試乗レポート

トヨタ「GRヤリス」。ラリー直結のスーパーハッチバックマシン

グラベルを走るGRヤリス。その走りはスポーツモデルとして名を残すクルマになるだろう

 待望のGRヤリスにやっと乗れた。ラリーに直結するスーパーハッチバックマシンに会えたのだ。概略スペックを見ただけで涎が出そうなほど、競技にも直結するコンパクトカーを心待ちにしていた。

 GRヤリスの構想は豊田章男社長がフィンランドにあるトミ・マキネンのファクトリーを訪れたときに誕生したという。トヨタには86やスープラというスポーツカーはあるが4WDスポーツモデルはセリカ以来、長く途絶えていた。トヨタオリジナルでの復活を強く願ったに違いない。

GRヤリスにターマックとグラベルで試乗。そのスーパーマシンぶりを体感した

 セリカの場合はFIAルールに則った追加モデルでWRC(世界ラリー選手権)に対応していったが、大幅な改造前提だったので誰でもがセリカで競技を行なうのは簡単なことではなかった。

 GRヤリスはまずワールドラリーカーがあって、そこで得た技術をトヨタとして誇れる4WDスポーツモデルを作り上げるという、セリカとは逆の方法を選び、しかもだれもが乗ることができる万能スポーツカーを目指した。こんなクルマに胸トキメかないわけがない。

 エンジンは1.6リッターターボで、摺動抵抗を減らした軽量コンパクトな3気筒エンジンを選んでいる。出力は200kW(272PS)で最大トルクは370Nm(37.7kgfm)と4気筒2リッターターボに匹敵するパフォーマンスを発揮する。並みいる1.6リッタークラスのエンジンの中でも最軽量、高出力エンジンだろう。

 GRヤリスの車両重量は1280kgと軽量で馬力荷重は4.7kg/PSとなり、素晴らしいパフォーマンスを予感させる。

GRヤリス RZ“High performance”。フロントはTNGA Bプラットフォーム、リアはTNGA Cプラットフォームを組み合わせるなど特別なクルマとして登場する
GRヤリスの前席
シフトレバーまわり
4WDの駆動配分を変更するモードダイヤル(右)
WRCのオーナメントなども入る
レッドゾーンは7000rpmから
MFDも備える
スピードメーターは280km/hまで刻まれる

 しかも量産車でありながら、クランクシャフト、ピストンなどバランスのよいパーツ同士を組み合わせ、滑らかな回転フィールとパワーを得ており、均一でばらつきのにないエンジンフィールを味わうことができる。またターボにはタービン軸受けにボールベアリングを使い、タービンが滑らかに回る。

 サスペンションはフロントストラットで、リアはダブルウィッシュボーンを使う。リアにもストラットを使うケースが多いが、GRヤリスでは接地形状変化の少ないダブルウィッシュボーンとしている。

 そしてスポーツ4WDも実戦向きの軽量コンパクトなシステムだ。駆動力配分には、電子制御の多板クラッチを使っており、前後のトルク配分を自在に変えることができ、さまざまな走行シーンに合わせることができる。

GRヤリスのパワートレーン

富士ショートコースでGRヤリスに乗る

富士のショートコースを走行

 前置きはこれぐらいにして、富士スピードウェイのショートコースで3種類のGRヤリスを走らせることにしよう。RZ“High performance”とRZ、そしてFFでヤリスの1.5リッターエンジンとCVTを組合わせたRSだ。路面はほぼドライだが、図らずも一部ウェットといろいろ試せるコースコンディションだ。

 最初にRZ“High performance”。こちらの装着タイヤはミシュランのパイロット スポーツ 4でサイズは225/40ZR18。前後のデフにはトルセンデフが装備されてる。

 少し高めの独特のドライビングポジションとゲトラグのようなゴリゴリしたシフトフィールに戸惑うが、直ぐになじんだ。クラッチ踏力も違和感ないが、ミート位置は予想したよりも少し手前だった。

 最初の1周は4WDモードスイッチをノーマルにするがVSCはすべてOFFで走る。前後にトルセンデフを備えているので、かかるトルクによって左右輪で作動制限を行なうが、軽く流しているとまったく作動状況は感じない。クルマの挙動も自然だ。この時の前後トルク配分は基本的に60:40で前輪に多くのトルクがかかり、安定志向のハンドリングが得られる。

 エンジンは3気筒特有の振動とエキゾーストノートがコンペテティブなGRヤリスをドライブしていることを実感する。

 次のラップからエンジン回転も上げ、4WDスイッチをスポーツにする。こちらのトルク配分は30:70で後輪に駆動力がかかる。エンジンの回転フィールは3気筒ならではの振動があるが素晴らしく軽快に吹け上がり、レスポンスもシャープでアクセルに忠実に反応して、あっという間にレッドゾーンに飛び込もうとする。知る限り、このカテゴリーのエンジンの中では間違いなくトップレベルのレスポンスを持っている。

 コーナーでは入口で姿勢を少しだけ整えてからアクセルを踏みこむと、リアを少しスライド気味にしてコーナリングをする。安定した姿勢を保ちつつ駆け抜けるが、ハンドリングは4WDの常でFFとFRの両面の特性を持っている。しかしGRヤリスはドライバーへの反応が早く、最初の動作で信頼に足りる動きをすることが分かった。

 ワイドトレッドで2558mmのショートホイールベースはグリップの限界点の把握まで至らなかったが、とても乗りやすい。セオリーどおりにドライビングすると忠実でスムーズな動きをするが、無理にクルマの姿勢を作ろうとするとギクシャクした動きになってしまった。

 次はトラックモードにする。こちらは前後トルク配分50:50で駆動力が一定になる。

 アクセルOFFからのブレーキングでは、スポーツモード同様にリアに駆動力が僅かに配分されて姿勢安定性をサポートする。高速からのブレーキングでは安定した姿勢を保つので、強いブレーキを踏める。挙動の乱れは感じない。

 一方、ハンドリングの点でもトラックモードでは姿勢制御がしやすい。前後トルク配分が基本的に50:50で、ドライバーはあらかじめ分かっているコースに対しては最初に姿勢コントロールをしておけば、コーナリング姿勢を作りやすいし駆動力も有効に伝えられる。

 タイヤ特性はハーフウェットでもグリップ力は高く、かつ横剛性も高い。GRヤリスのHigh Performanceにはよくマッチしており、タイトコーナーでトラクションを掛けても踏ん張っているのが印象的だ、

マイルドな走りのGRヤリス RZ、FFながら楽しいGRヤリス RS

 RZでは前後のデフはオープンデフになり、タイヤも同サイズのダンロップのスポーツマックスになる。ホイールはHigh PerformanceのBBSからエンケイになる。

 RZはタイヤ特性もあって、走りはマイルドだ。こちらは扱いやすく、ハンドルを切ったときにグイと曲がる感じだ。高いグリップで限界までがんばるというよりも軽快に駆け抜けるというイメージだ。いろいろなモードでトライしたところ、こちらはトラックモードとスポーツモードの差は小さく、スポーツモードでのドライビングがより適しているように感じた。

 一方、RSはFFで1.5リッターのヤリスのエンジンをGRボディに搭載したものだ。トランスミッションはギヤ付きのCVTとなる。RZと比較してしまうとグンとおとなしくなるが、これはこれで楽しい。

 全開で加速するとCVTの駆動力の頂点でギヤが1段変わる感触は新鮮だ。ハンドリングではロールが大きくなるが、安定性は高く、ハンドルの応答性はRZ同様に鋭い。CVTは加速時にトルクを有効に活かせるのだが、アクセルOFFして前荷重に移したいときにギヤ比が上がってしまうのがスポーツドライビングでは弱点だ。早めにブレーキングをして前荷重の姿勢を作ることがポイントになる。

 そして10速シーケンシャルシフトマチックをマニュアル操作したときは結構忙しく、使いこなすには至らなかった。結局Dレンジでの操作が最も効率よかったのだ。もう少し習熟すると使いこなせるかもしれないが、短時間ではそれほどの必要性を感じなかった。RSはRZの雰囲気を楽しめるお手ごろモデルという位置づけだ。

GRヤリス本来のフィールド、グラベルで走る

グラベルを走行するGRヤリス

 さて、次のステージはグラベルでのRZ試乗だ。待ちに待った時間である。試乗したRZはJAFのB級ライセンスで出場できる程度のディーラーオプションパーツを装備している。簡易型のロールケージ、ラリーサスペンション、アンダーボディガード、アンダーガード、強化メタルクラッチ、前後デフの1.5WayタイプLSD、前後デフを等速で作動させる機構などが組み込まれている。前後デフを等速で作動させる機構についてはメーカーオプション、それ以外はGRガレージで組み付け可能だ。

 タイヤはエンケイホイールにインチダウンしたグラベル用タイヤを装着している。

展示されていた各種オプションパーツ

 バケットシートに5点式のシートベルトを装着して、4WDモードスイッチはトラックモードでスタートする。もちろんVSCスイッチはOFFである。路面は柔らかい砂利混じりのグラベル、ギヤは1速と2速が主になり3速も使う。

 エンジン回転を上げてクラッチミートするとGRヤリスは弦を放たれた矢のように飛び出していく。最初のスラローム区間をクイックなハンドルで軽く入っていく。構わずアクセルを踏み続けると3つ目のパイロンで少しはらみそうになるが、そのままフェイント気味に右円旋回の深いコーナーに入る。リアは流れてドリフト状態になるが、ステアリングの修正だけでアクセルを踏み続ける。抵抗でスピードが落ちてしまうのでドリフト状態のままギヤを落とす。GRヤリスの3気筒はトルクバンドが広く、どこから踏んでもグンと加速するが、トルクでは2リッターターボ勢に少し分があるかもしれない。

 さて、長い旋回が終了したところで姿勢を立て直して、そのまま次の小さな左コーナーに入る。早めにノーズを左にねじ込んでカウンターステアを維持したままアクセルコントロールで左旋回をクリアする。

 これらの一連の操作はファーストタッチでのクルマへの信頼感がなければ最初から行なえない。しかし高いボディ剛性を持ち車両重量が軽く、しかもホイールベースの短いGRヤリスでは自由自在だ。多少オーバースピードで入っても何とかなってしまう。思い切り楽しんだ後でコーナーを少し抑え気味に走ると、コーナー出口では早めに直線姿勢に持っていけ、トラクションを有効に使うことができる。当然速度は上げられる。この自由度は狭くツイスティなコースでは強力な武器になるだろう。ドライバーの自信につなげることができる。

 ちなみにスポーツモードでもコントロールは楽だが、リアの滑り量が多くアクセルを開けるのがためらわれるので、ほぼ使わなかった。このモードはターマックラリーでは有効かもしれない。

 GRヤリスをグラベルで振り回すことができ、最近の新型感染症でため込んでいたストレスを多少なりとも発散することができた思いだ。そして強く感じたことは、GRヤリスは間違いなく競技史上だけでなく万能のスポーツモデルとして名を残すクルマになるだろうということだった。

【お詫びと訂正】記事初出時、前後デフの等速デフ機構についてディラーオプションのような記述となっていましたが、正しくはメーカーオプションとなります。お詫びして訂正させていただきます。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:高橋 学