試乗インプレッション

ダイハツ「ミラ トコット」に乗ってみたら、とことん“優しいクルマ”だった

水平基調のデザインや充実したポケッテリアで、視認性も使い勝手も良好

 軽自動車の世界は広い。各メーカー、消費者の細かいニーズに合わせてターゲットを絞り込んだモデルを提供している。軽自動車におけるビッグ3の1つ、ダイハツ工業も例外ではなく、あらゆる層に向けてラインアップを展開している。

 その中でも女性をターゲットにしていたのが「ミラ ココア」。その名が示すように、オーソドックスなかわいらしいデザインで、一定の人気があったものの今ひとつ核となるユーザーに届いていなかったのも事実だ。

 そこで、ダイハツはミラ ココアのカテゴリーにテコ入れするため、新たなプロジェクトチームを立ち上げた。それは社内の女性7名で構成される開発チームだ。メンバーは製品企画、商品企画、デザイン、生産進行といったメンバーたちで、彼女たちの意見を最大限に尊重しながら開発が進められた。男性開発メンバーが主体では、いくら女性をフィーチャーしても彼女たちの感性とはずれてしまうという。

 女性たちが導き出したのはシンプル、そして変化。けっしてクルマが個性を主張しないけれど、自分らしさをさりげなく演出してくれること。今の自分らしさを素直に受け止めてくれることが大切だ。その点ではプロジェクトメンバー全員が、既存のミラ ココアは可愛いけれども自分のクルマではないと感じていたという。

 TOCOT(トコット)とネーミングされた新開発のクルマはデザインに突出したところがない。かわいいかと言えばそうでもなく、カッコいいかと言えばそうでもない。正直写真映えはしない。それでも実車を見て、触れ、乗ってみると違和感がない。等身大の自分をそのまま反映してくれるような存在で、なかなかありそうでなかったデザインだ。ちなみにTOCOTという不思議なネーミングは、開発テーマの「TO Character」「TO Comfortableness」「TO Convenience」の頭文字を取り出して、後ろからでも前からでも読めるようにしたものだという。

女性プロジェクトメンバー7人により開発が行なわれたミラ トコット。撮影車両は「G“SA III”」(129万6000円)。シンプルなデザインと前方や後方の視界確保を両立させたほか、衝突支援回避システム「スマートアシストIII」や軽自動車初の「パノラマモニター&コーナーセンサー」「SRSサイドエアバッグ&SRSカーテンシールドエアバッグ」などを装備して、安全への考慮がされている
全車スチールホイールで、グレードごとにデザインの異なるホイールカバーを装着。G“SA III”は外周がホワイトの2トーンカラーとなる

 コスト管理の厳しい軽自動車にあって、当然パワートレーン、車体も決まっているので制約も多かったと思えるが、女性にターゲットを絞っているにも関わらず、男性でもさりげなく使える軽自動車らしいデザインはなかなか考え抜かれている。

パワートレーンは最高出力38kW(52PS)/6800rpm、最大トルク60N・m(6.1kgf・m)/5200rpmを発生する直列3気筒DOHC 0.66リッターエンジン「KF」型を搭載し、トランスミッションにCVTを組み合わせる。JC08モード燃費は2WDモデルで29.8km/L、4WDモデルで27.0km/L

 機能面では、運転に不慣れな人も優しく運転できるようなクルマを目指して開発された。安心、安全面ではシートに座る、クルマを走らせる、もしもの時の安全を第1のテーマに、シンプルで愛着のあるデザインとレイアウトを第2のテーマ、そして軽自動車ならではの価格を第3のテーマとしている。

 ボディ骨格はミラ イースから始まったもので、パワートレーンもそれに準じている。しかし、ミラ トコットではAピラーを立てて斜め前方視界に配慮して、ミラ トコットらしい骨格修正は行なっている。また、シートのリフト量を45mmと大きくとっているために直前視界も良好で、背の低い女性でもボンネットフードの見切りがよい。作動量の大きなチルトステアリングも全グレード標準装備なので、長大なスライド量を誇るシートレールと相まってほとんどの体形の女性ドライバーにミートするだろう。

ミラ トコットのインテリア。つるんとした陶器のようなセラミックホワイトのインパネガーニッシュで暖かみを演出
シートは背もたれに明るいベージュを、シート座面には汚れが目立ちにくい茶色を配色した2色のコンビネーションカラーフルファブリックシートを採用
ミラ トコットのペダルレイアウト
ミラ トコットはポケッテリアが充実。センターコンソールはボックスティッシュがちょうど収まるサイズで、シートに隠れて外からは一瞥して分からないようになっている
G“SA III”とX“SA III”は、スマートフォンなどの充電に便利なUSBポートが2個備わる
G“SA III”とX“SA III”は、燃費スコアやアイドリングストップ時間、ガソリン節約量、平均燃費・航続可能距離などを表示する「TFTマルチインフォメーションディスプレイ」を標準装備
スマートアシストIIIのカメラには世界最小サイズのステレオカメラを採用
4つのカメラでクルマの前後左右をとらえ、6通りのビューをナビ画面に表示して運転をサポートする「パノラマモニター」はG“SA III”に標準装備、X“SA III”にオプション設定
ミラ トコットでは、個性的な「スイートスタイル」「エレガントスタイル」「クールスタイル」の3種類のアナザースタイルパッケージを設定。写真はブラックを基調にしたクールスタイル(8万9726円高)装着車。エクステリアではストライプが設定されるとともに、ホイールキャップがブラックに変更される。インテリアではインテリアパネルや革巻ステアリング、革巻シフトレバーなどの装備がブラック基調となる

優しいデザインのミラ トコットは、乗り心地も優しい

 では、ここからは実際の試乗を通じてレポートしていく。軽自動車、久しぶりのセパレートシートはベンチタイプと違って広々感はないが、その分、体をサポートしてくれる感触がある。これも体形の小柄な女性を意識してデザインされたものだと思うが、計1時間弱のドライブで私のような平均的身長の男性でも小さすぎると感じることはなかった。

 近距離移動の多い軽自動車で意外と貴重なのはポケッテリア。まずセパレートシートのおかげで復活したセンターコンソールは何かと物が放り込めて便利だが、もう少しだけ深いと使いやすい。一方、ドアポケットは幅は狭いが前後長があるので、見た目以上に使える。ドリンクホルダーはセンターに2個、ドライバー席のダッシュボード右端の使いやすい所に1個あり、何かと使い勝手はよい。制約の多いグローブボックスも実用的だ。そして、ヘッドクリアランスは最近の軽自動車らしく、想像以上に広く、解放感がある。これは水平基調のデザインがもたらす視覚的効果も大きい。

 エンジンは自然吸気の1種類のみでターボの設定はない。52PS/60N・mの自然吸気エンジンは日常的な平坦路ではそれほど痛痒を感じないが、坂道などではアクセルの踏み込み量が多くなり、もう少し余裕があるといいなぁというのが正直なところだ。720kg(2WD)と軽量に作られているが、馬力荷重13.8kg/PSだと余裕はない。エンジン自体の中間トルクはあるが、CVTとのマッチングはもう一歩で、追い越し加速時など、レシオの選択を迷うことがあった。しかし、贅沢を言っては怒られる。既存のユニットでここまでまとめ上げた力量は大したものである。

 シャシー側では、まずハンドル操舵力が軽くなっており、日常的なシーンで特に使いやすい。ターゲット層に合わせて操舵力を軽くしたというが、不安感は全くない。

 ただ、ニュートラル付近の曖昧さが残っているのはこのシャシーレイアウトが持っている1つの限界だと思うが、誤解ないように言っておくと、直進時にふらつくようなことは皆無であり、その点では程よくチューニングされていると言えるだろう。実際、ロールは大きいもののリア側のグリップ力があるために、安定志向になっている。

 タイヤは転がり抵抗重視のものだが、大舵角で転舵ノイズが大きくヨレやすい。もう少し腰のあるタイヤのほうがこのシャシーには合っていそうだ。

 クルマを止めて改めて細部をチェックする。バックドアは軽量な樹脂パーツで開閉は楽に行なえる。バックドアは意外と重いものだ。リアシートに座ると広いレッグルームとヘッドクリアランスに感心する、ドアポケットにはドリンクホルダーも備え、フロントシートバックにはコンビニ袋用のフックも装備されている。前席にはUSBポートが2個備わっており、スマホの充電などに活躍しそうだ。

 そして、乗り心地が想像以上にマイルドで、優しいクルマであることに気が付く。静粛性もよくチェックされており、これもドライバーに優しい。

 安全面では「スマートアシストIII」を各SA IIIグレードに標準装備している。ポイントになったのはデンソー製のスパンの短いステレオカメラ。これにソナーを組み合わせてパッケージとしている。対車両はもちろんのこと、対歩行者への緊急ブレーキなども備える。また、センサーを使った誤発進防止機能も装備し、さらに「パノラマモニター」と呼ばれる周囲をグルリとモニターに映し出す機能に加えて、ソナーを使った音による警告で注意喚起してくれる。軽自動車最先端の安全機能を搭載している。

 価格はベースグレードの107万4600円から最上級G“SA III”の129万6000円(2WD)で、軽自動車らしい価格を死守している(4WDは12万9600円高)。

 試乗を終わってチーフエンジニアの中島さんにうかがった。「プロジェクトチームの評価は何点でした?」との問いにはっきりした回答はなかったが、にやりと笑った笑みに自信のほどがうかがえた。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/16~17年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:安田 剛