ニュース
ザイリンクスの統合を完了したAMD、将来はCPU/GPUとFPGAをチップレットで1チップに
2023年1月30日 06:10
近年自動車産業で存在感を増している半導体メーカーがある、それがアメリカのAMD(Advanced Micro Devices)だ。AMDは2020年にFPGAのトップシェアメーカーとして知られてきたザイリンクス(Xilinx)の買収を発表、2022年に事業統合を終了した。AMDの強みだったCPUとGPU、ザイリンクスの強みだったFPGAを得て、前者ベースの製品をテスラに供給し、後者ベースの製品をスバルのアイサイトX、そして直近ではデンソーやアイシンなど日本のティアワンサプライヤーでの採用も明らかになるなど、自動車向けの採用例が増えている。
そうしたAMDの自動車向けソリューションを担当するAMD 適応・組込コンピューティング事業本部(AECG) 自動車事業シニア製品マーケティングマネジャー レハン・タヒール氏がオートモーティブワールドに合わせて来日。話をうかがってきた。
タヒール氏は「将来は、より車両全体をコントロールする中央コンピュータ的な役割を果たすチップが必要になる。その時に向けて、AMDのCPU、GPU、そしてFPGAを、チップレット技術を利用して1チップにしていく」と述べ、AMDが現在CPUやGPU市場で活用している2Dないしは3Dのチップ混載技術「チップレット」を車載向けに応用していく計画があることを明らかにした。
FPGAを自動車向けに展開しているAMD、テスラにも採用
AMDの歴史は1969年にジュリー・サンダース氏により設立されたことから始まる。当初はメモリなどを製造していたのだが、1980年代にIBMがIntelの8086/8088を採用するにあたり、セカンドソースとして選ばれ、ntelの互換CPUと言えばAMDというポジションを確立した。
その後Intelとの製造ライセンスを巡る法廷闘争などを経て、2000年代にはIntelとクロスライセンス契約を結んで、正式にIntelのx86 CPUの互換製品を作る権利を世界で唯一持つメーカーとなり、ときにはIntelよりも進んだ製品を投入しながら、Intelに並ぶCPUメーカーとして成長してきた。
2004年にはGPUメーカーとしてNVIDIAと並ぶ2大メーカーの一つだったATI Technologiesを買収し、NVIDIAと並んで単体GPUの市場を二分している。現在はCPUのRyzen(一般消費者向け)とEPYC(データセンター向け)、GPUのRadeon(ゲーミング向け)とInstinct(HPC向け)などのブランドで市場に製品を提供している。
AMDが自動車産業に本格的に参入するようになったきっかけとなったのが、2020年に発表されたFPGA(Field Programmable Gate Array)のトップメーカーだったザイリンクス(Xilinx)を買収したことだ。FPGAは論理回路だけが用意されている半導体で、ソフトウエアを利用してさまざまな回路を構成することが可能になっている。近年はこのFPGAを利用してAI推論を行なう例が増えており、FPGAとArm CPU/GPUを1チップにしたZynq UltraScale+ MPSoC(16nm)や、その後継で7nmに微細化されたVersal AI Edgeなどを自動車向けに投入しており、自動車メーカーやサプライヤーに採用されていた。
同時にAMDはコンシューマ向けCPU(Ryzen)とGPU(Radeon)の技術をベースにした製品も投入しており、GPUの描画性能を利用したデジタルコックピットやIVI(車載情報システム)向けの製品として採用されている。
AMDの組込向けの製品と、ザイリンクスの事業が一つの事業部として統合されスタートしたのが適応・組込コンピューティング事業本部(Adaptive and Embedded Computing Group)で、ザイリンクスのCEOだったビクター・ペン氏が事業本部長として部署を率いている。
スバル、アイシン、デンソーなどの日本の自動車メーカーやティアワンに採用されているAMD
そうしたAMDの適応・組込コンピューティング事業本部で、アジアパシフィック地域の自動車事業を担当しているのがAMD 適応・組込コンピューティング事業本部(AECG) 自動車事業シニア製品マーケティングマネジャー レハン・タヒール氏だ。
タヒール氏にザイリンクスがAMDに統合されて約1年が経過したが、と聞いてみると「もともとAMDとザイリンクスは社内のカルチャーも近くて、とても自然に統合が進んでいる」とのこと。そもそもザイリンクスのCEOだった、ペン氏自身がザイリンクスに移る前はAMDの従業員だったこともあって、そのあたりは共通点が多かったということだろう。
タヒール氏によれば、2022年の第3四半期(7月~9月期)の決算では競合のIntelやNVIDIAは赤字決算だったが、AMDだけは好決算になっており、その最大の要因がザイリンクス由来の事業が大きく成長したのが要因という。というのも、2022年第3四半期はPCやサーバーの需要が減ったことで、AMDにとって厳しい決算になっておかしくなかったが、ザイリンクス由来のビジネスが増えたことで好決算になったのだ。
実際、AMDの車載事業での採用例は増えている。2020年にはスバルのレヴォーグのアイサイトXのAI処理エンジンとしてZynq UltraScale+ MPSoCが採用されることが明らかにされており、新型レヴォーグに搭載されて公道を走っている。
また、2022年は日本のティアワンであるアイシンに、そして先日はデンソーにザイリンクス由来のFPGAが採用されることが明らかにされている。
アイシンの事例では、自動駐車支援システムにZynq UltraScale+ MPSoCが採用される。
タヒール氏によれば「4個のカメラと12個の超音波センサーを搭載しており、それらのセンサーのデータを融合して周囲の情報をリアルタイムに把握して、マシンラーニングベースのAIがそのデータをリアルタイムに読み込んでドライバーレスの自動駐車機能を実現することができる」というのがアイシンのシステム。カメラと超音波センサーで自動パーキングを実現するシステムになる。従来のシステムでは、ドライバーがある程度駐車位置を指定する必要があったが、アイシンの新しいシステムではそれが必要なくなりほぼ自動で駐車が行なわれる。
そしてオートモーティブワールドの前週に発表されたのが、デンソーがZynq UltraScale+MPSoCを次世代LiDARのエンジンとして採用するというものだ。
タヒール氏は「デンソーのLiDARは新しいSPAD LiDARをZynq UltraScale+MPSoCを使って構成することで、小型で低消費電力なLiDARを構築することができる。このLiDARはミドルレンジ向けとなる予定で、ASIL-Bの機能安全を実現している」と述べた。
将来的にはチップレットで、AMDとザイリンクス由来の製品を1パッケージに
タヒール氏は、AMDの今後の製品展開に関しても説明した。現在自動車メーカーやティアワンの部品メーカーに対してはZynq UltraScale+MPSoCの後継製品であり、7nmに微細化されるVersal AI Edgeを売り込んでいるという。微細化されると性能と電力効率が向上するというメリットがあり、採用メーカーにとっても大きなメリットがある。
さらにその先、長期的にはLiDARやデジタルコクピットのエンジンといった応用例単位のコントローラとしてではなく、車両のすべてを集中的にコントロールする中央コンピュータとしての役割を担える、処理能力が高い製品も計画しているという。そうした製品向けには従来のAMD製品とザイリンクス製品が混合した製品を投入していく計画だとタヒール氏は説明した。
ショートタームでは、AMDのCPU(Ryzen)/GPU(Radeon)とザイリンクス由来のFPGAを統合したSoC(Zynq UltraScale+MPSoCやVersal AI Edge)をシステム基板上で統合していく。その先にはAMDがCPUやGPUで採用しているチップ混載技術「チップレット」を自動車向けでも採用していく計画だという。
タヒール氏は「AMDがチップレット技術で先行していることは秘密ではない。どの時点でどのように導入していくかに関して詳しい説明はできないが、将来的にはCPU、GPU、FPGAなどをチップレットで1チップに統合していくというのがわれわれの基本的な考え方だ」と述べた。
AMDはこうしたザイリンクス由来のFPGAの技術をCPUやGPUに統合する方向性に関しては以前より示しており、1月のCESで発表したノートPC向けのCPUとなる「AMD Ryzen 7000シリーズ・モバイル・プロセッサー」という製品では、FPGAをCPUに統合して、AI推論アクセラレータ(AMD Ryzen AI)として利用することを発表している。AECGが管轄する自動車向けの製品もそうした方向性になっていくことは容易に予想でき、今後もAMDの動向には要注目だ。