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マイナス253℃の液体水素で走るトヨタ「液体水素カローラ」、日本の暑い夏により富士24時間のリベンジならず
2024年7月29日 12:20
富士24時間のリベンジを狙った液水カローラ
大分県日田市のオートポリスで、スーパー耐久第3戦が7月27日~28日の2日間にわたって開催された。オートポリス戦の5時間耐久レースには、マイナス253℃の液体水素で走るトヨタ「液体水素カローラ(液水カローラ)」がエントリーし、富士24時間から投入した航続距離が約1.5倍になるという異形楕円真空二重層液体水素タンク、24時間以上稼働するというマイナス253℃で動作する液体水素ポンプなどの実証をする予定だった。これらは、富士24時間レースでブレーキまわりのトラブルにより実証できなかったもので、トヨタの開発陣は富士24時間レースのリベンジと位置付けていた。
27日の予選では大きなトラブルはでなかったものの、28日の決勝レースでは走行中に複数のトラブルに見舞われ、結果的にはリタイヤ。その原因の一つは日本の暑い夏に由来するもので、レース中にもかかわらずTOYOTA GAZOO Racing カンパニー プレジデント 高橋智也氏らが会見を開いて説明を行なった。
まず大前提として、マイナス253℃の液体水素を用いる液水カローラでは水素まわりに関連するトラブルが心配されるが、水素まわりのトラブルは富士24時間レースでも、オートポリス戦でも発生していない。マイナス253℃の液体水素についてトヨタの技術陣は、なんとか技術の手の内化を始めているように見える。
よく水素は爆発するから危険だと言われるが、逆に言うと爆発力のないものでは2トン近くもあるクルマを100km/h以上で走らすことはできない。質量×速度の2乗(式を導く際に積分が使われるため1/2という定数がつく)が運動エネルギーだが、これだけのエネルギーを与えるためには、相当な爆発力が必要だ。
ガソリンがクルマの燃料として使われているのは、膨大な爆発力を持つためで、それを多くの人が危険と思わないのは「技術を手の内化」できていることによる。普通の人がセルフで給油できるなど、ガソリンの扱いは日常風景になっている。
バッテリEVで使われているリチウムイオンバッテリも、燃えたりして危険と書かれることがあるが、エネルギー密度的にはガソリンに遠く及ばない。それこそガソリンとは桁の違うエネルギー密度の低さで、それがモビリティとしての効率のわるさにつながっている。そのため極論とはなるが、バッテリはもっと大きな爆発をするくらいに危険にならなければ効率の悪化を招くだけで、その危険になったバッテリを手の内化する技術が必要になる。
体積エネルギー密度
圧縮気体水素(35MPa):767Wh/L
圧縮気体水素(70MPa):1290Wh/L
液体水素(LH2):2330Wh/L
石油系(ガソリンなど):約9600Wh/L
リチウムイオンバッテリ系:約700~600Wh/L
質量エネルギー密度
圧縮気体水素(35MPa):39,400Wh/kg
圧縮気体水素(70MPa):39,400Wh/kg
液体水素(LH2):39,400Wh/kg(気体にして使用するため、圧縮気体と同じ)
石油系(ガソリンなど):約12,800Wh/kg
リチウムイオンバッテリ系:約250Wh/kg
(参考文献:GSユアサ 再生可能エネルギーの大規模導入に対応するためのエネルギー貯蔵・輸送技術[PDF])
一方、水素は質量エネルギー密度で、ガソリン系の約3倍エネルギーがあり効率は素晴らしくよい。重量的なメリットにより昔からロケットに使われており、これ以外の選択肢はないというエネルギーだ。
では、なにが問題かというと、体積エネルギー密度がガソリン系に比べて劣ること。70MPaという超高圧で圧縮してもなかなかの体積となるため、それをマイナス253℃で液化することで体積効率を改善しようとしているのが液水カローラになる。つまり、体積を気にしなければ優秀なエネルギーで、Lクラスのセダンや中大型トラックなどはすでに実用化が始まっているのはご存じのとおりだ。
ちなみに、現在のバッテリは体積・重量ともエネルギー密度的には今3つくらいで、さらに燃料と違ってエネルギーを使っても重量が減らない。燃料であれば使えば減るので、重量メリットは単純計算で2倍になる(F1レースなどで、後半にラップタイムが上がるのはそのため)というメリットがある。効率的なモビリティ社会を築くためには、バッテリはさらにエネルギー密度を上げ(危険性を上げ)、その危険性を抑え込む技術開発が待たれている。
やや、遠回りしてしまったが、水素=危険で怖いではなく、水素=危険だからこそエネルギーとしての可能性が危険度に比例してあり、その危険性をコントロールする技術の手の内化が大きなビジネスチャンスになる。トヨタの液水カローラは、トヨタ自動車の会長でもあるモリゾウ選手がドライバーとしてエントリーすることで技術の手の内化を分かるようにしており、モリゾウ選手がドライブすることで、文字どおり体を張って世界中に水素技術の手の内化を見える化している(液体水素タンクを背負って走っているドライバーに「水素もマルチパスウェイの一つ」と言われると、反論の術はあまりない)。
日本の暑い夏が液水カローラに襲いかかる
では、水素まわりに問題が出なかった液水カローラは、何が問題で富士のリベンジができなかったのだろう。高橋GRカンパニープレジデントによると、その問題の一つは液水カローラだけに新設されている48Vの電源ラインにあるという。
液水カローラでは、GRヤリス用G16E-GTS型エンジンの直噴インジェクターをデンソー製の直噴水素インジェクターにコンバージョンし、LH2(液体水素)を燃料とし、ICE(Internal Combustion Engine)で燃やして走る、いわゆるLH2ICE車を成立させている。
その際のキーデバイスとなるのが、直噴に必要な圧力を作り出す液体水素の送り出しポンプ。このポンプに48Vの電源ラインが使われている。
通常、トヨタの市販車においては(トヨタでなくてもだが)12Vの電源を使用している。トラックなどでは24Vが使われていることがあるが、この48Vは水素ポンプの駆動用に設けた新たな電源ライン。通常の市販車には搭載されておらず、液水カローラのために新設されている。
この48V電源ラインの発電機であるオルタネータ(エンジンの回転を利用して発電する)の発電電圧が低下。結果としてポンプ駆動に問題が発生し、走り続けることができなくなった。
トヨタ側ではこの問題を熱によるものと見ており、走行風を導く対策などをしているようだったが、発電電圧低下解消のために部品交換。1時間ほどピットストップ後に走り出した。この段階で、48Vオルタネータに起因する問題はいったん解決、順調にラップを刻み始めた。
しかしながらレース最終盤、再び液体水素カローラは停止。異常燃焼現象が発生したとのことで、ピットレーンに停止してゴール時刻を迎え、結果的にリタイヤとなった。
後者の解析はこれからだが、前者の発電問題についてはトヨタとしては熱を疑っているようだった。
一般的に電気関連の部品は冷やせば冷やすほど性能がよくなる。温度が上昇すると原子がより振動するため、それが抵抗として現われ性能が低下していく。その逆が超伝導現象で、極低温になると電気抵抗ゼロの世界が出現する。
オルタネータはエンジンの回転力を利用した発電機であるため、特殊なものでない限り、永久磁石と電線が巻かれたコイルで成り立っている。電線のほか、永久磁石も熱に影響される部品の一つで、磁石の素材によって温度上昇にともなって減磁の起きるものや、温度低下にともなって減磁の起きるものがある。
今回の48Vオルタネータは市販のカローラでは用いられておらず、液水カローラだけで用いられたものであるため、取り付け位置などによるトラブルが発生したと思われる。
5月の富士24時間では出なかったトラブルが、7月の灼熱のオートポリスでは出てしまう、これがレースの怖さであると同時に、それを見ることのできるST-Qクラスの「公開開発」というコンセプトの素晴らしさでもある。
最終的にリタイヤを決めたのは、これまでコントロールできていた異常燃焼の発生だが、富士24時間では起きなかったトラブルが、オートポリスで出てしまった理由としては日本の暑すぎる夏があるのは予測されるところだ。
オートポリスも予選日は雨が降ったり曇ったりしていたものの、決勝日は快晴。気温も自分の手元時計で36℃を超え、路面温度は容易に40℃を超えていたものと思われる。路面に詳しい人によると、決勝レースのスタート時は気温30℃で路面温度は40℃。13時半ごろには気温31℃で路面温度45℃を記録していたらしい。
前回はブレーキ系統の電気設計の問題によって、水素関連の性能実証ができなかったが、今回は発電関係の問題によって水素関連の性能実証ができなかったことになる。
高橋GRカンパニープレジデントは、「今後の課題は、まさに今まで起こっていた電源系とか、想定していなかったことがたくさん起こり始めています。その原因はこれから解析しますけど、水素ポンプの耐久性が上がり、水素が完全に近づけば近づくほど、今まで水素が一番厳しいと思っていたのですけど、実はほかのところで、水素が完成してくると、ほかのところが厳しくなる、みたいなことがこれからも起こってくるのだろうと思ってます」と表現。これまでは水素関係のトラブルを克服してきたが、水素まわりがよくなるほど、ほかのところでトラブルが出てくるという生みの苦しみを味わっているようだ。
高橋プレジデントは、「もういろんなところにメスを入れてかないと、いいクルマになっていかないと改めて感じている」と語り、さまざまな対策を打っていくことを示唆した。
また、トヨタが水素自動車の開発にあたって見すえていることとして高橋プレジデントは、「モリゾウさん(豊田章男会長)ともこのあいだお話をした中で、僕らは毎戦毎戦完走を目指して戦うのですが、決してそこがゴールじゃないよね。長いシーズンであり、将来的にここでやっていることをお客さまにお届けするというのをゴールと捉えると、一戦一戦いろいろあるけどそこで一喜一憂するのではなく、しっかり地に足を付けてモータースポーツを起点としたクルマ作りをやっていくのが大事」と語り、市販化を見すえて本気で取り組んでいる姿勢を示した。
液水カローラらしい、熱を活かした新しいクルマの世界を
高圧水素カローラがモータースポーツシーンに登場したときにも驚いたが、マイナス253℃の液体水素を燃料に使う液水カローラが、わずか2年後にサーキットを走り出したときにはさらに驚いた。
そのときの記事にも書いたが、マイナス253℃を、800℃以上の燃焼室で燃やすなど、ロケットや最先端化学プラントなみに約1000℃の温度差をコントロールするのがLH2ICE車になる。トヨタはこの温度差を使ってCO2の吸着回収への挑戦を始めていたり、将来的にマイナス253℃を使っての超伝導モーターの導入を見すえていたりする。
でありながら、36℃の日本の夏により48Vのオルタネータにトラブルが発生するなど、温度差をうまくエネルギーとして活かしきれていなように見える。これだけの温度差があればペルチェ素子による発電も可能だし、そもそも水素発電を行なうFC(燃料電池)スタックもトヨタは技術として手の内化している。
マイナス253℃の極低温を活かしたサーマルラインでオルタネータを冷やすこともできるだろうし、極低温、低温といったサーマルでゾーニングすることで、新しいクルマのパッケージも浮かび上がってくるだろう。
実際、トラブルの起きているピットまわりでは、液水カローラを応援にきたデンソーの人がモリゾウさんに「あ、いい人が来た」とピットの中に連れ込まれていく(今回の、オルタネータはデンソー製ではない。そもそも、このような使い方が想定されていない車載用製品とのこと)姿も見かけた。
高橋プレジデントの言うように、液水カローラは水素まわりの技術が手の内に入り始めた段階にあり、さらなる挑戦を安定的に続けて行くには、電源まわり、熱まわりを再度見直し、新しいクルマの姿を提案していく段階にあるのではないだろうか。
液水カローラの挑戦をはじき返すほど、オートポリスの夏は暑かった。