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トヨタが開発着手した液体水素自動車の可能性 ラジエータレス車や超伝導FCEVまでも視野に入れていた!!

液体水素カローラの重要な開発項目となっている液体水素燃料タンク部

スーパー耐久開幕、液体水素GRカローラは第2戦富士24時間から

 トヨタ自動車は3月18日、スーパー耐久開幕戦鈴鹿が開催されている鈴鹿サーキットにおいて水素に関する記者会見やラウンドテーブルを実施した。これは本来、この開幕戦から投入する予定だった液体水素を燃料とした世界初の液体水素レーシングカー「GR Corolla H2 concept」(以下、液体水素GRカローラ)参戦に合わせたもの。しかしながら、液体水素GRカローラは既報のとおり水素漏れによる火災からの修復が間に合わず、第2戦富士24時間(5月26日~28日開催)からの投入となった。

 鈴鹿には液体水素GRカローラが登場しないという残念な状況になったわけだが、その分だけ記者会見やラウンドテーブルでは、液体水素の持つ可能性、液体水素自動車の可能性などが明らかになった。現在は夢みたいな話が多いが、トヨタは仲間作りをしながら「意思ある情熱と行動」で水素社会を引き寄せようとしているし、そのために多くの開発リソースを投入している。

車載用液体水素システム

 そもそもトヨタが作ろうとしている液体水素自動車は、どのような構造になっているのか? 何を開発して、何をしようとしているのか、会見やラウンドテーブルを通じて分かってきたことや、見えてきたことをお届けする。

トヨタがこれまで開発してきた圧縮水素自動車の構造

 トヨタが開発する液体水素自動車だが、この2年間スーパー耐久のST-Qクラス参戦を通じて開発してきたGR Corolla H2 concept(同じエントリー名だが、こちらは気体の水素を用いる水素GRカローラ)がベースとなっている。

 これまで開発してきた水素GRカローラ、水素GRヤリスは、すでにFCEV(燃料電池車)で市販化・実用化されている新型「MIRAI(ミライ)」の水素燃料供給技術をベースに、直噴技術を持つ世界初の水素燃焼エンジンに挑んだものになる。

 ミライの水素燃料供給技術は、ガソリンと同様に燃える燃料である水素をクルマというパッケージで成り立つようにするためのもので、ガソリンと比べ体積エネルギー密度で劣る水素を圧縮。コンパクトにため込んでいる。

 その圧力は70MPa。大気圧の700倍となる700気圧をかけ、水素の体積を450分の1までに圧縮する。トヨタはこの70MPaの圧縮水素技術を手の内化。ミライのタンクとして量産している。

 水素GRカローラ、水素GRヤリスは、このミライのタンクを後部座席、ラゲッジルームに積み込み、内燃機関部分を開発してきた。ガソリンGRヤリスに搭載されているG16E-GTS型エンジンのインジェクター部などを変更。2年間の開発によって水素燃焼エンジンはガソリンエンジン同等の224kW(304PS)/370Nm(37.7kgm)を発生するものになっている。

 ただし、この圧縮水素GRカローラの欠点は、70MPaと超高圧に圧縮した水素であっても、体積エネルギー密度がガソリンに比べて低いことにある。温度によって異なるのだが、70MPaの圧縮水素の体積エネルギー密度が1290Wh/L程度に対し、ガソリン系は体積エネルギー密度が9600Wh/L程度とされている。そのため、後席とラゲッジルーム一杯に圧縮水素を積んでも、富士スピードウェイで10周程度の航続距離(ただし、ほぼ全開走行)となっている。

 トヨタはこの2年間、後半部に搭載する圧縮水素タンクなど市販車の技術を流用し、主に前半に搭載する水素燃焼エンジンの開発をしてきたことになる。

液体水素の燃料としての可能性

 トヨタが2023年シーズンから開発をしていく液体水素GRカローラは、これまで2年間開発してきた水素燃焼エンジンに、液体水素燃料を組み合わせるものになる。燃焼自体は液体水素燃料を気化した気体の水素を用いるため、水素燃焼エンジンなど車両の前半部はこれまでのGRカローラを流用する。

 液体水素燃料を用いるのは、70MPaの圧縮水素に比べて体積エネルギー密度が高まるため。簡単に言えば、よりコンパクトに大量の水素を搭載でき、航続距離を延ばせるのがメリットになる。

 水素の物理特性として、気体から液化することで体積が約1/800になる。ただ、これまでに比べて800倍搭載できるわけではなく、70MPaの圧縮水素では体積が1/450となっているため、約1.7倍の搭載容量となる(つまり、70MPaの圧縮水素も素晴らしい技術であることが分かる)。

 具体的な搭載量としては、従来がミライのタンク4本を搭載して180Lだったのに対して、液体水素を148L搭載。この148Lの液体水素を気化しながら使っていく。

 話はそれるが、液体水素の燃料としての可能性について整理しておきたい。世の中にはいろいろなエネルギー源があるが、モビリティのエネルギー源の可能性を語る指標として大切なのが、体積エネルギー密度(Wh/L)と質量エネルギー密度(Wh/kg)。1Lあたり、もしくは1kgあたりにどのくらいのエネルギーを備えているのかという指標になる。

体積エネルギー密度

圧縮気体水素(35MPa):767Wh/L
圧縮気体水素(70MPa):1290Wh/L
液体水素(LH2):2330Wh/L
石油系(ガソリンなど):約9600Wh/L
リチウムイオンバッテリ系:約700~600Wh/L

質量エネルギー密度

圧縮気体水素(35MPa):39,400Wh/kg
圧縮気体水素(70MPa):39,400Wh/kg
液体水素(LH2):39,400Wh/kg(気体にして使用するため、圧縮気体と同じ)
石油系(ガソリンなど):約12,800Wh/kg
リチウムイオンバッテリ系:約250Wh/kg

(参考文献:GSユアサ 再生可能エネルギーの大規模導入に対応するためのエネルギー貯蔵・輸送技術[PDF]

 ぱっと見て分かるのが、ガソリンなど石油系は体積エネルギー密度、質量エネルギー密度ともに優れており、理想的な燃料であることだ。とくに体積エネルギー密度は抜群で、同じ体積なら液体水素の4倍程度の爆発力を持っていることになる。つまり、石油系はそれだけ危険なわけだが、歴史的な開発の積み重ねで自動車会社はガソリンの扱いを手の内化している。

 一方、水素の優れるのは質量エネルギー密度。同じ重量ならエネルギー量も多く、その圧倒的な軽さというメリットから宇宙ロケットの燃料として使われている。ただ、体積エネルギー密度がガソリン系に比べて大きく劣るほか、質量エネルギー密度に優れていても燃料タンクの構造が複雑になることからパッケージとしての重量ではアドバンテージが縮む。

 さらに石油系のよさは、取り扱いに優れること。常温・常圧で液体であり、超高圧の圧縮気体水素、マイナス253℃という極低温の液体水素の扱いに比べたら、コントール性もはるかに容易だ。

 ただ、単純な石油系燃料は二酸化炭素排出量の関係で未来は閉ざされている。カーボンニュートラル化を図る必要があり、現在の技術的チャレンジがある。

 一方、バッテリEVで利用されているリチウムイオンバッテリは、急速に技術開発が進みつつも、体積エネルギー密度・質量エネルギー密度は石油系に比べて劣る。とくに、質量エネルギー密度は厳しい状況にある。しかしながら、ガソリンや水素に比べすぐに電気エネルギーを取り出せるなどのメリットが存在する。現在普及が進むが、全固体電池など質量エネルギー密度を改善する技術的ブレークスルーが期待されている。もちろんエネルギー密度が上がることは爆発力の増大にもなるため、その危険をコントロールする技術も必要になるのは間違いない。

 そのほか、水素のメリットとして挙げられているのが、地域偏在がないこと。石油系はご存じのように産油国の動向に左右され、希少金属を大量に使うバッテリは希少金属産出国の動向に左右される。水素であればごろごろ転がっている(浮いている)ため地域偏在の問題はない。安価に濃縮生産することが求められている。

 寄り道が長くなったが、石油系の燃料はとても優れているのは間違いない。そのため歴史的にクルマ(ガソリンや軽油)、船(軽油)、飛行機(ケロシンなど灯油系)などモビリティ燃料の王者として使われてきた。しかしながら脱炭素により今後は単純に使うことができなくなり、みんながその先の回答を探し、技術開発をしている状態といえる。

 トヨタは、バイポーラニッケル水素電池や全固体リチウムイオン電池などの電動化、カーボンニュートラル燃料、水素と、さまざまな技術開発を行なっており、さらに圧縮気体水素に加え、液体水素を手の内化するためのチャレンジに乗り出したという構図だ。

トヨタがこれから開発していく液体水素自動車の構造

液体水素GRカローラのシステムブロック

 液体水素はマイナス253℃の低温になるため、トヨタが独自開発した真空二重槽を燃料タンクとして使用。この燃料タンクは断熱性に優れた魔法瓶と同じ構造のタンクであり、ここからトヨタが独自開発した極低温対応のポンプで圧縮しつつ液体水素を取り出し、やはり新開発の熱交換器に送り込む。この際に、液体水素を新開発のポンプで10MPa以上に圧縮、昇圧した液体水素を熱交換器に送り出している。

 その圧縮された液体水素は、熱交換器で温められ気体になる。温める熱にはエンジンで発生した熱を用いており、LLC配管によって後方まで導かれる。この熱をうまく利用するのが、液体水素GRカローラの技術的ポイントになる。

 ここで熱せられ0℃前後まで上昇した気体の水素を前方に導き、水素燃焼エンジンに直噴している。直噴のため、噴射する水素については10MPa以上の圧力がシステムとして必要になっている。

真空二重槽の液体水素タンク
極超低温で動作する液体水素昇圧ポンプ
液体水素気化器。熱源はLLC、つまり内燃機関エンジンの熱だ
気体水素圧力チャンバー。クルマはアクセル操作が頻繁なため、水素バッファを用意する

 圧縮水素時代のGRカローラでは、70MPaのタンクから圧縮された気体の水素を導き圧力を調整(減圧)していた。そのため、タンクの水素が10MPaを切ってくると、水素を直噴用に取り出せず(昇圧機構がないため)、結果としてタンクの水素をすべて使うことはできなかった。そんなところも、航続距離の問題につながっていた。

 一方、液体水素タンクではポンプがあり昇圧できるため、空タンクまで水素をくみ出すのが容易になっている。とはいえ現実では液体水素を空タンクまでくみ出せているわけではないので、そこも今回の技術開発ポイントになる。

 トヨタでは、圧縮気体水素を液体水素化することで約1.7倍の航続距離を得られ、最後までうまく使うことで約2倍の航続距離を目指すとしている。世界初の開発項目が並ぶが、液体水素GRカローラでは主に車体後半部の液体水素が大きな開発ポイントになる。

マイナス253℃の液体水素があることで、広がる水素自動車の可能性

 マイナス253℃の極低温熱源があることで、液体水素自動車には水素燃焼以外の新しい可能性が広がっている。まずはクルマの冷却ユニットを減らせる可能性があることだ。エンジンでガソリンなどの燃料を爆発させる内燃機関のクルマは、一般的にエンジンの熱が大量に発生するため、ラジエータやオイルクーラーといった各部を冷やすためのデバイスが付いている。

 マイナス253℃の液体水素を昇温して使う必要のある液体水素GRカローラは、その昇温機構とこれまで必要であった冷却機構を相殺できる可能性がある。実際、今回トヨタが新たに開発した液体水素の熱交換器は、LLC(Long Life Coolant、ロング・ライフ・クーラント:ラジエータの冷却液)が使われており、エンジンの熱で温まったLLCから熱を奪っている。ラジエータ以上に熱をコンスタントに奪えれば、ラジエータは不要となる未来がある。

 また、エアコンなどの動作のためにコンプレッサーがクルマには搭載されているが、冷却は液体水素から、加熱は水素エンジンからというように熱をうまく使えれば、送風などの役目はあるものの、これまでよりもエンジン負荷をさらに下げることができるはず。レイアウトや配管など大幅に考える必要はあるが、この辺りも将来の開発ポイントだろう。

 とくにラジエータがなくなれば、これまでのクルマのデザインを根本的に変えることができるようになる。ボンネットを低く抑えることができ、前面投影面積の減少や導風路の廃止など大幅な空気抵抗の削減につながる。エコでかっこよくて、視界のよい安全なクルマになる。もちろん液体水素タンク関連の補機類は増えるが、内燃機関まわりの補機類は減り、将来的なコストダウンも狙えるかもしれない。

 さらにマイナス253℃、エンジンからの廃熱800℃という巨大な熱的不平衡を持つクルマは、そこに膨大なエネルギーが存在することを示している。誰でも思いつくのは熱を電気に変換するゼーベック効果の応用だろう。すでに水素から発電できる燃料電池スタック技術を持つトヨタにとって、どの程度の魅力的か分からない発電方法だが、熱エネルギーの巨大な不平衡を使った効率的なクルマ作りは、自動車にとって新たなチャレンジになる。

 そしてマイナス253℃という極低温は、新たな利用を想像させる。そう、絶対零度(マイナス273.15℃)で生じる超伝導だ。超伝導になれば電気抵抗はゼロになるとされており、各種電機部品への革命も生じる。絶対零度環境は一般的には難しく、現在は超伝導の発現温度をできるだけ引き上げる開発が続いている。マイナス253℃という極低温が身近にあり、さらにそれを温める必要があるならば、発現温度引き上げ競争の続く超伝導を内燃機関のクルマに持ち込める可能性はあるかもしれない。トヨタ自動車水素エンジンプロジェクト統括 主査 伊東直昭氏は、そんな可能性も見ている。

液体水素を使った超伝導FCEV、超伝導バッテリEVもあるのだろうか?

 液体水素GRカローラの開発が進み、車体後半部の液体水素タンク部のコントロールや軽量化が手の内に入れば、液体水素内燃機関自動車だけでなく、ほかの可能性も見えてくる。

 トヨタの水素自動車の実用開発は、前述のように燃料電池車ミライの圧縮水素タンクを転用することから始まった。ミライのタンクを使って、前半部の水素エンジンの開発をし、前半部の水素エンジンの開発にめどが立ったら後半部の液体水素燃料タンクの開発をしと、クルマの前半と後半を意識して、交互に開発しているように見える。

 ならば、後半部の液体水素燃料タンクの開発にめどが立ち、超伝導が利用できるようになったときに見える未来として、前半部はすでに市販化されているFCEVミライのユニットを使うというのもありになる。

 単に、液体水素燃料タンク技術を転用するだけで航続距離は1.7倍から2倍となり、航続距離1500km超は当たり前の世界になる。実際には、液体水素燃料タンクを小型化し、コンパクトなFCEVが成り立つようになるだろう。

 さらにマイナス253℃で超伝導が使えるようになっていたなら、FCまわりの電気抵抗を最小にして発熱を抑えられるほか、発熱源である電動モーターを超伝導モーターとして低発熱・高出力、もしくはコンパクトにするといった新しい可能性も見えてくる。

 水素FCによって発電にも使えるので、FCエクステンダ+超伝導バッテリ+超伝導モーターといったクルマのパッケージもありえることになる。

 ここまでくると妄想の域に達するが、ラウンドテーブルにおける伊東氏の発言はその可能性を示唆しているように見えた。実際、トヨタ上層部ではどのように考えているかスーパー耐久のグリッドウォーク帰りに高橋GRプレジデントに確認してみたら、「超伝導の論文は調べています」「可能性は見ているが、どの企業と組むのかなど何も決まっていない」とのこと。一方、その横にいた佐藤次期社長にも確認すると「それ(超伝導FCEV)、超おもしろいですね」と、技術の可能性についてはポジティブに見ているものの、取り組みについては判断不能な返事が返ってきた。

 総合すると、トヨタとして可能性は見ているが具体的にはまだといったところだろうか。実際、液体水素タンクなどの開発は始まったばかりで、鈴鹿戦直前には水素漏れが起きるなど、水素以上の爆発的エネルギーを持つガソリンと異なり、その技術は手の内化されていない。

 しかしながらトヨタは液体水素自動車の可能性として、水素内燃機関だけでなく、液体水素FCEVを視野に入れており、そこにはラジエータレスや超伝導といったクルマの革命につながる技術要素も存在する。もちろん、いずれもカーボンニュートラル車だ。

 佐藤次期社長は、モビリティの多様化、マルチパスウェイを推進していくと常々語っている。まずは富士24時間で、世界初の液体水素レーシングカーがゴールまでたどり着くことを期待したい。