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トヨタはなぜ「GR ヤリス」を作ったのか? 社長が4WDの練習に他社のクルマを使っていたのが悔しかったと、齋藤尚彦主査

トヨタにとって約20年振りのWRC降臨モデル

トヨタ自動車株式会社 GAZOO Racing Company GRプロジェクト推進室 開発主査 齋藤尚彦氏

 2020年1月10日~12日に開催される「東京オートサロン 2020」で世界初公開されるトヨタ自動車の「GR ヤリス」。プロトタイプ試乗は先日紹介したとおりだが、このGR ヤリスはなぜ生まれたのだろう。

 その背景としてあるのは、トヨタが2017年からWRC(世界ラリー選手権)に復活参戦していることにある。トヨタは2016年12月にWRCへの復活参戦を発表。トヨタ自動車 代表取締役社長 でもありモリゾウ選手としてラリーなどに参戦する豊田章男氏は、「人もクルマも、競い合いの中で、鍛えられ成長していく。TOYOTA GAZOO Racingは“負け嫌い”。WRCでも、負けたくはない」とWRC参戦にあたりコメントを発表。参戦2年目となる2018年には、現行のヤリスをベースにした「ヤリス WRC」でマニュファクチャラーズタイトルを、2019年にはオット・タナック選手がドライバーズタイトルを獲得した。

 新型ヤリスをベースにしたGR ヤリスは、WRCに参戦するWRカーとしてのホモロゲーションを獲得する役目(連続した12か月間にベース車となるモデルは2500台以上、車種全体で2万5000台以上という生産台数の達成)もあるが、開発主査であるトヨタ GAZOO Racing Company GRプロジェクト推進室 齋藤尚彦氏の思いが一杯詰まったモデルでもあった。

GR ヤリス。2020年1月10日~12日に開催される「東京オートサロン 2020」で多くが明らかになるだろう

 齋藤主査はGR ヤリス開発のきっかけは豊田章男社長にあるという。社長はモリゾウ選手として4WDの練習のときにスバル「WRX」を使っているという。「これはトヨタ自動車の社員としては大変悔しい思いです。われわれの社長に4WDの練習をトヨタ自動車の社員が作ったクルマでしていただきたい。この悔しさも開発の根底にあります」と語る。

 その上で設定した基本コンセプトは「ストロングスポーツカー」。勝つためのスポーツカーとして作られた。GR ヤリスには3つの目標が込められており、「WRCの降臨モデルとしての位置付け」「お客さまがモータースポーツで楽しめる性能を担保する」「価格は誰でも買えるスポーツカー」を実現するべく作ったという。

 そのために、直列3気筒 1.6リッターターボ+新開発電子制御4WDを組み合わせ、勝つためにアルミボンネット、アルミドア、アルミバックドア、SMCを使ったカーボンルーフの軽量ボディに搭載している。

 ただ、この開発にはとても苦労したという。「ここ20年間トヨタはスポーツカーを作ってこなかった。スポーツ4WDをぜんぜん開発してこなかった」「トヨタ自動車は自分自身で、われわれの手で開発したスポーツカーは20年間ありませんでした。生産もしていません」と語る。確かに「86」はスバルとの共同開発でスバルが生産、「GR スープラ」はBMWと共同開発でマグナが生産している。86やGR スープラを手がけた多田哲哉氏は、共同開発は市場規模の小さいスポーツカーを作り続けるための取り組みであり、2度とトヨタがスポーツカーをやめないための取り組みと語っており、齋藤主査も表現は違うものの同様の取り組みをGR ヤリスで行なっているという。

「スポーツカーを作り続ける。絶対にやめない。お客さまを裏切らない」「決して赤字にならない、このクルマで始まるスポーツカーの歴史を継続する」と語り、そのためにTPS(Toyota Production System、トヨタ生産方式)を愚直に実施。部品を生産する協力会社と一緒に取り組み、そして現地現物を基本とするTPSによって性能向上を図っている。小規模生産が前提のGR ヤリスでこの取り組みができたのも、GAZOO Racing Companyというカンパニー制の採用によることが多く、カンパニープレジデントである友山茂樹氏と一緒になって4WDの走りなどを研究してきたとのことだ。

 試乗会の現場で、齋藤主査と少しだけ話す時間があった。ヤリス GRに関して、細かいことを聞いてみたので、詳細が未発表となっているヤリス GRの理解の助けになればと思う。

齋藤主査との一問一答

Morizo put GR Yaris prototype to its final test.(日本語字幕付き)

──今回、GR ヤリスに使われている6速MTは新作になるのですか? シフトフィーリングがとてもよかったのですが。

齋藤主査:いえ、これはヨーロッパに輸出していた6速MTの改良版となります。ただ、全日本ラリーチャンピオンの勝田範彦選手、モリゾウさん、SUPER GTでチャンピオンを獲得した大島選手らに乗ってもらって、ダメ出ししていただいて、さまざまな部分に改良を加えたものになります。

 シフトフィーリングについてですが、シフトレバーとの接続はケーブルで行なっています。センタートンネルの中に、センターシャフトがあって、スタコンが来て、シフトケーブルが……通らなかったのです(笑) なので、ダッシュボードを貫通させて短く通しています。そのこともあって、ダイレクト感が出ています。

──ターボエンジンのトルクも低回転からもりもりあったのですが、意識はされていたのですか?

齋藤主査:はい、最初は(トルクの量が)ダメだったのですが、スポーツ走行をすると低回転域がすごく大事だということをプロのドライバーから学びました。ボールベアリングターボにしたのは、そのほうがレスポンスがよいためです。耐久性とレスポンスを両立できるのがボールベアリングターボになります。

──ボールベアリングターボだと高価になりませんか?

齋藤主査:高いです。めちゃくちゃ高いです(笑)

──GR ヤリスの開発にあたって重視したことは何ですか?

齋藤主査:とにかく軽さです。エンジンは開発するメンバーがしっかり作ってくれたので。軽くなることで、全部よくなっていきます。逆にちょっとでも重くなると、エンジンの馬力が必要になって、どんどんわるいサイクルに入っていきます。そのため、開発のスタート段階で“軽さ”を重視しました。

──すると重量税も軽くなっていくということですか?

齋藤主査:そりゃー(笑)、そこはあまり気にしていないです(笑)

──軽さを追求したとのことですが、安全装備などは装着されるのですか? 外観からはTSS(Toyota Safety Sense)が装着されているように見えますが。

齋藤主査:安全装備は、装備しています。TSSも弊社の基準に従って装備します。ただ、競技ベースとなるRCグレードでは、外せるようにします。

──RCグレードがあるのですね。グレード展開については、どのようなものですか?

齋藤主査:ハイパフォーマンスグレードと標準グレードと、RCグレード。この3部構成になります。フロントとリアにトルセンデフ(トルセンLSD)が入ったのがハイパフォーマンスで、ない(オープンデフ)のが標準、あとはRCグレードになります。RCグレードになるとシートもシンプルなものになります。みなさんに買いやすくというイメージです。

──RCグレードは、86のRCグレードみたいなものですか?

齋藤主査:86のときに学んだのが、86のRCはエアコンレスでした。配管も配線もないものでした。(GR ヤリスのRCグレードは)オプションでエアコンが追加できるようにしています。ラリーの現場に行くと、エアコンは必須になっているので。それは、いろいろなモータースポーツの現場に行って、お客さまの意見を聞いてきました。

──4WDモードの切り替えはどのような意図で設置されたのですが?

齋藤主査:お客さまがWRCのような走りを簡単にスイッチで切り替えられるようにしました。前30:後70が好きな人もいると思うのです。モードによってぜんぜん変わるので、手軽にラリーの走りが体感できる、そこを目指して作ってきました。

 後は、勝田選手にどんどん乗っていただいて、モリゾウさんにどんどん乗っていただいて、あれがダメ、これがダメ。最初から言われたものだから、逆に入れることができたのです。今までだったら、ある程度出来上がって評価ドライバーに乗ってもらっていたので、後の祭りでぜんぜん間に合いませんでした。

──WRCの復帰発表会で、友山氏は「TMG(Toyota Motorsport GmbH)ではモデルベース、コンピュータでシミュレーションしながらクルマを作っていくというのがかなり進んでいます。そういったものを市販車の世界に提案していく」と語っていました。市販車となるGR ヤリスを開発する上で、その辺りを実現できた部分はあるのですか?

齋藤主査:実はかなりできています。勝田選手に乗っていただくときもそうですし、モリゾウさんに乗っていただくときもそうですし、SUPER GTのドライバーにサーキットで乗ってもらうときにもそうなのですが、クルマを降りてきてのコメントがあるじゃないですか。たとえば、「ターンインのときにアンダーが少し残っている」とか。言葉だけだとエンジニアは詳細に分からないのです。

 今までは、それでなんとなく想像しながら作っていたのです。今回は全部データを取って、その場ですぐデータを確認して、アクセルのタイミングや開度、ブレーキのタイミング、ステアリングの舵角、クルマの車輪速、サスペンションのストローク、全部見て「あ、これのことか」と理解して、すぐに変更できています。

 今まではドライバーのコメントをもらったら、1か月後か2か月後に直して持ってきていたのです。僕らはその場で変えて、「もう1回乗ってください」という開発をしています。

 そのため4WDの制御なども、その都度、その場で直して、すぐに乗ってもらう。開発スピードは格段に上がりました。でも目指すべきところは、ドライバーにいろいろ乗ってもらう前にある程度まで作ってしまって、一発でOKをもらうと。理想はですよ(笑)。そこはなかなか難しいですけど、将来はそこへ行くよう今はドライバーのコメントと走行データをひも付けてわれわれの技術に落とし込むことをしています。ここが、大部確立できてきています。

──それは、WRCなどモータースポーツに参戦したからですか?

齋藤主査:そうです、モータースポーツを行なっているからこそです。それこそ僕らはラリーの現場に行きますし、SUPER GTの現場でピットに入れさせてもらって、レースエンジニアは何をしているか、メカニックと何をしているか教えていただいています。彼らはその場で直さないといけないのです。テストの時間が決まっているので、彼らはスピード重視なのです。「あれがクルマの開発に必要だな」と友山さんはずっとおっしゃっていて。僕らも実際に現場で見て「オレらこれないな」とひしひしと感じる部分でした。それを今一生懸命取り入れようとしています。

──齋藤主査の発言の中で「少量生産でもコストを上げない取り組み」というのがありましたが、具体的にはどのような取り組みなのでしょうか? これはTPSの改革なのでしょうか?

 実は今回、開発にしても生産にしても、トヨタオリジナルのTPSを愚直にしっかりやるのが一番大事だということが分かりました。TPSは何もトヨタの特別なものではなく、とにかく現場に行って現場でスピード感を持った開発ができるし、現場に行って“ムダ”が見えるのです。

 そのため、われわれは社内の工場はもちろん、部品を作ってくださっている協力会社さんを、みんなでとにかく歩きまくりました。そこで、本当に現場で作業している人たちの声を聞きました。僕らはトヨタ自動車の本社で、部品会社の営業の方といろいろ打ち合わせをして、いろいろ決めます。これでは見えないところがある。なので、営業さんにも協力をいただいて、一緒に(現場に)行って、現場の話を聞く。そうすると、僕らの図面で「ここを直してくれたら、機械をそのまま使える」というようなアイデアがぼんぼん出てくる。

 だから、現場でやろうよ。トヨタ本社の会議室ではなく、現場でやろうよというのがわれわれの方針です。

 今までの大量生産だと、年間何十万台と売るようなクルマが弊社のモデルラインアップの基本になります。すると何千万円の設備も分母が大きいのです。ところが僕らのクルマ(GR ヤリス)は、分母が小さい。とにかく、ムダを減らす。ムダを減らすというTPSの基本をやってきました。


 GR ヤリスは、セリカ GT-FOUR以来、トヨタとして約20年振りに登場するWRC直結モデルになる。直列3気筒 1.5リッター ダイナミックフォースエンジンを、直列3気筒 1.6リッターターボ ダイナミックフォーススポーツエンジンと排気量を拡大したのもWRCのレギュレーションを最大限に利用するためのものだし、市販仕様で1200kg~1300kgと予測される重量もWRカーの最低重量を想定したものに見える。

 開発のきっかけの1つとなったスバル「WRX」は生産を終えてしまうものの、新しいWRC直結モデルが日本市場と欧州市場に投入されることになる。齋藤主査が「ストロングスポーツカー」と語るGR ヤリス。「東京オートサロン 2020」で、そのストロングぶりを目撃していただきたい。