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【インタビュー】メルセデス・ベンツ「新型オープンモデル」デザイナー アヒム・ディートリッヒ・バドシュトゥブナー氏に聞く

“ドロッピングライン”の「Sクラス カブリオレ」と“ウェッジライン”の「SL」「SLC」の違いとは

2016年6月2日 開催

 メルセデス・ベンツ日本は6月2日、新型の「Sクラス カブリオレ」「SL」「SLC」という3種類のオープンモデルを同時発表した。価格はSクラス カブリオレが2145万円~3417万円、SLが1265万円~3383万円、SLCが530万円~970万円。

 この3車種の概要については発表会の記事ですでにご紹介しているが、6月2日に開催された記者発表会には、今回発表された「新型オープンモデル」3車種も手がけたダイムラーAG エクステリアデザイン シニアマネージャーのアヒム・ディートリッヒ・バドシュトゥブナー氏も参加。発表会後にバドシュトゥブナー氏とのグループインタビューが行なわれたので、本稿ではその模様をレポートする。

新型「Sクラス カブリオレ」
新型「SL」
新型「SLC」
記者発表会ではメルセデス・ベンツ日本株式会社 代表取締役社長兼CEOの上野金太郎氏(左)とバドシュトゥブナー氏(右)の2人からプレゼンテーションが行なわれた

「パーフェクトボディ」にはラインを使ったごまかしは必要ない

記者発表会で新型オープンモデル3車種のデザインについて解説するバドシュトゥブナー氏

――(ダイムラーAGでデザイン統括を務めている)ゴードン・ワグナー氏に数年前にインタビューしたとき、「現代のメルセデス・ベンツモデルでは“ドロッピングライン”(フロントフェンダーからリアに向けて下がっていくラインのこと)が最も重要なフィーチャーである」と聞きましたが、今回発表された「SL」や「SLC」を見ると“ドロッピングライン”ではなく、その代わりに“ウェッジライン”(前方が低く、後方に向けて高くなっていくラインのこと)になっています。これはどうしてでしょうか?

バドシュトゥブナー氏:新たなSL、そしてSLCはある意味で兄弟のようなクルマで、この兄弟としてある意味で自立しており、ほかのメルセデス・ベンツのモデルとはデザイン理念において一線を画しているところがあります。“ドロッピングライン”と“ウェッジライン”という点では、2シーター車は“ウェッジライン”のほうがスタイリッシュではないかと考えています。というのは、Sクラスと比べまして、SLやSLCといった2シーター車はクルマの全長が少し短めなので“ウェッジライン”のほうがよろしいのではないかという判断です。2シーター車であるSLやSLCは全長が短いので“ウェッジライン”を、もう少し全長が長い4シーター車になると“ドロッピングライン”のほうがエレガントで高級感を醸し出すことができると考えているのです。

――SLCは「Aクラス」と比較すれば全長が長いと思いますが?

バドシュトゥブナー氏:確かに全長だけを見るとSLCの方が長いですが、やはり2シーター車であるという点が違いとなっています。“ドロッピングライン”は4シーター車で、とくに全長が長いクルマになるほど見栄えがよくなりますね。

上のSクラス カブリオレが4シーター車で、フロントタイヤからリアタイヤに向けて下がっていく“ドロッピングライン”を採用しているのに対し、下の2シーター車2台は“ウェッジライン”で、ラインがフロントタイヤからリアタイヤに向けて上がっている

――ボディサイドのライン以外で3車種における相違点はなにがありますか?

バドシュトゥブナー氏:Sクラス カブリオレではクラシカルなフロントグリルを採用し、SLでは1952年に活躍した「300 SL パナアメリカーナ」に対するオマージュとして下側がより広い形状となっています。また、SLとSLCにはボンネットとフロントフェンダーの後方に特徴的なエアアウトレットを装着してスポーティさを表現しており、Sクラス カブリオレではクラシックテイストを演出しているのです。さらに車両後方でも、リアコンビネーションランプがSクラス カブリオレではフラットで横長となり、トランクフードにまで伸びて2分割式になっているのですが、SLとSLCはワンピースで角張ったスタイルになっており、ナンバープレートを装着している位置も、Sクラス カブリオレは低いリアバンパー内、SLとSLCはトランクフードで高い位置となっています。

――逆に共通する点は?

バドシュトゥブナー氏:2つのライトが入り、“アイブロウ”のようにLEDを並べたヘッドライトをメルセデスファミリーとしての特徴として持っていること。サイドビューではノーズが長く、キャビンが小さいことによって帽子のような雰囲気があります。また、AMGモデルではフロントバンパー下側に「Aウイング」と呼ぶブレード状のラインを、AMG各モデルに共通する“ドミナントなデザイン”として採用しています。

SL独自のデザインエッセンスとして、1952年に活躍した「300 SL パナアメリカーナ」をイメージさせるフラットで下側が広いフロントグリルを紹介するバドシュトゥブナー氏
2シーター車であるSLとSLCでは、フィンを備える独特な形状のエアアウトレットを備えてスポーティさを表現する
リアビューでは水平基調のSクラス カブリオレ、エッジの効いたトライアングル形状のSLと、同じオープンモデルながらまったく異なる個性をアピールしている
LEDの“アイブロウ”を持つヘッドライトは「メルセデスファミリー」共通のデザインエッセンス
大型冷却エアインテークとバンパー下側の「Aウイング」がAMG各モデルに共通している
「モダンラグジュアリー」という言葉の背景には、日本のような考え方やドイツのバウハウスに体現されるものがあると語るバドシュトゥブナー氏

――現代のメルセデス・ベンツモデルでは“ドロッピングライン”“バランスライン”“クリーズライン”という3つのラインでサイドビューが構成されていると認識していました。しかし、新しいSLとSLCはシングルの“ウェッジライン”でシンプルな構成になっていますが、これになにかしらの意図などはありますか? これはシンプルさを極めることで(発表会で解説された)「官能なる純粋さ」の、純粋さの方向に歩み寄っているのでしょうか?

バドシュトゥブナー氏:それは違います。官能なる純粋さはさまざまな異なる解釈を持つことができると思います。この2つの車種についてはラインを少なくしていますが、それにも異なる解釈をあてはめることができるのです。

――同じく発表会のプレゼンテーションで出た「モダンラグジュアリー」という単語について、もう少し具体的に教えてください。

バドシュトゥブナー氏:まず、ラグジュアリーという概念、贅沢さや豊かさというものは国や文化の違いに応じて異なると思います。北米やロシア、中国といった国々では、ラグジュアリーは「もっと大きく」「よりたくさん」という要求になります。そこで、例えばクロームパネルを追加したりといった配慮が必要です。しかし、日本のような文化ではそのような必要はありません。そうではなくて、完璧さを求められるのが日本文化だと思います。ラインの数が少なくなったとしても、そのシングルラインがパーフェクトでなければならない。そのような方向性があると思います。ですから、「モダンラグジュアリー」という言葉を使っているのであって、その背後にあるのは「日本のような考え方」、また、ドイツの「バウハウス」に体現されるようなものを実現していきたいと考えて、新たなラグジュアリーを定義し、ラグジュアリーの新たな動向を前戦で構築していきたいと考えています。

その(モダンラグジュアリーの紹介の)なかで「ホット&クール」「官能なる純粋さ」という対比を用いていますが、この2つの概念を、どのようなコントラストで、そしてどのように融和させるか、それが非常に重要なことなのです。例えば光沢のある表面であったり、純粋で完成度の高いラインといったもので構築していく。つまり、突き詰めていくことを考えています。これはインテリアでも同じで、例えばダッシュボードに数多くのスイッチを付けたりするのではなく、少なくすることによって印象をクリーンにしていけます。そんな方向性を目指しております。

インタビュー中にバドシュトゥブナー氏(左)は、テーブルに置かれていたモデルカーを手にしてラインやデザイン要素などについて解説してくれた。写真右側の女性は通訳氏

バドシュトゥブナー氏:デザインを検討するための試作車は、運転席側、ドイツ車は左ハンドルなので車両の左側面にデザイン担当者たちが並び、現状で問題がない場合にはサイドビューからラインを1本外します。次々と減らす方向に作業を続け、そのうちに「これはよくないのではないか」と疑問が出た段階で、直前に減らしたラインを戻すようにしているのです。また、完璧なボリューム、完璧なデザインであれば追加的なラインは使う必要がない。これは人体に例えば、太った人物であればかっこよく見せるためにラインを使って構造化したり、少しでもやせて見えるように工夫することも必要ですが、「パーフェクトボディ」を持っているような人物であれば、洋服など必要なく裸体でも美しいということになると思います。つまり、ラインというのは完璧ではないものを補うもので、パーフェクトなボリュームを実現するために、ごまかしたりしないようラインを消していっているのです。

――自動車をデザインするにあたって、自動車以外のものからインスパイアを受けたりモチーフにしたりすることもあるのでしょうか?

バドシュトゥブナー氏:年に2回、デザインに関連する担当者が集まる「クリエイティブワークショップ」が行なわれており、最近の回では各参加者がそれぞれ自分の好きな写真を3枚持参するという宿題が出されていました。クールを体現するモチーフで代表として挙げたいのは「エクス・マキナ」(イギリス映画)ですね。これは非常にクールです。(ほかのデザイン担当者とも)劇中に登場するさまざまな目新しいテクニックを「メルセデス・ベンツのクルマに置き換えたらどのようになるのか」について議論しました。こうした写真や映画だけでなく、絵画やアーキテクチャ(建築)もインスピレーションの源になっています。

また、これまでに長い歴史を持つSLですので、SLのデザインにあたっては歴代モデルが保存されている自社の博物館に足を運び、展示車両のデザインを細かく鑑賞したり、実際に触れてみて新たなインスピレーションを受けています。

「ホット&クール」という概念で、ホットな部分は全体的なプロポーションで演出し、クールな部分はフロントグリルやエアアウトレットなどのディテールを使って表現しているとバドシュトゥブナー氏は述べた