試乗インプレッション

トヨタ、「GR ヤリス プロトタイプ」。市販予定、WRCに直結した3気筒 1.6リッターターボのスーパー4WDマシン

WRCのベース車両となるトヨタ「GR ヤリス」のプロトタイプ。直列3気筒 1.6リッターターボ4WDのスーパーマシンが市販車で登場してくる

 2020年1月10日~12日に開催される「東京オートサロン 2020」で世界初公開されるトヨタ自動車「GR ヤリス」。WRC(世界ラリー選手権)に参戦するヤリスをベースとするスポーツカーとして位置付けられている。

 そのGR ヤリスのプロトタイプ試乗会が開催され、開発中のクルマとはなるものの、驚愕の性能を体感できた。推測の部分も多くなるが、現時点で分かっている限りの情報をお届けする。

GR ヤリスの開発主査である、トヨタ自動車株式会社 GAZOO Racing Company GRプロジェクト推進室 齋藤尚彦氏。GR ヤリスは齋藤主査の思いが一杯詰まったクルマ

直列3気筒 1.6リッターターボ+新開発電子制御4WDを持つラリー直結マシン

これは、新型ヤリスベースのGR ヤリス プロトタイプ。ルーフはSMCになるので、カーボンカラーになる予定とのこと
GR ヤリス プロトタイプ。細部は変更もあるだろう
GR ヤリス プロトタイプのタイヤは、225/40 R18。WRCでタッグを組むミシュランを装着していた
全開状態のGR ヤリス プロトタイプ
エンジンルームには、直列3気筒 1.6リッターターボエンジンが収まる。ダイナミックフォース スポーツエンジン。齋藤主査は、エアクリーナーの大きさに注目してくださいとのこと

エアクリーナー容量確保、重量バランスのために、バッテリはリアラゲッジルーム下に移設

 このGR ヤリスは、2020年2月10日に発売される新型コンパクトカー「ヤリス」をベースとしたスポーツカーになる。新型ヤリスは、「TNGA(Toyota New Global Architecture)」に基づいて開発されたコンパクトカー向けのGA-Bプラットフォームを採用。直列3気筒 1.5リッターのM15A型 ダイナミックフォースエンジンを搭載。ハイブリッドモデルではポート噴射、ガソリンエンジンモデルでは直噴などという使い分けがされているものの、レクサス UXやRAV4に搭載された直列4気筒 M20A型ダイナミックフォースエンジンの3気筒版として開発された。

 そして、このGR ヤリスではM15A型エンジンをベースに、なんらかの排気量拡大を実施。ターボチャージャーを組み合わせることで強大なトルクとパワーを叩き出す拡張を行なっている。このターボチャージャーについても、ボールベアリングターボを使用。オイルの油膜で浮かせたフローティングメタルのターボよりも高価だが耐久性などに優れるボールベアリングターボを用いることで、モータースポーツでの使用などを考慮したものとなっている。また、排気量拡大については、ボアをアップしたのか、ストロークをアップしたのか分からないが。普通に考えれば80.5×97.6(ボア×ストローク)のボアアップ版だと思われる。現時点では明確な説明は得られていないのでなんらかの手段としておく。

 このGR ヤリスの開発者であるGAZOO Racing Company GRプロジェクト推進室 主査 齋藤尚彦氏によると、このエンジンはダイナミックフォースエンジンのスポーツ版として作られており、ダイナミックフォース スポーツエンジンと呼称しているとのこと。その特徴は、ダイナミックフォースと同様の効率のよさがあり、それがパワーを引き出すことにつながっているという。

 では、そのパワーはどのくらいだろう? こちらについてもとくに言及はなかったもののヒントのみ示された。

 齋藤氏のふんわかと示した車重やパワーウェイトレシオの位置づけで、車重は1200kg~1300kgの範囲にあり、パワーウェイトレシオは4.5~5.0kg/PSの範囲にあった。トヨタは愚直な企業でもあるので、車重の中間値を1250kg、パワーウェイトレシオの中間値を4.75kg/PSとすると、単純計算で約263PSになる。

 ラリーのベース車になりえるターボ4WDモデルとしては、12月23日で受注生産の注文受け付けが終了するスバル「WRX STI」があるが、あちらは水平対向4気筒 2.0リッターターボで308PS、1490kg。パワーウェイトレシオで約4.84kg/PSとなり、同クラスの加速力となる。ただし、明らかにコンパクトなボディ、約200kg軽いと思われる車重により、よりキビキビした走りが可能なのは容易に予想できる。

 この車重の軽さは、アルミボンネット、アルミドア、アルミバックドアとアルミを多用。さらに、ルーフはCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastic、炭素繊維強化プラスチック)の一つである短繊維の炭素繊維を使ったSMC(Sheet Molding Compound)を採用。このSMCはレクサス「LFA」や「プリウス PHV」でも一部箇所に採用されており、それをルーフに採用することで軽量化と重心高引き下げを実現している。

 写真を見て分かるとおり、このGR ヤリスではカタログモデルのヤリスにはない3ドアボディを用いており、より剛性を向上。齋藤主査によると、WRCの現場の要望からリアのルーフ位置を引き下げるようなデザインを行なっており、これがリアスポイラーを装着した場合の空力性能向上につながるという。WRC並の巨大リアスポがオブションで販売されるかどうか分からないが、WRCに直結した開発が行なわれているのが分かる部分だ。

GRヤリスのインテリア。スポーツモデルらしくシンプルな仕上がりでありながら、カーナビやステアリングスイッチの多さなどから、標準装備の充実を感じる
メーターパネル。タコメーターのレッドゾーンは7000rpmから
6速MTを搭載する
4WDモード切り替えスイッチ。RAV4と同じスイッチ
右から、アクセル、ブレーキ、クラッチペダル。シンプルで使いやすかった
リアシート
大容量のマフラー

新開発の電子制御センターデフ

 このGR ヤリスでは、センターデフに新開発の電子制御4WDカップリングを採用。前後の締結は、0:100~100:0と調整範囲が広く、いわゆるFF~FR的な駆動が可能。カム機構、電磁クラッチ機構によってトルク伝達を行なっており、ノーマル(60:40)、トラック(50:50)、スポーツ(30:70)のモードを用意。ノーマルでは4WDでありながらフロントトルクも大きめなことから直進安定性のよい走りと曲がりやすさを実現。トラックは、4WDらしい駆動でグラベル、サーキット(ターマック)、スノーでも速いという。またスポーツはFRライクな走りを実現できるモードで、トヨタの2019年WRCドライバーであったタナック選手は、ほかのテストドライバーと異なりこのモードが最速だったという。

 最初に記したようにいずれのモードも初期値を基本に0:100~100:0まで可変するという。また、ラリー車には必要なスピンターンに向いた機構、つまりパーキングブレーキを引くとリアへの駆動をカットする機構は組み込まれており、どのようにリア駆動を減らしていくかは味付けを考え中とのこと。いずれにしろ、スピンターンが容易になる機構があることで、ラリーはもちろん、ジムカーナなどでも、その戦闘力を発揮することになるだろう。

 このセンターデフに加え、GR ヤリスは基本的に前後のデフはオープンデフを用いるという。これは、モータースポーツシーンにおいて好みのデフを組み込んでほしいため。1WAYや1.5WAY、2WAYなどスポーツ走行シーンに合わせてセッティングしてもらえばよいとのスタンスだ。

 ただ、このGR ヤリスには上級グレードを予定しており、それには前デフ、後ろデフにトルセンデフ(トルセンLSD)を装着するという。このトルセンデフは、現在はトヨタ自動車が筆頭株主となっている大手サプライヤーであるジェイテクトが供給を行なっており、スバル WRX STIのリアデフにも採用されている。このスバル WRX STIのリアデフに使われているトルセンデフは「Type-B」と呼ばれるものだが、ジェイテクトはこのType-Bを小型化した新型トルセンデフ「Type-D」を開発。オープンデフとサイズ感も変わらないことから、FF車への採用を狙っていくとしていた。コンパクトカーベースのGR ヤリスであるため、「新開発のType-Dトルセンデフを使ったのですか?」と齋藤主査に聞いたところ、「ん~」という返答でノーコメント。Type-Dトルセンデフを使用したかどうかは、正式発表を待ちたいところ。ちなみにType-Dのトルセンデフは、TBR(トルクバイアスレシオ、Torque Bias Ratio)を1.7からと、2.0以上となるType-Bより下げることが可能となっており、より柔らかな挙動を実現できるもの。GR ヤリスがどのような方向でセッティングされているのかも、楽しみにしたいところだ。

コンパクトなボディとパワフルな1.6リッターターボ4WDが生む爆発的な加速力と楽しさ

ダートコースで試乗。こちらはヴィッツボディのプロトタイプ
開発車ならではの風景
黒テープは艤装(ぎそう)というより、ダート走行によってボディが傷つかないよう配慮しているため

 GR ヤリスの試乗は、ダートコースと水を散布したターマック路面で行なわれた。最初に試乗したダートコースのGR ヤリスは、現行ヴィッツのボディにGR ヤリスのパワートレーンを組み込んだ開発車。センターデフの電子制御機構はノーマル、トラック、スポーツの3モード装備しているが、フロントデフに1WAY LSDを、リアデフに1.5WAY LSDを組み込んだダートセッティング。6速MTも若干クロスしたレシオになっているという。つまり、GR ヤリスはレシオセッティングも変更できるということを暗示しており、レシオセットの交換が容易なように作られていることも期待できる。

 まずは、誰にでも乗りやすいというノーマルモードから試乗。アクセルを踏み込んだ瞬間から、爆発的な加速を体感でき、軽量ボディならではスピードの乗りを体感できる。ダートにもかかわらず、ぐんぐん加速でき、スタート直後のスラロームパイロンもスムーズに抜けられる。その後、8の字を描く試乗となるが、フロントトルク配分が60のノーマルモードではステアリングの舵角にクルマが反応しやすく、記者の腕でも8の字を描くことができた。

 モードを変更して50:50のトラックモードは、齋藤主査の説明どおりダートにおいて運転しやすいモードになる。加速時のリアタイヤの空転も少なく(ダートだし、パワフルだし、どっちにしろ空転するのだが)、スピードを乗せるのがさらに容易になる。正直記者の腕では、フル加速はできないほど。8の字でのフロントの入りはわるくなるが、逆にアクセル操作で向きを変えていくことがしやすくなり、ダートで乗って楽しいモードだった。

 最後の30:70で駆動していくスポーツモードは、記者の腕では姿勢を維持していくのが難しかった。前に荷重かけて向きを変えようとしてもなんとなくうまくいかず、リアを回して向きを変えようとしても8の字での定常円旋回がうまく維持できない。腕のある人にはクルマを振り回して走らせることができるモードだと思えるのだが、記者レベルでは50:50のトラックモードが適切だなと感じた次第だ。

ウェット路面で、ノーマル、トラック、スポーツの4WDモードを試してみた

 水をまいたウェットコースにおいての試乗においても、同様の傾向は感じることができる。ウェットコースの試乗車は、新型ヤリスのボディとなっており、GA-Bプラットフォームとなったプロトタイプ。ウェット舗装路の加速は非常にスムーズで、やはり50:50のトラックモードに加速やコーナリング時の扱いやすさを感じる。30:70で駆動していくスポーツモードは、振り回す楽しさはあるが、タイヤのグリップがしっかり確保されているドライでこそ活きるモードかと思える。

 このウェットコースで感じたのが、アクセルに対するエンジンのレスポンスのよさだ。アクセルをぐっと踏めば、トルクがズバッと立ち上がり、姿勢変化を容易に行なえる。ある意味、ものすごく立ち上がると感じるところもあり、エンジンパワーに関してもパワーモードがあるとよいと思えた。また、4WDモードの変更は、RAV4と同様のスイッチとなっており、これは使いやすくてよいのだが、トラックモードとスポーツモードの名称が分かりにくいとも感じた。この記事は手元のメモを見ながら書いているので、「トラックは50:50ね」とスパッと書けているのだが、ウェットコースを走っている時点では、「えっと、トラックってどっちだっけ?」と、考え込むこともあった。WRC直結を意識したクルマでもあるので、「グラベル(50:50)」「ターマック(30:70)」のほうが分かりやすいと思いつつ、「でもタナックは、30:70がどこでも速いんだよな~」と思いつつ、GR ヤリスの試乗を終えた。

 WRCを見据えたGR ヤリスの登場は、乗って楽しいクルマが新車で購入できるという点で、諸手を挙げて歓迎したい。齋藤主査によると、前後にトルセンデフを装着した上級グレード、前後オープンデフの標準グレード、そしてモータースポーツのベース車となるグレードが予定されているようだ。もちろん市販車のため、安全装備の「Toyota Safety Sense」なども装備。日常での使用も問題ないという。

 気になるのは価格や装備となるが、正式な世界初公開の場となる2020年1月10日~12日の「東京オートサロン 2020」の発表を楽しみに待ちたい。

編集部:谷川 潔

Photo:高橋 学