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ホンダを4月末で定年退職する浅木泰昭氏も登壇した、F1オーストラリアGPパブリックビューイング
2023年4月3日 14:03
- 2023年4月2日 開催
本田技研工業は4月2日、同社本社ビルの1Fにある「Honda ウエルカムプラザ青山」において、F1世界選手権 第3戦 オーストラリアGPのパブリックビューイングを開催した。ホンダ自体は、2021年末をもってF1からは撤退したが、同社子会社となるホンダ・レーシング(以下HRC)が、レッドブルの子会社でパワーユニットをレッドブル傘下の2チーム(レッドブル・レーシング、スクーデリア・アルファタウリ)に供給するレッドブル・パワートレインズ(RBPT)にパワーユニット自体の供給とトラックサイドサービスなどを提供する形で関わりを続けており、今シーズンはパワーユニットマニファクチャラーの名称が「Honda RBPT」という表記になるなど、2022年に比べてより関わり合いを深めた形で参戦を行なっている。
そうしたHRCが提供しているHonda RBPTを搭載したレッドブル・レーシングのマックス・フェルスタッペン選手は、そのオーストラリアGPで、ポール・トゥ・ウインを飾り、詰めかけたHonda F1のファンを大いに喜ばせた。
また、このパブリックビューイングには、Honda F1の開発総責任者でHRC四輪開発部部長を3月31日で退任し、4月末にはホンダを定年退職する予定の浅木泰昭氏がゲストとして登壇し、最後の公式の場での仕事を終えて、最後には花束を贈呈されるなどして、セレモニーが行なわれたほか、「ホンダの浅木氏」としての最後の機会ということで記者からの質問に答えた。
大波乱のレースとなったF1オーストラリアGP、レッドブル・ホンダRBPTのマックス・フェルスタッペン選手が優勝
F1 オーストラリアGPで開催されるオーストラリア メルボルンのアルバート・パーク・サーキットは公園の外周路を利用するという特殊な形のストリート・サーキットで、毎年何らかのインシデントが発生して、セーフティカーが出されるという荒れたレースになりがちのレースだ。
今回のオーストラリアGPもまさにそうした展開で、3度の赤旗がでる荒れ模様のレースで、残り2周でレースが再開された直後に上位を走っていたアルピーヌ勢がスピンやコースアウト、そしてアルピーヌ勢が同士打ちでクラッシュするなどの事故を受けて再び赤旗になり、最後にはアクシデント前の順位に並べ替えて(最後のスタートでは公式なセクタータイムを刻む前に赤旗が出されたため、レギュレーションに従って、クラッシュしてリタイアになった車両を除いて残り2周のスタート順位に並べ替えることになった)、最後はセーフティカー先導でチェッカーを迎えることになった。
優勝したのはレッドブル・レーシング・ホンダRBPTを駆る、マックス・フェルスタッペン選手。前戦ではチームメイトのセルジオ・ペレス選手(今回のレースではピットスタートから追い上げて5位)が優勝したため、フェルスタッペン選手が優勝した開幕戦と合わせてホンダ・パワーユニットは開幕3連勝となり、その瞬間が映し出されると、Honda ウエルカムプラザ青山はこの日一番の盛り上がりを見せた。
しかし、さらに盛り上がったのは、2回目の赤旗スタートで、他者との接触で混乱の原因をつくったとされたカルロス・サインツ選手に5秒のタイムペナルティが出されたことで、11位だったアルファタウリ・ホンダRBPTの角田裕毅選手が11位から繰り上がって10位という表示になったときだ。今シーズンの角田選手は、予選でチームメイトのニック・デブリース選手に3戦して3勝。しかし、開幕戦と第2戦ではいずれも11位となっていたため、今シーズン初ポイントに手が届きそうで届かないレースが続いていたため、そんな角田選手のもどかしいおもいをHonda ウエルカムプラザ青山に集まったファンも共有していたのか、1ポイントゲットの報に大きく沸いていた。
パブリックビューイングに登壇したホンダ浅木氏、競合メルセデスのパワーユニットトラブルの影響に注目
そうしたHonda ウエルカムプラザ青山で行なわれたパブリックビューイングにスペシャルゲストとして登壇したのが、2018年からこれまでホンダF1の活動をLPL(総責任者)として引っ張ってきたホンダの浅木泰昭氏だ。
浅木氏は、3月31日でホンダ・レーシング 執行役員 四輪開発部部長の役職を退任し、4月末でホンダを定年退職することがすでに発表されており、ホンダによれば浅木氏が公式の場に登場するのはこれが最後の予定であると言うことで、ファンにとっては浅木氏に別れを告げられる場となった。浅木氏が登壇すると、F1ファンとみられる方が浅木氏に「ありがとうございます」と書かれた横断幕を見せて別れを惜しむ様子などが見られた。
その浅木氏はフロアからの質問「ホンダF1の強みとは?」に答えて、「強みなんてあるのかと考えている。F1はムラ社会で、人がより給料のいいところにということで動いている。それに対してサラリーマンがF1をやることは無謀なことだと考えている。その無謀なことをできる数少ない会社がホンダだということでは。ホンダ全体で研究に従事しているエンジニアは2万人程度いて、その力を結集できたことが勝利につながったのでは」と述べた。また、2026年以降も参戦する可能性があるかと聞かれると「私はそれに答える立場にはないが、そうなっても対応できるように準備してきている」と述べ、参戦するかどうかを決めるのは経営者の仕事だが、HRCの四輪開発部長としてはそうなっても2026年以降も戦えるような準備をしていると述べた。
また、レース後にはレース中にメルセデスのジョージ・ラッセル選手のパワーユニットが壊れた件について言及し「技術者目線でいうと、今頃メルセデスの開発陣は大騒ぎだと思う。なんでこうなったのかを分析し、場合によっては次戦以降パワーをおさえないといけない、あるいは4基目を投入しないといけないという議論を始めていると思う」と指摘し、パワーユニットを供給するメーカーとしての視点でレースを分析した。
内燃機関の開発で重要になるのはカーボンニュートラル燃料への対応と浅木氏
イベント終了後には、報道関係者を対象にした、浅木氏の質疑応答セッションが行なわれた。以下はその模様になる。
――F1のパブリックビューイングに初めて参加された感想を教えてほしい。
浅木氏:私の背後で女性の悲鳴などがあがっていて、大変臨場感があった(笑)。
――浅木氏のホンダ人生でこれは最高傑作というものをあげてほしい。
浅木氏:私が開発責任者という立場で作ったものは3つある。それがN-BOX、F1、そして北米での気筒休止エンジンだ。気筒休止エンジンが一番難しく、その次にN-BOX、そしてF1の順だ。気筒休止エンジンは北米で燃費を伸ばすために作った、6気筒のエンジンを4気筒、3気筒と切り替えて燃費をよくする仕組みだが、6気筒、3気筒にすると振動がでてしまう。そこで、アダプティブエンジンマウントという技術を開発しているエンジニアがいて、最初はディーゼル向けに開発していたのですが、ディーゼルでは採用されていなかった。そこで「オレと組まないといつまでも出ないぞ」って話をして(笑)、それを採用した。トヨタさんが6速ATを出している中で、ホンダは5速ATしかつくれない状況だったが、この気筒休止エンジンを利用することで高速道路の燃費などで、北米市場で戦えた。それにより北米ではかなりの集積をあげて、今のホンダの相当部分を作った形になる。
次にN-BOXをやれと言われて調べると、軽自動車はコストが勝負だという。給与体系などを含めてコストモデルで考えていくと、ホンダが安く作れそうな気がしないという状況で、これは自分の給料を下げるしかない、みたいな話をした(笑)。しかし、絶対的な売価では勝負できないとしても、競合がもっていない安全技術とかそういうものを全部入れるとうちの方が安い、そういうパッケージングをした。そうした新しい魅力を作ることでなんとか戦ってあれだけ売れたので、鈴鹿製作所の雇用を維持できた。あれで売れないと、円高の中で日本では売るものがなくなるような状況だった。
最後にF1だが、負けたままで終わるのは絶対イヤだったので、受けることにした。レースはホンダのDNAというけれども、ホンダにとってレースに勝つということがDNAであって、ただやり続けるということではないと思っていたからだ。
――本日のレースをホンダの技術者として見たときの感想を教えてほしい。
浅木氏:やはりメルセデスのパワーユニットに問題が発生していたことだ。昨年1年の間に対応しきれていないのだということが驚きだった。メルセデスは本当に高い壁だったし、それを乗り越えようとしてきたのがホンダF1の活動だった。何をしようが絶対に勝つのだというチームがこういう状況になっていることが一番の驚きだった。ただ、まだ3戦しか終わっていないので、何をやってきたのかは分からないが、今後の戦い方に影響がでる可能性があるのではないだろうか。
――ここまでのパワーユニットの序列についてどう考えているか?
浅木氏:競争相手のパワーを予測するというのは今大変難しい。だいたいは加速性能で予測するのだが、相手のドラッグの状況も分からないかで、うちの馬力はこれぐらいだから、うちよりもこういう加速度からパワーが出ている、などを類推する形となる。それもより正確に分かるようになるには、数戦分のデータがないとなかなか分からない。主にシミュレーションでそのあたりは計測していくことになる。誤差もあるが、パワーはホンダとフェラーリがほぼ誤差範囲内。使える電気量に関しては、昨年はホンダがやや優位にあった。本年はそこにメルセデスが追い付いてきている、そう見ている。ただし、今回メルセデスのパワーユニットにトラブルが発生しているので、そうなるとメーカーはパワーを落としたりするので今後どうなっていくかは分からない。
――2021年に新骨格を導入して急速にメルセデスに追い付きました。あの時には何が一番の要因でホンダはあんなに強くなれたのでしょうか?
浅木氏:追い付けないということは何か差があるということだが、それをのんびりと修正していて、他社の性能向上カーブの方が立っていればいつまでたっても追い付けない。その性能向上カーブを立てることが勝負の世界なのだが、もう失うものがないというぐらいの状況だったので必死にやれた。例えばそれは高速燃焼で、信頼性や制御も含めて非常に難しい世界。本当に暴れ馬のような燃焼をやっていて、それを乗りこなさない限りは勝てないってところに注力した。で、なんでそれができたのかと問われると、正直なところ分からない。とにかくなんとかするのだという思いでやってきて結局追い付く事ができたということ。ホンダには何万人もいる研究者の中で、中には学者さんのように最先端のことをやっている人もいて、そういう知見が効率よく集められることができたという結果だと思う。
――その中で今のPU(パワーユニット)にはいろいろなエレメントがあるが、その中でもっとも効いたのはなんだったのか?
浅木氏:一番は高速燃焼だ。ただ、その前提として信頼性がダメだと意味がない。高速燃焼という技術を、ホンダの中だけで自前で見つけ出せた、それが大きかったのではないかと考えている。
――2021年までのホンダF1の体制を見ると、トラックサイドを田辺豊治氏、マネージメントを山本雅史氏、そして技術を浅木氏というトロイカ体制を構築していることが大きかったと思うが、3人で何かを決めるときに大きく異なっていたことなどはあったか?
浅木氏:何かを3人で決めるということはなかった。山本は契約、私は技術、田辺はトラックサイドを担当していた。だから契約ごとは山本が決め、技術のことは私が決め、トラックサイドは田辺が決めるとやっていたので。
――今後HRCがホンダF1を運営していくときに、そのように3人で分担していくのがいいのか、あるいは従来のようにプロジェクトリーダーが1人で責任をもってやっていくのかどちらがいいか?
浅木氏:プロジェクトリーダーは私だったが、技術は私が統括するとしても、契約まで全部面倒を見るのかというのは違うのではと思っている。今であれば契約関連はHRCの社長が管轄するし、トラックサイドは現場の問題点を把握して技術に伝えるとそれぞれ役割が違う。ただ、技術面でのリーダーはHRC Sakuraに1人だけいるという形だと思う。
――定年退職されたあとは本当に何もされないのだろうか?
浅木氏:特に誰からも声かけられていないので、予定はない(笑)。
――2021年に先行投入されたカーボンニュートラル燃料(CNF)だが、今後重要な技術になっていくだろうと考えているが、自動車メーカーにとってCNFの普及というのは難しいのだろうか?
浅木氏:EVもCNFも簡単に解決できる課題ではない。例えば、充電設備が整わない地域で全部EVにしようというのは無理があるし、CNFはコストや大量生産できるのかという課題がある。
例えば、CNFで言えばリッター500円ぐらいなら払えるという人に向けてはいいソリューションだと思うし、その形で内燃機関を残すことも可能だと思う。また、化石燃料と混ぜて使うことも可能だし、さまざまな可能性がある。もちろんそれはCO2削減としてはぬるいという人も出てくると思うが、欧州の動向を見ていてもそこは微妙に変わってきている。大事なことはCO2を削減するというのが最大の目標だと思うので、自動車メーカーがみなそこに向かって競争していくことになるのではないか。
――アルファタウリについて、そして角田選手のパフォーマンスに関してどう評価しているか?
浅木氏:アルファタウリに関してはお兄さんチームがあるのだから、もっとそれをまねすればいいのにとは思う。中身は一緒なのだから外見もまねをしたらなぁ……などということを思いながら見ている。角田選手に関しては、1年目、2年目、そして3年目の本年と毎年急成長している。自分が無理してパフォーマンスを示さないといけないという焦りがなくなってきて、クルマの能力以上のポテンシャルを確実に引き出しながら戦っているように見え、非常に成長していると思う。
――2026年以降の再参戦の可能性や、今後のホンダF1のプロジェクトについてどうなってほしいと思っているか教えてほしい。
浅木氏:もし将来F1復帰の可能性がゼロであると私が思っていたら、もうやらない。さっさと開発チームを解散して、エンジニアを解放して次の何かに向かわせた方がいい。そうでないと、私がSakuraに行かない方がよかったということになりかねないと私は考えるので、その私が最後まで残ったと言うことは、そこは諦めずに開発しているということだ。
もちろん会社の経営陣がそれを使いたくなるかどうかは別問題で、会社には会社でさまざまな事情があり、私の立場ではそこまで約束できない。しかし、一技術者として言える事は、その可能性をずっと追求しているということは、Sakuraの技術としてはやるということだ。
――内燃機関でまだやれそうな可能性があるところはどのあたりになるか?
浅木氏:やはりCNFへの対応だ。それができれば地球環境のために大きな貢献ができる。また、CNFできちっと性能が出せるようになれば、燃費が改善され(CNF)のコストも削減できる。今までは燃費がいいというのは環境技術だったが、CNFでの燃費改善はコストの削減につながるということで、コスト的にCNFの導入が難しいと考えられているような成長市場でもCNFが導入できるとっかかりになると考えられる。そういうことをやっていくうちに内燃機関に関しても新しい発見があって(技術的なブレークスルーがおきるかもしれない)と思っている。
EVに関しても同様で、ものすごく安いバッテリができたら世界が変わると考えている。もちろんどちらも一晩でできるようなことではないので、レースをやる会社としては壁に当たりながら開発を続けていくことが大事だ。