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ミシュランがタイでサステナブルツアー開催 テーマは「どうすれば持続可能なタイヤを作れるのか?」
2025年5月3日 10:00
タイ王国のチョンブリー県にある「ミシュラン タレントキャンパス」で、2日間にわたってアジア・パシフィックのメディアを対象にした「サステナブルメディアデー2024」が開催された。
そこで筆者はミシュランの持続可能な未来に向けた取り組みについて学びながら、最新の設備を整える「ラムチャバン工場」の一部を見学することができた。
「100年に一度の変革期」においてタイヤができること
このイベントでミシュランの東アジア・オーストラリア リージョンのマネージングディレクターを務めるマニュエル・ファフィアン氏は、持続可能な未来を構築するキーポイントは「People×Profit×Planet」(人・利益・地球)の頭文字を取った“3P”だとまず語った。
折しもこのイベント会場となったミシュラン タレントキャンパスは、2024年にできたばかりの人材育成の場(ラムチャバン工場内に併設)。ミシュランはそのバックグラウンドに関係なく、同社で働く全ての人々にタレントキャンパスで教育を受ける権利を与えており、能力に応じて段階的なステップを踏みながら、それに伴う資格が得られるようになっているのだという。
具体的なプレゼンテーションは、ミシュラン グループ テクノロジーイノベーションのコミュニケーションディレクター、シリル・ロジェ氏によって幕が開けた。まず最初に語られたテーマは「どうすれば、持続可能なタイヤを作れるのか?」というものだった。
いま自動車を取り巻く環境には「100年に一度の変革期」が訪れている。より快適で、便利な機能を満載するために自動車は年々より大きく、そして重たくなってきている。一方で予測できない気候の変化が訪れ、環境負荷の低減が強く叫ばれるようになり、その両方を満たすソリューションとして「電動化」が避けられない課題となっているのはご存じのとおりだ。
このように自動車産業が大きく変化する中で、ロジェ氏は「タイヤの市場も大きく変化する」と語った。より快適で、経済的で、環境負荷の小さいクルマを支えているのは4つの黒いタイヤだからだ。モビリティが劇的に変わるのであれば、タイヤはさらに大きく変化しなくてはならないということだろう。
そしてそこには、タイヤのLCA(ライフサイクルアセスメント)を使って、状況を改善し続けていくことこそが、環境負荷の低減に直結するという考えがあった。
そこでミシュランは、まずタイヤのLCAを「製造」「輸送」「使用(usage)」「回収および再利用」「開発および資源」の5つと定めた。さらにこの5つを16個の基準で評価し、タイヤがもたらす環境フットプリント(タイヤが環境に与える負荷を数値化した評価基準)を試算している。
その結果、タイヤで最も環境フットプリントが高いのは「usage」(走行中)だということが分かった。そしてその割合は、実に全体の84%にも上るのだという。
具体的には走行中の燃料消費による二酸化炭素排出がそれにあたり、かつ走行中に排出される粉塵(パーティクルエミッション)や、廃棄されるタイヤもここに含まれる。
おもしろいのは、ミシュランがたとえEV(電気自動車)であっても「usage」の割合が大きく変わらないと認識していることだ。つまりミシュランは、電気の生成時における環境負荷もカウントしている。さらに言えば現状EVが、製造時やバッテリの廃棄時にガソリン車よりも多くの環境負荷を与えていることをも理解しているのだ。
またミシュランは現行製品の全てにおいてこのLCAのアプローチを導入しており、鉱業用タイヤ(95%)、航空機用タイヤ(99%)、農業機械用タイヤ(90%)、トラック(90%)、モーターサイクル(70%)と、MotoGP用タイヤ(5%)以外は全てにおいて、走行中の環境フットプリントが一番高いという結果が得られていることを発表した。
ちなみにMotoGP用タイヤの環境フットプリント率が著しく低いのは、開発テストやレースウィークで走る、そもそもの走行距離が一般的なクルマと比べて極端に少ないからだ。そしてタイヤの再利用化が進めば、さらに全体的な環境フットプリントも低くなるはずである。
タイヤの環境フットプリントを低減するための3つの方法
さてタイヤの環境フットプリントを低減するためにミシュランは、大きく分けて3つの方法を提案している。それは「タイヤ素材の再利用」「天然資源の活用」「走行性能の向上」だ。
具体的には走行中の転がり抵抗を減らすことで燃料や電力の消費を抑えながら粉塵を削減し、使用済みタイヤの材料を再利用して、さらに生産時には天然素材も用いることで資源を循環させる。その中期的な目標としてはまず、2030年までにタイヤ全体の環境フットプリントを現行比で20%削減することを掲げた。
そのためにミシュランはまず2030年までに、タイヤのフットプリントにおける原材料がもたらす割合を、現状の13.5%から2030年には16%にまで引き上げる。そして将来的にはこれを45%まで増やすとした。「原材料がもたらす環境負荷を増やす」というのは一見矛盾しているように感じられるが、それは再生素材を使ってオフセットさせる狙いがあるからだ。再生素材を使えば同時に、走行中のフットプリントも引き下げることが可能になる。だからロジェ氏は、そこに「100%再生可能なタイヤを作るシナリオ」が必要だと語った。
ちなみに現在タイヤに使われる素材の内訳は、スチール10%、添加物14%、繊維7%、合成ゴム25%、天然ゴム24%、フィラー(カーボンブラックおよびシリカ)20%というもの。そして現行ミシュランで市販タイヤは、すでにそのうち30%もの素材がリサイクル材となっている。さらに2030年までにはこれを40%とし、将来的には100%を目指す。
かつ、タイヤそのものも、さらに転がり抵抗を低減させて走行中のフットプリントを45%にまで押し下げる。ただ厳しいことを言えば、こうした努力をしたとしても、そしてEVが普及するようになったとしても、45%もの環境フットプリントが残ってしまうという未来がここに試算されているとも言える。クルマの全てを最終的に引き受ける、タイヤの役目は非常に過酷だ。
EVはどのように環境とモビリティに貢献するのか?
いまヨーロッパの自動車メーカーは、こぞって電動化に向けて舵を切っている。政府においても北米とヨーロッパ、そして日本は2050年までに、中国は2060年までにカーボンニュートラルを目指すと宣言している。最近はようやく自動車メーカーもその実現性に対してロードマップを精査して上方修正の声を上げはじめてはいるが、それでも多くが2030年を目処に、その生産の約半分をEV化する方針を掲げ、社会的な体裁を取り繕っているのが現状だ。
またEVの登場によって、消費者と自動車メーカーのタイヤに対する注目が、特化した性能ではなく「総合的な性能」に集まってきているとミシュランは感じている。具体的には「ロングライフ性能」であり、航続距離を伸ばすための「低転がり性能」であり、車重に対する「ロードキャパシティ」(LOAD:負荷)であり、「静粛性」だ。
しかしミシュランはこうした性能を、EVにだけとどめておくのは間違いだと考えている。世界規模ではまだまだ内燃機関の割合が多く、全てのカテゴリーの車両に対してこうした性能を持つタイヤが与えられるべきだからだ。そしてこうした未来を予測してミシュランは、1992年という早い段階から環境性能タイヤ「ミシュラン エナジー」を提案し、現在に至るまで、その性能を進化させ続けてきた。
長持ち性能を目指す理由
ミシュランがこうしたトータルパフォーマンスにこだわるのは、これこそがユーザーの安全を確保し、資源の節約と循環を実現すると考えているからだろう。
ヨーロッパの年間ベースで考えた場合、もし全てのタイヤをきっちり法的なリミットまで使うことができたら、年間のタイヤ消費量はおよそ160万tになる。これによって660万tの二酸化炭素が削減でき、69億ユーロが節約できる可能性があるのだという。
同様に、パーティクルエミッション問題も深刻だ。乗用車が年間2万kmを走った場合、タイヤのみから放出される粒子物質はミシュラン「プライマシー 4 ST」だと1kg。対して市場の平均は3.5kgであり、市販されているタイヤで最も性能が低いタイヤでは8kgもの粉塵を排出するのだという(数値は2022年3月に約100本のタイヤで実施されたADACの結果と、2013年から2018年の間にDEKRAがテストした2000本のタイヤに関するミシュランの研究から推定されたもの)。
日本はそもそも欧州に比べて平均走行距離が少なく、少子高齢化もにらめば、この先クルマの台数も減っていくだろうから、こうしたデータが全て当てはまるとは言えない。むしろタイヤが減らない日本ではゴムの硬化を防ぎ、約4年と言われる平均的なタイヤの寿命を延ばす技術が求められるかもしれない。
環境フットプリントを減らす具体的な取り組み
タイヤの環境フットプリントを減らす取り組みとして、生産工程においてはモータースポーツ由来の技術が用いられている。具体的には「TAMETIRE」というシミュレーションツールを開発し、効率的な開発によって試作タイヤの製造数そのものを削減した。そして結果的に、テスト数も減らすことができた。
また生産工場における環境フットプリントの削減も、2030年までに5つの項目で目標が掲げられた。その代表的な生産技術として今回は、ラムチャバン工場の「硬化プレスの電動化」を見学したというわけだ。
ちなみにこの電動化によってエネルギー消費は、従来の3分の1まで抑えられた。また電動硬化プレスは従来のボイラー式と比べ、エネルギー効率が6~8倍まで向上した。
このほかにもミシュランは「輸送削減」「輸送改善」「従来とは異なる輸送方法」といったロジスティクスの改善に取り組み、二酸化炭素の排出量と輸送コストを削減する。そしてこれを可能とするためには、官民両セクターが協力して市場条件や設備を整えていくことが必要だとした。
世界では1年に10~20億のタイヤが廃棄され、その重量は3000万tにも及ぶ。多くの国では廃タイヤの回収を組織化しているが、まだまだ改善すべきポイントが多い分野でもあるという。
さらに言えば廃棄タイヤを再生可能な物質にしてリサイクルすることはもちろん、ほかの資材にしたり、燃料として再利用したりも視野にいれるべき。いままで廃棄されてきたものを使って、明日のリソースを作る。これが現在ミシュランが掲げている、大いなる目標である。