試乗記
刺激的な電気サソリにご注意! 「レコードモンツァ」の音に心が躍るバッテリEV「アバルト 500e」に試乗
2023年11月14日 07:00
まさかまさか、自分のDNAを受け継ぐ電気サソリが生まれるとは、サーキットで大排気量車を打ち負かし、数々の栄冠を手に入れてきた伝説のチューナーであるアバルトおじさんもきっと、天国で驚いていることだろう。しかも、BEV(バッテリ電気自動車)なのにブオォォンと迫力満点に響く、あのアバルトの代名詞「レコードモンツァ」のエキゾーストノートまで再現されていて、心臓がバクバクするほど刺激的な電気サソリ。それが、アバルト初のBEVとして10月に発売されたばかりのアバルト 500eだ。
都心のビルの地下駐車場で対面したアバルト 500eは、フィアット 500をベースとしたこれまでのモデルがそうだったように、パッと見たときには500eのようなキュートさもあるコンパクトモデル。でもよくよく細部を見ていくと、ムムム、これはタダものではないなとゾクリとくるようなデザインとなっている。
例えば虎視眈々と獲物を狙うような、眼光鋭いフルLEDヘッドライト。フロントバンパーにはサソリの爪、リップスポイラーにはサソリの足を模した造形がちりばめられ、フロントマスクの正面に立って目が合った瞬間に、ドクドクと流れるアバルトの血統を予感させる。
サイドにまわれば、紛れもないサソリを台風の目のようにして、まるで電光がビリリと渦巻いて放たれるような18インチアルミホイール。そして、触れたら感電しそうな稲妻を味方につけた、新たなデザインのスコーピオン・エンブレムが存在感を強めている。
こうした、エクステリアデザインにサソリのパーツをまとうモデルというのは、実はアバルト史上初めてのことだという。サソリは人間が気がつかないうちにスススと背後に忍び寄り、グサッと毒針を刺すイメージが強かったが、電気サソリは案外、正々堂々と人間に近づいてくるタイプなのかもしれない。アバルト 500eを見ていると、こうなったら思いっきり毒をまわしてほしい、なんて気にもなってくる。
3ドアタイプのため大きめのドアを開けて乗り込むと、そこはシックな大人っぽさがありながら、さぁ走るぞと気持ちを昂ぶらせる演出に満ちたスポーティな空間だった。身体の両脇をガシッと支えてくれるヘッドレスト一体型スポーツシートは、ほどよく硬めのクッションがハードなドライビングも想定していることを伝えてくる。手のひらにしっとりとした感触でなじむステアリングホイールは、サソリの爪がモチーフだ。アルカンターラをふんだんに使い、イエローとブルーのステッチやサソリの刺繍、「Abarth 500e」と刻印されたメタル装飾など、「もう逃げられないと覚悟を決めなさい」なんて言われているようなスリルが早くも室内に充満している。
インパネはシンプルで、中央に10.25インチのタッチパネルモニターが備わり、その下に物理スイッチで空調などが操作できるようになっている。スマートフォン置き場にちょうどよさそうなオープントレイがあり、USBも設置されている。そして、その下に横並びとなっているのが、スイッチタイプのシフトセレクター。レバーを握ってコクコクと操作したい人にはちょっと物足りないかもしれないが、おかげでスペースに余裕ができ、収納も多めに備わって実用性はアップしているはずだ。
ステアリングの右下にあるスタートボタンを押すと、途端に地響きかと思うような音が轟いた。地下駐車場ではちょっとド派手すぎる音なので、郊外に出るまではおとなしく走っていくことにする。運転席の前に備わる7インチのフルカラーTFTマルチファンクションディスプレイを操作すれば、レコードモンツァの音を消すことも可能というのはBEVらしいところ。ただし、走行中には変更することができないので、出発前にどちらか選んでおく必要がある。
低速からスルスルとした滑らかさの中にドッシリとした安定感を感じつつ、地上までの急坂も余裕シャクシャクで上っていく頼もしさに期待のバロメーターは爆上がり。はやる気持ちを抑えながら、首都高の入り口を目指していく。アバルト 500eには42kWhのバッテリと、114kW/235Nmというパワフルなモーターが搭載されており、0-100km/h加速は「アバルト 695」と同じく7秒でありながら、20-40km/h、40-60km/hの中間加速では約1秒速いタイムを記録している。
その片鱗は都心のストップ&ゴーを繰り返す道々にも顔を出していたが、首都高のゲートをくぐるといきなりグワッと本性を現わした。モーターの滑らかさがベースにありながら、ガツンと脳天に響くような加速に、かつて、バカッ速い欧州コンパクトモデルを“ホットハッチ”と呼んでいたころの、全身を使ってカッ飛んでいくようなワクワクがよみがえる。それも、制限速度60km/hで右へ左へのカーブが連続するような首都高が、こんなにキビキビと爽快かつ余裕たっぷりに走れるモデルは久しぶりかもしれない。
ガソリンモデルに対して、前後重量配分が57:43まで改善していることや、トレッド幅が60mm拡大していることも効いているようだが、何より低重心でカタマリ感が増したように感じるボディと、レスポンスのいいモーターの強みを最大限に活かして、アバルトのDNAを新世代のものに昇華させていることの証明だろうと感じる。
東京湾アクアラインの途中で海ほたるPAに立ち寄り、ちょっと変化を加えてみることにした。アバルト 500eにはハッチバックとカブリオレがあり、今回の試乗車はカブリオレを選んだ。オープンカーとして楽しめるBEVは今のところ500eとこのアバルト 500eだけ。せっかくなら、海と空を感じながら走ってみたいと電動開閉スイッチを押した。ルーフは2段階で、まずリアウィンドウの上あたりで止まり、再度押すとリアウィンドウの下くらいまで全開にすることができる。全開にすると、ルームミラーによる後方視界がほぼ0になってしまうのがタマにキズだが、やはり開放感は大きい。
そしてもう1つ、いよいよレコードモンツァの音をONにしてみた。低速だろうがなんだろうが、ブオォォンと爆音が轟いて最初は周囲の目を気にしてしまったが、PAを出ればこっちのもの。海風の唸りにだって負けない、ゾクゾクするようなサウンドに全身が包まれる。
これはアバルト独自のサウンドシステム「サウンドジェネレーター」によって、レコードモンツァのエキゾーストノートを忠実に再現したもので、音響試験と研究は半無響室と呼ばれる、内部の騒音レベルが極めて低く、外部からの遮音性が高くなるように特別に設計された部屋で行なわれたという。反射床によって、道路のような音響反射面を再現することも可能となり、スピードとアクセル開度にリンクするよう、延べ6000時間以上をかけて完成させたサウンドなのだとか。
長い時間運転してみると、もう少しシフトアップしているような感覚とか、吹け上がったような感覚が強く感じられるといいなぁと思ったものの、加速直後から速度がアップしていくようなシーンで、この音が響くとそれだけで心が躍動するような楽しさが味わえる。やっぱり、音の役割というのは重要なのだなぁと改めて感じさせられたほどだ。
海の上を真っ直ぐに続く橋の上で、ドッシリとした安定感と空に溶けていくような開放感を味わいながらのドライブは、一気に非日常へと誘われる。ロングヘアがぐしゃぐしゃになるような風の巻き込みを想像したが、サイドの髪がふわふわと揺れる程度でちょうどいい。走行モードが3タイプあって、こんなときには「ツーリズモ」。最大出力と最大トルクを適度に抑えた効率のよい走りをしてくれる。アクセルペダルのみで加速も減速もできる、いわゆるワンペダルふうの走りができるから、市街地でもラク。もう少しスポーティ感がほしいときには「スコーピオンストリート」、山道などでもっとエキサイティングに走りたいときには「スコーピオントラック」というキャラ変も楽しめる。
一充電あたりの航続可能距離は、WLTCモードでハッチバックが303km、カブリオレが294km。普通充電はもちろん、急速充電(CHAdeMO)にも対応しているが、急速充電を行なう場合にはちょっと大きめのコネクターを使う必要があるため、200km以上のロングドライブはあまりしない、短距離~中距離くらいのドライブが多い人にオススメだ。それこそ、毎日の通勤時間をちょっと楽しく、刺激的なものにしたいとか、時間は気にせずドライブを楽しみたいという人に、最高のBEVではないだろうか。
今回は100km程度走って、まだバッテリは60%くらい残っていた。何より、オープンにしたり走行モードを変えたり、音を出したり消したりといろんなキャラに変えられるおかげで、ドライブ後の充足感がものすごい。電気サソリの毒が全身にまわったのか、また乗りたいと中毒気味の私がいるのだった。