イベントレポート

マツダの新車両統合制御技術「GVC プラス」について、車両開発本部 梅津大輔氏に聞く

SKYACTIV-VEHICLE DYNAMICS第2弾

GVC プラスを搭載して搭乗した新型「CX-5」

 マツダが2018年12月発売の「CX-5」「CX-8」から搭載した、新しい車両統合制御技術「G-VECTORING CONTROL PLUS(ジー ベクタリング コントロール プラス)」(以下、GVC プラス)。マツダが新世代車両運動制御技術と位置づける「SKYACTIV-VEHICLE DYNAMICS(スカイアクティブ ビークル ダイナミクス)」の第2弾となる。

 第1弾は「G-VECTORING CONTROL」(以下、GVC)で、2016年に「アクセラ」に初搭載されて以降、その後のすべてのマツダ新世代商品群に搭載されてきた。第1弾のGVCは、コーナリング時のターンイン時に、ドライバーのステアリング操作に応じて、エンジントルクを微少に絞るというもの。この微少なエンジントルクの絞り込みにより、ターンイン時に前荷重がかかり、前輪の接地圧が向上。それによりタイヤの接地力が向上し、その結果コーナリング能力が向上した。

SKYACTIV-VEHICLE DYNAMICS
第1弾がGVC

 クルマの運転に慣れたドライバーであれば、コーナリングの開始時に路面状況などに応じてアクセルを若干抜く、ブレーキをちょん掛けするなどで同様の荷重変動を起こしていると思うが、ドライバーの意思をステアリング舵角などから読み取り、エンジンに反映してくれていた機能だ。

 これによりスムーズにターンインが始まり、結果的にシャシー性能が向上したのと同様な効果を得られる。タイヤの能力を最大限に引き出そうとしてくれる機能になる。

 GVCがコーナリングのターンイン時の車両制御技術であったのに対して、GVC プラスはターンアウト時の車両制御技術になる。

第2弾がGVC プラス
GVC プラス概要

 GVCでは旋回時にステアリングを切っていく操作に応じてエンジントルクを絞り、前輪の接地力を増していた。一方、GVC プラスではステアリングの戻し操作に応じて、コーナリング外側の前輪を僅かに制動。その制動によって起きるモーメントを利用して安定性を向上させている。たとえば、左コーナリング脱出時には右側前輪を微少に制動することで右回りのモーメントを、右コーナリング脱出時には左側前輪を微少に制動することで左回りのモーメントを発生させている。

 極端な状態となるが、歩いていて片足がなにかにつまずいたら、反対側の足が前に出て体が回るような動きになるのと同じと思えばよいだろう。

回転外側の前輪を制御して、ヨーコントロールを行ない、その結果ピッチコントロールも行なう。これらがドライバーのステアリング操作を基に行なわれる

 マツダは、このGVCとGVC プラスを組み合わせることでコーナリングのターンイン時からターンアウト時までのドライバーのステアリング操作に対する車両の追従性を向上。高G旋回中の安定化モーメントも向上するので、修正舵の減少や乗員の姿勢向上などのメリットもあるという。

 問題は、このような制御をどのような入力によって、どうやって実現していくかだ。その辺りの細かいところについて、マツダ 車両開発本部 車両創案性能開発部 主幹 梅津大輔氏に聞いてみた。

GVC、GVC プラスの開発を統括するマツダ株式会社 車両開発本部 車両創案性能開発部 主幹 梅津大輔氏

GVC プラスの作動原理

GVC プラスの作動原理

 梅津氏が示してくれたのが上記の図だ。この図にはGVCとGVC プラスの作動原理が集約されている。ドライバーがステアリングを切ると横G(重力加速度)が発生。ステアリングの切レ角に応じて横Gは大きくなり、コーナリング中は一定の高さを維持。コーナーの脱出ではステアリング切れ角を戻していくために徐々に減っている(2行目のグラフ)。

 ここで横Gの変化率(3行目のグラフ)に着目すると、ターンイン時に台形の山が1つでき、ターンアウト時にもう1つの台形の山ができる。これは、Gの変化率、つまり加加速度、躍度、ジャークとも呼ばれるもので、このG変化率の台形と逆方向の制御を行なっている。それぞれの文字の意味は、Gx:前後G、Cxy:前後・横運動に関連したゲイン項、Mz:ヨーモーメント、Cm:モーメントに関連したゲイン項になる。数値としてはベクトルではなくスカラー量で、方向の値などはもっていない。

 このような数字の算出を内部的には行なっている。

 マツダのGVC、GVCプラスの特徴的なところは、「フィードバック制御」を基本的に行なっていないところ。例えば理想的なコーナリングラインに対し、ズレを修正していくような制御方法もあるが、マツダの場合は「常時ドライバーの操作情報を基に、制御量を決定する」(梅津氏)という。これにより、人間中心の制御ができ、フィードバックを伴わないため計算量の増大、特別なセンサーの追加なども不要となる。もちろん、その前提としてドライバーの操作の結果起きるクルマの動きをきちんとモデル化することが必要なのだが、それをしっかりできているが故のGVC、GVCプラスになる。

「具体的な制御生成フローとしては、電動パワーステアリングの舵角センサーから読み取ったハンドル角度、車速等の情報を基に、車両モデルを使って横Gを推定し、それを1回微分して横躍度(加加速度)を算出します。その横躍度の情報を基に、各種ゲインを掛けてエンジントルクダウン指示値とヨーモーメント指示値を生成し、エンジンとブレーキ制御ユニットへ指示します。ブレーキ制御ユニットはモーメント指示を受けて、それを実現するための各輪の液圧値を決定し、ブレーキを作動させます」(梅津氏)とのこと。エンジントルクダウン指示値はターイン時のGVCのため、ヨーモーメント指示値はターンアウト時のGVCプラスのために生成(算出)されている。

 この躍度の算出のためには、時間に対する微分となるので基準となる時間値(t)が必要となる。例えばこのCar Watchを読んでいるパソコンやスマートフォンでは、基準となる信号(クロック)が内部的に存在し、CPUがすべてを統合制御している。そのため、tの値はクロックから持ってくればよいのだ。

 ところがクルマの場合は、基本的には人間が制御していくため、基準クロックという概念で貫かれていない。CAN(コントロールエリアネットワーク)という仕組みで各種電子部品がつながれているが、このCANは非同期のためクロックの基準としてはあまり適さない。この躍度算出のための基準タイムをどこから持ってくるのか梅津氏に聞いたところ「電動パワーステアリングの情報出力周期及びエンジンコンピュータの情報取り込み周期を規定し、計算は5ミリ秒ごとに行なわれます」という。つまり、GVC、GVCプラスは5ミリ秒(0.005秒)ごと、200Hzでのコントロールが行なわれていることになる。人間の認識・操作という一連の作業が0.1秒レベルであることを考えると、緻密な制御であるのは間違いない。もっとも人間の場合は、認識する前に経験値から予測を行なっており、この辺りが人間の凄いところでもあるのだが……。

GVC、GVCプラスではPCMというモジュールで、エンジンとブレーキに制御信号を送っている。そのタイミングの基準となるのは、パワステの情報出力周期

 また、梅津氏にGVCプラスの開発のきっかけを聞いたところ、「安全性の向上、さらなる人馬一体感の進化のためです。SKYACTIV-VEHICLE DYNAMICSのコンセプトに沿って、各ユニットが持てるポテンシャルを1つのGで統合制御するという考え方によって最大化するため、ブレーキ制御ユニットについても最大限に機能を活用し、ダイナミクス性能の向上に寄与させました」と語る。GVCプラスの作動原理のグラフを見ると、ターンイン時はGVCで、ターンアウト時はGVCプラスで対処しており、当然ながら「GVCのときからGVCプラスを考えていたのでは?」という疑問が湧く。ここについても確認したところ「そのとおりです」(梅津氏)とのこと。

 記者は、GVCについては開発サプライヤーである日立オートモティブシステムズが試作していたときに(当時の名前は、プレビューG-Vectoring Control+ACC。おそらくこの時点ではマツダの採用は決まっていなかったと思う)乗った経験があるが、ここまで発展していく機構であるとは見抜けなかった(可能性は感じたものの、動きも結構粗かった)。日立オートモーティブと、それを実際の量産レベルまで昇華したマツダの技術力は素晴らしいとしか言いようがない。

 1点だけGVCプラスの動作で気になったのは、コーナリングに外側前輪にブレーキ操作を伴うもの。路面のμ(摩擦係数)が十分に高ければ問題ないが、極端に低いときには荷重抜けが気になるところ。その点については、「全く問題ありません。そのようなシーンにおいてもGVCプラスによって性能向上することを確認しております」(梅津氏)とのことだ。

 GVC、GVCプラスが実現しているのは、「車体のヨー、ロール、ピッチの各回転運動のつながりを高G、高周波領域まで維持することで、人間に制御しやすく、より安心感の高い動きを提供」すること。そのために制御が行なわれ、現象的にはタイヤの接地圧を最大限に引き出そうという荷重変化が行なわれる。前輪外側のブレーキにしても、ステアリング操作の戻し時に行なわれるため、よく考えると荷重抜けを抑制する方向に働くのだろう。

GVCプラスのベネフィット
GVCプラス 制御効果のメカニズム
まとめ

 CX-5、CX-8とも試乗車は各ディーラーにあり、GVC、GVCプラスの効果を体感してみていただきたい。機能としては、交差点を曲がるレベルの速度で十分に働いており、丁寧なステアリング操作を心がけることで、「あれ、なんかこのクルマ曲がりやすくない?」という微少な感触を得られると思う。

編集部:谷川 潔

Photo:堤晋一