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新型車「GRヤリス」のスポーツ4WDシステム「GR-FOUR」について聞く
強大なトルクに対応した電子制御クラッチと前後不等配分トルク
2020年6月30日 10:49
9月ごろ発売予定の新型車「GRヤリス」。トヨタ自動車の次期WRC(世界ラリー選手権)のベース車として生まれ、上位モデルの「RZ」や競技用のベース車両となる「RC」では、新開発の直列3気筒 1.6リッター DOHC直噴ターボ G16E-GTS型エンジンと、新開発のスポーツ4WDシステム「GR-FOUR」を組み合わせており、この時代に購入できるのが不思議なほど振り切れたクルマだ。
先行Web予約を開始している限定モデルの特別仕様車 RZ“High-performance・First Edition”と特別仕様車 RZ“First Edition”の受付期間は6月30日までで、購入を悩んでいる人もいるだろう。そのGRヤリスのハイライトとなっているスポーツ4WDシステム「GR-FOUR」を紹介していく。
GRヤリスは、最高出力200kW(272PS)、最大トルク370Nm(37.7kgfm)を発生するG16E-GTS型エンジンを搭載しており、スポーツ4WDシステム「GR-FOUR」もその強大なトルクを前提として設計されている。
このスポーツ4WDシステムは「4WDモードスイッチ」により、前後のトルク配分を可変する機構を装備。フロント60:リア40のNORMALモード、30:70のSPORTモード、50:50のTRACKモードの3つのトルク配分モードを切り替えることができ、路面や好みに合わせた走行特性を得ることができる。このような不等トルク配分を実現する仕組みについて開発者に聞いてみた。
前後のトルク配分は電子制御クラッチでコントロール
GRヤリスのスポーツ4WDシステムを構成するさまざまな要素の中で、トルク配分をつかさどる機構がリアデフ直前に配置されたジェイテクト製のITCC(Intelligent Torque Controlled Coupling)電子制御クラッチになる。この電子制御クラッチにより、フロントエンジンからのトルク配分をリアにどれだけ伝えていくのか制御している。
一般的なFF車の場合、このような電子制御クラッチを使ってのトルク配分は、フロント100:リア0から、電子制御クラッチを直結した50:50が限界となる。GRヤリスでは、0:100~100:0のトルク配分を実現し、通常モードとしてリアに大きなトルクを配分する30:70のSPORTモードも用意されている。これはどのように実現されているのだろうか?
「GRヤリスでは、センターデフ方式かそうでないのかと言われたら、いわゆるギヤのセンターデフはありません。0:100のトルク配分は、理論的に0:100ができるということになります。いわゆるFRとまったく同じ0:100ができるということではありません。フロントに伝わる駆動力をリアですべて吸収することがある状態を示しています。つまりフロントで100Nm発生する駆動力がリアにすべて伝達できればフロントはゼロになります。本当にゼロのトルクではなくて、足し引きの0:100なので、今回リリースで表明させていただいたのは理論的にできますということになります」「システムとしては0:100にもできるのですが、今回SPORTモードで30:70にしているのは、完全に常時0:100にするのが難しいからでもあります。(トルク可変の)応答性の話ですとか、ちょっとプラスに振れたり、ちょっとマイナスに振れたりすると操舵フィーリングが変わってしまうのです。お客さまからも、FRにできないのですかという要望もあるのですが、4WDシステムとして搭載しているので、そこまではしていません」。
開発者の方が語るように、0:100のトルク配分は常時の状態ではなく、そのような状況もありえるということになる。例えばフロントの接地がほとんどなくなったような状態では、フロント部からトルクが抜けないようにフロントのみにブレーキ動作を行ない、リアにトルクを配分していく。そんな様な状態の時にも対応すると考えればよいだろう。
フロントデフとリアデフのギヤ比を異なるものにすることで、不等トルク配分を常時作り出す
では、常時リアが多めの不等トルク配分はどのようにして実現しているのだろう。これについては、「通常、前後のデフのギヤ比が等速(同じ)場合は電子制御カップリングを直結すると50:50になります。しかし、このGRヤリスの場合は、電子制御カップリングがつかめばつかむほど(締結がきつくなればなるほど)、リアにトルクが流れていくようにしています。40:60、30:70、さらにもっとつかめば20:80などになります。タイヤでいうと、リアタイヤが速く回っているようなことになります」と語る。この不等トルク配分のポイントとなっているのは、前後のデフのギヤ比が異なることにある。これにより直結に近い状態では20:80を実現。それを電子制御でコントロールして、3つのトルク配分モードを作り出していることになる。
なお、GRヤリスでは通常グレードは前後のデフともとくにロック機構のないオープンデフを装備するが、High-performanceグレードでは前後ともジェイテクト製のトルセンデフを装備。いずれもトルクバイアス比の高いTypeBを採用しているとのこと。
「GRヤリスの標準タイプはフロントデフもリアデフもオープンデフになりますが、上級グレードではフロントもリアもトルセンデフになります。これは、いずれもTypeBのトルセンデフになります。トルセンデフはTypeDも開発されていますが、TypeDは運転の滑らかさなどを狙った小さなトルクバイアス比のものになります。GRヤリスではトルクバイアス比がよりスポーツ向きなTypeBを採用しています。トルクが大きいがゆえに、トランスミッションもその大トルクに対応するよう設計しています」と語り、走りの思想が反映されたものになっている。
トランスミッションも、GRヤリス用に90%以上の部品が新設計されたもので、エンジンから発生する強大なトルクをしっかり前後輪に伝えていく。
GRヤリスの開発で一番苦労したのが、ドライバーを主語にする開発の実現
先ほど、電子制御クラッチをジェイテクト製のITCCと記したが、これもGRヤリスのために大幅に強化しクラッチプレートを増設。12組のクラッチで前後のトルクを配分している。
GRヤリスの開発で一番苦労したのも、この電子制御クラッチをどのように作り込むかという部分。単に容量を大きくするだけでなく、どのような前後トルク配分を行なっていくかにあったという。
「GRヤリスは本気のスポーツカー、ストロングスポーツカーとして作っています。では、スポーツカーとはなんなのかというと、速いとか遅いとかではなく、ドライバーがパッと乗って、パッと1周目から全開で行けるクルマだと考えています。プロレーサーが1周目からアタックできる安心感と一体感、クルマとの会話がきちんとできることが大事です。とくにこのような電子制御機構は、ドライバーが意図しないところで介入したりするようなものもかつてありました。このGRヤリスのシステムは、基本的にトルク配分は固定配分なのですが、前後のスリップを見ながら若干トルクを移動したりしています。開発当初は4輪のグリップを出そうとして、もっとダイナミックにトルク配分を動かしていたのですが、ドライバーの想定外の部分があったりしました。クルマが主語ではなくドライバーを主語で作るという大切さ、それが一番難しかったです。タイヤをグリップの中で使う分には、当初の考え方でよかったのでしょうが、タイヤの限界を超えてクルマを操るという中ではドライバーを主語にしないといけないということが開発の中で一番苦労したことです」と、GRヤリスのトルク配分機構の特徴は、ドライバー主体の観点で作り込まれていることにあった。
実際、今年前半のプロトタイプ試乗では、コンパクトなボディにパワフルなトルク、そして4WD機構が生み出す扱いやすいグリップ感が印象的だった。その後もGRヤリスは作り込みを行なっており、さらにドライバーにとって楽しいクルマに仕上げられていることだろう。実際の量産車の登場が楽しみな1台だ。