試乗記

金メダリストの清水宏保さんが駆る「ヤリス(CVT)」ラリー仕様の実力とは?

長野オリンピックのスピードスケートで金メダルを獲得した清水宏保さん(左)が駆る、ヤリス CVT仕様に乗る機会を得た

ラリーとCVTのマッチング

 全日本ラリー選手権は基本的に6つのクラスがある。JN1はヤリスラリー2などのラリー専用車、JN2はGRヤリスなど、JN3は後輪駆動のみで86やBRZ、JN4はスイフトが代表車種で主にFF、JN5はヤリスなどのFFで2ペダルも含む。そしてJN6は1.8リッター以下のハイブリッド、アクアやBEV(バッテリ電気自動車)が該当する。特にJN5と6はごく身近なクルマばかりだ。

 それぞれのカテゴリーともおもしろそうだが、JN5で加減速の頻繁な2ペダルのCVT車はどうやって乗るんだろうと思っていたところに、マッスルラリーチームの友田氏から声をかけてもらった。

 マッスルラリーチームを紹介すると、その名のとおりアスリートたちのモータースポーツへの入口を開きたいとの思いから、スピードスケート選手だった友田康治さんが立ち上げ、監督も務めるラリーチームだ。ドライバーはあの長野オリンピックの金メダリストで友田さんの友人である清水宏保さんだ。2021年に初めてラリーチャレンジに参戦し、2023年は全日本ラリー選手権にスポットし、そしてラリージャパンにも出走・完走した。2024年はターマックの全日本戦に参戦して経験を積み上げている。

全日本ラリー選手権やラリージャパンに参戦している金メダリストの清水宏保さん。2021年のラリーチャレンジ参戦以降、ラリーでの挑戦を続けているが、おどろくことにこれまで運転について誰かに従事したことがなく、独学でこれまで続けてきたという。だがそこはトップアスリート、取材時に元ラリードライバーである日下部保雄氏からの言葉に熱心に耳を傾け、技能向上に役立ていた。このような向上心こそが清水さんの魅力であり、強みだと感じた

 CVT車をドライブしたことのあるドライバーなら経験があると思うが、アクセルを全開にするとエンジンは高回転を保ったままで速度が追い付いてくる。前述したとおり、ラリーは加減速が激しい。全開加速時の効率は高そうだが、微妙に減速したい時などの減速時の前荷重の取り方など別のテクニックが必要そうだ。言い換えれば踏みっきりで加速するような場面では変速するタイムロスがない分だけ早く走れそうだ。

全日本ラリー用にチューンされたヤリス CVT仕様の清水車
競技仕様だがエンジンはノーマル
ヤリス CVT仕様の室内
CVT仕様の実力やいかに?

まずはラリチャレ用のヤリスCVTで肩慣らし

まずはラリチャレ用のヤリスCVTから試乗

 コースはアップダウンのあるミニサーキット、オートランド作手。最初はラリチャレ用のヤリスCVTでコースになれる。タイヤは横浜ゴムのターマックタイヤ「A052」。サイズは195/50R16で強烈なグリップを発揮する。サスペンションはアクアGRスポーツ用を流用したものでバネ・ショックアブソーバー共に強化されて乗りやすい。室内はレカロとBRIDEのバケットシートが装着されている以外はほとんどノーマルで、CVTの仕様も標準となっておりスポーツCVTと比較するにはちょうどいい。

 ヤリスは88kW/145Nmの1.5リッターエンジンを積み、約1tの重量と相まってミニサーキットではちょうどいい出力だ。アクセルはほとんど全開。エンジンが高回転を維持したまま速度が上がるのはいつものヤリス。しかしスポーツ用のサスペンションとハイグリップタイヤでヤリスは見違えるようなフットワークを得ていた。

 高速コーナーから強めのブレーキタイトに旋回し、上りコーナーに入る。早めにアクセルを乱暴に開けることで速度を維持したまま回り込んでいる左コーナーに入る。A052のグリップは強烈で地を這うようにライントレースしていくが、微妙にラインを修正したい時にわずかにアクセルオフしてすぐにオンにすると狙ったとおりにラインに乗る。ここまではエンジン回転がほとんど落ちず、思ったとおりCVT車は速い。MTに比べるとCVTの重さ分不利だが、シフトなしに連続的に加速するのは予想以上に速い。

 しかしこのコースでもっとも高い地点にある複合右コーナーでは、ブレーキと共にアクセルを完全にオフする時間が長いので、回転が落ちてしまい次の加速に移れない。CVT車の弱点でもある。

全日本ラリー用にチューンされたヤリス CVTにいざ試乗

 この特徴を飲み込んでいよいよ全日本ラリー用にチューンされたCVTの実戦車(清水車)に乗り込む。簡単に車両スペックを記載しておくと、サスペンションのバネレートは前8kgf/mm、リア6kgf/mmだが、荒れたターマック路面を走るラリー用だけにそれほど硬い感じはしない。スタビライザーはブッシュも含めて標準だ。

 ショックアブソーバーはKYBのSPEC-Rでロッド径が12φから14φと強化されており、調整式の減衰力は32段あるうちフロントが23段目、リアが20段目を選んでいる。車高はターマック使用だけに20mmダウンとなる。タイヤは同じA052で195を履く。

 ロールバーをまたいでコクピットに乗り込む。シートは固定式で少し窮屈だが運転するには支障はない。エンジンは規定により標準だが、マフラーを変更しているのでヤリスらしくない低音で音量の大きな音が室内にも響く。

 発進から力強い。アクセルを踏み込むとすぐに高い回転に到達、6000-7000rpmをキープして加速する。実戦車はファイナルドライブが40%ほど低くされており高い駆動力を持つが、速度の伸び幅が小さく、競技専用の制御ユニットとなっているのが分かる。

 ハード面はノーマルだが、連続して高回転でまわすために熱でフェイルセーフが働いて回転を落とさないように、通常のクーリングシステムに加えて空冷でもCVTユニットを冷やすようになっていた。今回はテストも兼ねての試乗だったが、この点に絞れば暑い中での連続運転だったにもかかわらずCVTは終始快調だった。

 さてエンジン回転が天井に張り付いて落ちてこないというのも居心地がわるいものだが、高回転をキープしているのでコーナー立ち上がりでのレスポンスはノーマルとは違い、いつでもアクセルを踏めば力強く加速する。

 慣れるのが必要なのはアクセルオフ。コーナーでも高回転をキープする。つまり積極的に前荷重にしてターンインさせるには左足ブレーキを使って減速させる走り方がタイムロスの少ないように感じた。右足は常にアクセルに専念するという2ペダルドライビングだ。ラリードライバーなら左足ブレーキを使う比率が多いと思われるのでなじみやすいかもしれない。アクセルコントロールというよりもブレーキコントロールによる姿勢変化だ。しかもすぐにエンジン回転を上げる必要性が重視されるので、右足はアクセルに専従させる。

 先ほどの標準CVT車と同じように走ってみると、高速からのタイトな右コーナーの安定性は高く、少ないロールでグイと曲がる。半面、まわり込んでいる左コーナーでは微妙なアクセルオフでは姿勢変化が起きないのため、コーナー入り口での姿勢が大切だと思った。

 もっとも差が大きいのは右複合ヘアピン。このコースでの最高地点である。アクセルオフでも回転が落ちないのでコーナーの立ち上がりですぐにトルクバンドに乗って加速できる。間を置かないのが全日本仕様の強みだが、こちらも左足を使うともっと丁寧に向きを変えられそうだ。

 もう1つ、「GR機械式LSD(CVT用)」の強みは大きい。いったんコーナリング姿勢を決めれば高い駆動力でグイグイと旋回する。タイヤのグリップとの相乗効果でアクセルを踏むのに躊躇しない。狭いターマックコースが多い日本のラリーではLSDの効果は高いだろう。LSDは1.5ウェイと呼ばれているもので、調整は自在にできてドライバーに合わせられる。CVTにLSDが装着できるようになったと聞いていたが、その効果は予想をはるかに上まわっていた。

 少ないパワーを有効に使うためにCVTの考え方やLSDの使い方、そしてサスペンションの剛性の高さ、タイヤグリップなど、スポーツCVTラリー車は熟成されている感触だった。左足ブレーキをもっと微妙に使えればCVTラリー車はさらに高い戦闘力を発揮できるそうだ。

 スポーツCVTのコントロールユニットはトヨタ自動車のパワートレーンカンパニ―がマッスルラリーチームに提供。ラリーで鍛え、開発にフィードバックしているという燃費を重視しないスポーツ仕様でCVTを極めたいドライバーにはおもしろい。

アクアのラリー車にも乗った

 最後に乗ったのはアクアのラリー車。仕様は基準車のヤリスと同様。ヤリスよりホイールベースは長いが、チームとしては2025年の全日本ラリーに出走予定という。

 ハイブリッドのアクアはバイポーラ型のバッテリを搭載し、大容量の電気の出し入れに強い。A052とKYBのSPEC-TR SPで軽くチューニングされたサスペンションでコースに出たが、これが静かでなかなか速い。特に発進直後の立ち上がりはヤリスよりも速そうだ。電気を使える時間も長くアクスルオン時の瞬発力もあるので、短いSSなら結構タイムが出そうだった。

 この日は念願叶った3台のキャラクターの異なるヤリスとアクアに乗れておもしろかった。次のラリー観戦ではその走りやドライバーのコントロールテクニックを見るのも楽しみになった。

まだラリー3年目だがさすがは金メダリスト、スピード感ある力強い走りが特徴だった。全日本の最終戦、MCSCハイランドマスターズとWRCラリージャパン出走予定で健闘を祈ります!
日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:安田 剛