試乗インプレッション
マツダが新開発した「オフロード・トラクション・アシスト」とは。オフロードで試した
緊急脱出機構としての「オフロード走破性に特化した制御モード」
2019年12月25日 08:00
ガソリンエンジン車の誕生から16年後の1902年、世界初の内燃機関による4WD(4輪駆動)が誕生。搭載したのは「スパイカー」(オランダ)だ。日本における量産型4WDは1936年の軍用車である「くろがね4起」(“よんき”と読む)が初であり、その後「パトロール」(日産自動車)、「ジープBJ」(トヨタ自動車)、「ホープスター」(ホープ自動車)、「ジムニー」(スズキ)などが代表作として続く。
マツダが4WDの開発を始めたのは1970年代。フルタイム(常時)方式が最初だったが、先に市販化されたのはフルタイムではなくパートタイム(2WDとの切り替え)方式の商用車の「ボンゴ」(1984年)だ。翌1985年には、国内乗用車初としてコンパクトハッチバックモデル「ファミリア」にフルタイム方式の4WDモデルが用意された。ファミリア 4WDは国内外でのモータースポーツで活躍し、市販車としても数多くのユーザーに親しまれた。
今回は山梨県にあるオフロードコース「富士ヶ嶺オフロード」で、マツダの4WDである「i-ACTIV AWD」を搭載するSUVモデル「CX-5」「CX-8」、そして「CX-30」の試乗を行なった。試乗コースはオフロード3コース。CX-5では急斜面を上って下る「ヒルクライムコース」、CX-8では大きな凹凸の「モーグルコース」と円錐を逆さまにしたような「すり鉢状コース」、そしてCX-30では泥濘地の「林間コース」を走破。いずれも車種の特性に応じたコース設定だ。
オフロード・トラクション・アシストとは?
i-ACTIV AWDとは、2012年にCX-5に初搭載されたアクティブオンデマンド型の電子制御4WD方式のこと。前/後輪のトルク配分が瞬時に行なえ、タイヤ空転やメカニカルなエネルギー損失を最小限に抑えることができるシステムとして誕生した。さらにシステムは小型化が図られつつ、CX-5の場合は同一グレードの2WD(FF)モデルとの比較で60kgの重量増に抑えられている。
4WDシステムの構成は以下の通り。エンジンが生み出した駆動力は前輪デファレンシャルギヤに接続されるPTO(パワーテイクオフ)からプロペラシャフトを介し、後輪デファレンシャル一体型の電子制御アクティブトルクコントロールカップリングユニットへと伝えられ後輪を駆動する。細かくは、電子制御アクティブトルクコントロールカップリングユニットによって最適化された駆動力が後輪デファレンシャルギヤで後左右輪に分配されるわけだが、前輪、後輪ともオープンタイプのデファレンシャルギヤで作動制限機構は持たない。
まずはCX-5から試乗。搭載エンジンは2.2リッターのSKYACTIV-D、トランスミッションは6速ATで、登坂にはスタッフからDレンジが指定された。最大斜度35度を誇るヒルクライムコースでは、距離にして40m前後の上り斜面が始まる20m程度手前で一旦停止し、その後30km/hあたりを目安に加速させてイッキに上り切るのだが、CX-5は息つくことなく加速した勢いをほとんど落とさず簡単に走破した。実は取材前日の悪天候で路面はかなり滑りやすい状況だったのだが、i-ACTIV AWD本来の前後駆動力配分と弱いブレーキ制御を伴うトラクションコントロールの連携によって、滑りやすい路面でも難しいアクセルコントロールを必要としなかった。
本来であれば上り斜面の途中で一旦停止して、i-ACTIV AWDに加わったスタック脱出補助機構である「オフロード・トラクション・アシスト」と、それと協調制御を行なう「ヒル・ローンチ・アシスト」(上り坂での発進時にブレーキで後退を一時的に抑制する機構)の連携を体感する予定であったが、悪天候後の路面状況は想像以上に厳しく危険が伴うため、その体験は次のCX-8で行なうことになった。
それにしてもCX-5の悪路走破性は高かった。これまで筆者はi-ACTIV AWD搭載モデルでの雪道走行や豪雨での旋回テストなど悪天候は経験していたが、i-ACTIV AWDでの本格的なオフロードコースでの走行は初めて。ちなみにマツダによると、これまで世に送り出したi-ACTIV AWDの走行シーンは95%が舗装されたオンロードであったとのことだが、当然ながらヒルクライムをはじめとしたオフロードでの性能もかなり高レベルで確保したという。
その理由として、全世界で約120か国/110万台を販売した2代目CX-5だが、主要販売マーケットである北米や豪州市場では対角の車輪が浮いてしまう険しい道を日常的に走行するユーザーも多いという背景もあり、確実なオフロード走破性能を持つことが初期の開発目標に織り込まれていたのだ。210mmと大きく採られた最低地上高、ボディ形状からは想像できないほどのアプローチアングル/ランプブレークオーバーアングル/ディパーチャーアングルは、オンロードとオフロードの最適化を目論んだ値。また、約160mmのホイールストロークを持つ後輪のマルチリンク式サスペンションは伸び側が80mm以上あり、国内外の競合車よりも長めに設計されている。
CX-8でモーグルコースに挑戦
続くCX-8(2.2リッターのSKYACTIV-Dで6速AT)ではモーグルコースに挑んだわけだが、緊張感を伴うことなく対角が浮いてしまうような小山でも次々にクリアした。
ただし、対角が完全に浮き激しく空転してしまうと、前後ともオープンデフであるため接地している対角輪への駆動力はほぼ伝わらない。“ほぼ”としたのは、i-ACTIV AWDにはオンロードでの走行特性に特化した弱いブレーキLSD機構がもともと備わっていて、接地輪への弱い駆動力が伝わっているからだが、こうした完全に車輪が浮いた状態では空転を止められるほどのブレーキ制御は介入しないため最終的には動けなくなってしまう。
ここで真価を発揮するのが、i-ACTIV AWDに新たに加わったオフロード・トラクション・アシストだ。空転が始まると、その車輪に対してイッキに押さえ込む強めのブレーキ制御が介入してLSD機構の役割を果たし、接地輪の駆動力が回復して車体は動き出す。i-ACTIV AWDでは前後駆動力を路面状況や運転状況に応じて配分しているが、オフロード・トラクション・アシストの機能をステアリングコラム右側に配置されたスイッチでONにすると、動き出しから前後50:50の駆動力配分で走破性能を高めて悪路に臨める。
マツダではオフロード・トラクション・アシストを「オフロード走破性に特化した制御モード」と位置付け、路面が空転して脱出できずにスタックしてしまう極悪路での走破性能を高める“緊急脱出機構”として加えたという。よって、オフロード・トラクション・アシストが機能するのは「35km/hあたりが上限」(マツダ技術者談)となる。また、メカニズム側から見てもオフロード・トラクション・アシストは常時50:50の駆動力配分となることから、電子制御アクティブトルクコントロールカップリングユニットにかかる負担が大きく発熱量も増加するため、日常的な使用には適していない。
オフロード・トラクション・アシストは、CX-5が世界各国で悪路を走破する際のアシスト機能として誕生した経緯があり、同時にこの先CX-8やCX-30においても悪路走行が想定されたことから、ほぼ同時期に追加された機能。なお、オフロード・トラクション・アシストはATだけでなくMTモデルにも標準装備される。
ダイナミックな4WD性能にも期待
最後の試乗はCX-30(1.8リッターのSKYACTIV-Dの6速AT)。林間コースはアップダウンが激しく、さらに林の中で暗いことから路面の状況把握が難しかった。ここでは「360°ビューモニター」のフロントビューモードが活躍した。センターモニターには路面状況が拡大して映し出され、さらに肉眼では暗いと感じる状況でもコントラストが明確で格段に走りやすくなる。
惜しいのは、20km/h前後(スイッチONのタイミングで微妙に異なる)でいったん解除されてしまうことだ。モニター注視を防ぐ法規に則ったもので、この制御を変更することはできないが、例えばオフロード・トラクション・アシストのスイッチが入っている際には、「マツダコネクト」の戻るボタンを押せば一発でフロントビューモードに入ってくれると使い勝手がさらに向上するのではないかと感じた。もしくは、オフロード・トラクション・アシストをONにした状態でマニュアルシフト操作側にレバーを移動させ、連続的にダウンシフトを行なうと起動するという案はいかがだろうか。
ちなみにCX-5とCX-8のセンターモニターはこれまでの7インチから8インチへと大型化され見やすくなった。新世代商品群のCX-30やMAZDA3では8.8インチとさらに大きく、見やすさの指標である解像度も向上しているから細かな文字まで瞬間的な画面確認で判読できる。
「i-ACTIV AWDが目指す究極の目標は、4WDでありながらFFを超える実用燃費数値を達成することです。メカニカルロスを徹底的に排除しつつ、走行する際の効率を高め、クルマ作り全体で技術昇華を目指します」。これは過去、マツダが行なったi-ACTIV AWDの雪上試乗会における開発者コメントだ。
現時点でFFを超える燃費数値はi-ACTIV AWDで達成できてはいないが、今回のオフロードコースの試乗を通じ、オンロード/オフロードを問わない極めて自然な走行フィールと、高い緊急脱出性能を併せ持った最新i-ACTIV AWDの実力を垣間見ることができた。筆者としてはこの先、実用性だけでなく過去のファミリア 4WDが魅せたようなダイナミックな4WD性能にも期待したい。