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ル・マン24時間、握手してあいさつをしたトヨタ自動車 豊田章男会長とアスリートとして手を握れなかったモリゾウ選手

ル・マン24時間100周年のACOカンファレンスに登壇するトヨタ自動車株式会社 代表取締役会長 豊田章男氏(右)とACO会長 ピエール・フィヨン氏(左)

100周年を迎えたル・マン24時間レース

 6月11日、100周年のル・マン24時間レースが決勝レースを終えた。大きく報道されているとおり、結果はフェラーリの51号車 Ferrari 499P(Alessandro PIER GUIDI/James CALADO/Antonio GIOVINAZZI)が、TOYOTA GAZOO Racingの8号車 GR010 HYBRID(Sébastien BUEMI/Brendon HARTLEY/Ryo HIRAKAWA)との争いを制して優勝した。

 フェラーリにとっては、1965年のフェラーリ 250LM以来58年ぶりのル・マン制覇、通算10度目の優勝となる。

 ただ、この勝利についてはレース前から性能調整問題が話題を集めてきた。ル・マン24時間レースは100周年のため、6月1日からル・マンイベントを開始。その直前となる5月31日に、ル・マン24時間レースを含むWEC(世界耐久選手権)を統括するFIA(国際自動車連盟)のWEC COMMITTEEは、ル・マン24時間レース前には行なわないとしていたBoP(Balance of Performance)による性能調整をいきなり発表した。

 トヨタは1043kgから1080kgへ37kg増加して最も重いマシンとなったほか、今回優勝したフェラーリも1040kgから24kg増加して1064kgになるなどした。トヨタとフェラーリの重さの差は、3kgから16kgになったわけだが、これが何をもたらしたかは深く考える必要があるだろう。

 1つだけ言えるのは、この突然のBoPの事実はル・マン100周年の結果に付記されなければならないことだ。BoPについて言及せずにフェラーリの歴史的勝利について語るのは、戦いの実態を正しく表わしたものにはならない。ただ、BoPについて言及すればするほど迷路に入っていくような気がするのも事実。このBoPは、モータースポーツのファンの1人として、トヨタとフェラーリの歴史的な戦いに水を差す不要なものであったと感じる。

ル・マン24時間レースで最も格式の高いACOカンファレンスに、豊田章男会長が登壇

 このことを決勝レース開始前に強く指摘していたのが、トヨタ自動車 豊田章男会長になる。豊田会長は、ル・マン24時間レースを主催するACO(Automobile Club de l'Ouest、フランス西部自動車クラブ)から栄誉ある「スピリット・オブ・ル・マン2023」を受賞。ル・マン24時間レース前に行なわれるカンファレンスで最も格式の高い、「ACOカンファレンス」に特別ゲストとして登壇した。

 豊田章男会長はその席で、ル・マン24時間レースの100周年を祝うとともに、レースを通じてクルマを鍛えさせてもらったことへの感謝を述べた。しかしながら、なぜか「スピリット・オブ・ル・マン2023」の受賞式典は行なわれず、豊田章男会長は水素エンジン+ハイブリッドの「GR H2 Racing Concept」を世界初公開した。

 ACOのピエール・フィヨン会長は、ル・マン24時間レース前の富士24時間レースに来日しており、そこで2026年からの水素エンジン車参戦を可能とする発表をしている。ル・マンではトップカテゴリーになると明言しており、この豊田章男会長のGR H2 Racing Conceptは、どう考えてもそのルールに対応したものだ。ところが豊田章男会長は、2026年からの水素カテゴリーへの参戦も発表しない。それどころか、水素エンジン車に用いる水素ガスのメリットを語る際に、「Less BOP」と語り世界的に大きな話題となった。

 豊田章男会長は「Less BOP」と語る前に、一呼吸置き、さらに指を1本立てて次に語る言葉をとても強調していた。ある関係者によると、「Less BOPと語る前に指を立てたのは、『ただし』という意味があるんですよ」と語っていた。

「Less BOP」と語る直前の豊田章男会長(撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

 さらにカンファレンス後、トヨタのオウンドメディアであるトヨタイムズに「ル・マン24時間レース直前モリゾウインタビュー『これからもモータースポーツに必要なこと』」という記事も出た。

トヨタイムズ ル・マン24時間レース直前モリゾウインタビュー「これからもモータースポーツに必要なこと」

https://toyotatimes.jp/toyota_news/1032.html

 内容についてはトヨタイムズをご覧いただきたいが、自動車会社の豊田章男会長ではなく、1人のクルマ好き、ジェントルメンドライバーとしてモータースポーツに参加するアスリートとしての視点で、BoP問題について語っている。

豊田章男会長が、ピエール・フィヨン会長とリシャール・ミル FIA WEC委員長に伝えたこと

ピエール・フィヨン会長(右)と、リシャール・ミル FIA WEC委員長(左)

 実は豊田章男会長は、このインタビューと同じ趣旨のことをACOプレスカンファレンス後に行なわれた、ACOピエール・フィヨン会長、FIA WEC委員長 リシャール・ミル氏との会談で伝えているという。モリゾウというアスリートとして、「われわれがやっているのは『アスリートが戦うスポーツ』。それこそがモーター“スポーツ”。決して、メーカー同士の意地をむき出しにしたモーター“ポリティクス”ではない」と伝えたとのことだ。

 さらにその会談では、「スピリット・オブ・ル・マン2023」についても言及。「スピリット・オブ・ル・マン2023は、今回のBoPを決めたポリティシャン(政治を行なう人)にあげてくれ」と伝えたという。とはいえ、フィヨン会長にとりなされ、スピリット・オブ・ル・マン2023については受け取ったようだ。

 レース前にこれほどBoPについて豊田章男会長が言及したのは、それがレースの魅力をそぐことを強く理解しているからだろう。豊田章男会長は鈴鹿のファン感謝デーで語っていたように、第1回日本グランプリからレースを見続けている。もちろん育った環境もあるとはいえ、筋金入りのレースファンだ。当たり前だが、クルマにもとても詳しいため、クルマの動きに関するコメントも超一流。たまたまベルギーのWRCで一緒にコーナー観戦をしたことがあるが、豊田章男会長はクルマのインカットに着目。「インカット評論家」として、各選手のインカット走行について楽しくコメントしていた。

 決勝レースが終わって振り返ってみると、BoPによる性能調整がなければトヨタ対フェラーリの戦いがル・マン100周年でどれほどの伝説になったのだろうかと思う。6連覇を狙うトヨタ、それをはばむべく6連覇の記録を持つフェラーリが立ちふさがる。そこに近年のル・マンの最速記録を持つ小林可夢偉チーム代表ら若い力が絡んでいく。もちろん、そのような戦いは繰り広げられたが、結果的に「ルールにない突然のBoPによる性能調整」という“もやもや”は残った。

 ル・マン100周年を記念して行なわれているミュージアムの記念展示で、フェラーリ250シリーズの美しさに卒倒しそうになった身としては、250LM以来というフェラーリのル・マン制覇がもやもやしたものとして心に一定の位置を占めている。

 レースが終わって、改めてモーター“ポリティクス”ではなく、真のモーター“スポーツ”が見たかったのだと思った。

ACO会見で握手した豊田章男会長と、水素デモランでは握手をできなかったモリゾウ選手

レーシングスーツを着ているので、この姿はモリゾウ選手。前日の会見よりフィヨン会長との距離があるように見えた

 プレスカンファレンスの翌日、ル・マン24時間の決勝前に豊田章男会長はモリゾウ選手として水素GRカローラをデモランした。この水素GRカローラは、高圧水素を用いるタイプのもので、サルト・サーキットに水素エンジンの排気音を響かせていた。

 このとき、豊田会長はレーシングスーツ姿で登場。豊田章男氏は、常々「モリゾウ軸で考える」ということを語っており、レーシングスーツ姿のときは完全に1人のジェントルマンドライバーであるモリゾウ選手になっている。

 史上初めてレーシングスピードで水素燃焼エンジン車がル・マンを走るイベントだけにピエール・フィヨン会長も訪れていたが、モリゾウ選手としてはフィヨン会長と握手をできなかったように見えた。フィヨン会長が近くにいるときには後ろ手を組んでいるように見えた。自動車会社の豊田章男会長としてはル・マン100周年に協力して握手するが、1人のアスリートとしてはBoPの変更に納得できないということを、態度で表明していたのかもしれない。

なかよくフォトセッション

 カーボンニュートラルのマルチパスウェイを強力に推し進める豊田章男会長としては、100周年のル・マンで2026年からの水素カテゴリー参加を高らかに宣言したかったのは間違いない。しかしながらACOとFIA WECへの信頼は、モーター“ポリティクス”である直前のルール変更によるBoPなどで欠けてしまったのだろう。

 フィヨン会長は、スーパー耐久観戦のための来日時に「ル・マン24時間レースのレギュレーションは、常に自由と多様性を提唱してまいりました」と語り、自動車の発展にル・マン24時間レースは大きな役割を果たしてきたという。自由と多様性を提唱するル・マン24時間にとって、現在のBoPルールは観客にとってあまりに分かりにくいし、もやもやするものであるのは間違いないと言える。

 101年目となる次のル・マンでは、今回見られなかった自動車の未来につながるモーター“スポーツ”としての戦いを望みたい。

モリゾウ選手として、アメリー・ウデア=カステラ スポーツ・オリンピック競技大会・パラリンピック競技大会大臣(左)、モハメド・ビン・スライエム FIA会長(右)とも談笑