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トヨタ品質に鍛えられたKDDIのコネクテッドサービス、KDDI America岩永氏に海外戦略について聞いてみた
2024年3月4日 13:16
- 2024年2月26日〜29日 開催
グローバルに自動車メーカーへ対して通信サービスを提供する子会社を設立予定のKDDI
KDDIは、2月26日~29日にスペイン王国バルセロナ市で開催されたワイヤレス通信業界最大のイベント「MWC(Mobile World Congress)24」に出展し、同社のソリューションなどを展示した。
KDDIはMWC 24の初日に、ソニーとホンダのジョイントベンチャー「ソニー・ホンダモビリティ」のコネクテッドサービスの回線をKDDIが提供する回線を活用することが明らかにしたほか、先週にはトヨタ自動車(以下トヨタ)との提携強化が発表されるなど、自動車関連の話題が多く発表されている。
KDDIがこうした発表をMWCの前後に行なった背景には、今後同社が設立を予定しているコネクテッドサービスを自動車メーカーなどに対して提供する海外子会社の設立という動向がある。そのあたりの取り組みに関してKDDI America 副社長 岩永祐一氏にお話しを伺ってきた。
トヨタとの協業から始まったKDDIのコネクテッドサービス、ソニー・ホンダモビリティとの契約を発表
KDDIのコネクテッドサービスの取り組みは、元々はトヨタのコネクテッドサービスに対して、日本だけでなく、米国などの海外で通信サービスを提供する形で始まったと岩永氏。
両社が共同開発し、グローバル向けに設計された車載器とプラットフォームを海外展開する形になっており、まず日本でスタートした後、2019年から海外展開を開始し、今にいたっているという。すでに累計で2400万台に達しており、KDDIがグローバルに展開するIoT機器4550万台のうち2400万台が自動車なので、自動車がグローバルに展開していく上での鍵になっていることをうかがい知れる。
岩永氏は「トヨタさまと協業してきたことが、グローバルに展開していく上で鍛えられたという意味で重要なステップになった。トヨタさまとの協業がうまくいっているということで、海外の自動車メーカーさまも採用に踏み切っていただいた面があり、すでにBMWさまとの案件が決定している。今後は欧州の自動車メーカーさまとの契約を取りにいくべきだと社長にも言われており、それを加速する意味で、北米に海外子会社を設立し、そこをハブにしてグローバルのビジネスを展開していきたい」と述べ、KDDIがトヨタと海外に一緒に進出していったことが、他のメーカーからの注意を引き、あのトヨタが選んでいる通信事業者なら……という形でビジネスが加速している面があると説明した。
というのも、日本ではKDDIと言えば巨大通信事業者だが、通信事業者というのはどうしても「規制産業」(法律で規制されている電波などの免許を取得する必要があるビジネスという意味)であり、その関係でその免許を取得している国でのビジネスが中心になってしまう側面がある。これは別に日本の通信事業者だけがそうだという訳ではなく、米国やほかのアジアの国でもそうした傾向は強い。例えば、AT&TやVerizonは米国では巨大な通信事業者だが、よく北米に行く人は別にすると、日本での知名度はさほどではない。それが「規制産業」たる通信事業者の宿命だ。
このため、KDDIも岩永氏が副社長を務めるKDDI Americaのように海外の拠点を持ってはいるが、例えば端末メーカーとの交渉、北米の通信事業者とのローミング(日本で回線を持つユーザーが海外で海外の通信事業者に接続して利用すること)に関する契約交渉などが、以前は事業の中心だったと考えられる。
それを大きく変えたのがトヨタとのコネクテッドサービスの事業で、日本の自動車メーカーにとって重要な市場である北米で一緒にサービスを提供する過程で、新しいビジネスの可能性が見いだされていった、ということだ。
そして、現在北米にそのサービスを行なう子会社を設立する準備が進められており、今回そのスキームの一部としてソニー・ホンダモビリティとの契約が明らかにされ、北米ではその新子会社が提供し、日本ではKDDI本社が提供するという形になる。そして現在KDDI Americaが提供しているトヨタ向けのサービスもその新子会社に移管される見通しだ。
海外ではKDDIがMVNO事業者としてサービスを提供する形になる
といっても、KDDIが北米で自社の回線を提供するわけではない。というのも、先ほど述べたとおり、通信事業、なかでもセルラー回線のように無線を利用した通信は、その国の規制当局から無線免許を取得する必要がある。
厳密に言えば、北米では海外の企業が、無線免許を取得することは不可能ではない。過去には日本のソフトバンク・グループが子会社化したSprintが携帯電話事業を行なっていた(現在、SprintはT-Mobile USに吸収合併されており、ソフトバンク・グループは筆頭株主ではあるが一株主となっている)例もある。しかし、コネクテッドサービスを行なうためだけに、免許を取得して……というのは高コスト(米国では免許は入札で決定する)すぎて、ペイしないのは明らかだ。
そこで、KDDIは米国の通信事業者との協業で、仮想的にKDDIの回線を実現している。簡単に言うと、KDDIがサービスの仕組み(回線契約の処理など)を提供し、無線のハードウエアは北米の通信事業者のそれを借りるというものだ。通信業界の用語ではそうしたサービスをMVNO(Mobile Virtual Network Operator)と呼んでおり、北米や欧州などではそうした形で回線をトヨタやほかの自動車メーカーに提供していく。
岩永氏によれば「われわれは過去に米国でMVNO事業を行なっていたため、FCC(筆者注:連邦通信委員会、米国の無線通信規制当局、日本で言えば総務省に相当)の免許を取得しており、トヨタさま向けにはAT&T、ソニー・ホンダモビリティさま向けにはVerizonから回線をお借りしてサービスを提供する」との通りで、すでに米国の規制当局FCCに認証された通信事業者であるため、容易にMVNO事業を開始できたこと、すでに始まっているトヨタ向けにはAT&Tとの契約でサービスを提供しており、今後始まるソニー・ホンダモビリティ向けにはVerizonと契約してサービスを提供する計画だと説明した。なお、提供する通信事業者が異なるのは、自動車メーカーからの要件を検討してそれぞれ選んだ結果だと説明した。
トヨタに鍛えられたから海外に進出できるようになったとKDDI
KDDIは今回MWCに初めて出展し、さまざまなビジネスソリューションなどを展示した。これまでもKDDIはMWCに参加していたが、参加していたのは例えば携帯電話回線の規格策定する会議への参加など、通信事業者として世界の通信業界とコミュニケーションするという側面が強かった。しかし、今回はブースを出展し、さまざまなソリューションを展示するなどしており、どちらかというと実業として海外での事業を発展させていきたいという同社の意思を強く感じさせる出展になっていた。
KDDIにとって自動車向けのコネクテッドサービスの事業はその中核をなすもので、今後の同社海外事業の成否を左右するといっても過言ではないと思う。
すでに日本のトヨタとは実際にサービスを提供しており、ソニー・ホンダモビリティとの契約を得て、さらに日本や欧州の自動車メーカーでの採用を期待したいところだ。日本にも、欧州にも多数のグローバルにビジネスを展開している自動車メーカーが存在しており、そこにトヨタやBMW、そしてこれからはソニー・ホンダモビリティとの成果をひっさげて売り込みに行くというのは考えられる展開だ。
そして、以前よりも自動車メーカーがコネクテッドサービスの通信事業者を変えるのは容易になりつつある。というのも、すでに自動車側の通信機器は「eSIM」と呼ばれる、契約情報をソフトウエア的に実現する組み込み型のSIMカードに書き込むようになっている。このため、自動車メーカーが現在の通信事業者から他の通信事業者に乗り換えるのは以前よりもはるかに容易になっており、車載器のOTA(On The Air、回線経由のソフトウエアアップデートのこと)時にeSIMの設定を書き換えることで、別の通信事業者に乗り換えられる。
こうした自動車メーカーのコネクテッドサービスの多くは、自動車購入時に新車の料金に含まれていることが一般的で、通信事業者の選択は自動車メーカーが一括して行なう。つまり、自動車メーカーに満足してもらえなければ他の通信自動車に乗り換えられてしまう可能性は常にあると言える。
そこがKDDIにとってはビジネスチャンスではあるが、逆に言えば既存の契約を他の通信事業者に奪われるリスクでもある。KDDIの岩永氏は「自動車メーカーはベンダーロックインを嫌っており、よいサービスを提供しなければ他の事業者に乗り換えられるという危機感を常にもってサービスを提供する必要があると考えている。その意味で、トヨタさまに鍛えられていることはわれわれの強みになっており、今後も緊張感をもって取り組んで行きたい」と述べ、自動車メーカーが必要とするような回線品質を海外でも担保していくこと、それがKDDIの海外事業にとって大きなチャレンジになると説明した。
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