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常識外れの高圧縮比を実現したマツダ SKYACTIV-G 開発秘話
「マツダのような小さな会社は、MBDの力なしには生き残れない」
(2015/6/5 13:11)
- 2015年6月3日~4日開催
6月3日、製造業向けのソフトウェア「3Dエクスペリエンス・プラットフォーム」を提供するダッソー・システムズの年次イベント「3DEXPERIENCE FORUM Japan 2015」が開催され、この中で高圧縮比、低燃費を実現したマツダのエンジン技術「SKYACTIV-G」の開発者が講演。ガソリンエンジンでは前例のない高い圧縮比を目指した経緯や、緻密なシミュレーション、モデルベースを駆使した開発の過程などを語った。
人件費は増やせないから、MBDに賭けた
マツダの自動車開発におけるキーポイントは、プロトタイプ開発に全面的にコンピューティングソリューションを用いるモデルベース開発(MBD:Model Based Development)だ。壇上に立ったマツダ 統合制御システム開発本部の原田靖裕氏によれば、「RX-7」などが搭載するロータリーエンジンの開発や、1991年に見事ル・マン24時間レース優勝を果たしたレースカー「787B」の走行シミュレーションにも、MBDが活きていたという。
2011年以降のデミオなどに搭載された「SKYACTIV-G」エンジンにおいてもMBDが最大限に活用され、設計、解析、シミュレーションなどに、ダッソー・システムズが提供するソフトウェアを駆使することになった。
というのも、当時は実機の試作を何度も繰り返せるほど潤沢にコストをかけられる状況になかったため。SKYACTIV技術の開発に当初投入された人員は、新型エンジン開発のプロジェクトとしては少ない100人以下。しかも先行開発メンバーは経験の少ない若手ばかりだった。
原田氏いわく「資源に乏しい」同社の懐事情から「徹底的な選択と集中」を行うこととし、ターゲットを「世界中の技術者が避けてきた高圧縮比エンジンの開発」に定めた。人件費は増やせないため、代わりにコンピュータとソフトウェアに投資し、モデルベースを基本とした開発を行うことに決めたのだ。
エンジン内部で何が起こっているのか、検証のため透明エンジンを製作
同社が目指した「高圧縮比」は、一般的なガソリンエンジンでは考えられない「15」というものだった(実際に市販車エンジンで採用された圧縮比は最大14)。従来型のエンジンは高効率のものでも6~7割のエネルギーが熱となって失われており、この損失をできるだけ少なくするには熱効率を上げるしかない。ガソリンエンジンの仕組み上、理論的には圧縮比を上げるほど熱効率が高まり、燃費は向上することから、圧縮比を高めることに集中するのは正しい選択に思える。
ところが原田氏によると、通常は圧縮比12~13程度で異常燃焼が発生し、ノッキングが起こってパワーが低下するという。圧縮比が高いとエンジン内部の燃焼室が狭くなり、点火して燃焼させても周囲の金属の壁に燃焼が妨げられてしまう。そのため、結果的には低燃費に結び付かないことがすでに明らかになっていた。当時11.2と同社で最も圧縮比の高かったエンジンを15にまで高めて検証したところ、やはりトルクは低下していた。しかし原田氏は「トルクの落ち方がとても少なかった。何か別のこと、説明できないことが起こっている」と推測した。
この時、「自信をもっていた」というスーパーコンピュータなどを利用した解析技術において、「ことごとく(計算が)合わなくなった」と振り返る。幾度となく再設計と検証を繰り返し1年以上経過するも、状況は変わらず、ついにエンジン内部で何が起こっているのか直接観察できるよう、サファイアガラスを使った透明な窓付きエンジンを製作することを決めた。
これにより、「(燃料の)噴霧で発生する渦の向きが、シミュレーションとは逆向きだった」ことが判明する。この結果を受け、MBDによる設計とシミュレーションをさらに推し進め、ピストンの頂上部分に大胆な凹み「キャビティ」を設けるなど改善を行い、燃焼を安定させることに成功した。
「そこからマインドチェンジが起こった」と原田氏。「それまでシミュレーションを信じていなかった人が、シミュレーションでよい答えを見つけてから実機を作ろう、という考え方に変わった」のだという。
MBDがなければ生き残れない
エンジン自体だけでなく、それをコントロールするコンピュータ制御にも新技術がふんだんに採用された。異常燃焼検出抑制制御、燃料噴射制御、点火制御、吸排気制御、油圧制御など、高い燃焼効率とスムーズな走りを達成するために必要な制御機能を開発した。
こうして、エンジン、トランスミッション、シャシー、エンジン制御、AT制御、ドライバー、路面など、開発の上流から下流のあらゆる部分をモデル化して机上でシミュレーションを行い、大量の仮想車両を作り上げ、その時点で考えうる最適なモデルを実際の車両として製造するMBDを推進したことにより、ついにガソリン1L当たり30kmという、当時のハイブリッド車両と同等か、超える燃費を達成するに至ったわけだ。
もちろんその中ではダッソーのソフトウェアも用いられているが、そういったソフトウェアを活用したMBDにより、「生産性が2倍以上、品質向上の効果も2倍以上になった。さらに最適解を世界で最初に見つけて最初に達成できた効果は無限大だ」と、利点を強調。「マツダのような小さな会社は、MBDの力なしには生き残れないと実感している。これをやらないと“死ぬ”という危機感が、MBDを成功させるエネルギーになると思う」と述べた。