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スーパーコンピュータ「富岳」共用開始、タイヤの進化に活用する住友ゴム 岸本氏が期待感を語る

共用開始記念イベント開催

2021年3月9日 開催

住友ゴム工業 研究開発本部分析センターの岸本浩通センター長

 住友ゴム工業は、3月9日から共用が開始されたスーパーコンピュータ「富岳」を活用した2020年度のHPCIシステム利用研究課題募集において、富岳の産業課利用枠に採択されたことを発表した。富岳の利用によって、自動車用タイヤ向け材料の研究や実験計測などに応用し、分子運動に加えて化学変化まで表現できるゴム材料のシミュレーションを行なうことになる。

 その内容について、3月9日にオンラインで行なわれたスーパーコンピユータ「富岳」共用開始記念イベント「HPCIフォーラム~スーパーコンピュータ『富岳』への期待~」(主催・理化学研究所および高度情報科学技術研究機構)において、同社から説明が行なわれた。

 住友ゴム工業は、富岳が設置されている神戸市に本社を持つ企業であり、かつては、スーパーコンピュータ「京」を利用していた経緯もある。

タイヤ製品を取り巻く環境の変化

 住友ゴム工業 研究開発本部分析センターの岸本浩通センター長は、「超スマート社会を実現するSociety5.0に向けて、タイヤを取り巻く環境は加速度的に変化している。モノを売ることから、サービスを中心とした取り組みへと変化しており、タイヤからセンシングすることで得られる空気圧情報や摩耗グリップ情報、路面情報などから、ビッグデータ解析を行なうことにより、エネルギーの高効率化、サブスクリプションモデルによるタイヤのメンテナンスフリー化、危険予知や回避といった安全性の高度化などが見込まれる」とする一方、「タイヤがガソリン車の燃費に与える影響は20%である。それがEV車になると40%になり、タイヤが与えるエネルギーロスが大きくなる。EV車に対して、いかに高効率なエネルギー対策を行なうかということを考えると、タイヤの材料開発がさらに重要になってくる。だが、単純にエネルギー性能を高めると、グリップ性能に影響し、安全性能が落ちる」とし、「市場でどんな使われ方をしているのかといったことを、材料の計測データと同化させながら、新たな材料のコンセプトづくりにつなげることが必要である。利用者がどんな使い方をしているのかを反映できれば、新材料の開発にもつながるし、シミュレーションモデルにフィードバックがかかったりすれば、既存の材料のポテンシャルをさらに高めることができたり、ユーザーにより近い商品づくりにつなげたりできる。富岳やHPCI(ハイパフォーマンスコンピューティングインフラ)の計算速度の高さを生かすことで、データを同化させて使うことが期待でき、これまでは捉えられていなかったことも捉えられるようになるだろう。日本には素晴らしいスパコンがある。社内にあるスパコンではできない研究開発につなげたい」と抱負を語った。

 さまざまなデータとの連携を可能にし、それを高性能な富岳によってシミュレーションを行なうことで、タイヤの材料開発にも大きな変革を及ぼすことになるというわけだ。「情報から新たな材料を開発していくことができる」と岸本センター長は語る。

富岳を活用して住友ゴムが確立したタイヤの新材料開発技術「ADVANCED 4D NANO DESIGN(アドバンスド フォーディ ナノ デザイン)」を進化させることを目指す

「ダンロップ」や「ファルケン」といったブランドでタイヤ事業を展開している住友ゴム工業は、2015年に独自のタイヤの新材料開発技術「ADVANCED 4D NANO DESIGN(アドバンスド フォーディ ナノ デザイン)」を確立し、タイヤの主要性能である低燃費性能やグリップ性能、耐摩耗性能を向上させるゴム材料の開発を行なってきた。

 同社では、富岳を利用することで「ADVANCED 4D NANO DESIGN」を進化させ、今後進展していくCASEやMaaSといったモビリティ社会に、さらに貢献することを目指すという。

 また、同社では、技術革新のキーコンセプトである「SMART TYRE CONCEPT」において、摩耗や経年による性能低下を抑制し、新品時の性能を長く持続させる「性能持続技術」の開発を進めている。この技術開発においては、タイヤ使用時にゴムの中で起こっている分子レベルの化学変化を正確に理解し、制御することが大きな課題となっている。同社では、より詳細な分子の構造を考慮した分子運動の表現手法を確立し、論文を発表してきた経緯がある。住友ゴム工業では、こうした領域にも、富岳を活用していくことになる。

 岸本センター長は、「タイヤは変形することにより、常に性能が変化する。また、顧客ごとにさまざまな使い方がされるため、クラウド上のビッグデータ解析により、顧客の潜在的ニーズから、新製品や新サービスに展開させることが求められている。だが、市場データと同化させるためには、膨大な計算量が必要になる」と指摘する。

タイヤゴムを構成する材料

 また、「タイヤゴムは10種類以上の材料から作られており、化学反応により構造も変わる。加えて、材料、樹脂の高度化により、わずかな変化がバルクの物性に大きな変化を与える。計測データから、いかに情報を取り出して、新材料開発にヒントを得るのかが、ますます重要になっている」と語る。

 タイヤゴムは、ゴムの骨格材料である天然ゴムや合成ゴムといったポリマー、ゴムを補強するためのカーボンやシリカといったフィラー、引っ張ったものをもとに戻し、ゴムの強度を発現する硫黄による架橋剤、ゴムの機能を変えるオイルなどの添加剤で作られており、構成する材料は複雑だ。

「複雑な材料による階層構造を形成し、さらに、ダイナミクス(時間的要素)がゴムの特性に影響を及ぼしている。これまでにも、ゴムの構造解析には、大型放射光施設を持つSPringや、ゴムの運動解析のために大強度陽子加速器施設を持つJ-PARCなどの大型研究施設を活用し、各種分析装置を用いて、精密な計測を行なってきた」とする一方、「だが、各階層スケールに応じた計測分析手法が存在し、空間的、時間的、ディメンションの要素も異なる幅広いデータを扱うことになるため、人の頭では、階層ごとのデータ解釈で精一杯であり、ときにはなんとなく解釈したままという場合もある。そこで、人の頭では困難な現象を解明するために、マルチスケールシミュレーションや、情報科学によるデータ融合で統合的に理解することが必要になる。材料、計測の立場から富岳に期待しているのは、市場のデータや計測データを同化させた計算技術や、マルチスケールシミュレーション研究のさらなる進展である」と語る。

「富岳」HPCIへの期待

 また、複雑材料への応用も期待しているという。同社では、スーパーコンピュータの京を使用して、粗視化分子動力学計算を行ない、大きな空間スケールでの計算を行なってきた経緯がある。だが、時間スケールには限界があるため、さまざまなシミュレーションを駆使して材料研究を行なっており、各々のスケール間でのパラメータ接続だけでは不十分な状況が生まれていたという。

「富岳」HPCIへの期待:Sim.技術の新展開、複雑材料への応用

 例えば、マクロのスケールで起こる現象が、ローカルの変化とどのように関係するかが分からないといったことが発生しているという。

「富岳を活用することで、空間や時間スケールの異なるシミュレーション技術をつなげる新たなアルゴリズムの研究などに期待をしている。また、実験を専門としているスパコン素人にも気軽に使える環境やUIの構築にも期待している」とした。

 世界最高性能を発揮し、幅広い分野への応用が期待される富岳が、住友ゴム工業による研究活動によって、タイヤの進化にも大きく貢献することで、タイヤという観点から、社会をよりよい姿へと進化させていく可能性が生まれている。

住友ゴム工業 研究開発本部分析センターの岸本浩通センター長