試乗記

アルピーヌ「A110 R」試乗 軽量化を突き詰めた“ピュアスポーツカー”が見せる世界観とは

アルピーヌ A110 R

地道に行なわれた軽量化が心揺さぶる走りを実現

 F1と同様のブルーレーシングマットに身を包み、カーボンパーツをホイールからエアロパーツ、そしてシートに至るまで取り込むことで軽量化に突き進んだアルピーヌ「A110 R」。Rが意味するのは「レーシング」ではなく「ラディカル(過激)」とのことだが、その内容はサーキット直系といっていい。

 その最たるものがアルピーヌF1チームのエンジニアが開発に携わったというエアロダイナミクスだ。ダウンフォースとドラッグのベストバランスを追求したというそれは、基準車に対してフロント30kg、リア110kgのダウンフォースを生む一方で、ドラッグは+3%に収めている。ドラッグの増加は基準車と同様の車高で数値は275km/h時点のものだが、実はサーキット車高に落とせば基準車と同等となる。また、ブレーキクーリング性能は20%もアップしている。これはストリートに照準を絞っていたA110 Sのデータと見比べると随分特性が異なる。同条件でA110 Sのダウンフォースはフロント60kg、リア81kg。ドラッグは基準車に対して+5%で、ブレーキクーリング性能は基準車+20%の性能向上となる。結果としてA110 RはA110 Sと同様のパワーユニットながらも、最高速はシリーズ最速となる285km/hをマークするという。

アルピーヌ A110 R。価格は1550万円。撮影車のボディカラーはレーシング マット

 そのエアロを見てみるとかなり細かいことをやっている。フロントグリルはほかのモデルと同様の造りながら、内部にはダクトを設けることでグリルに入る空気の幅を減らしている。ボンネットにはR専用となるエアインテークが左右に設けられ、これによりフロントガラスに当たる風の量を低減しているそうだ。また、サイドスカート後端にはフェアリングを設け、リアホイールに当たる空気をできるだけ少なくするようにしている。それを後押しするかのようにリアホイールには開口部が少ないカバー(フロントホイールにはブレーキ冷却性重視のカバー)が設けられている。

 リアまわりはほかのモデルと比較して下側が50mmほど延長されているエクステンデットディフューザーが特徴的。また、A110 Sと比較して後方に移動しつつ、引き上げアングルも高く変えたスワンネックタイプのリアスポイラーマウントも興味深い。実は翼自体はA110 Sと変わらないそうだが、マウント方法は150パターンのシミュレーションと、40時間の風洞実験を行なった結果、選択されたものだそうだ。

 一方で軽量化への取り組みもかなりのものだ。そもそもA110は96%がアルミ製。それをさらに軽くするには多くのカーボンパーツの多用が必須だったようだ。カーボンへの変更箇所を挙げると、フロントボンネット、フロンスプリッター、サイドスカート、カーボンルーフ、リアフード、リアスポイラー、リアスカート、リアディフューザー、リアバンパーフラップという9点で-6.6kg。さらにホイールは航空機のパーツも制作しているDUQUEINE製18インチを採用することで-12.5kgを実現。このほか、パーツの削除(リアウィンドウ、エンジンカバー、エキゾースト消音パーツ、エキゾーストバルブ、自動防眩ルームミラー)により-8.9kgを達成。このほか、シートのカーボン化で-6.5kg(3点式シートベルトを排除してレーシングハーネス標準装備も含む)。トータルでA110 S比で約34kgもの軽量化を実現。車検証の車両重量表記は1090kgとなっている。

 シャシーは事実上のベースモデルとなるA110 Sシャシースポールに対してさらに引き締めを行なっている。セットされたのはZF製アジャスタブルレーシングダンパー。車高調整式で減衰力20段階調整となるこの足まわりは、イニシャルセットでA110 Sよりも10mm低い車高を実現。サーキットではさらに10mm下げることも可能。メガーヌ R.S.にも採用されていたダンパーインダンパーを備えることにより、車高を下げたとしてもストロークをきちんと確保しているという。前後のスプリングレートは10%アップ。アンチロールバーはフロント10%、リア25%アップ。タイヤはミシュランのパイロット スポーツ カップ 2が奢られている。これらの対策によりロール角/Gは2.7から2.2へと改善。標準モデルが3.3だというから、いかに無駄な動きが排除されたかが伺える。

 そんなA110 Rのコクピットはやはりレーシーだ。カーボン製のバケットシートに腰かけ、公道にも関わらずレーシングハーネスを身体にくくり付ける必要があるからなおさらである。ルームミラーがなくなりバックモニターで背後を確認することもまた近年のレーシングカーのようだ。そこでエンジンをスタートさせ、試しに空ぶかしを行なえばかなり派手なサウンドが楽しめる。遮音材の排除やエキゾースト系を一部改めたことにより排気音はかなりダイレクト。スポーツモードに入れればバブリングが行なわれ、アクセルオフでバラバラとした音色が聞こえてくるところもやる気にさせてくれる。

マイクロファイバー生地がふんだんに用いられ、スポーティでありつつもラグジュアリーさが漂う内装

 けれども、いざ走らせてみると意外にもフットワークはしなやかだ。路面からの入力を素早くいなしてしまう素直な動きは、ガチガチだという想像とはまるで違う。これなら普段乗りでも十分に受け入れられることだろう。1輪あたりで約4kgも軽くなったカーボンホイールのおかげだろうか? 無駄に動かず、さらには応答遅れもない動きはほれぼれするばかり。コーナリング中に路面が荒れていたとしても、まだストロークに余裕を持つ奥深さがあり、ガツンとやられないあたりは、見た目や音のインパクトとはまるで違った世界観。高速コーナーであっても危うい動きを見せず、ピタリと安定して駆け抜けるところは空力や足まわりセットがあるからこそか? ここまで来るとどこまでもペースアップしてしまいそうな自分が怖いくらい。レーシングじゃなくラディカルだというのもうなずける。パワーユニットが変更されていないにも関わらずここまで感動できるとは思いもしなかった。

 後に比較試乗した事実上のベースモデルであるA110 Sは、どちらかといえばテールの動きを楽しませようという造りに感じられる。ダンパーが引き締められた感覚が強く初期応答重視の動きは、荒れた路面は苦手だと見たが、ワインディングを楽しむレベルにあえて仕上げたという感覚といっていいかもしれない。

A110 Sと比較試乗もできた

 比較して感じたことは、これはまるで初代ホンダ・NSX-Rの現代版といっていいかもしれないということだった。ベースモデルに対して地道な軽量化を行ない、パワーアップではなくシェイプアップによって引き出されたスポーツ性は、ふとそんなことを思い出させてくれる。いまアルピーヌもまた次世代は電動化に進むと明言しているが、その前にやりたかったことの全てを出し切ろうとした世界観もまた、排出ガス規制によって消えていったあの時代のNSX-Rとどこかダブって見えてくる。

 A110 Rの車両価格はA110 Sの965万円に対して1550万円とご立派だが、パワーだけでは語れない奥深いスポーツ性があるのであればむしろ安いかもしれない。少ない日本導入台数を抽選で争うことになりそうだが、もし少しでも気になるならトライしてみた方がいい。これは混じりっけなしの古きよきスポーツカーのテイストが感じられる1台なのだから。

アルピーヌ「A110 R」概要

ボディサイズは4255×1800×1240mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2420mm
カーボン製のボンネット、ルーフ、リアフードなどを採用。新形状のディフューザー、スワンネックタイプのリアスポイラーマウント、独自開発のサイドスカート、エアインテーク付きフロントボンネットの採用など、エアロダイナミクスが突き詰められた
Duqueineと共同開発されたオリジナルのカーボンホイール。フロント215/45R18、リア245/40R18のミシュラン「パイロット スポーツ カップ 2」を装着。ブレーキはブレンボ製の高性能ブレーキシステムを装備。前後ともに320mmのブレーキディスクを採用する
最高出力221kW(300PS)/6300rpm、最大トルク340Nm(34.6kgfm)/2400rpmを発生する直列4気筒DOHC 1.8リッター直噴ターボエンジンを搭載。トランスミッションには7速ATを組み合わせる。エンジンルームは軽量化のためカバーが外され、エンジンルームと車内を隔てるパーティションは、リアウィンドウがカーボンとなったことから軽量化のためガラス製ではなくなっている
A110 Sのエンジンルーム。上のA110 Rのむき出しだったエンジンルームとは異なり、きちんとカバーがされ、パーティションも透明なガラス製のものが用いられている
一見するとSabelt製軽量フルカーボンモノコックバケットシートとSabelt製6点式レーシングハーネス、真っ赤なドアストラップによってスパルタンな印象だが、ステアリングやルーフトリム、ダッシュボード、センターコンソール、ドアパネルなどに用いられたマイクロファイバーで中和。オーディオはFOCAL製軽量4スピーカーを搭載する
フロントボンネット下にはトランクを設定
A110 R専用プレートには、シリアルナンバーが刻印される
橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。2019年に「86/BRZ Race クラブマンEX」でシリーズチャンピオンを獲得するなどドライビング特化型なため、走りの評価はとにかく細かい。最近は先進運転支援システムの仕上がりにも興味を持っている。また、クルマ単体だけでなくタイヤにもうるさい一面を持ち、夏タイヤだけでなく、冬タイヤの乗り比べ経験も豊富。現在の愛車はユーノスロードスター(NA)、ジムニー(JB64W)、MINIクロスオーバー、フェアレディZ(RZ34・納車待ち)。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学