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ポルシェ、フル電動レーシングカー「ミッションR」の開発ストーリー公開

2021年9月28日(現地時間) 発表

開発中にテスト走行するミッションR

何もないゼロから作り出されたEVレーシングカー

 ポルシェAGは9月28日(現地時間)、ポルシェ初のフル電動レーシングカー「ミッションR」の開発ストーリーを公開した。

 9月初旬にミュンヘンで開催された国際モーターショー(IAA)で注目を集めたミッションRは、開発エンジニア兼レーシングドライバーのラース・カーン氏がテスト走行を始めた頃は、まだボディカウルもない状態だったという。しかし、このミッションRはポルシェのフル電動レーシングカーの基礎になる可能性があるモデルと位置付けている。

ミッションR

 コンセプトカーは市場調査を具現化したもののため、エクステリアとインテリアなどの美しいデザインは殻に過ぎず、エンジンやテクノロジーを搭載していないショーカーである場合が多いが、このミッションRは、すでに十分な性能を備えているという。

 ミッションRに関わるさまざまな分野を指揮し、実現可能性を見極める役割を担っているテクニカル・プロジェクト・マネージャーのMichael Behr氏は「それがポルシェの哲学です。このプロトタイプは、もちろん現時点ではショーカーですが、同時に最高の技術基準も満たしています」と述べている。

 ポルシェはすでに「フォーミュラE」でオールエレクトリックベースのレースに参戦し、ポルシェ・モービル1スーパーカップでは合成燃料を使用し、耐久イベント用の新しいハイブリッドエンジンのレースカーを開発しているが、ミッションRは、サステイナビリティと社会的責任に関するポルシェの戦略を実現したものになるとしている。

テクニカルプロジェクトマネージャーのMichael Behr氏
開発エンジニア兼レーシングドライバーのLars Kern氏

 ポルシェではコンセプトカーを発表することが少ないが、1993年にデトロイトショーでボクスターのコンセプトカーを発表。2000年にはWalter Röhrl氏がパリのルーブル美術館の前でカレラGTのコンセプトカーを運転し、2010年にもジュネーブショーで918スパイダーのコンセプトカーを発表。2015年のIAAではタイカンの前身である「ミッションE」をデビューさせるなど、これまで何度かコンセプトカーを発表している。

 Michael Behr氏はタイカンのプロジェクトにも参加していて、「これらは膨大な締め切りのプレッシャーがある仕事です」と認めつつ同時に「モデルが存在しないミッションRは、白紙から始められるエンジニアの夢の実現でもあります」とコメントしている。

ポルシェ、フル電動レーシングコンセプト「ミッションR」 モーター2基で最高出力1088PS発生

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1349166.html

コンセプトカーにも高いパフォーマンスを求めるヴァイザッハ開発センター

 ポルシェの基準では、デザイン部門のビジョンを形にしただけのローリングシャシーを作るだけでは十分ではなく、ヴァイザッハ開発センターのスピリッツでは、コンセプトカーにもパフォーマンスを求めるという。制作過程では、CAD(コンピュータ支援設計)のすべてのステップが、市販車のプロトタイプと同じような品質へのこだわりをもって進められているという。

中央部に電気モーターを配置しているミッションRのリアまわり

 ミッションRは全輪駆動で、2つの電気モーターで800kW(1088PS)の出力を誇り、固定ギアのシングルスピード(1速)のトランスミッションによってタイヤに伝達する。目標重量は1500kg以下で、0~100km/hの加速は2.5秒以下を実現し、最高速度は300km/hを超えるという。

 また、回転するローター系を直接冷却することで、非常に高い連続出力を実現し、冷却システムは1つのオイルクーリング回路のみで、冷却水は使用していないという。この高電圧バッテリーをオイルで冷却する方法は、ル・マンを3度制覇したポルシェ919ハイブリッドで開発された技術で、冷却システムだけでなく、シャシーも先進のレーシングテクノロジーを駆使し、ダブルウィッシュボーン式のフロントアクスルを採用している。さらに、ウェット路面での良好な視界を確保するため、フロントガラスにはヒーターが装備されている。

ステアリングコラムはまだ改良の余地があるという

 Michael Behr氏は「細部に至るまで軽量化の可能性を最大限に活用しました」と述べていて、例えば、3Dプリントで製作されたトランスミッションケースカバーは、鋳造品に比べて30%の軽量化を実現しているという。また、リカバリー時の制動力を高めることで、ブレーキシステムを12kg軽量化に成功。複合材製のボディカウルは、主に天然繊維で構成されいて、それをカーボンファイバーが補強する構造で、羽のように軽いだけでなく、持続可能性にも優れている。

 ヴァイザッハ開発センターは、優れたエンジニアリングだけでなく、クラフツマンシップでも知られ、シークレットプロトタイプのシャシーは、フラハトのレーシング部門で製造されたという。その後、ヴァイザッハ開発センターでは、スタイルポルシェのスタジオの下にあるセキュリティの高い施設に移され、そこでエクステリアのフォルムとインテリアが生み出されたとしている。

インテリアとエクステリア両方が最高水準のレーシング機能を満たしているという

 開発途中には、ボディを付けずにシャシーだけで走ることもあり、最初のテスト走行はIAAでの初公開まで6か月を切ったころに社内テストコースで実施。この時点では、多くの部品がまだ暫定的なもので、シート、ステアリング、ペダルなどは既存のレーシングカーのものを流用して、フレームも最終仕様ではなかったという。

 開発エンジニア兼レーシングドライバーLars Kern氏は、周囲の同僚たちが分厚いダウンジャケットを着ている中、ボディカウルのない裸のようなミッションRで走行し、「もっと暖かい日もありますが、もっとひどい日もありますよ」と笑いながら振り返る。

 続けて「このようなプロジェクトに参加することは、とても感動的な体験です。まるでお菓子屋さんにいる子供のようでしたよ。数種類のタイヤを装着したり、前後のブレーキバランスを調整したり、何度も何度もマシンをテストコースに送り出しました。何よりも驚いたのは、このクルマの完成度の高さです。もちろん、すぐに大きなトルクが得られ、全体的なドライビングダイナミクスも向上しています。この時点で、このミッションRは、きっと楽しいものになると確信しました」とコメントしている。