ニュース

トヨタ「液体水素カローラ」のオートポリス戦は富士24時間のリベンジ 先端開発環境でトラブル解消と航続距離の実証へ

マイナス253℃の液体水素を燃料にして走る液水カローラ。LH2ICE車という世界でも最先端のカーボンニュートラル車両

トヨタ「液体水素カローラ」を最先端のクルマ開発環境で鍛える

 7月27日~28日の2日間にわたって、スーパー耐久第3戦がオートポリス(大分県日田市)で開催され、28日には5時間耐久レースの決勝が行なわれる。このスーパー耐久レースには開発車両が参加可能なST-Qクラスが設けられており、未来へ向けてのカーボンニュートラル燃料使用車両などについて、問題点を洗い出しながら耐久レースという場で開発を行なっている。

 その代表的なクルマがTOYOTA GAZOO Racingが手がける液体水素カローラ(液水カローラ)。マイナス253℃のLH2(液体水素)を燃料とし、ICE(Internal Combustion Engine)で燃やして走る、いわゆるLH2ICE車になる。世界的にも最先端の開発となるが、トヨタはこのLH2ICEに市販化の可能性を見いだしており、ルーキーレーシングから32号車 ORC ROOKIE GR Corolla H2 conceptとして参戦。ドライバーもモリゾウ選手こと豊田章男会長、佐々木雅弘選手、石浦宏明選手、小倉康宏社長とプロやジェントルマンドライバーで構成し、多様な角度からクルマの仕上げを行なっている。

TOYOTA GAZOO Racing カンパニー プレジデント 高橋智也氏(中央)、同 GR車両開発部 先行開発室長 三好達也氏(右)、同 水素エンジンプロジェクト統括 主査 伊東直昭氏(左)

 開発体制も最先端と言えるもので、レース現場と社内の開発部隊を直結。ブレーキトラブルに見舞われた富士24時間レースでは、社内の開発部隊がプログラムを行なってレース現場に転送。レース現場では、その最新プログラムをクルマにインストールし動きをチェック、すぐに開発部隊にフィードバックするという姿を見ることができた。ある意味、現在のF1ではあらかじめ開発した内容で勝負するのに対し、スーパー耐久ST-Qクラスではレースをしながらの開発が可能となっている。最先端のクルマ開発環境が日本にあるのだ。

楕円タンクによる1.5倍の航続距離を実証するのがオートポリス戦

 液水カローラが第3戦オートポリスで挑むのが、楕円タンクによる1.5倍の航続距離を実証すること。これまで液体水素のタンクに使っていた丸形の真空二重槽を、異形楕円タンクとして容量を増やしたことによる航続距離を実証していく。この楕円タンクは容量が220L、水素量が15kgのもので、これによる航続距離の延長を5時間レースで確認していくとしている。

 富士スピードウェイでは30周で約135kmの航続距離としていたが、オートポリスは富士スピードウェイの4.563kmより長く4.674km。アップダウンも大きく、燃費的にはきついコースとなる。トヨタ 水素エンジンプロジェクト統括 主査 伊東直昭氏は、「円形タンクでは6回の充填回数が、約1.5倍の航続距離ということになり4回まで減る。これはST-5のクルマと同等になる」と語り、1周のタイムは速いが、レースではピットイン回数で負けてしまう32号車の成績を大幅に改善できるという。

ただし、今回のオートポリス戦ではST-5クラスは参加していないため、昨年のST-5クラスのデータを仮想データとして用いることで、液水カローラの進化を検証していく。1充填の周回数としては、コース長が富士より長いことから30周未満としており、実際のデータをここで集めていく。

 この液水カローラは直噴エンジンを用いるため、常圧の液体水素を気体水素とし、さらにその気体水素を昇圧して直噴に必要な圧力を生み出している。そのために必要なのがマイナス253℃で動作する昇圧ポンプ。トヨタは内製でこのポンプを製作しており、動作時間も24時間以上へと改善。富士24時間レースでポンプ無交換を実証しようとしていた。

 しかしポンプとは無関係のブレーキトラブルで24時間連続動作への挑戦は持ち越し。この5時間レースに持ち込むにあたっては24時間の稼働を確認した状態で、5時間無交換へと挑む。レースという極限状態でのポンプ稼働を確認していくことになる。

富士24時間で発生したブレーキトラブルは、根本原因までさかのぼって解決

 では、富士24時間レースで液水カローラの挑戦を阻んだブレーキトラブルとはどのようなものだったのだろう。TOYOTA GAZOO Racing カンパニー プレジデント 高橋智也氏や伊東氏によると、ABSアクチュエータの電圧変動によるものだという。ABSアクチュエータの中にポンプがあり、ポンプが動く度に電圧変動が起きる。この電圧変動の下限がフェール値を下回っていたために、フェールセーフが働いてしまっていたという。

 液水カローラをレースカーとして仕立て上げるときに、さまざまな機器、さまざまな配線を行なうが、特別仕立てのクルマであるがゆえに配線が適切でなかったとのこと。電圧変動対策としては、一般的にはキャパシタをかますなどして変動を吸収するということを行なうが、根本原因にさかのぼって電圧変動を問題ないものにしたという。つまり、その辺りを設計し直したということだ。

 高橋プレジデントは、このようなことが起きてしまった原因について、「ブレーキ部品など、それぞれのところを見る人はいたが、ブレーキシステム全体を見る人がいなかったこと」と語り、「ブレーキシステム全体を見る人を新たに増やした」という。複雑なシステムの個別最適の集合が、ドメイン最適ではないという例であるとし、「システムを見られるエンジニアの養成が今後は必要」だという。

 クルマは今後ソフトウェア領域が増え、ハードウェアとソフトウェアをどのようなドメインで切り分けていき、どのような界面でやり取りを発生させていくかという問題に直面している。

 たとえば、この液水カローラでは市販カローラと異なり、ソフトウェアで入力と出力の比を設定可能なKYB(カヤバ)のモータースポーツ向け電動パワーステアリングが採用されている。ある意味、SDV(Software-Defined Vehicle、ソフトウェアデファインドビークル)的なマシンとなっており、多くの先行開発が行なわれているのかもしれない。TOYOTA GAZOO Racingはクルマの開発手法についての問題点も、モリゾウ選手のいう「期限のある開発」「納期のある開発」で洗い出しを行なっていることになる。

一般参加のパレードランでお手振りをする高橋GRカンパニープレジデント。やや「くま吉」っぽさを感じるのは気のせいか?