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【インタビュー】TOYOTA GAZOO Racing Factory本部長 嵯峨宏英氏らに、WRC再挑戦について聞く

クルマ作りを革新し、いずれはTOYOTA GAZOO Racingのスポーツカーも

2016年12月13日(現地時間) 発表

「2017年 WRC参戦体制発表会」で公開された「ヤリスWRC」。トヨタの新しいクルマ作りのための技術開発が採り入れられている

 フィンランド ヘルシンキにおいて12月13日(現地時間)、トヨタ自動車はTOYOTA GAZOO Racingとして「2017年 WRC参戦体制発表会」を開催。参戦車両である「ヤリスWRC」(日本名:ヴィッツ)を公開するとともに、ユホ・ハンニネン選手(コ・ドライバー カイ・リンドストローム選手)、ヤリ-マティ・ラトバラ選手(同 ミッカ・アンティラ)、エサペッカ・ラッピ選手(同 ヤンネ・フェルム選手)の3人のフィンランド人ドライバーによる参戦体制を発表した(関連記事、TOYOTA GAZOO Racing「2017年 WRC参戦体制発表会」で「ヤリスWRC」公開)。

開発テスト中の「ヤリスWRC」

 発表会終了後、TOYOTA GAZOO Racingチーム副代表であり、TOYOTA GAZOO Racing Factory本部長 嵯峨宏英氏(トヨタ自動車 専務役員)、TOYOTA GAZOO Racing Factory副本部長 友山茂樹氏(トヨタ自動車 専務役員)のほか、ヨーロッパでトヨタのレース活動を行なうTMG(Toyota Motorsport GmbH)社長 佐藤俊男氏、同じくTMGでエンジン開発を行なう WRCエンジンプロジェクトリーダー 青木徳生氏の取材時間が設けられた。ここではそこでのやり取りをお届けする。

TOYOTA GAZOO Racingチーム副代表、TOYOTA GAZOO Racing Factory本部長 嵯峨宏英氏(トヨタ自動車 専務役員)。トヨタのレース活動を代表する嵯峨氏。ハイブリッド車をはじめとして、トヨタの開発も担っている
TOYOTA GAZOO Racing Factory副本部長 友山茂樹氏(トヨタ自動車 専務役員)。コネクティッドカンパニー プレジデントでもあり、トヨタのIT技術を引っ張る
TMG社長 佐藤俊男氏。トヨタのヨーロッパでのレースを統括する
TMG WRCエンジンプロジェクトリーダー 青木氏。ヤリスWRCのエンジン開発を担当

 各国の記者が質問しているため、質問が重複する部分もあるが、嵯峨氏や友山氏が重複しないように回答してくれたため、そのまま掲載する。


──トヨタがTOYOTA GAZOO RacingとしてWRCに再挑戦するが、初勝利はいつごろと予測しているのか?

嵯峨氏:望みでいえばすぐ勝ちたいが、そんなに甘くないことも知っている。私の思いからいえば、これまでと違うクルマ作りをしてきた。従来だとクルマができて、ドライバーのフィードバックを得て、レベルアップしていく。これをハイレベルにできるようになってきているので、そんなに時間がかからずに勝っていきたいと思っている。

──WEC(世界耐久選手権)にハイブリッド技術を投入しているが、WRCにハイブリッド技術は投入されていない、将来的には投入されるか?

嵯峨氏:具体的にはないですね。私はハイブリッドの技術者でもあるので、(レギュレーションの変更などで)将来的にはWRCでもハイブリットで戦えるような時代になれば素晴らしいなと思います。

──今回マイクロソフトとIoT(Internet of Things:もののインターネット)で協業というような発言が発表会であったが、具体的な部分について教えてほしい。

友山氏:具体的には、ラリーのドライビングデータなどがマイクロソフトのクラウドサービスである「Azure」に蓄えられます。その上で、彼らの提供するマシンラーニングなどの技術で、まず“見える化”をします。たとえば、車両の走行映像と走行データをリンクして見えるようにするとかです。

 それをまずラリー車の開発に活かしていきます。そうしたことを通して、将来についてはConnected戦略(2016年11月1日リリース。友山氏がコネクティッドカンパニー プレジデントを務める)が走っていますので、(ラリー参戦で得たデータを)一般車の開発にも活かしていきたいです。

──現在トヨタはWECで同様にレースデータを収集している。ラリーとレーシングで得られるデータの種類は異なるのか?

友山氏:同じものもありますし、違うものもあります。まず、データの活かし方をレーシングカーの開発でルーチン化して、それを市販車に転用する。それにはもう少し時間がかかると思います。

嵯峨氏:もう少し具体的にいうと、例えば映像を使ったり、ドライバーのフィードバックはもちろんあったりしますが、映像として見られたものをデータから類推できれば、より高度な(データの)活かし方ができ、開発の正確性が上がっていくことになります。

友山氏:とくにパニックのときに、市販車においてより安全にクルマの姿勢を安定させるようなことができるようになります。

──マイクロソフトとの協業のところで、マイクロソフトがいなければできなかったという部分は?

友山氏:ラリー車の開発については、オフィスのマネジメント、ERP(Enterprise Resource Planning)といった経理、予算など(主に事務処理)です。コネクティッドカーについては2011年からAzureをトヨタスマートセンターのベースに使っていますので、今後ラリー車のデータや映像に関してもAzureを使って、どう活かしていくのかが、今後のクルマの開発やビジネスのやり方を変える上で重要な課題になってきます。

──市販車に反映されていくのはいつごろになりますか?

友山氏:これからですね。これからトヨタが強くなりたいといったときに、TMGではモデルベース、コンピュータでシミュレーションしながらクルマを作っていくというのがかなり進んでいます。そういったものを市販車の世界に提案していく上で、レースでの経験、レースで培っていくマイクロソフトとの協業は非常に大きな意味を持っています。

TMG佐藤氏:開発手法ということになると思います。レースは1年ごとにクルマを作り替えていますので、いかに1年間で高いレベルで思ったように作るかが大事です。そこにモデルベースの開発手法を使っています。レースの世界では短い期間での開発、高いレベルの性能が求められ、TMGもそういった(モデルベース開発など)ものが武器になるということで取り組んでいます。

 多くの日本人のエンジニアもTMGに来てて、一緒にやって、それをレースからロードカーで活かしていきます。自分たち(TMG)は速く走る方を常にやってきていますけど、これからは安全に走る、楽しく走るという方向にも、そういう技術(IT技術)を使っていきたいと思っています。

嵯峨氏:TMGのモデルベース開発は世界トップだと思っています。逆にいうとトヨタは量産においては(モデルベース開発の取り組みが)遅れている。我々としては、そういう開発手法を量産(の世界)に持ち込みたい。海外のライバルに遅れている開発手法を、ここでレベルを一気に上げたいという思いでやっています。

──モデルベース開発は、具体的にどの部分の性能に効くのか?

嵯峨氏:性能というより、開発の手法です。ある理想とする企画を作って、そのとおりに(クルマを)作れるかという問題があるのですが、コンピュータを回したときにどのくらい現実と合っているかというのが、各社のレベルによって全然違う。一番先にそのような開発手法が進んだのがエンジンで、F1をやっていた時代から世界の潮流になっていました。そこでは当然負けていなかったと思うが、それ(開発手法)を量産にフィードバックするのが、我々としては(レースと量産は)違うという思いでやっていました。

TMG佐藤氏:(モデルベース開発では)どこを直したよいかが分かります。計算と実際が合うまでやっていくのですが、どの部分を直すと(問題が)解決できるのかが分かってきます。

──それは、マイクロソフトから提案があったことですか?

友山氏:マイクロソフトはデータをためる部分になります。データをためて見えるようにするところです。クルマのデータは膨大なので、そういったものを映像とか走っているときのG(加速度)とか、相関で見えるようにしています。そのデータを見て、なにか気づきを得るのがトヨタの仕事になります。

嵯峨氏:昔はクルマはすりあわせ技術だというような言い方をしていた。それが今はコンピュータ化されていて、シミュレーションの技術が高ければ高いほど一発で(開発を)決められる。そういう意味だと思ってほしい。最終仕様のクルマ(ヤリスWRC)は1年で作りました。

TMG佐藤氏:エンジンは半年で作りました。

友山氏:昔のクルマはデータを取ることができなかったが、これからのクルマはデータを取ることができます。そこからのデータを分析すれば、もっと設計や開発に活かすことができます。

──WRCへの挑戦はTOYOTA GAZOO Racingというブランドにとってどういう意味を持つのか?

嵯峨氏:クルマ作りを変えていく1つの象徴と我々は位置づけているし、この機会に、クルマの作り方から人材の育成の仕方から、大きく流れに沿ってやっていきたい。

 17年間のブランクは非常に大きく、チームも全部変えてやる。これまで持っていた過去の財産を捨てて、まったくゼロからのスタートとなります。そういう意味でこのTOYOTA GAZOO Racingという旗印、シンボリックなものでクルマの作り方が変わり、よりレベルの高いもの、より精度の高いものを、非常に短期間に、非常に少ない人数で開発していく。我々が理想とする手法が、これからのTOYOTA GAZOO Racingというブランドに凄く活きてくる。

──TOYOTA GAZOO Racingはマーケティング活動なのか?

友山氏:TOYOTA GAZOO Racingはマーケティング活動です。モータースポーツの活動です。将来はTOYOTA GAZOO Racingのスポーツカーなど出していきたい。いろいろ検討しています。

──フィンランド人ドライバーが3人となっているが、これはマーケティング的にはどのような意味を持つのか?

嵯峨氏:マーケティングだけを考えてやっている訳ではない。ドライバーの選定に関しては、トミー(TOYOTA GAZOO Racingチーム代表 トミ・マキネン氏)と相談しながら進めている。新しいブランド作りを考えると結果も非常に重要。負け続けていてブランドというのはあり得ない。そういう意味でコンペティティブなドライバーが必要である。それがたまたま今回は、結果的に3人ともフィンランド人であったと理解してもらえれば。

──先ほど嵯峨氏からエンジン開発の話が出たが、エンジンを開発担当した青木氏のエンジン開発のテーマや目標は? また、開発状況は?

TMG青木氏:開発のテーマは出力であったりトルクであったりするのですが、クルマのパッケージングにおいて、とくにトミー(トミ・マキネン氏)からこのようなエンジンを作ってくれという要望がありました。そこは大きなポイントです。開発状況ですが、エンジンというのはどこまで開発してもよすぎることはないと思います。短期間の間に要望をいただいてエンジンの開発を続けてきて、高出力(380PS以上/425Nm以上)のよいエンジンができたと思います。当然、ここからもっと開発して、もっとよいエンジンにしていくというのが我々の仕事です。

──今回のエンジンで行なわれた特別な工夫というのはあるか? 話せる範囲でよいのだが?

TMG青木氏:そうですねぇ。高出力、高トルク、効率がよくて、ドライバビリティのよいエンジンでしょうか(青木氏の発言の途中から、まわりで笑いが起きる。青木氏の語っているのは理想のエンジン像)。

──ドイツメーカーはダウンサイジングターボなどやっているが、このWRCのエンジン開発は市販車に活きるのか?

TMG青木氏:活きます……よね、多分。

嵯峨氏:活きる、活きる。

TMG佐藤氏:開発手法だけでなく、中身も活きます。

嵯峨氏:まあ、細かいことは当然言えないのですが、みなさんが驚くような技術がいっぱい入っています。

──それは、プリウスで行なっているような、熱効率面の部分もあるのか?

TMG青木氏:熱効率……というような部分もありますが、WRCでは高出力、そしてドライバビリティです。たとえばWEC(世界耐久選手権)であれば熱効率の追求は行なっています。

嵯峨氏:WECはまさにそう(熱効率の追求)です。プリウスと同じように非常に高い熱効率を狙ったエンジン開発を行なっています。でも、(WRC用エンジンも)燃焼のさせ方が違っているだけで、A/F(空燃費)とか選び方が違っているだけで、使っているハード、仕掛けは基本的に一緒です。

──あと、最後に1点。マイクロソフトの協業というと、自動運転とか自動車のOSとかが考えられるが、そちらのほうには影響はあるのか?

友山氏:今回の提携では、そういった研究はありません。あくまで走行データの収集・解析にかかわる部分です。

──ファンサービスにつながる部分では、関係はあるのか?

友山氏:あ、それはあります。これは今後プロモーターと調整していかなければならないのですが、ラリー車の走行映像とデータをシンクロさせるとかして楽しめるようにとか。ラリーってクルマの走っているシーンが(実際に観戦すると)見えないじゃないですか。

嵯峨氏:一瞬ぐらい(笑)

友山氏:車載も含めて、クラウドシステム(Azure)を使ってできればと。サーキットだと細かいタイムがパソコンで見られますが、ラリーだと見られていないので。それをエンタテイメントを含めてできればと。


 嵯峨氏はトヨタのクルマ作りのキーパーソンであり、友山氏は次世代の“つながるクルマ”の開発や環境作りを進めてきた人だ。取材から見えてくるのは、トヨタがWRCで成し遂げようとしていることは、単に勝利するだけでなく「もっといいクルマづくり」への挑戦だ。

 トヨタは2011年3月9日に、企業のあり方を示す「グローバルビジョン」を発表。それを踏まえて、2013年から「もっといいクルマづくり」を実現するための「TNGA(Toyota New Global Architecture)」に取り組んでいる。その成果が、2015年12月発売の新型「プリウス」、2016年12月14日に発売された新型コンパクトSUV「C-HR」として形になってきている。

 WRC挑戦は、このTNGAでのクルマ作りをさらに進化させ、クルマの走行データからより正確なモデルを作り上げ、より安全でより楽しいクルマの実現につなげていくのだろう。開発スピードの加速は、より多くの車種を開発できるほか、コストダウンにも直結する。しかしながら、各国のさまざまな規制、自動化の流れがある中で開発スピードを上げるには、クルマ作りの抜本的な改革が必要であると認識しており、その1つのモデルケースとしてWRC参戦車両開発があるようにも聞こえた。

 いずれにしろ、レースに参加する以上は結果が求められるのは事実。2017年のトヨタの挑戦には注目だ。TOYOTA GAZOO Racingというブランドをヨーロッパで築き上げ、いずれはTOYOTA GAZOO Racingによるスポーツカーの登場に期待したい。

TOYOTA GAZOO Racingとマイクロソフトのロゴが並ぶWRC参戦ドライバーのレーシングスーツ。トヨタはデータを活かした新しいクルマ作りに挑戦していく