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ダンロップ、「水素添加ポリマー」でウェットグリップ低下を半減した「エナセーブ NEXT III」技術発表会

日本製紙、三菱ケミカルとの協業で完成。原材料分野でも環境性能を向上

2019年11月20日 開催

住友ゴム工業株式会社 材料開発本部 材料企画部長 上坂憲市氏(左)と住友ゴム工業株式会社 執行役員 材料開発本部長 村岡清繁氏(右)

 ダンロップ(住友ゴム工業)は11月20日、フラグシップ低燃費タイヤ、「エナセーブ NEXT III」の採用技術などを紹介する報道向け技術説明会を東京都内で開催した。当日はエナセーブ NEXT IIIに採用された技術のほか、技術的なロードマップも示された。

 ダンロップ エナセーブ NEXT IIIはダンロップがフラグシップ低燃費タイヤとして位置付けるエナセーブ NEXTシリーズの最新作。転がり抵抗性能が「AAA」、ウェットグリップ性能が「a」と、どちらもタイヤラベリング制度の最優秀ランクを獲得したことが特徴。東京モーターショー 2019の会場で発表し、まもなくとなる12月1日に発売。タイヤサイズはトヨタ自動車「プリウス」などに適合する195/65R15の1サイズのみとなる。

東京モーターショー 2019の住友ゴムブースで発表された「エナセーブ NEXT III」
エナセーブ NEXT III

 ダンロップではクルマの電動化や自動運転化、シェアリングに対応すべく「Smart Tyre Concept(スマートタイヤコンセプト)」を掲げているが、エナセーブ NEXT IIIはそのコンセプトを初採用したタイヤでもある。

 主な採用技術は「水素添加ポリマー」の採用で、走行距離を重ねることによるウェットグリップ性能の性能低下を半減している。また、バイオマス素材の「セルロースナノファイバー」をLCA(ライフサイクルアセスメント)の観点からタイヤに採用した。

 また、発表会ではスマートタイヤコンセプトの今後のロードマップも示され、2020年にLCA手法採用新素材によるコンセプトタイヤ、2023年に「アクティブトレッドコンセプトタイヤ」をそれぞれ発表し、その後に2020年代のどこかでスマートタイヤコンセプトの全技術を投入したタイヤが完成すると説明した。

企業や団体との協業で完成したエナセーブ NEXT III

 説明会ではまず、住友ゴム工業 執行役員で材料開発本部長の村岡清繁氏があいさつに立ち、100年に1度の変革期でタイヤに求められる性能が変わるとし、スマートタイヤコンセプトはタイヤ開発、周辺サービス開発のコンセプトとして掲げていると説明した。

自動車業界を取り巻く状況
新しい使われ方をするクルマに適したタイヤとは
2017年 スマートタイヤコンセプトの概要
スマートタイヤコンセプトの核となる5つの方向性
スマートタイヤコンセプトのロードマップ
スマートタイヤコンセプトに基づいた開発

 エナセーブ NEXT IIIにはスマートタイヤコンセプトのうち、性能持続技術とLCAを採用。計画よりも1年前倒しで発売できたとした。

 また、自社で解決困難だった技術課題があったと明かし、「各方面の団体や企業さまと協業しながら、シミュレーション解析技術、素材開発や配合技術、最新のAI技術を組み合わせることで乗り越え、完成に至った」と、他社との協業によってエナセーブ NEXT IIIの完成にたどりついたことも強調した。

さまざまな要素を含んだスマートタイヤコンセプト

 続いて材料開発本部 材料企画部長の上坂憲市氏がスマートタイヤコンセプトやエナセーブ NEXT IIIの採用技術、今後の展開を説明した。

 スマートタイヤコンセプトはタイヤに求められる価値を再定義して、電動化、自動化、シェアリングに対応。中心となるコアテクノロジーは「Tyre Lifetime Simulation」と「ADVANCED 4D NANO DESIGN」で、さらにAI技術を用いたタイヤ解析のプラットフォーム「Tyre Leap AI Analysis」を加えている。

コアテクノロジーは「ADVANCED 4D NANO DESIGN」と「Tyre Leap AI Analysis」
コアテクノロジーにAIを導入
解析技術とシミュレーションの融合
解析技術で性能の変化の要因を捉える
AI技術を用いたタイヤ解析支援のプラットフォーム
目視ではタイヤの変化の判断が非常に困難だった
AIによって変化を定量的にフィードバックできる
Tyre Leap AI Analysisでタイヤの変化を検出

 Tyre Leap AI Analysisでは、目視では判断が難しかったタイヤの変化を画像解析。新品タイヤと使用後タイヤの表面の変化から内部の構造変化を検出し、開発に役立てた。

エナセーブ NEXT IIIでは性能持続技術として水素添加ポリマーを採用

 スマートタイヤコンセプトでは5つの方向性として「性能持続技術」「アクティブトレッド」「LCA」「エアレスタイヤ」「センシングコア」を挙げているが、エナセーブ NEXT IIIでは、そのうちの性能持続技術とLCAを盛り込んだ。

2019年12月1日発売のエナセーブ NEXT III
これまでのエナセーブシリーズにおける性能の変化
エナセーブ NEXT IIIに投入したスマートタイヤコンセプト

 性能持続技術では、性能低下を引き起こす要因を物理的側面と科学的側面に分け、亀裂摩耗、経年変化、そして両方の側面を合わせた「メカノケミカル変化」によって引き起こされていると説明。亀裂摩耗のうち、シリカ界面での破壊を抑制した製品が2016年11月に登場したエナセーブ NEXT II、それに対してポリマー界面の破壊特性を抑えることを可能としているのが今回のエナセーブ NEXT IIIだとした。

長期にわたって安全を支える性能持続技術を開発
性能低下は物理的側面と科学的側面があり、さらに両方の側面を合わせた「メカノケミカル変化」も存在する
性能低下に対して従来取り組んだことと新しく挑戦したところ
ゴムの亀裂摩耗とは
シリカ界面の破壊を抑制したタイヤがこれまでのエナセーブ NEXT II
亀裂摩耗を抑制には、ポリマー界面の亀裂摩耗の抑制も必要

 経年変化に対しては、軟化剤の流出を防ぐ「液状ファルネセンゴム」の採用で対策。すでにファルネセンゴムはスタッドレスタイヤの「WINTER MAXX 02」に採用している。しかし、経年変化の対応では架橋の増加によるしなやかさの低下とポリマー分子の劣化も対策する必要がある。

しなやかさとグリップ性能の関係
ゴムのしなやかさの変化がグリップ力に与える影響
経年変化で起こるタイヤ内部の減少
軟化剤の流出を防ぐ「液状ファルネセンゴム」を採用した
液状ファルネセンゴムを採用しているスタッドレスタイヤ「WINTER MAXX 02」
経年変化の対策における必要な新たな取り組み

 さらに、物理的変化と科学的変化が同時に起きるメカノケミカル変化では、切れた分子が酸化して表面が硬くなることを説明。これに対しては分子の切れやすさ、酸化しやすさを抑える必要があると述べ、新たな素材開発に挑戦したという。

メカノケミカル変化とは、物理的変化と科学的変化が同時に起きる現象
メカノケミカル変化のタイヤ性能に対する影響
酸素の有無による変化の違い。メカノケミカル変化を抑えることが摩耗抑制とグリップ維持につながる
メカノケミカル変化を抑える新たな素材開発に挑戦
必要となるポリマーの要件

 これらを解決するため、エナセーブ NEXT IIIでは従来とはまったく異なる素材の「水素添加ポリマー」を採用した。分子が切れにくい強い結合力を持ち、分子が切れた場合でも酸素と結合しにくく、切れても結合が戻ることが特徴で、ウェットグリップ性能を長期間維持できるとしている。

従来のポリマーとはまったく異なる「水素添加ポリマー」を採用
水素添加ポリマーの特性
分子同士の絡み合いが増加することが長所
架橋の均一性も長所
炭素二重結合の減少も長所。切れても再結合しやすい
マイクロレベルの空隙が少ない
破壊起点の発生が遅い
水素添加ポリマーは経年変化の2つの課題を同時に解消
オゾン耐性も飛躍的に向上
メカノケミカル変化に対しては、分子の強い結合力と切れても戻る結合が対策となる
分子の変化の過程をシミュレート。切断過程をシミュレートすると、切れにくい強い結合力があることが分かる
切断後の酸素と反応しにくく、切れても戻る力がある
メカノケミカル変化を抑制して、結果としてウェットグリップ性能を長時間にわたって維持できる
水素添加ポリマーの性能まとめ

 エナセーブ NEXT IIIとエナセーブ NEXT IIはどちらも最高ランクとなるAAA-aの低燃費とウェットグリップ性能だが、エナセーブ NEXT IIIではウェットグリップ性能の低下を半減するとしている。

水素添加ポリマーでウェットグリップ性能の低下を半減するイメージ
ウェットグリップ性能の低下を半減し、“ダンロップ史上かつてない低燃費タイヤ”とする

低燃費車の普及で原材料分野での環境性能の向上が求められる

 LCAでは商品のライフサイクル全体での環境負荷を評価。その低減を目指すことになるが、製品使用時の環境負荷はAAAグレードの低燃費性能で確立していることに加え、原材料の面でも環境負荷の低減を目指した。

LCA(ライフサイクルアセスメント)とは
運搬、製品使用、原材料の段階で温室効果ガス低減に寄与する
低燃費車が普及してきたことで、製品使用以外での環境負荷減が重要になってくる
バイオマス材料開発の取り組みでは天然資源に着目
バイオマス材料開発のこれまでの取り組み
これまでに実現した高機能なバイオマス材料
セルロースナノファイバーをタイヤに採用するのは世界初
セルロースナノファイバーの実用化に日本製紙の「セレンピアR」、三菱ケミカルの「カーボンブラックマスター」といった技術を採用
タイヤの周方向と径方向で剛性差を与えている

 温室効果ガスの排出量で見れば、製品使用時が多くを占めるためタイヤの低燃費性能が重要になるが、低燃費車が普及することにより、それ以外の環境負荷の低減も重要になっているという。

 そのため、タイヤの材料としてバイオマス材料開発に取り組み、エナセーブ NEXT IIIでは国が重点産業として推進しているバイオマス素材のセルロースナノファイバーを採用した。セルロースナノファイバーをタイヤに採用するのは世界初としている。

エナセーブ NEXT IIIの採用技術と性能のまとめ
スマートタイヤコンセプトの全技術を投入したタイヤは2020年代のどこかで完成予定

性能が低下しないずっと安全なタイヤ、製品化はいつ?

 さらに、今後のタイヤ開発の方向性としては、エナセーブ NEXT IIIにおいてタイヤの性能低下に対して「変化の抑制」という点を大幅に向上させたが、今後は「変化の修復」と「変化で向上」を実現することを目指すという。

AI技術のTyre Leap AI Analysisでさらなる進化を目指す
性能持続技術では3つの技術コンセプトがある
LCAの「製造」と「リサイクル」の面で新素材を使うコンセプトタイヤを2020年に発表予定

 また、LCAの「製造」と「リサイクル」において新素材を使ったコンセプトタイヤを2020年に発表、さらに2023年には「アクティブトレッド」のコンセントタイヤを発表するとしている。

 実際の製品化や普及製品の登場について上坂氏は明言を避けたが、まずはエナセーブ NEXT IIIのようなスペシャルなタイヤを登場させ、普及品についてはその後になるという。また、従来のエナセーブ NEXT IIやエナセーブ NEXT IIIのタイヤサイズは1種類しかないが、これはタイヤが高価になっているため。それでも販売数が多くなればサイズ展開や普及品の登場につなげることができるとした。