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日下部保雄氏、ラリージャパン2025完走 総合27位&クラス優勝でフィニッシュ!
2025年11月18日 15:15
- 2025年11月6日~9日 開催
「FIA世界ラリー選手権 第13戦 フォーラムエイト・ラリージャパン2025」が、11月6日~9日に愛知・岐阜を舞台に開催された。ここではトップカテゴリーであるRally1(10台)に、Rally2(15台)、Rally3(5台)、RGTクラス、RC5クラスといった国際クラスの車両がエントリーした。
国際クラス以外にも、ナショナル/リージョナルカーでの参戦が対象となるナショナル部門も設定されており、JR1、JR2、JR3、RC5クラスに6台の日本人勢が参戦した。このナショナルクラスに日本のモータージャーナリストの重鎮で、本誌連載でおなじみの日下部保雄氏もその1人として挑戦した。
デイリタイアを喫すも無事に完走へ
3か月ほど前に今回のラリージャパンへの挑戦を決めた日下部選手にとってラリー競技への参戦は36年ぶりで、国際ラリーは1990年代の香港‐北京ラリー以来。当時のラリーとはもろもろ変わってきており、現在のペースノートラリーの経験がなく、ターマック(舗装路)ラリーの経験もなかったため、このラリージャパン参戦を前に地方戦、そして全日本戦の2戦に参戦し、この挑戦のために経験を重ねてきた。そしてフォーラムエイト・ラリージャパン2025の舞台に立つこととなった。
日下部選手が乗り込む「#43 エムリットヤリス(5BA-MXPA10)」は、このラリージャパンに過去2度参戦してきた1台。参戦するナショナルJR3クラスはこの43号車1台のみのエントリーとなるため、完走すれば優勝となる。その完走が目標だ。ちなみに今回のラリージャパン参戦車両のうちAT車はこの1台だけとなる。
ラリージャパンのスケジュールは、ラリーウィークに入る11月2日にプライベートテスト、そして3日間のレッキを経て4日間の本番となる。競技区間となるSS(スペシャルステージ)は20用意され、総SS区間は300km、総移動距離は900km以上にも及ぶ。プライベートテストでは、直前の2戦で試したセットアップと本番で使用する横浜ゴムのWRC公認タイヤ「A051T」の確認をし、本番に向けた車両に仕上げてこれに臨むこととなった。
競技1日目はシェイクダウンを行ない、同じコース(2.75km)を使用したSSである鞍ヶ池公園SSSを走行した後、豊田市駅前で開催のウェルカムショーからスタート。2日目は、愛知県の北東部に設定された稲武、新城、伊勢神といったSSを2回ずつ走行する。SS自体は全日本ラリーよりも長い距離が設定されていることから、集中力を切らさず走り切らねばならない。
ラリージャパン2日目を終えて日下部選手は「楽しかったです。車両は大きなトラブルもなかったですね。ただ、ブレーキをやっぱり使うので、ブレーキのチェックは結構やってもらったんですけど、そのぐらいです。ハイスピードなセクションがあるんですが、前のクルマがインカットするところは泥とか水が出ていて、路面コンディションはよくないですけれど、楽しかったですよ」と好調さをアピールしていた。
そんなMUSCLE RALLYチームのヤリスにトラブルが発生したのは、岐阜にある3つのステージを回る3日目のことだった。CVTに起因する油温の上昇が発生。1ループ目の午前中のSSの途中でストップを余儀なくされ、デイリタイアとなってしまった。それでもチームはラリー継続を目指し、CVTユニットを現地で交換し、翌日のSS出走に間に合わせることに成功した。
そしてラリージャパン4日目となる最終日を迎えた。この日も最終のSSで「CVTの感触がわるくなってきて坂を上らない」状況になってしまう。ただステージ自体は下りが主体で、サービスパークまでは下りから平坦な道が続いており、無事に戻ってくることができた。
時間内に戻り無事に完走となり、43号車とチームスタッフは表彰台に上がることができた。日下部選手は「予定どおり目標達成しました。日がちらちら差し込んでくる木漏れ日の中での走行から日没後の真っ暗な中での走行まで、今回の長いラリーのために用意したTALEXのサングラスはよく見えて最高でしたよ。ほかにもいろいろやらなきゃいけないこともいっぱい見つかったのはあるんですけど、とにかく楽しかった。そしてこの表彰台にちゃんと立てたってことはよかった。沿道の声援はすごくて、全日本ラリーのレベルじゃなかったし、もう本当に素晴らしい。応援してくれた人たちに手を振ってたのですが、感謝しきれないですね」とコメント。
最終的なトヨタ・ヤリスCVT 43号車(日下部保雄/奥村久継組・JR3クラス)の結果は総合27位(トータルタイム5時間22分44秒2/トップとの差は+2時間01分35秒3)となった。今回のラリージャパン参戦選手の中で、最年長となる75歳10か月12日であった日下部選手だが「とりあえず今はやりきったということで、次のことはまた明日考えます(笑)。でもやっぱり好きなことをやってきてこのラリーに出てよかったなと思いますよ」とも語ってくれた。













