試乗レポート

アルピーヌ「A110 GT」「A110 S」 マイナーチェンジで際立った個性の違いを味わう

A110 S

 フレンチスポーツカーの傑作、アルピーヌ「A110」が今年の1月にマイナーチェンジを受けた。そのデビューは2017年12月(日本上陸はその翌年)だから、およそ6年ぶりのブラッシュアップである。

 読者の目を引く変更点は、その小ぶりなボディにミッドシップされる直列4気筒1.8ターボが、300PSの大台にのったことだろう。

 しかし筆者はこうしたエンジン出力の進化よりも、シャシーの“深化”っぷりに魅了された。やはりと言おうかさすがと言うべきか、アルピーヌ A110はどこまでいってもハンドリングマシンだったのである。

 インプレッションに入る前に、まずは今回のマイナーチェンジを簡単におさらいしておこう。

 A110はこれまで最もベーシックなグレードを「ピュア」、これに快適装備を備えたグレードを「リネージ」と呼び、さらに高出力仕様の「S」を後から加えて、3グレード構成を採っていた。

 今回もその展開に変わりはないのだが、名称はベースモデルがよりシンプルな「A110」、リネージが「GT」へと改められ、主に「GT」と「S」の仕様が大きく変更された。

A110 S。ボディサイズは4205×1800×1250mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2420mm(エアロキット装着車は全長4230mm)。車両重量は1120kg。GT/Sに搭載される直列4気筒DOHC 1.8リッター直噴ターボエンジンは最高出力221kW(300PS)/6300rpm、最大トルク340Nm(34.6kfgm)/2400rpmを発生する。トランスミッションには7速DCTを採用し、後輪を駆動する。標準モデルのほか、アルピーヌ推奨オプションを組み合わせたエッセンシャルパッケージモデルや、好みに応じたオプションを選択できる受注生産のアトリエアルピーヌも用意される
A110 Sの試乗車は、空気抵抗を低減し、高速走行時の安定性を高めるフロントスプリッターとリアスポイラーを装備し、サーキットパフォーマンスを追求したエアロキットを装着。また、装着されるALPINEエンブレムはブラック仕様となる
GTのタイヤサイズはフロント205/40R18、リア235/40R18。装着タイヤはミシュラン「パイロット スポーツ 4」
Sのタイヤサイズはフロント215/40R18、リア245/40R18。装着タイヤはミシュラン「パイロット スポーツ カップ 2」(通常はGTと同じパイロット スポーツ 4)
A110 GTのインテリア。エッセンシャルパッケージモデルとなり、ブラウンレザーのSabelt製スポーツシートを装着。カーボンやアルミ、レザーを使用してフレンチエレガンスを演出。FOCAL製軽量4スピーカー+軽量サブウーファーを標準装備
A110 Sのインテリア。Sabelt製軽量モノコックバケットシートを装着。レッドステッチがスポーティな雰囲気を演出
7インチマルチファンクションタッチスクリーンは全車標準装備。Apple CarPlay/Android Autoにも対応している
フルカラーTFTメーターの表示例

スポーティな走りに対するはっきりとした個性が与えられた「A110 S」

 まず一番最初に走らせたのは、最もハイパフォーマンスなグレードとなる「S」。ちなみにこのA110 S、先代では「A110の操縦性に、より高い精度を求めた仕様」という、ちょっとつかみどころの無い説明がなされたスポーティモデルだった。

 しかし今回はその目的が「クローズドコースでのパフォーマンスを追求したグレード」とハッキリ謳われており、筆者に与えられた試乗車にはオプションのカーボンルーフと新装備となるエアロキットだけでなく、その足下に18インチのミシュラン・パイロット スポーツ カップ2が履かされていた。ちなみにこれは、東京オートサロンでお披露目された「A110 S アセンション」(30台限定)と同様のパッケージングだという。

 冒頭でも述べた通り、今回のマイナーチェンジで最も分かりやすい変更点は、そのエンジン出力がA110 S/A110 GT共に、300PS/6300rpmまで高められたことだ。

 ただA110 Sにおける前期型との差はわずかに8PSしかなく、実際に意味があるのは、むしろその最大トルクが340Nm/2400rpmと高められたことだと感じた。

 ピークトルクの発生回転数こそ若干上がったものの、新型A110 S(とA110 GT)は以前より20Nmほど厚いトルクを、ピークパワー発生回転数まで持続する。結果として300PSの最高出力は、以前よりも少し早い、6300rpmで得られるようになったわけである。

 その印象は、トルキーかつ伸びやか。ちなみにこの出力向上は、ブーストアップのみで得られているというが、アクセルに対するトルクの追従性も、実に洗練されている。

 さらに言えばこの1.8直列4気筒ターボ「M5P」は、ルノー メガーヌ R.S. トロフィー(EDC)で300PS/6000rpm、420Nm/3200rpmの実績を持つエンジンであり、パッケージングの違いによる放熱性の問題などはあるかもしれないが、エンジン単体のキャパシティ的にはまだまだ余裕を残した状態だと言える。

 つまりアルピーヌ・カーズはこの新型A110 S用に、バランス重視のパワーアップを施したということになる。

 そして興味深かったのは、このパワーに対してA110 Sのシャシーが、前期型からキャリーオーバーされていたことだった。

 ルノー・スポールはA110シリーズに2つのシャシー(足まわり)を用意しており、A110 Sにはシャシー・スポール、A110およびA110 GT(旧ピュアおよびリネージ)には、シャシー・アルピーヌ(スタンダードシャシー)が採用されている。

 前者は後者に対してその剛性を約1.5倍高めたとアナウンスされていたのだが、今回はその数値が公表された。

 具体的にはスプリングレートがフロントで47Nm/mm、リアで90Nm/mmに強化され、最低地上高は4mm低められた(欧州参考値。日本での全高届出値はA110と同じ1250mm表記となる)。またスタビライザーもフロントが25Nm/mm、リアは15Nm/mmにレートアップされたというのだがこの数値、実は前期型A110 Sと全く同じなのだという。

 しかしながらその乗り味は、大きく洗練を帯びたと筆者は感じた。

 カギとなるのはダンパーのセッティング変更ではないかと思う。特にフロントは縮み側のダンピングがスムーズさを増し、タイヤのグリップを、手のひらや腰まわり、体全体で感じ取りやすくなった。すわ想起されたライドフィールは、「ポルシェ 718 ケイマン GT4」だ。

 ただそれは、A110 Sがケイマン GT4に追いついたとか、似てきたという意味ではない。前期型ではまだまだストリート然としていたシャシーセッティングが、今度はFIA-GT4格式のロードカーと呼べるレベルにまで、洗練されたという意味である。

 キャラクターとしては、718 ケイマン GT4よりもずっと軽く、シャープ。そのシャープさを足まわりと空力性能が、がっつり支えている印象である。

 バンプ側減衰の力抵抗が非常に少なく、リバウンド側で車体を安定させる乗り味は、レーシングカーによく見られる。そしてこの突っ張り感の無さから、結果として乗り心地もよくなっていた。

 またこの軽量なミッドシップが、パイロット スポーツ カップ2を、なんら持て余すことなく履きこなしていたことにも驚かされた。もちろん前後重量配分が44:56と特殊なA110 Sに対して、ミシュランがカップ2のケース剛性を整えている可能性は考えられる。それにしても、フロント荷重が少ないA110でこのタイヤを、硬さや反発感なしに路面へと押さえつけていたことには唸らされた。

 そこにはカーボン製フロントブレードと、延長されたアンダーパネル、カーボン製リアウイングが生み出すダウンフォースも効果的な役割を果たしているのだろう。ちなみにこのエアロキットによってA110 Sは、最大でフロントに60kg、リアに81kgのダウンフォースを得た。その高い安定性を実現させたことで、最高速を260km/hから、275km/hまで引き上げることが可能になったという。

 もちろん今回はそんな領域で走らせたわけではないが、その片鱗を感じながら走るワインディングでのドライブは、実に濃密であった。レーシングスペックのスポーツカーは往々にしてオープンロードだと限界が高すぎ、もてあましてしまうことが多い。

 しかしA110 Sはその高い限界の内側で走っていても、クルマとの対話を楽しむことができた。それと同時に、果たしてこのA110 Sがどこまで鋭くターンインできるのか、どこまでその挙動をコントロールしきれるのかを、クローズドコースで試したくなる衝動にも駆られたのであった。

 そんなA110 Sでちょっと残念だったのは、フルバケットシートの着座位置が、一番下げた状態でもやや高めだったこと。これによって左足ブレーキ時に、膝がステアリングコラムに当たってしまったのだ。チルト機構を使えばこれを回避できはするが、ハンドル位置がやや高くなってしまう。

 もっともA110 Sはアクセルとブレーキをオーバーラップさせるとエンジン出力を絞るようだから(筆者はオーバーラップさせないので、気付かなかった)、左足ブレーキは推奨していないのかもしれない。とはいえせっかく7速EDCを搭載する現代的な2ペダルマシンなのだから、これはちょっとだけ残念だった。サーキットを走る上では、シートクッションを抜けばいいだけなのかもしれないが。

 また今回新型マルチメディアシステムが投入された背景から、テレメトリーシステムが無くなってしまった。OBD2からデータを得れば別モニターで表示できるのかもしれないが、A110 Sはサーキットをターゲットにするグレードだけに、Apple CarPlayやAndroid Autoに対応するのと同じくらい、油温/水温/MT温度といった温度管理情報をデフォルト表示するのは大切なことだと思う。

「A110 GT」は“アルピーヌらしい”ツーリングを楽しむスポーツカー

 呆れるほどに濃厚なA110 Sを走らせた後に試乗したA110 GTは、しかし「これぞアルピーヌ本来の姿!」と思わず手のひらを返してしまうほど、気持ちよいスポーツカーに仕上がっていた。

 その足まわりはA110 Sと比べ格段にしなやかで、積極的にロールを促し、A110 GTはコーナーでひらり、ひらりと向きを変える。

 鋭いターンインの後も、基本通りにスロットルをバランスさせていれば、その姿勢は終始安定している。常用域ではエアロパッケージがなくても、フラットフロアとディフューザーで、十分な空力安定性が得られているようだ。

 足下に履かされたタイヤはA110 Sに比べワンサイズ小さな18インチ。またそのコンパウンドもカップ2よりはグリップレベルの低いパイロット スポーツ 4だったが、300PS/240Nmの出力に対して不安を覚えるようなこともなかった。よって、出口を睨んでアクセルを開けて行けば、ミッドシップならではのトラクションのよさとともに、気持ちよくコーナーを立ち上がって行くことができた。

 一連の操作が流れるようにつながると、恐ろしく心地よい。サーキットを視野に入れない限りはむしろ、A110 GTの方がドライビングプレジャーは高いかもしれない。

 グランツーリスモのネーミング通り、A110 GTのしなやかな足まわりはロングドライブをも許容する。レザーシートの座り心地も優しく、ちょっとプレミアムな雰囲気も楽しめる。

 とはいえそれは“ピュア・スポーツカーとして”の乗り心地のよさであり、その真価はやはりラグジュアリードライブではなく、アルピーヌらしい走りにある。

 A110 Sがより濃厚にそのレーシングスポーツ濃度を高めたことで、A110 GTのキャラクターまでもがくっきり鮮明になった。

 どちらがベストバイなのかは、ハッキリと目的に準ずる。ただGTとSの価格差がさほどなく、ベースモデルから数えても100万円でこの性能が手に入るのかと思うと、「S」はお買い得である。

 とはいえ絶対的な価格はGT/Sともに高いから、夢を追うにしても筆者は素のA110でも十分だと思う。なにせこうした走りの核となるエンジンやシャシー部分はまったく同じである。ゆっくりと時間を掛けてコツコツ作り上げていけば、“お手製A110 S”を作ることは全く夢ではない。

日本オリジナルのドライビングシューズ「ネグローニ SPH-G20 A1」も発売が予告されている
山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身
A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。
編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してレースレポートや、イベント活動も行なう。

Photo:高橋 学