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ル・マン24時間レース、ACO公式会見 2028年が水素によるレース導入元年
2024年6月20日 18:40
2028年が水素によるレースの導入元年
14ものワークスチームが参戦した2024年のル・マン24時間の活況を、IMSA(国際モータースポーツ協会)会長のジョン・ドゥーナン氏は「もはやエンデュランスのゴールデン・エイジどころか、プラチナム・エイジだ」と形容した。
もちろん、ル・マンの地で行なわた会見だけにACO(フランス西部自動車クラブ)に対する社交辞令もいくらか含まれているだろう。とはいえ2024年の会見で際立ったのはその多士済々ぶりで、IMSAを代表するドゥーナン氏のほかにACOのピエール・フィヨン会長、FIA(国際自動車連盟)のエンデュランス委員会ディレクターのリシャール・ミル氏、同技術&セキュリティ担当ディレクターのグサヴィエ・メストラン・ピノン氏、2024年のル・マン24時間のグラン・マーシャルを務めたTGR-E副会長の中嶋一貴氏、FIA WEC統括ディレクターのフレデリック・ルキアン氏らが壇上に上がった。
何度かの延期を挟んだとはいえ、この席では2028年を水素によるレースの導入元年とするという言及がなされ、それがグローバル戦略のコンセンサスとして形成されつつあること、さらに結果的にそれは水素を用いてすでにレースが行なわれている日本の影響が大きいことを、うかがわせるものだった。
会見の冒頭、まず発表されたのはモチュールとの契約が新たに5年更新されたこと。続いてはスピリット・オブ・ル・マン賞の発表で、モータースポーツにおける女性の機会均等、地位向上をメッセージとしてWEC参戦を6年間続けているチーム「アイアン・デイムス」プロジェクトの発案者、デボラ・メイヤー氏に今大会のグラン・マーシャルを務めた中嶋一貴氏からトロフィーが授与された。アイアン・デイムスには10か国50名の女性ドライバーが参加し、カートやラリーにも才能ある女性たちが入って来るようになったと、波及効果を生み出し始めているという。
次にフィヨン会長とともに壇上でスピーチしたのはFIAエンデュランス委員長のリシャール・ミル氏。LMP2はWECにとって守るべき重要なカテゴリーで、現行レギュレーションの2027年までの延長と、今回のル・マン24時間後に2028年以降の新しいルール策定というアジェンダを示し、次世代ではエンジン排気量のダウンサイズと軽量化が図られる見込みという。
またハイパーカーについても、ホモロゲ―ションの持続化という現コンストラクターからの求めに応じて、これまでの2027年から2029年末まで、2年の延長に合意。ただし2025年からは、いちコンストラクターにつきWEC参戦には2台の登録を義務付けるという条件が加わった。いわば、持続的に幅広いチーム参戦を認め一定の出走台数を確保し、参戦コストを抑えつつも各チームがあっさりと離脱しづらいようにする方向性だ。
WECという世界選手権のハイパーカークラスへの水面下での引き合いは強く、40台を迎えることを検討しているという。アメとムチとは言わないが、現在の耐久シーンの盛況は各コンストラクターにとって資金効率のいい環境に支えられたものであって、メリットとデメリットの絶妙なリバランスといえるだろう。つまりは2028-2029年のハイパーカークラスは現在のLMH、LMDhに交じって水素ハイパーカーが混走する可能性がある。
さらには2025年のWECカレンダーも発表された。2月22日~24日がカタールでオフィシャル・プロローグ、同28日に第1戦カタール1812㎞でシーズンは開幕。4月20日に第2戦からは欧州ラウンドでイモラ6時間、5月10日に第3戦スパ・フランコルシャン6時間、6月14日~15日に第4戦ル・マン24時間となる。続いてはアメリカ大陸に舞台は移され、7月13日に第5戦サンパウロ6時間、9月7日に第6戦サーキット・オブ・アメリカ。2025年の第7戦、富士6時間は9月28日となり、11月8日のバーレーン8時間の第8戦が最後だ。
スプリントでも耐久でも水素がもっともスマートでエレガントな方法
この日、受賞者ではなく発表する側としてフィヨンACO会長とともに最後に会見に立ったのは、FIAの技術&セキュリティ担当ディレクター、グサヴィエ・メストラン・ピノン氏だった。水素に関して具体的なレギュレーションが形を成すのはまだ先の話で「研究段階」であるとはいえ、「モータースポーツの脱炭素化に向けて、スプリントでも耐久でも水素がもっともスマートでエレガントな方法であろう」とフィヨンACO会長は述べた。
同時に、ゼロエミッションでクリーンであるのみならず、今現在まで用いられている内燃機関をも、水素を燃料として走らせられる事実は欧州では相対的にまだ知られていないことも指摘する。フィヨン会長は2028年から水素が導入されたならば、技術面で飛躍的な進化を遂げるであろうこと、それは“発芽”といえるものになるとまで高く評価している。フィヨン会長が2023年のスーパー耐久富士24時間の場に視察に訪れたのは周知の話で、まだローカルな枠組みとはいえトヨタ自動車を筆頭に日本での水素社会におけるモータースポーツ像が念頭にあることは疑いない。
対してFIA側を代表するメストラン・ピノン氏は水素について、新しいレギュレーションを作るには常に実験的な枠組みが必要で、コンストラクターだけでなくサプライヤーなど自動車産業全体に敷衍させねばならない、と述べた。現在もスポーツとしての競技規則や車両規則、気体か液体か、水素の貯蔵方法といったインフラについての基礎的な研究は進めており、IMSA、FIAとの協調によって策定していくことを強調しつつ、年末までに、おそらくは恒例のACOの年末会見のタイミングまでにレギュレーションの大枠をまとめるという当面の時間軸も明らかにした。
アルピーヌの水素開発のチーフエンジニアも7月のスーパー耐久へ
以下は会見の後日譚だが、2024年のル・マン24時間ではスターターを元サッカー選手&監督のジネディーヌ・ジダン氏が務めた。彼は決勝スタートに先立って行なわれたデモランで、アルピーヌの水素プロトタイプ「アルペングロー」の助手席に収まり、アルピーヌのテストドライバーとコースを1周するパフォーマンスを披露した。お隣のドイツでユーロ2024が開幕するタイミングで、“フランス代表監督浪人中”と目される国民的英雄を登場させ、サッカーの話題と結びつける演出を繰り出すほどに、ACOとアルピーヌが水素の訴求に腐心している証左でもある。
そして展示中のアルペングローの前でインタビューに応じてくれたアルピーヌの水素開発のチーフエンジニア、ピエール・ジャン・タルディ氏はこうも証言した。「水素に関する技術や実践は、トヨタと日本が何といっても進んでいて、彼らはその知見やアドバイスを提供するのに非常にオープンです。おそらくモータースポーツのようなパフォーマンスを引き出す方向には、液体水素が向いているだろうという方向性も共有しています。レーストラックの上ではもちろんライバル同士ですけど、水素でスポーツができるようにする点では共通の目標をもっていて、そこは横の繋がりなのです。ですからル・マンの後にはトヨタの幹部がヴィリー・シャティヨン(アルピーヌ・レーシングの本拠地)に視察に来ますし、私も7月末のスーパー耐久、熊本に足を運ぶ予定です」。
いわば2023年のフィヨン会長に続いて、今や欧州車メーカーの実務者レベルでスーパー耐久詣でが始まっている。ル・マンとスーパー耐久、ジダンとアルピーヌにトヨタという点と線は、水素で繋がっているのだ。