試乗記

アカザーの「キネティックシート」の体幹保持性能をサーキットで体験してみた!

トヨタが開発中の「キネティックシート」を車いすユーザーのアカザーが体験

トヨタが開発中の「キネティックシート」を車いすユーザーが体験

 どうもアカザーっす! けがで脊髄を損傷し、車いすユーザーになって23年になるオレです。車いす以外では、手動運転装置を取り付けた自動車が脚がわりです。

どうもアカザーっす! 車いすユーザーでもクルマは運転できるんですヨ!(イラスト・水口幸広)

 そして、クルマ移動時のいちばんの悩みが腰痛! これは長距離移動が多い健常者ドライバーさんも同じだと思うのですが、長時間同じ姿勢での運転はかなり腰にきますよね~。さらに足のふんばりが効かないわれわれ車いすユーザーは、下半身を使って横Gや振動などをいなすことができないため、腰への負担は想像以上なんですヨ。

 そんな腰痛に悩まされているオレが、2022年から注目しているのがトヨタが開発中の「Kinetic Seat」(以下、キネティックシート)です。

トヨタが開発中の「キネティックシート」。一見、普通のシートに見えるんですが、乗ってみるとぜんぜん違うんです!

シートが動くことでドライビング時の疲労を軽減

 キネティックシートは、運転時の疲労低減やコーナリング時の運転のしやすさを目標につくられたシートで、2016年のパリモーターショーで発表されたレクサスの「Kinetic Seat Concept」がそのルーツ。

 最初は高級車向けのシートとして開発が開始されたキネティックシートですが、オレがその存在を知ったのは2022年の「国際福祉機器展 H.C.R.2022」。この国際福祉機器展は、介護ロボットや福祉車両などを一堂に集めたアジア最大規模の国際展示会なんですが、そのトヨタブースにキネティックシートは置かれていました。

「国際福祉機器展 H.C.R.2023」では、その内部構造が分かるように展示されていた「キネティックシート」

 2022年は少し地味な展示だったせいか、あまり話題に上りませんでしたが、今年の「国際福祉機器展 H.C.R.2023」では、車いすユーザーによる試乗体験PVが流されていたりと、多くの車いすユーザーの注目を集めていました。

【動画】Kinetic Seatに乗ってみて My Kinetic Seat Experience
【動画】KineticSeatはどうやって動く?The mechanism of Kinetic Seat.

 会場で流れていた上のふたつの動画からも分かるように、キネティックシートは通常のシートとは異なり、クルマの揺れを吸収するように可動するシート。

 背もたれ軸と、骨盤軸という身体の中心にある2軸を回転させるように支えることで、路面の凹凸による振動や旋回Gをいなし、頭の揺れや筋肉への疲労を押さえるというもの。

背もたれ軸と骨盤軸という、ふたつの可動軸によりドライバーの身体を保持する仕組み。

レーシングドライバーも注目するキネティックシート

 国際福祉機器展の会場でキネティックシートに注目したクルマユーザーのなかには、「2023アジアクロスカントリーラリー」で総合優勝に輝いた、車いすのレーシングドライバー青木拓磨選手の姿も!

【アジアで最大のラリーイベント】AXCR2023アジアクロスカントリーラリー総集編 〜青木拓磨、14回目の出場で栄光のフィニッシュを迎えた!〜

 確かに長時間悪路を走るラリーのような競技にこのキネティックシートが使えると、ドライバーへの負担をかなり減らせそう!

青木選手(左)は、トヨタ先進プロダクト開発部の加藤康之主幹(右)にいろいろと質問をぶつけていました

 トヨタ先進プロダクト開発部の加藤康之主幹に、キネティックシートの質問を投げかける青木選手の話を隣で聞いていたら、なぜか話は「青木選手が主宰するHDRS(ハンド・ドライブ・レーシング・スクール)にキネティックシートを持ち込んで、体験走行を開催しましょう」という流れに!

 そして青木選手から「アカザーさんも取材に来ますよね!」と誘われたらもう行くしかないですよね(笑)。

車いすユーザーでも運転技術の向上ができるドライビングスクール

 というワケでやってきました!

 自動車を手だけで運転できる“手動運転装置”を使ったドライビングスクール「HDRS(ハンド・ドライブ・レーシング・スクール)」です。HDRSは年に3~4回ほど千葉県の袖ケ浦フォレストレースウェイで開催される、車いすユーザーでも気軽に参加できるドライビングレッスン。

“ハンド・ドライブ・レーシング・スクール”というだけあって、参加者の多くは車いすユーザー

 HDRSは、愛車でサーキットを走行したり、レーシングドライバーの青木拓磨選手や山田遼選手の隣に乗ってのサーキット同乗走行など、クルマ好きなら誰もが楽しめるようなドライビングスクールです。

 基本的には車いすユーザーの参加者が多いのですが、主催者の青木選手の「健常者や障がい者という垣根なく、クルマ好き同士一緒にサーキット走行を楽しもう!」という考えで、最近では健常者の参加者もちょくちょく見られるようになっています。なので、健常者のクルマ好きの友人を誘っての参加などもアリですよ。

走行前の座学ではサーキット走行のルールなどを学ぶ。
午前中はサーキット内のオープンスペースで、S字やABSを動作させるブレーキングなどを体験し、限界時の愛車の挙動をチェック。
参加者は青木選手から個別にドライビングのアドバイスをもらえる。
【動画】HDRS(ハンド・ドライブ・レーシング・スクール)【動画3】完熟走行

 いつもならオレも愛車レガシィを持ち込んでサーキットを走るのですが、この日はキネティックシートの取材がメインなのでそこは自粛!

キネティックシート搭載のGRヤリスでHDRS体験走行

 まずはHDRSに参加されている方と同様に、サーキット内の広場でクルマに慣れるメニューから。

 GRヤリスに乗り込み、キネティックシートに座った感じはごく普通のシート。座面の柔らかさはオレの愛車のレガシィよりも柔らかいくらい。

キネティックシート搭載のGRヤリスに乗車!
車いすユーザーでも運転できるように、このGRヤリスには手動運転装置が搭載されている。これはレバーを左にひねるとアクセル、レバー全体を奥に押し込むとブレーキというタイプ。
シートの座面は褥瘡(じょくそう)予防のためなのか? 通常のものより少し柔らかい感じ。また座面は取り外しての洗浄が可能とのこと

 HDRSのイベントにおいては、3点式シートベルトをロックしての走行を推奨しています。

【3点式シートベルトのロック方法】
1:シートを後ろに下げる。
2:シートベルトをする。
3:シートベルトをグッと鋭く引きロック。
4:身体がベルトにきつく当たる位置までシートを前に出す。

 こうすることで、通常の3点式シートベルトでもかなり体幹が保持できるようになるんですが、先に体験した青木選手が「3点式ベルトをロックしないでもホールド感が凄いよ!」とコメントされていたので、オレもフツーに街乗りをする感じで、あえて3点式シートベルトをロックしないでの1本目!

先にキネティックシートを体験された青木選手も体験したコトのないシート保持力に驚きの様子。
【動画】青木選手GRヤリスキネティックシート体験

 ええっ、ヤバっ!

 最初のS字セクションの切り返しで、ぜんぜん違う!

 前評判通り背中全体がシートで保持されている感じ。でもバケットシートのような脇腹横で支える線でのホールド感じゃなく、身体が1センチくらいシートに柔らかくめり込み、面で支えられているようなホールド感。

 愛車のレガシィでこのS字の切り返しをやった場合には、頭が左右に揺れて、それに追従する形で上半身が流れていくのに、それがぜんぜんない!

 続く、加速しながら大きなRを描く右ターンでも旋回Gをシートが受け止めてくれるというか、Gなりにシートに身体を預けると、G方向にシート面が追従するように体幹を保持してくれる感じに。なので、まるでGが3~5割くらい軽減した感じでステアリング操作が行なえる。

 これだけでもかなり驚いたんですが、シートベルトをロックさせるとさらに驚きが!

愛車でHDRSに参加をした際に、青木選手から3点式シートベルトをロックして身体を保持する技を教わるオレ

 S字の切り返しをさらに鋭くしても頭がぜんぜん振られない! 結果、ステアリング操作も安定するみたいな。バケットシートでも、シート内でもう少し頭が振られて首に力が入るのですが、それが感じられない!?

 これらはキネティックシートの背もたれ軸、骨盤軸の2軸で身体を支えるという、シート可動軸のおかげなのか? とにかく、今までオレの知っているどのシートとも違う感覚!

サーキットスピードでのキネティックシートの性能はいかに?

 午後からは、HDRSのサーキット走行枠に混ぜてもらい、サーキットでの走行を。

 過去にHDRSで何回も走ったコースなのですが、GRヤリスでの走行は初めて。隣にトヨタ先進プロダクト開発部の加藤康之主幹を乗せての走行でもあるのでここは慎重に!

 加藤主幹いわく、「キネティックシートは一般道での走行を想定しているので、最初は一般道のスピードレンジで走ってみてください」ということで、まずは午前中と同じく3点式シートベルトも一般道での使用状況と同様に、あえてロックはせずにコースイン。

緊張しつつコースイン!

 軽く1周してコース上のクルマの流れをつかんでから、まずは1コーナー。後ろにクルマがいないのを確認して、80km/hほどの控え目のスピードでコーナーへ侵入。

 1コーナーはブレーキングから、大きく右にまわり込むので身体は左側に振られていくんですが、80km/hでのコーナリングとは思えない感じ。Gなど体感的には60km/hで旋回しているような感じです。

袖ヶ浦フォレストレースウェイコースマップ

 そして、加速しつつ2~3コーナーを抜け、袖ヶ浦フォレストレースウェイいちキツイ4コーナーへ。ここは2~3コーナーで乗ったスピードを急減速しながらの右コーナー。なので、健常者にくらべて、脚のふんばりや体幹が効かないわれわれ車いすユーザーにとっては最大の鬼門といえるコーナーです。

 愛車レガシィでの走行でも、このコーナーがいちばん身体を持って行かれるコーナー、なんですが……。

 え!? GRヤリスとキネティックシートだとぜんぜん違う!

 旋回時の体幹のズレがほぼない! これまでは旋回Gから体幹を保つために、必死にステアリングとアクセル・ブレーキレバーにしがみついていたのに! そして、身体が振られないぶんステアリングやアクセル操作に集中できる! コレ、めっちゃ楽しい!

 次の大きく左に旋回する5・6・7コーナーは途中まで上りで、クリップ手前で下りに切り替わる難しいコーナー。なので、ここでも旋回Gがかかった状態でのアクセル・ブレーキの操作が必要なのですが……キネティックシートは腰を優しく保持してくれる感じで、Gがかかればかかるほどシートが腰を中心に、背中全体で体幹をサポートをしてくれている感じ。

 そして、オレが苦手な右ヘアピンの9コーナーへ。ここでもフロントとリアタイヤの動きが手に取るように分かる感じで、スコッと頭を入れられスピードロスを押さえたコーナリングがめちゃくちゃ気持ちよく決まる!

 まあこのへんはGRヤリスの性能もあると思いますが(笑)。それでもシートが動いているはずなのに、タイヤからのインフォメーションがちゃんとドライバーに伝わってくる感じなんです!

 そんな感じで周回しつつ、徐々にスピードレンジを一般道レベルからサーキットレベルへと上げていきます。すると、加藤主幹が最初におっしゃっていた「一般道向けに開発しています」との言葉が少しずつ分かってきました。

120km/hオーバーからの1コーナーの旋回Gはさすがに……。

 一般道レンジの80km/hくらいまでは、3点式シートベルトでぜんぜん問題はないのですが、そこからスピードレンジを120km/hくらいまで上げていくと、いちばんGがかかる1コーナー、4コーナー、ヘアピンあたりで上半身の肩が抜けていく感じに。3点式シートベルトの特性もあるとは思うんですが、特に左肩がシートからズレてシート外に出ちゃうんです。

 その後、一度ピットに入りシートベルトをロックし、体を強くシートに密着させると体幹保持力などが格段にアップしドライブもしやすくなるのですが、やはり大きな旋回Gをかけていくと右コーナーで左肩が抜ける感じはそのまま。

 ですが、愛車レガシィでの同じスピードレンジでの走行と比べると、2段階くらい上のシート保持力があり、それによるドライビングのしやすさ・安定感を感じました!

レーシングドライバーが感じたキネティックシート+GRヤリス

【動画】青木選手withキネティックシート同乗走行1

 などと、素人のオレが熱く語ったところであまり説得力がないので、青木選手のドライビングでキネティックシート+GRヤリスに同乗試乗してみました。青木選手は、3点式シートベルトをロックさせずにドライブしているので、やはり大きなGのかかる右コーナーの後に、シートからズレ落ちた左肩を戻す動作が見受けられます。

 青木選手はドライブしつつ「もうちょっと肩の後ろがホールドされたらな~」とはいいつつ、「明らかに他のやつ(シート)よりはぜんぜんイイですよ」とコメント。また、はじめてドライブするGRヤリスがやけに楽しいみたいで、終始笑顔でドライブされてました(笑)。

キネティックシートの青木選手と、ノーマルシートのオレの違いがよく分かる動画をどうぞ!

 そして楽しさのあまり次第にガチ走りになる青木選手の隣のオレはノーマルシートっていう。ノーマルシートだと、とくに頭がめちゃめちゃ左右に揺られる感じ。オレも助手席に座るまでは、ここまでキネティックシートと違いがあるとは思っていませんでした!

 ちなみにオレと青木選手は同じ脊髄損傷ですが、青木選手のほうが損傷部位が上なのでオレよりも使える体幹は少ない(はず)んです(※オレより鍛えてはいると思いますが)。それなのに頭の揺れがここまで違うんですよ! これは間違いなくキネティックシートの恩恵だと思います。

キネティックシートとGRヤリスにご満悦の青木選手

 体験走行を終えた青木さんに、改めてキネティックシートの使用感を聞いてみました。

青木選手:いや~面白かった! GRヤリス! 買いたくなった! アレは速いわ! 曲がるもん! あ、もちろんシートもいいよ!(笑)。シート的にはどっちかというとチョイ固めなんだけど、われわれはお尻の感覚が無いじゃないですか? だからシートが動いている感じがあまりしないんですよ。でもちゃんとホールドされてるんで、あれ? 不思議!? みたいな。

 アカザーさんもHDRSに参加されているから分かると思うんですが、シートベルトって体幹が弱いわれわれにとって超重要じゃないですか? ノーマルの3点式シートベルトだと、S字練習で身体が左右に振られちゃうでしょ? でもキネティックシートだとそれがないんだよ。もちろんすごいガンガン切り返すと身体は動いちゃうんだけど、もっていかれ方がぜんぜん違う!

 あと、腰回りがズレないの。でも3点式シートベルトだと4コーナー(右コーナー)の時に左肩が少しアウト側にズレる感じがあったね、でも本当に楽しかった。われわれが使いやすいものってみんなが使いやすいものですからね。コレいいと思います!

青木選手のあとに山田選手もキネティックシートとGRヤリスに試乗

 また、青木選手の後にキネティックシートを体験された、HDRS講師でレーシングドライバーの山田遼選手にもお話を伺いました。

山田選手:あれはもうはやく製品化したほうがいいです。シートが揺れたりする事での違和感もほとんどないです。レースなどで上半身が振られたりすると、コーナーの内側に対して首を傾けないといけないんですが、視界が傾くとドライビングにも影響が出ますし、首を傾けると首が疲れるんです。でもそれがなくなるっていうだけでもだいぶ大きいコトなんじゃないかと思います。

 例えばレースでいうと、耐久レースなどにコレをもってったりすると、ドライバーの疲労軽減にもなるので、集中力も落ちづらいと思います。下肢障害のある方向けだとは思うんですが、そういったところにも応用が効くすごい技術なんじゃないかというのは、実際乗って思いました。それぐらいよかったです。

カレラカップなどに参戦中のレーシングドライバー山田遼選手も、キネティックシートを絶賛!

 レーシングドライバーふたりが、レーシングスピードでサーキットを走った後のレビューがコレですよ! いかにキネティックシートがこれまでのシートと一線を画す性能なのか? というコトが少しは分かっていただけたんじゃないでしょうか?

レーシングドライバーも太鼓判を押したキネティックシート。製品化される日が待ち遠しい!

 ちなみに、この体験会終了後の愛車レガシィを運転して高速で都内まで帰ってきたんですが、いつもよりなぜか腰が痛く感じるんです!?

 体験走行中は横Gからの体幹保持性能ばかりに目が行っていたんですが、キネティックシートは上下の振動もかなり吸収してくれていたようで、その後に乗った愛車のシートがいつもよりダメに感じてしまったんだと思います。キネティックシート恐ろしい子! トヨタさん、はやく製品化をお願いしま~す!

アカザー

アカザー(赤澤賢一郎)
週刊アスキーの編集者を経て、現在は車いすのフリー編集者・ライター。2000年にスノーボード中の事故で脊髄を損傷(Th12-L1)。車いすユーザーになって23年の車いすユーザー。2018年に札医大で再生医療の治験を受け、2020年に20年ぶりに歩行!愛車は手動運転装置付きのレガシィツーリングワゴン2.0RSpecB。