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豊田社長の水素カローラと前田役員のバイオデミオがカーボンニュートラルレースで対決 モリゾウ選手の“負け嫌い”を実感
2021年11月18日 11:26
11月14日、岡山国際サーキットでスーパー耐久(以下、S耐)最終戦が開催された。今シーズンのS耐にはST-Qクラスが新設され、水素燃焼エンジンを搭載した「32号車 Corolla H2 concept」(水素カローラ)が参戦していることが大きな話題となっている。そして、最終戦にはこのST-Qクラスにマツダから「MAZDA SPIRIT RACING Bio concept DEMIO」(バイオデミオ)が参戦。トヨタのクルマしか走っていなかったこのクラスに、マツダというライバルが現われた。
水素カローラは、水素を燃やして走るICE(内燃機関)を搭載する。H(水素)とO(酸素)を燃焼させるため、排気ガスは熱い水、つまり水蒸気がほとんどとなる。水素エンジンはNOx(窒素酸化物)の発生が解決すべき問題として挙げられており、トヨタはその解決策を見いだしてカーボンニュートラルカーを作り上げようとしている。
NOxに関しては、水素燃焼タービンによる発電機を開発中の川崎重工業も「目処が立っている」(西村取締役)としており、「OがN(窒素)と出会う前に燃やすようにする」のがポイントとのことだ。もちろん連続燃焼である水素ガスタービンと、断続燃焼である水素レシプロエンジンではNOxの解決方法は違うかもしれないが、水素カローラではデンソーが開発した直噴インジェクターが大きなポイントとなっているようだ。
トヨタは水素燃焼技術を手に入れることで、新しいカーボンニュートラルカーの時代を開こうとしている。ちなみに、トヨタはすでに水素を使って走るMIRAI(ミライ)を市販しているが、こちらは水素と酸素を反応させて電子を取り出すFC(燃料電池)によって走る電動車だ。燃料電池と日本語があてられているので分かりにくくなっている部分もあるが、水素発電しながら走るクルマになってる。こちらも生成されるのは水だけ。そのためFCEVであるミライには、水素と酸素が反応後たまった水を適切な場所で抜くためのボタンが備わっている。
トヨタは同じ水素を使いながら、燃やして走る水素カローラと、反応させて走るミライと2種類のカーボンニュートラルカーをを手の内に入れる。トヨタ GAZOO Racing Company プレジデント 佐藤恒治氏は「100kWが境目」と語っており、水素カローラではレーシングスピードに耐えるエネルギーを絞り出すことに成功している。ミライと同じ水素タンクを搭載しながら、耐久レースがしっかりできるクルマを作り上げたのだ。
水素カローラ、次戦鈴鹿ではガソリンエンジン並みのパワーへ 最終戦岡山ではガソリンエンジン超えを目指す 100kWが燃料電池車との効率クロスポイント
急遽、100%カーボンニュートラル燃料「サステオ」で参戦したデミオ
トヨタの水素カローラでは、トヨタがミライで確立した水素貯蔵の技術が利用されている。ミライで開発し、すでに市販車に搭載されている70MPaの水素タンクに、燃えてもカーボンニュートラルとなる水素をため込んで走っている。
一方、今回マツダがST-Qクラスにスポット参戦させたバイオデミオでは、ユーグレナが開発したカーボンニュートラルのバイオ燃料「サステオ」が使われている。このサステオは軽油と同等のスペックを持ち、理屈上軽油を燃やせる内燃機関、つまりディーゼルエンジンであれば使用することができる。サステオ10%の燃料であれば、マツダは1年にわたって街中で実証実験しており、市販車からなんの調整もなく使用できているという。
今回のスポット参戦では、このサステオを100%使用する、つまりカーボンニュートラルとなるデミオを用意した。このデミオにはSKYACTIV-D 1.5エンジンが搭載されており、レースの安全規定に対応したタンクも用意。100%サステオを燃やして走っているカーボンニュートラルカーになる。
ただ、車体はいかにも急造という感じで走っており、コーナリング姿勢などはなかなかつらそうで、急遽参戦が決まった感を走る姿から振りまいていた。
このバイオデミオが参戦したことで、S耐岡山ではレーシングスピードによるカーボンニュートラルカー対決が実現。そもそも水素燃焼エンジンを搭載したクルマがレーシングスピードで走っていることすら世界的に見ても珍しく、そこに新たなカーボンニュートラルカーであるバイオデミオが加わって、カーボンニュートラルカーによる耐久レースが繰り広げられた。
しかもこのカーボンニュートラルカー対決には、トヨタ役員 vs. マツダ役員という構図も組み入れられている。水素カローラに乗るトヨタの役員は言わずと知れたモリゾウ選手。トヨタ自動車 代表取締役社長であり日本自動車工業会の会長としてカーボンニュートラルに取り組む豊田章男氏である。
一方、バイオデミオをドライブするのはマツダの常務執行役員を務める前田育男選手。マツダの魂動(KODO)デザインを作り上げた、世界的なカーデザイナーである。
3時間の耐久レースの結果は、37号車 バイオデミオが97周を走りきって優勝。32号車 水素カローラは85周を走りきって2位となった。ST-Qクラスは2台でのレースであったため、いずれもトラブルなく完走した。
それぞれの最速ラップは、37号車 バイオデミオが1分52秒450、32号車 水素カローラが1分45秒463。ラップタイムは圧倒的に水素カローラが速いが、給油(給水素)時間や回数の差で(バイオデミオは1回)バイオデミオが優勝したことになる。
世界的にも珍しいカーボンニュートラルカー対決はバイオデミオに軍配が上がったわけだが、ゴール間近ではモリゾウ選手がドライブする水素カローラと前田選手がドライブするバイオデミオの耐久レースらしいランデブー走行も見られた。
レースを終えたモリゾウ選手はちょっと疲れた様子ながら、前田選手のもとに近づきグローブ越しに握手。お互いの健闘をたたえ合った。
クルマを停めたモリゾウ選手は
— ROOKIE Racing (@ROOKIE_Racing_)November 14, 2021
MAZDAバイオ燃料レースカーの
ドライバーと
真っ先に握手をしてました
内燃機関でもカーボンニュートラル!#ユーグレナ#MAZDA#TOYOTA#豊田章男#カーボンニュートラル#自工会#内燃機関でカーボンニュートラル#敵は炭素#内燃機関でもやれるpic.twitter.com/RHZAY79Vj5
炭素と戦う豊田社長、勝ちにこだわるモリゾウ選手
レース後、豊田社長に話を聞く機会があったため、「4月22日の自工会会見でカーボンニュートラルの選択肢を広げることを宣言、その後、24時間レースを皮切りに水素カローラで1台で戦ってきて、バイオデミオという仲間が増えました。レースは残念がながら負けてしまったわけですが、戦い終えた感想を」と質問したところ、豊田社長の目はモリゾウ選手という勝負師の目に戻り、「ラップタイムでは負けてない!! 給水素時間の問題だ!!」と厳しい返答。記者は仲間が増えたことを聞きたかったのだが、「負けてしまった」が勝負師としての琴線に触れたようで、ル・マンや世界ラリー選手権を制覇する原動力となった“負け嫌い”を体感することになった。
もちろん豊田社長が戦っているのは、常々口にしているように「敵は炭素」であり、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、いかに日本の雇用を守っていくかという部分もある。仲間を増やし、カーボンニュートラルレースを多くの人に見てもらうことで、みんなでカーボンニュートラル社会を考え実現していこうとしている。2022年シーズンは、トヨタとしての孤軍奮闘もあり、マツダのフル参戦やスバルのフル参戦も決まっている。ただ、その際もモリゾウ選手としてはアスリートとして「勝利」にこだわり続けることは間違いない。