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東芝、コバルトフリーの5V級高電位正極を用いた新リチウムイオン二次電池を開発 将来車載向けに実用化を目指す

2023年11月28日 発表

新たな技術を活用して試作したラミネート型リチウムイオン二次電池

超高速充電かつ長寿命な特性

 東芝は11月28日、コバルトフリーの5V級高電位正極を用いた新たなリチウムイオン二次電池を開発したと発表した。この技術をもとに、ラミネート型リチウムイオン電池を試作し、3V以上の高電圧や急速充電性能、高い寿命特性を実証した。将来的には、車載向け電池として実用化を目指す考えも示した。

 東芝では、負極にチタン酸リチウムを採用したSCiB(Super Charge ion Battery)を商品化しており、自動車やバス、鉄道などの乗り物、エレベーターなどの産業機器、再生可能エネルギーと連動した大規模蓄電施設などのインフラ設備に採用されているが、さらなる高電圧化への要望も出ているという。今回の技術は、将来的にはこうした要望にも対応できる技術になるとの期待もあり、高電圧化とともに、急速充電性能、寿命特性を生かすことで、将来の車載電池の有望技術の1つになると位置づけている。

東芝のリチウムイオン二次電池「SCiB」

 今回開発した技術の特徴は、5分間で80%までの充電を可能にする超高速充電と、60℃の高温下において100サイクルの放充電後も容量維持率99.2%という長寿命特性を持つ点にある。

 環境省の温室効果ガス排出・吸収量算定結果によると、国内運輸温室効果ガス排出量のうち、自家用車が約3分の1、バスやトラック、重機などの商用車が約3分の1を占めているという。そのため、自家用車のEV化とともに、商用車のEV化の促進も大きな課題となっている。

 自家用車の電動化は、1回の走行距離が短いことや、駐車時間が長いため充電しやすい環境にあり、1回の充電で何回も乗るといった使い方が主流になる。高容量型リチウムイオン電池を適用しやすい環境にあり、これが自家用車の電動化を促進している。

 だがそれに対して、商用車の場合には、1回あたりの稼働時間が長く、稼働頻度が多いこと、寒冷地や暑い場所など過酷な環境での使用が求められること、長距離移動でも利用されるという背景から、従来型のリチウムイオン電池ではいくつかの課題があった。

 例えば、充電時間が長くなること、走れる時間が限られることに加え、繰り返し利用される頻度が高くなり、電池の寿命にも課題が生まれる。つまり、商用車の電動化には、これまで以上に急速充電が可能で、ハイパワー化の実現と過酷な環境下でも使える長寿命の電池が求められているというわけだ。

電池技術開発のトレンド。カーボンニュートラルに向けて産業機器・商用車の電動化が拡大しているという

 東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 シニアフェローの原田康宏氏は、「今回の技術を車載用として展開するには、50Ahや100Ahが必要になり、それに向けて大容量化する必要がある。電池を大きくしていくためには、まだ多くの検証が必要であり、まずは技術的ハードルが低い小型のエリアから始め、その次に技術的ハードルの高い車載をターゲットにしていくべきだと考えている。車載電池の事業化については、技術的進展を考え、電池事業部と相談しながら、そのターゲットが正しいのかを含めて検証していく。自動車メーカーを含めて、興味を持つメーカーがあれば一緒に進めたい」と語る。

 5分間という高速充電を生かせば、クルマに搭載する電池の量を少なくし、短時間で充電を繰り返して走行するといった使い方も可能になり、EV全体のコストを引き下げるといった提案も可能になる。また、低温や高温でも放充電できる性能をさらに高めることで、電化が難しいと言われていた地域や領域で利用することも想定しているという。

 東芝が開発した新たなリチウムイオン二次電池には、3つのポイントがある。

 1つめは、コバルトフリーであるという点だ。コバルトは、リチウムイオン電池用正極材料の構成要素として広く用いられているが、近年では需要が増加。資源産出国の偏在も一因となり、供給量が懸念されたり、サプライチェーンの不安定化やコスト上昇が課題となったりしている。また、採掘や精錬の際の土壌および水質の汚染、生物多様性の低下などの環境問題を引き起こすことも指摘されており、「東芝では、これらの課題解決の観点から、コバルトフリーな正極材料に着目し、開発を進めてきた」とする。

 今回開発した5V級高電位正極には、LNMO(Lithium Nickel Manganese Oxid)と呼ばれるコバルトフリーの材料を採用。対リチウム電極電位は4.7Vと、従来の正極材料よりも高く、電池の高電圧化とパワー性能向上が可能になる。

 また、今回の技術では、材料価格が高騰しているニッケルの含有量も少ないため、この点でもコストメリットが生まれるという。

5V級高電位正極はコバルトを含まずに電位が高いため、脱コバルト正極として注目されている

 2つめは、従来型の電解液を使用しながら、副反応として生じるガスを大幅に抑制している点だ。

 5V級高電位正極は、電極電位が高いため、電解液の分解によってガスが発生することが実用上の課題となっているが、今回開発したリチウムイオン二次電池では、電極の構成部材を改良することで、従来型の電解液を使用しながらも副反応を大幅に低減することができたという。

 5V級高電位正極は、安定している電位範囲を超えると分解や副反応が起きやすくなるほか、材料そのものの安定性にも課題があり、正極からの金属イオンの溶出や電解液との副反応が生じており、これを解決するために、電解液の高濃度化やフッ素化溶媒、イオン液体の適用など、電解液の酸化耐性を向上する試みが行なわれてきた。だが、電解液の安定性を向上させようとすると電気抵抗が上がり、パワー性能が低下するといった問題が発生し、解決にはいたっていなかった。

 東芝が開発した新たな技術は、正極の粒子表面を改質し、材料に含まれる金属の溶出をできるだけ抑制する技術と、負極表面において溶出イオンを無害化する技術を組み合わせることで、従来の電解液を使っても、ガス発生の大幅抑制に成功。

「5V級高電位正極によって電解液を分解するメカニズムを解析することで、正極粒子の表面で、電解液が分解され、ガスが発生する状況を捉えるとともに、正極から溶け出した金属が負極に作用し、ガスの発生をさらに促進していたことを突き止めた。材料には金属溶出しにくい結晶構造を持ったものを採用しており、電極表面をバインダー添加剤でおおうことで金属溶出を最小化している」という。

正極の粒子表面を改質し、金属の溶出を抑制するとともに、負極表面において溶出イオンを無害化

 3つめのポイントが、この技術を活用して試作したラミネート型リチウムイオン電池の負極に、東芝が独自に開発を進めているニオブチタン酸化物(NTO:Niobium Titanium Oxide)負極を採用している点だ。

 もともと酸化物系負極は、炭素系材料に比べて、充放電中の体積変化が少なく長寿命化が図れること、負極の金属リチウム析出を抑制でき、高い安全性を実現できることが特徴となっている。なかでもニオブチタン酸化物は、パワー特性に優れているほか、溶出した金属を負極上で無害化できる効果を高めることができるという。

「炭素系材料はリチウムが入ると体積が5~15%大きくなり、放電すると小さくなる。こうした動きが電池の劣化につながっている。酸化物系負極は、充放電を繰り返しても体積変化が少ないため、寿命を延ばすことができる。急速充電の繰り返し利用でも、電池の安全性を担保できる」とする。

 課題は負極の電位が高いため、電池電圧が低くなる点だが、安全性を担保する負極の電位は変えずに、正極電位を高めることで電池電圧を改善したという。

 試作したラミネート型リチウムイオン電池を使い、25℃の環境で、300回の充放電サイクル試験を行なったところ、大幅なガス抑制効果を確認でき、ガス発生による電池の膨張は見られなかったという。さらに、平均作動電圧は3.15V、大電流放電を示す時間放電率においても高い指標となり、先に触れた5分間で80%の急速充電性能や、60℃の過酷な環境での100回の充放電後でも容量維持率は99.2%という優れた寿命特性を実証。「傑出した性能を実現したと考えている」と自己評価している。

ラミネート型電池による充放電サイクル試験では、ガスの発生が抑制され電池の膨張が見られなかった
5V級高電位正極/ニオブチタン酸化物負極セルによる電圧・急速充電・高温耐久・高出力の実証実験
開発電池の性能比較

 また、ニオブに関しては、2018年6月からブラジルのCBMM、双日とともに安定調達や低コスト化に向けた取り組みを開始しており、2024年にはテストサンプルを出荷できる状況にある。今回の取り組みは、ニオブ材料の活用領域の拡大にもつながるといえる。

 東芝が市場投入しているリチウムイオン二次電池のSCiBと比較しても、「同等の急速充電性と耐久性、出力性能を持ちながら、酸化物系負極の課題であった平均作動電圧を、LFP(リン酸鉄リチウム正極)セルを用いたリチウムイオン電池と同等レベルに改善できた」とする。

 今回の技術が実用化すれば、SCiBと並ぶ、リチウムイオン電池の事業のもう1つの柱が生まれることになりそうだ。

東芝のSCiB