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スポーツカー「GRヤリス」で挑むトヨタ生産方式の進化「GRファクトリー」、「作り手の意思がこもった多品種少量生産」と友山茂樹 プレジデント

セル生産+AGVと熟練工で実現

新型車「GRヤリス」の生産工場「GRファクトリー」を発表する、GAZOO Racing Company President 友山茂樹氏。トヨタ自動車株式会社 副社長でもあり、TPS本部本部長、コネクティッドカンパニー Chairmanなども兼任する

 トヨタ自動車の新型車「GRヤリス」。グローバル車種である新型車「ヤリス」をベースとしながら、ヤリスで採用する直列3気筒 1.5リッターダイナミックフォースエンジン「M15A」とまったく異なる直列3気筒 1.6リッター直噴ターボエンジン「G16E-GTS」を採用。さらに駆動方式は、新開発のスポーツ4WDシステム“GR-FOUR”、ボディはヤリスで初採用となったTNGAのGA-Bプラットフォームをフロントに、プリウスなどのGA-Cプラットフォームをリアまわりに組み合わせた専用2ドアボディという、さすがWRC(世界ラリー選手権)専用モデルらしい化け物マシンとなっている。

 まだ機構的には明らかになっていることも多いが、このGRヤリスの注目点はほかにもある。それが、トヨタがスポーツカーを作り続ける仕組みを確立しようとしていることだ。

トヨタ自動車を支えるトヨタ生産方式

 トヨタ自動車は、トヨタ、レクサスというブランドを世界的に展開し、その年間販売台数は895万台(2019年11月7日、第2四半期決算情報)の大メーカー。グループ販売台数では1000万台を超える。その販売を支え、効率よく生産するシステムとして知られているのが「トヨタ生産方式(Toyota Production System)」だ。このトヨタ生産方式は全世界的にTPSとして、多くの企業が採り入れており、その柱であるジャストインタイムや自働化、改善などは、そのまま生産の世界ではワールドワイドに通用する言葉になっている。

 ITの世界でも有名なアジャイルソフトウェア開発も、実はTPSの要素が数多く入っている。なにかトラブルが発生したらワーニングを出し、みんなで解決するスクラムも、大元の思想はアンドン(行灯)になる。TPSと言えば、ムダを省いた生産ラインというイメージもあるが、その思想の独創的な点は、ラインを止める権限を製造スタッフが持っていること。これにより、その場でどんどんカイゼンが進み、効率が上がっていくようになっている。

 と、高度に効率化されたトヨタの生産システムだが、それだけにスポーツカーなどの少量生産車種は作りにくかった。そのため、景気などが悪化して販売数量が見込めなくなると、トヨタは多くのスポーツカーを生産・販売中止。トヨタからスポーツカーがなくなってしまった。

 そのため、トヨタ「86」を開発した開発主査の多田哲哉氏はスバルと組むことでスポーツカーをトヨタに復活。スバルが軽自動車の生産をやめ、そのあいたラインで86とBRZを生産することにこぎつけた。さらに多田氏は、上のクラスにおいてはBMWと組むことでスープラを復活。製造はマグナが行なうが、トヨタからはGRスープラ、BMWからZ4として、異なる方向性の車種として登場しているのは、よく知られていることになる。

 このスポーツカーの復活の背景には、豊田章男社長(モリゾウ選手)が大きくかかわっている。多田氏は2007年1月の役員会において、当時副社長で営業担当の役員だった豊田章男氏が、「技術部門が本当にいいスポーツカーを作ってくれるのであれば、儲かる儲からないはさておき、トヨタの営業部門としては万難を排して受け止めてしっかり売ります」と宣言したことが、86の企画が通ったポイントだと語っていた。

 この86、スープラともトヨタが発売するスポーツカーではあるものの、トヨタが生産するスポーツカーではなかった。

トヨタが生産するスポーツカーを実現する「GRファクトリー」

トヨタ自動車株式会社 GAZOO Racing Company GRプロジェクト推進室 開発主査 齋藤尚彦氏

「GRヤリス」プロトタイプ試乗会の際に、GRヤリスの開発主査である齋藤尚彦氏は、GRヤリス開発のきっかけは豊田章男社長にあると語っている。社長はモリゾウ選手として4WDの練習のときにスバル「WRX」を使っており、「これはトヨタ自動車の社員としては大変悔しい思いです。われわれの社長に4WDの練習をトヨタ自動車の社員が作ったクルマでしていただきたい。この悔しさも開発の根底にあります」と、その思いを明かしている。

 そして、モリゾウ選手もGRヤリスの発表会において、以下のメッセージを寄せている。

「トヨタのスポーツカーを取り戻したい、ずっとそう思い続けてきました。86はラリーでもサーキットでも私の大事な相棒です。スープラもその名にふさわしいクルマとして、復活させることができました。ですが、やはりトヨタが自らの手で作るスポーツカーが欲しい。その想いがずっと私の心にはありました。WRCへの参戦も、そこで得た技術や技能を織り込んだトヨタのスポーツカーを作りたいと思っていたからです。WRCでチャンピオンを獲ったとき、欧州で我々の実力が認められました。勝てるクルマがあって初めて、本当の意味でのクルマ屋として、認めてもらえるのだと感じます。このGR-FOURは、世界で勝つためにトヨタが一から作ってきたスポーツカーです。その一からも、今まではトヨタは一般のお客さまが買うクルマを作り、そのクルマの中でレースに使えるように改造してまいりました。今度は違います。レースに勝つために、そこで出すクルマのために普段のお客さまに乗っていただくクルマはどうあるべきか? まったく逆転の発想で作り出したクルマが、このGR-FOURです」。

プレスブリーフィング
GRヤリスはこうして生まれた!誕生秘話
GRヤリス開発秘話

 そんな思いが詰まったクルマがGRヤリスになる。ちなみに記者は、背広を着ているのは豊田章男社長(もしくは自動車工業会の豊田会長)、レーシングスーツを着ているのはモリゾウ選手として認識している(あっていますかね?)。

 そんな思いも、実際に作り続ける仕組みがなければ思いで終わってしまう。トヨタが株式公開企業である以上、利益の出ないスポーツカーの生産はモリゾウ選手にとってはOKでも、豊田章男社長としてはNGだろう。GRヤリスのプロトタイプ試乗会のときに齋藤主査は「スポーツカーを作り続ける。絶対にやめない。お客さまを裏切らない」「決して赤字にならない、このクルマで始まるスポーツカーの歴史を継続する」とも語っていたが、豊田章男社長もOKできる生産の秘密がGRヤリスの発表会で明らかにされた。

 それが、GRを統括するGAZOO Racing Company カンパニープレジデントである友山茂樹氏が語った「GRファクトリー」。現在のトヨタの生産方式は、フォードが始祖となるベルトコンベアによるライン生産(フォード生産方式とも)をTPSによって高度に効率化しているものだが、友山プレジデントはこのGRファクトリーにはベルトコンベアがないという。

新型車「GRヤリス」を生産する「GRファクトリー」。セル生産+AGVによる作り手の意思がこもった多品種少量生産を実現する

 GRファクトリーでは、AGV(Automated Guided Vehicle、無人搬送車)によって生産ボディが運ばれ、セル生産が行なわれる。セル生産とはセル(Cell)、つまり細胞を意味する生産方式。ライン生産のようなラインに並べてタクトタイムで流していくものではなく、多能工によって製品を組み立てていく。製造スタッフは一箇所において複数人いる場合もあるし、そうでない場合もある。多くの日本の製造メーカーで採り入れられ、それをTPSによってブラッシュアップしている場合が多い。

 友山プレジデントは、そのセル生産をTPSの本家本元のトヨタが行なうという。もともと自動車は製品として大きい製品になるため、ライン生産が向いていたのだが、AGVの進化によりセル生産のコストメリットが見えてきているのかもしれない。

 友山プレジデントは、東京オートサロンで「企画・生産・開発という事業のプロセスが変わってきている」「作り手の気持ちが伝わるライン」とGRファクトリーを表現しており、「WRCのホモロゲモデル」「ローカルのラリーで勝てる性能を持つ」「比較的買える値段で出す」という点を解決する生産プロセスがセル生産のGRファクトリーであるという。

「GRファクトリー」では、左手前に見えるAGVが活用される。車体を持ち上げるエレベータもあるようだ。セル生産の特徴である屋台などもあるのだろうか?

 スポーツカーに必要な柔軟性の高い、「変種、変量にも生産性を落とすことなく対応できる」(友山氏)製造システムがGRヤリスに用いられる。友山プレジデントは、トヨタ自動車の副社長でもありTPS本部の本部長も兼任。友山プレジデントが示したGRファクトリーの図では、AGVがセルを動くようなイメージ図となっており、単なる屋台を使ったセル生産ではなく、セル生産+リレー生産の進化形にも見える。友山プレジデントは、これに熟練工が加わって精度の高い生産を行なっていくという。

 かつてクルマの生産は熟練工が1台、1台組み立てていくもので、それがスポーツカー生産の容易さにつながっていた。そのため当時のクルマは高価なものだったが、フォードが単能工とライン生産で劇的な生産コストの低下を可能とし、トヨタが「アメリカのスーパーマケットにヒントを得た」(大野耐一著「トヨタ生産方式」より)といい、「ジャスト・イン・タイム」と「にんべんの付いた自働化」を2本柱とするTPSで品質の安定と効率アップを実現。このTPSでは日本の生産事情から多品種少量生産に対応するため多能工となっており、ある程度の柔軟なライン生産が可能となっていた。

 しかしながら、このライン生産によるTPSではカローラのバリエーションは生産し続けることができるが、GRヤリスのような、GA-BとGA-Cプラットフォームをミックスした専用ボディ、専用開発の直列3気筒 1.6リッター直噴ターボエンジン「G16E-GTS」、専用開発のスポーツ4WDシステム“GR-FOUR”を持つクルマを作ることはできなかった。

 そこでセル生産とAGV、さらにTPSと熟練工という超多能工による生産で、かつて1台、1台、手作りで行なっていたスポーツカー生産を、トヨタの中に作り上げていくチャレンジが「GRファクトリー」なのだろう。

 トヨタがスポーツカーを作り続ける仕組みをどう作り上げたのか、そしてそれが超高効率でできるのであれば、日本のもの作りにおける大きな進化となるのは間違いない。生産面からもGRヤリスには注目したい。