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熱田護のF1インタビュー ホンダF1第4期を支えたテクニカルダイレクター本橋正充さん「びっくりしますよ、うちの会社の底力!」

 本橋正充さん46歳。ホンダF1第4期の始まる2015年からF1プロジェクトに参加し、2022年はテクニカルダイレクターに就任。ホンダの中でも一番現場に足を運んだ人物でもあります。

 まともな走行すらままならないところから始まった第4期、そこから2022年のコンストラクターズ&ドライバー両方のチャンピオン獲得という快挙を成し遂げるまで現場で戦った本橋さんが、2023年の第3戦オーストラリアをもってしばらく現場を離れることになりました。

 そんな本橋さんに、サウジアラビアGPのパドックで1時間半くらい話を聞かせてもらいました。

サウジアラビアGPのパドックで本橋さんに話を聞きました

吐きそうだった5年間

熱田:5年と少し、ホンダF1の現場の仕事をやってきてチャンピオンにまでなれました。自分の仕事はやり切りましたか?

本橋さん:チャンピオンを取れたというのは技術的な要素があったからです。僕の仕事としては、現場のオペレーションとストラテジーの判断となります。そういう意味では、まあまあの点数だったんじゃないかなと思います。100点ではないですよ。自分で自分のことを100点つけたことはないので……。

熱田:じゃあ、何点?

本橋さん:ん~~~75点かな。

熱田:では、足りない25点はなんですか?

本橋さん:まず1点目が現場にいるスタッフ個々の能力をもっと引き出せたのではないかという思いです。F1の現場というのは他とは違うことを経験できるので、いろいろ教えてきたり、一緒に戦ってきたりしたとは思っているのですけど、振り返ると、あのときあの場所でアドバイス……助言や相談をしていれば、もう少しよい思考に繋がったのではないかなと思います。

 2点目は、対チームともっと密にコミニュケーションを取れば、もっといい戦略が取れたのではないかということが何回かありました。当たり前ですが、常にベストを尽くすことを考えて判断をしているのですが、でもひょっとするとベストではなかったかもしれない、もしくはここでいいやと自分で線を引いてしまって、ベストではなかったのではないかということで、減点ポイントかなと思います。

熱田:じゃあ、自分の判断したことで失敗に繋がってしまったことはあるんですか? やっちまったよ……ということはありましたか?

本橋さん:やっちまった、ということがなんなのかにもよるんですけどね。例えば不具合がある中、自分の判断で走行を続けてポジションを落としましたということがありました。その結果、チームやサクラから責められるわけでもないです。

 それは、私の判断を信用信頼してくれているからですが、自分自身で振り返ったときに、事前にエンジンを交換しておけばポジションを落とすことはなかったのにとか、いや、もっと前日に確認作業を徹底させれば不具合が出なかったのではないか、と思うことはありました。

 それは、不具合が出る可能性を全て考えて潰せたのかということ。「そこまで自分はやったのか?」ということですよ。その準備をできていたのかと言われると、そうではなかったので減点ですね。

熱田:と話していたら、レッドブルでチーフメカニックを務めている吉野さんがこの会話を聞いていて、話題に入ってきました。

本橋さん(左)に話を聞いている途中、吉野さん(右)も飛び入り!

吉野さん:それはずいぶん厳しめの数字ですね。私からみている本橋さんは、ものすごくいいリーダーです。要は、時間のない中で決断しなければいけないときは的確な判断をしてくれますし、厳しい決断を下さなければならないときも、自分の責任で判断をしてくれます。だから、本橋さんの言うことであれば誰でも言うことは聞くんです。それだけ、リーダーとしての魅力はあって、さらに人間的な部分も含めて。スタッフ全員からの確固たる信頼はあります。

 とにかく現場ってキツイんですよ。仕事量は半端なくあるんです。そんな中、さらにこうして! あ~して! といろんなことがあるんです。でも現場の人間は、本橋さんの決めたことだからやろうと、みんなが納得して作業をするという環境なんです。それだけリーダーの器があったんです。

 この5年間、田辺さんがいた時期もあるんですが、本橋さんが中心となって動いていただいたので、現場は非常に統率が取れ、ホンダとして一体感の中で仕事ができていたと思います。

熱田:なんていい話なんでしょ!

本橋さん:いや~、いい話ですね! ここ絶対書いてくださいよ! そうですね、現場をまとめる上でそうあるべきだと思っていたので、そう言ってもらえると嬉しいですね。

 ただ、それをやれたのもやっぱり仲間がいるからなんですよね、吉野さんも言ってましたけど、本当にいろんなことがあるんですよ。さらに「これをやる??」という繰り返しなんです。でもやり切りたいので、レッドブルは吉野さん、アルファタウリは法原さんに、作業的に相当キツイと思っても妥協せずに言うんです。妥協しないというベクトルに関しては、ホンダの仲間は同じだと思っているので現場でやり切ることにしています。

 そして、無理だけどことごとくミスなくやってくれるんですよ。そうすると次のときはもっと無理言っても大丈夫かなって思うんです。その無理というのは技術的な判断に基づいてのことなんですけどね。

 あともう1つ、2022年からRBPT(レッドブル・パワートレインズ)と一緒に仕事を始めることになり、当初はやはりギクシャクする部分があったんですが、関係性や意思疎通などを吉野さんがうまくまとめてくれたのが非常に助かりました。それがダブルチャンピオンを取るという1つの要素となったことは間違いありません。

熱田:では、第3戦オーストラリアでひと区切りですが、今ほっとしている気持ちありますか?

本橋さん:ないです!!

熱田:じゃあ、続ければいいじゃん!

本橋さん:いや、新たなチャレンジをしたいんです。サクラに戻って、HRCとして将来的な技術探索はやると明言しているので、それをやります。まだまだ0.001秒でも縮められる要素はあると思っているので、より掘り下げたいな思っています。

熱田:じゃあ、この5年は、楽しかった? つらかった? 時々、ガレージ裏で話してるときに「もう吐きそうです」って何度も言ってたよね?

本橋さん:あの~……「楽しかった」って言いたいですけど、つらかったですね。今もつらいですけど……。だた、それが、自分の身になっているということを考えると楽しいとも言えるのかな。

 感じるところで言えば、正直キツイです。この現場は、それぞれがめいっぱいで頑張っているので代わりがいないんです。実際にエンジニアだとセッティングを出してデータを作る。そのデータを1個ミスしただけでもマシンは壊れて止まりますからね。

 メカニックにしても、パーツのネジの閉め忘れが1本あっただけで不具合が出ます。場合によっては壊れます、という責任でみんな仕事をしています。もっとわるい方向で考えると、それが原因で誰かが怪我をするかもしれないわけです。時間との勝負の中、確実性もしっかり担保していかなければなりません。

熱田:じゃあ、5年間吐きそうな思いは続いたということですか?

本橋さん:それは、続きますよ。でも唯一、移動の飛行機の中だけは、何にも考えないようにしているので、そこが息抜きですかね。

熱田:トップガン、何回見ました?

本橋さん:いやー、3回見ました、元気出ますよ。

熱田:だよね! あと、その“吐きそうなくらい大変だ”ということをもっと具体的に説明してくれませんか?

本橋さん:例えば1分1秒後に、自分の行動以外で何がどれだけ起こるか想像できますか? という話です。その起こることに対して、自分もしくは仲間に対して降りかかってくる事象を、どれだけ最善の方向に持って行ける準備ができますか? ということです。それを、最前線の仲間に的確に指示を出せるかということです。

 いろんなことが想定されますよね。例えばPUはものすごい数のパーツで構成されています。それのここが壊れたら、こういうことが起こります、壊れ方によってはこういう事象が起こります。そのとき、どこのセンサーを見るべきなのか、どういう挙動をモニターするべきなのか、そのとき走行ができるのか、止めるべきなのか、何がリミットになるのか、という1つひとつの事象に対して考えるんです。

 じゃあ、そうならないために、それを防ぐのが自分の仕事だと思うので、そうならないために何を確認すればいいのか、起こってしまったらどう対処するのかを考え始めると、もう時間が足りなくなるわけです。

 今言ったことは、マイナス方向の話じゃないですか。でもプラスの方向の、もう少しラップタイムを上げるには、という考えも当然しなくてはいけないじゃないですか。

 問題を出さず、かつ0.001秒でもマシンを速く走らせるために、チームの協力も必要なので、話し合いながら決めていかなくてはならない。時にはドライバーに対しても、こうしたいからこのようにして走ってくれないか、そのためのフィードバックをほしいんだ、という話し合いもします。

 ホンダのエンジニアは自分たちが持っている責任に対して、ほかの誰かから言われて仕事をしている人は1人もいません。ですから、自分が思うことを説明し、納得し、共感してもらわなければならない。なぜなら自分が施したセットアップの次は、もうコース上なんですから。

 そういうことですから、無限大に考えることはあるし仕事は作れてしまうんです。仕事量は多いです。ただ、吐きそうなのは、トラブルが出たときに、どうにかして順位を下げずに完走させなければいけないということを考えたときに、何を準備すればいいのかというときですね。準備の方法は多岐にわたるし、妥協せずやれるかという自問自答の繰り返しということです。

吉野さん:今までで私が一緒に仕事をしてきた中で、本橋さんの判断が間違っていたということはなかったと思います。5年間、1度もミスなしにやり切ったということはすごいことです。

本橋さん:あ! でもね! 言ったようにシンドイじゃないですか。終わっから振り返ると、思い出として楽しいんですよ。田辺さんが僕の結婚式のときに話してくれた、同じ釜の飯を食った仲間という話で、まさにそうだなって思うのと同時に、技術的経験以外も、仲間と言える人間関係が築けるのも大きな魅力の1つであると感じています。

 自分たちのことなんで言いにくいところはあるんですが、びっくりしますよ、うちの会社の底力! じゃあ、なんで4期、これだけ時間がかかったのかということにもなりますが、右も左も分からない状況からの勉強だったので仕方ないかとも思います。今はある程度、知見の蓄積がありますから、2026年以降の参戦という決断があっても対処できると思っています。将来的に参戦という決断があってもしっかりと対応できるとは思います。でも、時間はある程度必要ですので、準備期間はしっかりと確保させてもらいたいですね。

いつかまた現場でお会いしましょう!

 ジェッダコーニッシュサーキットのアルファタウリのホスピタリティーで、本橋さんに入れてもらったカフェオレをいただきながらお話を聞かせてもらいました。

 本橋さんはガタイもよくちょっとコワモテですが、話すと人懐っこい感じがして、僕も遠慮なくなんでも聞いてしまうのですが、いつも丁寧になんでも教えてくれました。

 レースに対して熱い気持ちを持っているエンジニアです。成績の出なかった初期のころ、何よりホンダファンの方々に申し訳ないと伝えてもらえませんかと言われたりしました。

 2021年の最終戦のアブダビ、劇的な展開でチャンピオンを獲得したあと、ホンダのホスピタリティーの前で後ろから来た本橋さんと、おめでとう! ありがとうございます! と言いながら、涙ドバドバしつつハグしたときのことは忘れられない思い出です。

 一旦は、お疲れさまでした! でも、また吐きそうな現場復帰をお待ちしています。