holoride」のようなテクノロジを使った車内エンタテイメントシステム。ヴォートマン氏は、アウディはこの分野においてもグループをリードしていくブランドであるという。

 その上で、ブランドステートメントである「Vorsprung durch Technik」は時代によって再定義されていくのではないかと語る。アウディを語る上で、4WD技術「quattro(クワトロ)」は欠かせないが、このクワトロも「Vorsprung durch Technik」を象徴するものだ。それが100年に一度といわれる自動車の変革のなか、「時代に応じて再定義される」(ヴォートマン氏)という。「Vorsprung durch Technik」が示す技術は、今後先進の電動化かもしれないし、VRやアイトラッキングを使った最先端のドライビングエクスペリエンスかもしれない。

 ただ、確実に言えるのは、アウディが自動車技術の最先端を走り続けようという強い意志を見せていることだ。5年前のCES 2015ではそれが自動運転車であったし、自動運転車が社会的にはともかく技術的に実現しつつあるCES 2020においては、自動運転車で過ごす空間であることだ。「Vorsprung durch Technik」が実現する自動車の未来、その市販化が待ち遠しい。

編集部:谷川 潔